「人時生産性」で読み解く組織課題と改善への打ち手とは
近年、人事部門に対して『人的投資の効果を説明してほしい』『人材施策が経営成果にどう寄与しているのかを示してほしい』という要請が強まっています。その中で注目されている指標の1つが「人時生産性」です。
今回は、この領域に知見を持つパラレルワーカーの方に、「人時生産性」の定義から活用意義、実務への落とし込み方、よくある誤解、成功・失敗例に至るまでお話を伺いました。
<パラレルワーカープロフィール>
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中村 亮一(なかむら りょういち)/CrossGuild
大学卒業後、電機メーカーへ新卒で入社し、人事領域の業務に幅広く従事し、ピープルアナリティクス専門の部署を立ち上げ。その後、通信会社、0→1スタートアップ、HR Tech企業の執行役員等を経験し、現在は事業会社の人事責任者に加え、副業にて人事コンサルなどに携わっている。
目次
「人時生産性」とは
──「人時生産性」の定義や考え方について、『労働生産性』との違いも含めて教えてください。
「人時生産性」とは、従業員1人が一定時間あたりにどれだけの付加価値(成果)を生み出しているかを示す指標です。一般的には次の式で算出されます。
人時生産性=付加価値(または売上・粗利)÷ 総労働時間
※具体的な付加価値例は記事最後に具体例を表記しています。
<計算例/ある部門の月次人時生産性を計算する場合>
・月間売上:5,000万円
・月間総労働時間:10,000時間
5,000万円÷10,000時間=5,000円/時間
この「人時生産性」とよく混同される指標に『労働生産性』があります。どちらも人の生産性を扱いますが、分母の考え方が大きく異なります。
| 指標 | 分母 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 労働生産性 | 従業員数 | マクロ・企業間比較 |
| 人時生産性 | 労働時間 | 現場改善・人事施策 |
「人時生産性」は、分母に“労働時間”という人事がコントロールしやすい変数を用いるため、人事施策(長時間労働の是正・配置見直し・スキル向上・業務設計の改善など)とダイレクトに結びつけて活用できる点が大きな特徴です。
なぜ「人時生産性」は『人的投資のROI』を説明しやすいのか
──「人時生産性」は、経営層に対して人的投資のROIを説明する指標として使えると言われていますが、それはなぜでしょうか。また、人事が扱う他指標(エンゲージメントや離職率など)とどのように結びつけて説明すると有効か、実務的な考え方についても教えてください。
経営層が意思決定で重視するのは、投資額・リターン・再現性の3つだと言われています。その点、「人時生産性」は人件費(投資)・労働時間(投下量)・付加価値(成果)を一本の指標で語れるため、『この研修投資で、人時生産性が◯%改善し、同じ時間でこれだけの成果が出た』といった説明が可能になります。とはいえ、『本当にその付加価値は研修によるものなのか(市況や環境要因ではないのか)』と経営から突っ込まれることもあるかもしれません。そんなときは、以下3つの事例のように、『なぜ研修投資による成果と言い切れるか』を整理して伝えられるようにしましょう。
■事例1:技能研修による工程別人時生産性の改善(トヨタ自動車)
・研修対象:特定工程の作業者のみ
・研修内容:標準作業、ムダ取り、技能習熟
・比較軸:同一工程、同一設備での研修前後比較
・人時生産性への影響:手戻りや待ち時間が減少、同じ労働時間で完成数量が増加、残業削減と品質維持を同時達成
・経営への説明ロジック(例):『市場・設備条件は同一で、変数は技能研修のみ。工程単位で時間あたり完成数が改善しており、研修効果と判断できます』
