「従業員持株会」の活用術。プロが語る実践ポイント。

従業員が定期的に自社株式を購入できる「従業員持株会」。従業員の資産形成をサポートする福利厚生の1つとして多くの企業で導入されています。
今回は、上場経験を持つProfessional Studio株式会社の秋元 優喜さんに、「従業員持株会」のメリット・デメリットから効果的に活用できる企業の条件にいたるまでお話しを伺いました。
<プロフィール>
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秋元 優喜(あきもと ゆうき)/Professional Studio株式会社 執行役員 新規事業開発室長 兼 管理部長
前職うるる(東証グロース)ではSaaS事業部長、経営管理部長、執行役員CHRO兼人事部長として10人→上場→400人の組織作りを担当。東京都立大学大学院経営学研究科修了(MBA)、専門分野は経営組織論/HRM
目次
「従業員持株会」とは
──「従業員持株会」の概要について、日本国内における導入率なども含めて教えてください。
「従業員持株会」とは、従業員が自社の株式を購入できる制度のことです。その名を冠した常設機関を設立する形で運営されるものであり、会員である従業員から毎月一定額を拠出してもらって株式を共同購入し、拠出額に応じて持分を配分するのが一般的です。この「従業員持株会」の他に、役員を対象にした『役員持株会』などもあります。
東京証券取引所の2022年度 従業員持株会状況調査結果(2024年1月25日公表)によると、2023年3月末時点の東証上場内国会社3,868社のうち、大手証券5社(大和証券、SMBC 日興証券、野村證券、みずほ証券、三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券)のいずれかと事務委託契約を締結している従業員持株制度を有する企業は3,262 社(約84%)にも上ります。
企業にとってこの「従業員持株会」を導入する目的には、福利厚生の充実、モチベーションの向上、離職率の低下、安定株主対策などが挙げられます。
「従業員持株会」のメリット・デメリット
──「従業員持株会」のメリットとデメリットには、それぞれどのようなものがあるのでしょうか。
従業員・企業のそれぞれの観点からそれぞれメリット・デメリットを整理してお伝えします。
■従業員にとってのメリット
(1)1,000円(1口)から株式の購入を始められる
一般的に株式の売買は100株単位で実施されるため、数万円以上の資金が必要になってくることがほとんどです。しかし、「従業員持株会」であれば1口1,000円から少額の拠出でも自社株の購入が可能です。
(2)奨励金が支給される
「従業員持株会」を導入している多くの企業では、毎月の拠出に対して奨励金を支給しています。この奨励金は、従業員の拠出額に対して5%~10%を設定している企業が多い印象です。例えば、奨励金を10%に設定している企業で10,000円を拠出すると、その10%にあたる1,000円分多い11,000円分の自社株を購入することができます。
(3)手間がかからない
拠出金は毎月の給与や賞与から天引きされるため、自社株購入に関わる手続きなどの手間がかかりません。一度「従業員持株会」に加入してしまえば従業員は特に何らかの対応をしなくとも定期的に自社株の購入を進めることができます。
■従業員にとってのデメリット
(1)すぐに株式を売却することができない
購入した自社株は、普通預金のように必要なときにすぐに引き出せるものではありません。「従業員持株会」で保有する株式を売却する場合には、取引口座を開設してそこへ株式を振り替える必要があるからです。また、上場会社の従業員の場合はインサイダー取引規制の関係で売却可能期間が決められていることが一般的です。
(2)株価が下がり続けた場合、損をする可能性がある
これは「従業員持株会」に限りませんが、会社の業績が悪化した際などには株価も下落する可能性があり、購入した自社株の価値が下がる可能性があります。また、一般的な株式投資では株主優待(お食事券や各種サービス券など)が受けられますが、「従業員持株会」では持株会名義で自社株の購入を行っているため株主優待は受けられません。
■企業にとってのメリット
(1)従業員ロイヤリティの向上
「従業員持株会」はその会社独自の福利厚生に位置づけられるものです。奨励金などを設定して従業員の中長期的な資産形成をサポートすることにより、従業員のロイヤリティ向上が期待できます。また、上場後は自身の頑張りが株価に反映されるため、従業員の仕事に対するモチベーションや経営への参画意識の高まりも期待できます。
