「役職定年制度」の導入と廃止を解説。現組織に最適な制度を考える
役員・部長・課長など役職ごとに定年を設ける「役職定年制度」。組織内の世代交代が主目的の制度ですが、近年では廃止を検討・実施する企業も多いようです。
今回は、大手・ベンチャー両方で人事責任者を務めた経験を持つ株式会社GOOYA Holdings 人事部長の佐々木 聡さんに、「役職定年制度」の概要・近況から廃止・導入方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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佐々木 聡(ささき そう)/株式会社GOOYA Holdings 人事部長
多様な業界企業の人事責任者を歴任。日系大手企業では組織変革を、ITベンチャー企業では人事制度を、現職では組織開発領域に主に従事し、それぞれの企業にて人事戦略を企画立案・実行まで一貫して経験。大手・ベンチャー両方での就業経験から、新しい雇用や働き方などについて多数の講演も実施。
目次
「役職定年制度」とは
──「役職定年制度」の概要について、最近の傾向も含めて教えてください。
「役職定年制度」とは、管理職・役職(部長・課長など)に定年を設けて、既定の年齢に到達したらその役職から離れることを制度化したものです。具体的には、定年退職が60歳・役職定年が55歳と定められていた場合、55歳を迎えたらそれまでの管理職・役職から退き、空いたポジションに新しい人材(若手社員など)を抜擢します。
この「役職定年制度」が多くの企業で導入された背景には、就職氷河期世代(1970年~1982年生まれ)の『役職不足』があります。就職氷河期世代が30代〜40代のちょうど脂がのったタイミングで役職に就かせようとした時に、現役職者の多くが50代の団塊の世代(1947年~1949年生まれ)だったため、結果的に将来有望な若手社員(就職氷河期世代)に役職を付与できず、世代交代が難航してしまうといった課題があり、それに対しての解決策として考えられたという背景があります。
当時はまだ終身雇用や年功序列での就業形態が基本の主流でした。また、団塊の世代の社員間でも役職不足の状況は多く発生しており、『部下のいない部長』『部長代理』『担当部長』といったポジションが増えていた時代でもあります。本来であれば運用の中で若返り・役職者の交代を起こすことができるのが理想ではあります。しかし、日本企業の良いところでもあるのですが、社員に対してドライな異動を伝えにくいと感じる方が多い傾向があったことから、制度として仕組み化することで運用しやすくしたのです。
このようにして世代交代を起きやすくした一方、デメリットも生まれました。若手社員からすれば『今は抜擢につながるが、将来は自分も役職定年を迎えることになる』といったマインドを生んでしまうことになり、企業へのエンゲージメント面においては残念ながらネガティブに捉えられてしまうことも増えたのです。
この「役職定年制度」は、そもそも役職不足が顕著だった時代のいびつな社員の年齢構造を是正することが主目的の制度でした。それが慣習的に引き続き運用されてきましたが、改めてその必要性を検討した企業が「役職定年制度」の廃止を決定しているという点が、現状だと考えています。
この変化の激しい時代においては、人事制度が数年単位で変更になることも多くあります。人事制度は本来は『手段や仕組み』であることを考えると、例えば3年以上前に導入されたまま手が加わっていない人事制度については、その是非について検討した方が良いでしょう。導入当初に設定した狙いやターゲットに変更はないか、そもそもその人事制度を設定した背景や前提条件が変わっていないかなどをチェックした上で、今もその人事制度が組織に必要なのかどうかを再検討することをおすすめします。その上でこの「役職定年制度」が必要で継続をするか、適さなくなったので廃止するか、どちらの可能性もあると思います。人事制度は『生き物』なので、もしかしたら今となってはその人事制度を導入した当初とちがう目的・効果に変化している可能性もあります。
「役職定年制度」の廃止ステップ
──「役職定年制度」を廃止する企業が多いと伺いましたが、実際に廃止へと進める場合はどのようなステップで進めると良いでしょうか。
まず考えるべきは、「役職定年制度」を廃止した際の組織や社員への影響です。短期的には、役職定年を間近に控えた社員からすると、予定していたキャリアプランが変更されることになってしまうため、人によっては大きなモチベーションダウンにつながる可能性もあります。中長期的には、役職者の交代時期が不明瞭になることを受けて『役職の定義』や『適切な役職付与の考え方』を改めて検討する必要が出てきます。