■事例2:ITスキル再教育(リスキリング)による人時生産性向上(IBM)
・研修対象:旧来スキル人材と再教育完了人材
・研修内容:クラウド、AI関連スキル
・比較軸:同一職種内でのスキル保有有無比較
・人時生産性への影響:同じ工数で対応できる案件単価が上昇、再作業・エスカレーション減少、1人当たり売上と粗利が向上
・経営への説明ロジック(例):『配置・顧客条件は同じで、スキル保有の有無だけで時間あたり粗利に差が出ています』
■事例3:応対品質研修による人時生産性改善(コールセンター企業)
・研修対象:一部チームのみ段階導入
・研修内容:一次解決率向上トレーニング
・比較軸:研修導入チーム/未導入チーム比較
・人時生産性への影響:再コール減少、応対時間短縮、同じ時間での完了件数増加
・経営への説明ロジック(例):『顧客・案件条件が同一の中で、研修導入チームのみ人時生産性が改善しています』
また、「人時生産性」は単独で語るよりも、エンゲージメント・離職率・スキル保有率・配置適合度などの人事指標と組み合わせることで、現場の状態をより立体的に捉えられるようになります。例えば、売上規模・人員構成がほぼ同じA・B部門があったとします。A部門は残業が多いのに対し、B部門は定時退社が多い状態です。この場合の人事としての解釈と打ち手は、それぞれ以下のようになります。
<人事としての解釈>
A部門:『頑張っているが、成果につながりにくい構造』
B部門:『心理的安全性・裁量があり、集中時間が成果に直結』
<具体的な打ち手>
A部門の業務承認フロー・会議数・意思決定スピードを見直し、マネージャー向けにエンゲージメント改善施策を実施する、など。
「人時生産性」の数値が低いからといって、その部門が『頑張っていない』わけではありません。大事なのは、『成果が出にくい構造になっている可能性』を示す指標として扱うことです。その上で、エンゲージメントや離職率などの人事データと組み合わせることで、『どの部門に・どのような構造的課題があるのか』を経営に対して説得力をもって説明することが、「人時生産性」の適切な活用方法だと言えます。
以下に、人事指標ごとに「人時生産性」とどうセットで見ていけば良いかを整理した図も用意しましたので、こちらを参考にイメージをつけてもらえればと思います。
| 人事指標 | 典型的な課題シーン | 人時生産性と合わせて見る観点(人事視点) | 分析から見える示唆 | 具体的な打ち手例 |
|---|---|---|---|---|
| エンゲージメント | 忙しいのに成果が出ない部門がある | エンゲージメントスコアが低い部門ほど、人時生産性が低下していないか | 努力度の問題ではなく、心理的安全性・裁量不足・意思決定遅延が部門を減速している可能性 | 会議・承認フロー見直し/マネジャー育成/業務裁量の拡大 |
| 離職率 | 特定部門で若手の入れ替わりが激しい | 高離職率部門で、人時生産性が慢性的に低くなっていないか | 採用・育成の学習コストが成果創出前に失われている構造的損失 | オンボーディング再設計/メンター配置/業務難易度の段階化 |
| スキル保有率 | 研修効果が見えにくい | 高スキル保有者/低スキル層で、人時生産性に差が出ているか | スキル獲得により試行錯誤時間・手戻りが減少し、時間あたり成果が向上 | スキル投資の重点化/高スキル材の要所配置/育成ROI説明 |
| 配置適合度 | 長時間働いているが評価されない人がいる | スキル・経験と業務難易度のミスマッチで人時生産性が下がっていないか | 能力不足ではなく配置ミスマッチにより学習時間が成果を圧迫 | 配置転換/業務分解/育成→再配置の段階設計 |
「人時生産性」を起点にした人材配置・組織設計の見直しアプローチ
──「人時生産性」を活用することで、人材配置や組織設計をどのように見直すことが可能になりますか?