(2)安定株主対策
「従業員持株会」は一般的に長期で自社株を保有してくれる『安定した株主』になってくれます。一般株主と比べて企業にとって友好的な株主となり得るため、敵対的買収などに対しての抑止力が期待されます。
■企業にとってのデメリット
(1)従業員モチベーションのダウンリスク
先ほどお伝えしたメリットの裏返しでもあるのですが、業績が悪く株価が低迷を続けた場合、従業員は自己保有資産の目減りにより、モチベーションが低下する可能性があります。
(2)インサイダー取引への注意
「従業員持株会」で一定の要件に従って買付を行っているかぎりは、インサイダー取引規制の適用除外となります。しかし、インサイダー情報を知りながら新規の入会や拠出口数の変更、拠出の休止・再開を行う場合にはインサイダー取引の対象となりうるため注意が必要です。

「従業員持株会」を効果的に活用できる企業
──どのような条件を備えた企業が、従業員持株会を効果的に活用できるのでしょうか。
「従業員持株会」を最も効果的に活用できる企業は、やはり上場を目指している企業です。その中でも、従業員の頑張りにできるかぎり報いたいという点が導入の目的である企業は、なるべく早期に「従業員持株会」を作って「従業員持株会」に第三者割当増資をするのも1つの良い方法だと思います。なぜなら、福利厚生の拡充だけでなく、従業員が自分の意志でキャピタルゲインが得られるチャンスを提供することになるからです。
早期に「従業員持株会」を作って早い段階で第三割割当増資を実行すると、「従業員持株会」の会員(従業員)は株価が安いうちに自社株式を手に入れられます。特に、古くから頑張って会社を支えてきてくれた従業員に金銭面で報いたい場合などにはとても適したやり方です。上場時に株価が大きく上昇していれば大きなインセンティブが発生しますので、業績を向上させようというモチベーションにも繋がることが期待できます。
また、退会時はこれまで積み立ててきた拠出金と奨励金をそのまま返金精算するとした場合、万が一上場前に退職となる従業員にも貯金よりも良い利回りで返金される可能性が高いため、従業員にとってとてもポジティブな制度になり得ます。
なお、似た制度に『ストックオプション』がありますが、「従業員持株会」との違いは自社株の取得権利の対象者です。ストックオプションは付与対象者が限定的になっていることもありますが、「従業員持株会」は基本的に従業員であれば誰でも申請して取得できるものです。『入社何か月以上経過した従業員』などの加入条件を定めることはありますが、会員になって拠出するかどうかは平等の権利が与えられています。
<合わせて読みたい>
~ストックオプション制度を組織成長に活かすための設計・導入方法~
「従業員持株会」の導入ステップ
──自社に「従業員持株会」を導入しようと考えた際には、どのようなステップで進めると良いでしょうか。
「従業員持株会」を設立しようと考えたら、まず主幹事証券会社に相談することをオススメします。証券会社では「従業員持株会」の設立時のサポート(規約・細則、契約書、議事録作成などの支援)、持株会の事務を受託してくれるからです。上場準備との兼ね合いから、主幹事証券会社にお願いすると色々とスムーズに進められるでしょう。ちなみに、持株会の事務には以下のような対応が含まれます。
・拠出金・奨励金の積立管理(上場前)
・各会員の持株会内持分株の管理
・会員別持分明細表の作成
・管理台帳の作成
・会員へのお知らせ作成
・入会促進フォロー対応
など
なお、一般的な「従業員持株会」の導入(設計〜運用プロセス)には以下の10ステップがあります。運用開始前・開始後に分けて内容をご紹介しますが、実際に導入を進める際には必ず証券会社に確認し、サポートを受けながら進めるようにしましょう。
■運用開始前
(1)持株会発足にあたっての検討事項を決める
具体的には以下にあるような事項を決めていきます。
・理事長:「従業員持株会」を代表し運営を統括する人物が必要になるため、理事の中から理事長の選定をします。
・事務担当部署と担当者:日常的な事務手続きの担当を明確にするため、「従業員持株会」の入会と退会や口数変更、拠出金・奨励金管理など、事務委託先の証券会社窓口として対応する部署や担当者を定めます。日々の運営を担う部署で、正確かつ効率的な業務遂行が求められます。
・奨励金比率:奨励金計算の根拠となるための、拠出金に対する奨励金のパーセンテージを定めます(会社との協議が必要)。適切な奨励金比率の設定は、従業員の資産形成を支援し、会社への帰属意識や参加意欲に大きく影響します。
・会員の範囲:参加できる従業員の範囲を明確にするために、雇用形態や在籍期間などの従業員の対象や条件を定めます。