本質を言うと、役職とは組織を効率的に運営するための責任と権限を持つ人に与えられる『肩書き』や役割です。それがその時々の制度によってコントロールされてしまうのは本来は本質的ではないのではないでしょうか。なので、人事制度として用意した「役職定年制度」の廃止や検討をする際には、その機会を活かして、合わせて役職そのものの価値といった本質論に立ち返って考えることをおすすめします。役職の定義に立ち返り、組織を効率的に運営していくためにはどんな機能が必要なのかを再度考え直すことが、人事制度を改めて考える良い機会になると思います。
例えば、私であれば以下のような観点について検討、アップデートを考えると思います。
『そもそもその役職は必要なのか』
『今の世代のモチベーションを上げるための役割にはどのようなものがあるか』
『Z世代を含む多くの世代が同じ方向に向かっていくためには、どのような体験が必要なのか』
『古き良き価値観と今の価値観を結びつける翻訳者・橋渡しのような役割が必要ではないか』
その他、会社の状況によってさまざまな懸念があると思います。そのような時は、「役職定年制度」の廃止後の影響を考えた上で、それらの影響が許容できるのか・できないのかの判断を行います。仮に許容できないのであれば、どのように代替やフォローをするのか、打ち手や経過措置などを考える必要があります。
許容できない場合とは、例えば、役職者が会社の基幹社員でありその人数が多い場合などです。このような場合は制度廃止により生産性が大きく落ちてしまう可能性が大きいため、廃止時期を見直すか、そもそも廃止をしない方が良いかもしれません。もちろん、制度廃止に伴って生まれるプラス点の方が大きいと考えられるのであれば、実行すべきでもあります。
人事制度の機能はシンプルに考えると『今を変えるのか』『将来を変えるのか』のどちらかだと思います。「役職定年制度」は『今を変える』方の影響が強い施策だと思いますので、今変えるべきことが解決していないのであれば、その解決ができるまで継続すべきだと思いますし、今変えるべきことが解決した、もしくはそれを上回る将来変えるべきことがあるのであれば、変更してよいタイミングだと思います。
なお、このタイミングで代替となる考えや新しい人事制度を導入することができれば、「役職定年制度」の変更をネガティブなものではなく、ポジティブなものと発信することもできます。これまであったものがなくなると、既得権益の問題が必ず発生してしまいますが、代替施策や新たな制度を導入できれば、制度の『廃止』ではなく制度の『改定』となり、それを受け入れる社員の反応や印象も大きく変わります。こういった点も、人事制度を導入する際のちょっとしたポイントとなります。「役職定年制度」を廃止する代わりに導入する制度には、いくつか候補があります。
例えば、昨今では役職に就きたくないと考える方も増えているため、再雇用後も引き続き役職に就いてもらう『役職延長制度』が必要になるケースもあるでしょう。それとは反対に、これまでには実現が難しかった2世代・3世代ほど若い社員を抜擢し、役職者ポジションの若返りを起こすなど、会社変革の良い動機づけにするという方法もありだと思います。
私が今所属しているITベンチャー企業では定年退職者が発生するほど設立から年数が経過していないため、このような問題は発生していません。「役職定年制度」が問題になっている企業は歴史のある企業が大半だと思いますので、そのような企業は昨今の廃止に動く潮目をうまく利用し、次の課題を解決するための人事制度(仕組み・装置)を設置するよい機会にもなると考えています。
「役職定年制度」を新たに導入する背景・メリット
──「役職定年制度」を廃止する企業が多い中、新たに導入を検討する企業もあると聞いています。その背景やメリットにはどういったものがあるのでしょうか。
これから導入を検討する企業においては、前述した団塊の世代問題などの共通課題があるわけではありません。各社それぞれに課題や狙いがあるはずなので、その背景やメリットについても一概に説明が難しいと感じます。
一例ではありますが、新たに「役職定年制度」を導入している企業の背景としては、「人生100年時代」への対処、および「リスキリング」を推進することが背景になっていると感じます。これらの文脈に敏感な企業であれば、これまでの働き方や考え方を「役職定年」や「定年」を機にリセットしてもらい、新しい働き方、新しいセカンドキャリアに必要なスキル、知識、価値観などをリスキリングしてもらい、「会社への新しい貢献」を求める動きを取りつつある、時代をリアルに見つめ舵を切った企業も少しずつ出てきているように感じます。