「人時生産性」は単なる“効率を測る指標”ではありません。組織のどこで、何に、どれだけの時間が使われ、その時間が成果にどの程度つながっているのかを可視化するための重要な“人事指標”です。部門別・チーム別・職種別といった単位で「人時生産性」を分析することで、以下のような組織設計上の課題を客観的に把握できるようになります。これらは、人事の現場で特に活用される「人時生産性」の代表的な3つの活用シーンをまとめたものです。
| 活用テーマ | 人時生産性で見るポイント | 可視化される状態 | 人事としての解釈 | 具体的な打ち手 |
|---|---|---|---|---|
| 業務量の偏在把握 | 部門別・チーム別の人時生産性と労働時間 | 忙しいが成果が出ない部門/余力があり成果が高い部門 | 人数や努力の問題ではなく、業務配分・役割設計が歪み | 業務再配分/RPA導入/支援人材・間接業務集約 |
| 残業常態化部門の構造分析 | 残業時間 × 人時生産性 | 残業が多いのに成果が伸びない部門 | 業務設計・スキル・マネジメントに構造課題がある可能性 | 業務プロセス再設計/育成投資/マネジメント改善 |
| 成果の出やすい配置・スキル構成分析 | 職種別・個人別の人時生産性 | 同職種でも成果効率に差がある | 特定スキル・経験・配置が成果創出に寄与 | 最適配置の横展開/育成優先領域特定/配置転換 |
「人時生産性」の本質的な価値は、単に残業を削減することではありません。むしろ、『なぜ時間をかけても成果につながらないのか』『誰をどこに配置すれば、成果が最大化されるのか』といった問いに答え、具体的な人材配置や組織設計の改善につなげられる点にあります。
「人時生産性」をめぐる代表的な誤解と、本質的な論点
──『残業削減=人時生産性向上』『数値が高い=優秀な人材』『部署別比較で優劣が分かる』といった誤解が生まれがちだと聞きます。実務上、特に注意すべき誤解と、その本質的な論点について教えてください。
「人時生産性」は、人的投資や働き方を経営に説明する上で非常に有用な指標です。その一方で、使い方を誤ると現場に混乱が生じたり、誤った意思決定を招いたりするリスクが高い指標でもあります。実務では、特に次の3つの誤解が起きやすいため注意が必要です。
■誤解(1):『残業削減=人時生産性向上』
「人時生産性」は分母が労働時間であるため、『残業を減らせば生産性は上がる』と誤解されがちです。しかし、成果(付加価値)が同時に落ちれば、生産性は改善したとは言えません。人事として見るべき本質は、時間を減らすことそのものではなく、『なぜ時間をかけても成果につながっていないのか』という構造的な原因です。
・業務設計の非効率
・意思決定プロセスの遅さ
・スキルや役割の不整合
といった構造に手を付けずに残業だけを削れば、現場の疲弊・品質低下・離職増加といった逆効果を生むリスクがあります。
■誤解(2):『人時生産性の数値が高い人=優秀な人材』
「人時生産性」は一見、個人の評価指標として使えそうに見えますが、業務の性質や難易度が異なる人同士を数値だけで比較することは非常に危険です。『定型業務』と『調整・判断を伴う非定型業務』では、同じ時間あたり成果を単純に比べることはできません。つまり、「人時生産性」は『個人の能力』を測るものではなく、『役割や配置が成果創出に適しているか』を見るための指標として扱うことが重要です。
■誤解(3):『部署別に比較すれば、良し悪しが分かる』
部門ごとの「人時生産性」比較は一定の示唆を与えてくれますが、業務内容・顧客特性・事業の成熟度などの前提条件が異なる場合、数値の単純比較は誤解を生みやすい指標です。本来、「人時生産性」の比較は『同質条件での傾向の把握』『時系列での改善・悪化の確認』のために使うものであり、部署間のランキングづけには向きません。特に、未来への投資や新規事業などを担う部門は成果が出るまで時間がかかるため、短期的な「人時生産性」だけで評価すると、組織全体の最適化を損なう恐れもあります。
──「人時生産性」を数値化したものの、改善につながらないケースも多いと耳にします。その理由と対策にはどのようなものがあるでしょうか?
「人時生産性」はあくまで結果指標です。数値化しただけでは、なぜその数値になっているのか、どこを変えれば改善するのかが見えてこないため、以下のような定性的な情報とあわせて解釈することが重要です。
・組織文化(心理的安全性)
・マネジメントの質
・業務裁量や意思決定スピード
・現場の納得感や腹落ち度
この 「人時生産性」を使った現場改善の進め方としては、次のようなステップが有効です。
(1)数値から課題の仮説を立てる(どの部門・どの職種で、どういう傾向が見えるのかを把握する)