・月例、賞与口数:毎月の拠出上限口数、賞与拠出の上限口数を設定します。従業員の無理のない範囲での資産形成を促すために適切に設定することで、従業員の経済状況に配慮しつつ計画的な資産形成を支援します。
・入会月、口数変更月:入会・口数変更できるタイミング(毎年●月と●月など)を設定します。適切なタイミングを設定することで、事務処理の負担を軽減しつつ従業員のニーズに応えることができる。
・入退会などの受付締め切り日:入会や口数変更、休止、退会などの受付締め切り日を設定します。締め切り日を設定することで、手続きの遅延などを発生させないようにします。
・買付日:「従業員持株会」拠出金と奨励金を使って持株会が株式を購入する日付を定めます。
・定例理事会開催月:年に1回開催する定例の持株会理事会の開催月を定めます。定例理事会開催後は、毎年の運営状況を確認し、持株会会員へ決算報告や決議事項の周知をします。
・公告方法:会員への情報提供を適切に行うため、持株会理事会での決議事項や決算報告書を公告する手段を設定します。
・事務委託手数料負担:事務委託手数料の支払方法などについて定めます。
・理事長印作成:同時進行で代表印である理事長印を作っておきましょう。「従業員持株会」としての事務手続きや銀行口座開設などさまざまな場面で必要になるためです。
<どこで作るのか>
文具店や印鑑専門店、またはインターネットでも注文可能。会社としていつも利用している業者があればそちらに依頼するとスムーズ。
<どのような刻印にするのか>
一般的には、『○○従業員持株会 理事長之印』や『○○従業員持株会 理事長印』といった文言で作成することが多い。角印(四角い印鑑)や個人印(丸い印鑑)など、会社の規約や実務に合ったものを選ぶ。
<ポイント>
理事長は名義だけでなく実務的な決裁や書類確認が多く発生するため、負担が偏りすぎないように事務担当との連携体制を作っておくことが大切。
(2)『従業員持株会規約及び同運営細則』の作成
どのような目的で「従業員持株会」を設置するか、会員資格や拠出方法、奨励金の支給条件、理事・監事などの役員の選任方法と職務内容、買付日や買付方法、退会手続きなど「従業員持株会」の運営ルールなどを定めた『従業員持株会規約及び同運営細則』を作成します。これは「従業員持株会」を設立するときは必須文書です。
<ポイント>
事務委託をする証券会社に相談しながら作成しましょう。
(3)従業員持株会発起人会の開催(要議事録作成)
「従業員持株会」の発起人を集めて、設立に関する決議等を行います。
(4)『奨励金覚書』の締結(持株会⇔会社で締結)
奨励金比率を定める文書を締結します。
(5)『賃金の一部控除に関する協定書(奨励金)』の締結(従業員代表⇔会社で締結)
持株会へ拠出する分の金額を、従業員の給与や賞与から天引き(控除)する場合に必要な書面です。労働基準法では賃金の控除には従業員代表との協定書が必要と定められているため、法的に必須のものです。
(6)持株会銀行口座開設
「従業員持株会」専用の銀行口座を開設し、従業員からの拠出金や会社の奨励金を一括で管理する口座を用意します。
(7)『事務委託契約書』の締結(持株会⇔証券会社で締結)
持株会の運営事務(株式の買付、会員ごとの持分管理、会員への各種通知など)を証券会社に委託するための契約です。上場準備の過程でも主幹事証券会社に手続きを委託するケースが多いです。
■運用開始後
(8)給与天引き開始
事前に『誰が、月例・賞与でいくら拠出し、奨励金はいくら(月次・累計)にするか』という事項についての管理表を作っておきましょう。個人的にも専用のツールがあれば購入したいと思うほど、管理や運用は大変なものですので、しっかりと整備しておくことをおすすめします。
(9)給与から拠出金&奨励金を天引きし持株会口座へ。持株会口座から従業員持株会全員の拠出金&奨励金を証券会社へ送金
(10)【上場前】証券会社で積立 【上場後】市場で株式を買う ※上場時は持株会の証券口座開設が必要
このようなステップにより「従業員持株会」を導入・実施し、目的と照らし合わせた成果が出ているかを見ていくとよいと思います。社員の業績向上へのモチベーション向上や、従業員からは会社を客観的に見れるようになったなど、ソフト面での変化も重要です。
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編集後記
従業員と企業の両方にメリットがある「従業員持株会」。ですが、デメリットや注意すべき点も一定あることを秋元さんのお話から理解することができました。自社で「従業員持株会」を設置する際には、主幹事証券会社と連携しながらデメリット・注意点も踏まえて進めていけると良さそうです。