また、「役職定年制度」は年齢を判断軸として役職から外れてもらうという仕組みですが、最近はもう少し柔軟性を持たせて評価や任期など複合的な軸で役職を外す『ポストオフ』の考え方で組織の活性化を目指す企業も出てきています。「役職定年制度」では役職から外れた後退職してしまう方も多いものですが、『ポストオフ』は非管理職として別のミッションを持ち働き続けることが前提です。現代の50代は以前と違いまだまだ働き盛り。そんな人材が組織から去ってしまうことはこの人材採用難の時代においてはマイナスに働くことも多く、彼らが長年培った専門知識やスキルは後継者育成などにおいても大きな力となってくれます。また、年金支給タイミングの引き上げなどもありベテラン社員の雇用に対する企業の社会的責任を問う声にも応えていく必要があります。
「役職定年制度」も『ポストオフ』も目的は組織の活性化・若返りに変わりありませんが、『ポストオフ』は昨今の時代背景にアジャストした制度として導入企業も増えてきています。また、ジョブ型制度とも相性が良いため、ジョブ型制度の設計時に最大任期を定めておくことでネガティブな印象を与えず自然と組織の活性化を促す設計も増えてきています。
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「役職定年制度」の導入ステップ
──「役職定年制度」を新たに導入する場合、どのようなステップで進めると良いでしょうか。
すべての人事制度に言えることですが、まずは『運用』について深く検討するところから始めるべきだと考えます。前述した通り人事制度はあくまでも『きっかけ・装置』なので、その『きっかけ・装置』をどのように使うのか、について考えることが重要です。「役職定年制度」により何を実現したいのか、何を変えたいのか、社員にどんな体験をさせたいのか。これらを踏まえてどのような運用を行うのがベストかと考えていく形が良いと思います。
なお、導入ステップとしては大きく以下3つがあります。
ステップ1:
目的達成に向けた『従業員体験』を考えます。従業員にどのような体験をしてもらいたいか、どのような体験をしてもらうと会社が目指したいゴールに向かうのか、課題を解決できるのか、を考えるイメージです。
(例)
・ベテラン社員が役職を退くことで若手社員のモチベーションと生産性が向上する状態を作りたい。
・役職を退いた社員がその後も会社のために尽力してくれる状態を作りたい。
ステップ2:
ステップ1で考えた体験をしてもらうことを目的とした場合、それが現状とどれだけギャップがあるのかを把握し、そのギャップを解消するためには何をすれば良いかを考えます。もしかしたらギャップを解消する課題が複数出てくることもあるかと思いますが、その場合は最も大きな課題から着目して着手するとよいと思います。制度を変えるだけで全て解決することは現実的ではないため、それ以外の課題は運用面でカバーしましょう。
ステップ3
ここで初めてステップ2で見出したギャップを改善するために、「役職定年制度」の変更で対応できるものなのか、それとも他の制度を新しく作る必要があるのか、という点を検討します。大事なのは制度の導入ありきで話を進めるべきではないということです。制度を導入する前提で議論を始めてしまうと、重要なステップを飛び越えて議論を開始することになるため、本質的な解決にはつながりません。
私もこれまでにさまざまな制度を考え実行してきましたが、その上で出た結論は『制度は何でも良い』ということです。言い換えると、制度設計に時間をかけるかけないは大した問題ではなく、その制度にどんな意味を込めてどんな体験を生み出すかを踏まえて運用を行うことこそが最も大切であり、各種人事制度を成功させるためのポイントだと考えています。制度設計となるとどうしても凝った設計に走りがちですが(私もかつてそうでした)、設計1割・運用9割くらいで考えるのがちょうど良いのではないでしょうか。
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編集後記
定年延長や人材不足などを受けて、企業で働く人材も高年齢化が進むことが予想されています。また、ジョブ型雇用に代表される『年齢に依存しない組織マネジメント手法』も日本に広がりを見せていることも考えると、この「役職定年制度」が現組織においてどんな影響があるのかを見直すことは非常に重要だと感じました。