(2)現場ヒアリングで要因を特定する(業務プロセスの詰まり・マネジメントの課題・役割や配置のミスマッチなどを丁寧に確認する)
(3)小さな施策から試行する(承認フローの簡略化、会議運営の見直し、役割調整など、負荷が小さく試しやすい打ち手から着手する)
(4)効果を検証しながら段階的に改善する(「人時生産性」の変化や現場の声を確認し、施策をチューニングしながら改善を進める)

「人時生産性」の設計から運用までの実務ステップ
──「人時生産性」を実際に設計・運用する上での進め方をステップごとに教えてください。
「人時生産性」を算出して数値を並べるだけでは、組織や人事施策の改善にはつながりません。重要なのは、どのように設計し、どのような運用プロセスで意思決定や改善アクションにつなげるかです。ここでは、「人時生産性」を人事データと結びつけながら、現場改善や人的投資の意思決定に活かすための実務的な設計から運用までのステップを整理します。
■ステップ1:目的を明確にする
「人時生産性」の設計にあたり最初に行うべきは、『何のために使う指標なのか』を明確にすることです。経営層への人的投資の説明に使うのか、現場の業務改善に使うのかによって、見るべき成果指標や粒度は大きく変わります。目的が曖昧なまま数値化すると、測っただけで終わるリスクが高まります。
■ステップ2:「人時生産性」の定義・算出ルールを設計する
次に、自社に合った「人時生産性」の定義を決めます。分子を売上・粗利・付加価値のどれにするのか、分母に含める労働時間を実労働時間にするのか残業を含めるのかなど、運用可能なルールに落とし込みます。ここでのポイントは、精緻さよりも『継続的に測れること』です。
| フェーズ | 推奨分子 | 理由 |
|---|---|---|
| 導入初期 | 売上 | 分かりやすさ優先 |
| 改善検討 | 粗利 | 利益視点で精度向上 |
| 投資判断 | 付加価値 | 人的投資ROI説明 |
■ステップ3:人事データと紐づけて分析する
「人時生産性」は単体では十分な示唆を得られません。配置、スキル、評価、育成履歴、エンゲージメント、離職率などの人事データと組み合わせて分析することで、『成果が出やすい配置・スキル構成』や『組織内の構造的なロス』といった深い洞察が得られます。
■ステップ4:仮説を立て、現場で要因を特定する
数値分析から得られた結果をもとに、『なぜこの部門は人時生産性が低いのか』『なぜこの配置は成果が出ているのか』といった仮説を立てます。その後、現場ヒアリングや業務観察を行い、業務設計・スキル・マネジメント・意思決定プロセスなど、ボトルネックになっている要因を特定します。
■ステップ5:小さな施策で検証する
要因が特定できたら、いきなり大規模な制度変更を行うのではなく、小さな施策から試行します。業務分担の見直し、配置変更、育成施策、ツール導入などを限定的に実施し、「人時生産性」や関連指標がどう変化するかを検証します。
■ステップ6:効果を確認し、改善を定着させる
施策の効果を再度「人時生産性」で確認し、成果が見られたものを横展開・制度化していきます。このサイクルを回し続けることで、「人時生産性」は評価のための数値ではなく、人事が組織改善をリードするための実務指標として定着していきます。
| フェーズ | 期間目安 | 目的 | 主に確認する指標 | 人事が立てる問い | 判断・アクション |
|---|---|---|---|---|---|
| ① 短期(兆し確認) | 1〜3か月 | 施策が狙った方向に作用しているか確認 | ・人時生産性(速報値)・労働時間の変化・業務量/処理件数・現場の定性コメント | 施策は意図した方向に向いているか?仮説はズレていないか? | ・仮説の修正・施策の微調整・継続/停止の一次判断 |
| ② 中期(効果検証) | 3〜6か月 | 再現性を排除し、施策効果を検証 | ・人時生産性(前年比・平均との差)・受注/来客数比較・研修前後比較・品質指標(手戻り、クレーム等)・エンゲージメント/離職傾向 | 条件が同じ中で、一貫した差分が出ているか?偶発要因依存は取れているか? | ・施策の本格展開判断・投資拡大/縮小・経営への中間報告 |
| ③ 長期(定着・制度化) | 6〜12か月 | 再現性を確認し、組織施策として定着させる | ・人時生産性の安定推移・部門間/年度間比較・離職率/定着率・人件費あたり付加価値 | 施策は組織の「やり方」として定着したか?他部門でも再現可能か? | ・横展開・制度化(配置・育成・業務設計)・業務プロセス化 |
「人時生産性」は測ることがゴールではなく、『人と組織の設計を見直し、改善を回し続けるための起点となる指標である』との理解が欠かせません。以下に、各種人事データと「人時生産性」を紐づけて分析することによりどのような示唆が得られ、どのような打ち手につながりやすいかのイメージを整理しましたので、こちらもぜひ活用ください。
| データの種類 | 具体的なデータ項目例 | 人時生産性との紐づけ方法 | 分析で得られる主な示唆 |
|---|---|---|---|
| 人材配置データ | 部門・チーム・職種・役割 | 部門別・職種別に人時生産性を集計・比較 | 成果が出やすい配置/業務量の偏在 |
| 労働時間データ | 実労働時間・残業時間 | 人時生産性と残業時間を掛け合わせて分析 | 残業が成果につながっているかの構造把握 |
| スキル・資格データ | 保有スキル・資格・習熟度 | スキル保有有無で人時生産性を比較 | 投資すべきスキル・育成優先領域 |
| 評価データ | 評価ランク・目標達成度 | 評価と人時生産性の相関を見る | 評価制度の妥当性・歪みの検証 |
| 育成・研修履歴 | 受講研修・OJT履歴 | 研修前後で、人時生産性を時系列比較 | 研修投資のROI検証 |
| エンゲージメント | サーベイスコア | スコア帯別に人時生産性を比較 | 心理状態と成果効率の関係 |
| 離職・定着データ | 離職率・在籍年数 | 定着率別に人時生産性を確認 | 学習コスト・定着施策の重要性 |
| 業務特性データ | 業務難易度・定型/非定型 | 業務特性別に人時生産性を分解 | 比較前提条件の補正・誤解防止 |
| マネジメントデータ | 管理職経験年数・部下数 | マネージャー単位で人時生産性を見る | マネジメントの質による影響 |
「人時生産性」を活用した企業事例
──「人時生産性」を指標として活用し、組織や人事施策の改善につながった、もしくは失敗してしまった企業事例について教えてください。
「人時生産性」は、活用次第で組織改善の強力な武器にもなれば、逆に現場を混乱させる要因にもなり得ます。ここでは、人時生産性を指標として適切に活かし、実際に成果を上げたケースと、期待した効果が得られなかったケースの両方を紹介します。
■成功事例:製造業における工程・人材配置の見直し
ある製造業では、慢性的な残業を経営課題としていたものの、単なる労働時間管理では問題解決が困難でした。そこで、「人時生産性」を工程別・チーム別に算出し、どの工程で時間あたりの付加価値が低下しているのかを詳細に分析しました。その結果、特定の工程において熟練者が不足し、非熟練者が試行錯誤しながら作業していたことが「人時生産性」低下、残業増加の主要因であると判明したのです。
そこで、熟練者の適切な再配置と、計画的な技能教育を実施したところ、
・残業時間:20%削減
・生産量・品質:維持
・人時生産性:着実に向上
という成果が得られました。この成功のポイントは、「人時生産性」を『残業削減の目標値』としてではなく、配置や育成を見直すための判断材料として活用した点にあります。
■失敗事例:サービス業における評価指標としての誤用
あるサービス業では、人事制度改革の一環として「人時生産性」を導入し、部署ごとに算出した数値を評価や管理の指標として用いました。しかし、『業務内容の違い』『顧客対応の難易度』『業務の成熟度』といった前提条件を十分に考慮せず部署間比較を行ったため、『数値が低い=生産性が低い部署』という短絡的なメッセージが現場に伝わってしまいました。
その結果、将来投資を担う部門や挑戦的な業務を持つ部門ほど低評価となり、現場の納得感が失われ、離職率が上昇する、という逆効果を招いてしまったのです。このケースでの失敗要因は、「人時生産性」を改善に向けた分析指標ではなく、評価用の管理指標として運用してしまったことにあります。
この2つの成功・失敗事例から得られる示唆としては、「人時生産性」は測ること自体に価値があるのではなく、どのような問いを立て、どの意思決定につなげるかが重要であるという点です。配置や育成、業務設計を見直すための材料として使えば組織改善につながりますが、単純な評価指標として使うとかえって組織の活力を損なう恐れがあります。
他にも、以下図にて成功例・失敗例をいくつか整理してみました。「人時生産性」という言葉そのものを公式に使って公開している企業は多くないため、企業が実際に公開している生産性に関する事例を「人時生産性」の考え方に当てはめて整理しています。
■成功事例
| 企業名 | 業種 | 導入のきっかけ | 人時生産性の観点での分析 | 実施した施策 | 成功要因(人事視点) |
|---|---|---|---|---|---|
| トヨタ自動車 | 製造業 | 生産性向上と品質維持の両立 | 工程別に「時間あたり付加価値」を分解し、ムダ・手戻り時間を特定 | 多能工化/工程設計見直し/熟練者再配置 | 人時生産性を人ではなく工程改善の指標として使用 |
| リクルート | サービス | 成果最大化と長時間労働の是正 | 成果と稼働時間の関係を個人・チーム単位で把握 | 高裁量な働き方/成果重視評価 | 人時生産性を働き方と評価思想の前提に置いた |
| サイボウズ | IT | 高い離職率 | 定着率と業務効率・時間投入の関係を分析 | 多様な働き方制度/チーム設計見直し | 定着が人時生産性を高めるという構造理解 |
■失敗事例
| 企業名 | 業種 | 導入のきっかけ | 人時生産性の扱い方 | 実施した施策 | 失敗の本質 |
|---|---|---|---|---|---|
| 某大手サービス企業 | サービス | 評価制度改革 | 部署別に人時生産性を単純比較 | 数値で部署評価 | 業務難易度差を無視し、評価指標として誤用 |
| 某ITベンチャー | IT | 働き方改革 | 残業削減と人時生産性向上を同一視 | 強制的な残業削減 | 成果低下を招き、分母だけを削った失敗 |
| 某BPO企業 | BPO | コスト削減 | 個人別人時生産性を毎週管理指標化 | 数値ランキング運用 | 現場萎縮・離職増。改善ではなく管理に使った |
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編集後記
「人時生産性」は、単なる効率指標ではなく、組織の構造課題を映し出す“鏡”だと改めて感じました。数字の良し悪しに一喜一憂するのではなく、背景にある仕組みや働き方を丁寧に見直すことで、初めて価値が生まれる指標と言えそうです。人と組織の可能性を広げるための起点として、活用を深めていきたいテーマではないでしょうか。
■具体的な付加価値例
| 分類 | 主な対象 | 付加価値の具体例 | 内容・意味 | 主な利用シーン |
|---|---|---|---|---|
| 経営指標 | 全社・事業 | 売上高 | 顧客に提供した価値の総量 | 経営説明・部門比較 |
| 経営指標 | 全社・事業 | 粗利(売上総利益) | 直接原価を除いた価値 | 事業別・部門別分析 |
| 経営指標 | 全社 | 営業利益 | 本業で生んだ利益 | 収益性評価 |
| 経営指標 | 全社 | 付加価値額 | 営業利益+人件費+減価償却費 | 人的投資ROI説明 |
| 経営指標 | 全社 | 人件費付加価値 | 売上-外注費・原材料費 | 人材貢献度把握 |
| 営業・販売 | 営業職 | 売上高 | 契約・受注金額 | 個人・チーム分析 |
| 営業・販売 | 営業職 | 粗利額 | 値引き影響を除外 | 利益重視評価 |
| 営業・販売 | 営業職 | 契約件数 | 成果量 | 単価差に注意 |
| 営業・販売 | 営業職 | 契約件数 × 平均単価 | 成果の平準化 | 個人差分析 |
| 営業・販売 | 営業職 | LTV | 顧客生涯価値 | 中長期価値評価 |
| 企画・マーケ | 企画職 | 担当施策売上 | 企画起点の売上 | 貢献度可視化 |
| 企画・マーケ | マーケ職 | CV数 | 成果件数 | 効率比較 |
| 企画・マーケ | マーケ職 | CPA改善額 | 効率化による価値 | 内部付加価値 |
| 企画・マーケ | 企画/マーケ | ROI換算値 | 投資対効果 | 経営説明 |
| 開発・IT | エンジニア | 開発完了案件数 | 完了成果 | 工数管理 |
| 開発・IT | エンジニア | 機能リリース数 | アウトプット量 | スピード評価 |
| 開発・IT | IT部門 | 工数削減時間 | 効率化効果 | 業務改善 |
| 開発・IT | IT部門 | 外注費削減額 | 内製化効果 | 投資ROI |
| 管理・間接 | 人事 | 採用充足数 | 採用成果 | 採用効率 |
| 管理・間接 | 人事 | 定着率改善効果 | 離職抑制価値 | 人的投資判断 |
| 管理・間接 | 経理・総務 | 処理件数 | 業務量 | 定型業務評価 |
| 管理・間接 | 管理部門 | 業務時間削減額 | 改善効果 | RPA・BPR |
| サービス業 | コールセンター | 応対完了件数 | 提供サービス量 | 生産性管理 |
| サービス業 | コールセンター | CSスコア | 顧客満足 | 品質補完 |
| 医療・介護 | 現場職 | 対応件数 | 提供量 | 稼働率分析 |
| 保育・教育 | 現場職 | 提供時間 | サービス提供量 | 定員補正 |
| 教育 | 教育職 | 学習達成率 | 成果指標 | 中長期評価 |








