「9歳の時に見た途上国少女の姿」この原体験が作り上げたビジョンとキャリア
「私の原体験は、9歳の頃に見た1枚の写真です」
マクドナルドでのアルバイト時代の全国表彰、新卒入社直後から財務系IRを担当、社歴2年目から新規事業に関与、延べ5,000人強のビジネスリーダーに対するコーチング実績、そして起業……
輝かしいキャリアを歩む五島さん。その背景を聞いたところ、返ってきた回答が先ほどのもの。彼女をここまで突き動かすほどの原体験とはいったいなんだろうか。
<プロフィール>
五島 希里
1984年生まれ。大学でESD(持続可能な開発のための教育)を専攻。高校~大学の7年間アルバイトをしたマクドナルドにて、全スタッフ対象であるコンテストで優勝。その後正社員、アルバイトのサービスレベルアップを目的としたホスピタリティセミナーを企画・運営し、参加者の中から次の優勝者を輩出。このときにコーチングと出会う。大学卒業後、大手人材総合サービス会社にて財務系IRに従事した後、新規事業開発・特例子会社設立を主担当として担う。設立後は特例子会社の運営全般、障害を持つスタッフの能力開発を担当。その後コーチ・エィへ。教育業界・官公庁において、コーチングによる組織変革を目的としたパブリック・セクター事業開発チームの立ち上げに関わり、営業とプロジェクトマネジメントを担当。ビジネスリーダーに関するヒアリングやインタビュー、コーチング等は延べ5,000人超。1年間のフリーランス期間を経て、2016年、港屋株式会社設立。
目次
おおきな目でこちらを見つめる裸の女の子
9歳の頃、ある途上国の写真集を見ていた時のことでした。裸の女の子が、砂ぼこりの舞う中でおおきな目をこちらに向けていたのです。栄養失調でお腹も膨れていて。
これを見た私は、思わずフリーズしてしまいました。
もっと知りたいから次のページをめくりたいけれども、「この子のことを忘れちゃいけない」という気持ちからどうしても動けなかったのです。
起業家の一家に生まれた私は、いつも「あなたは何になりたいの?」と問われて生きてきました。また家に置いてある偉人伝に目を通すと、1人ひとりにストーリーがあって、いろんなことを乗り越えて大成していく。こういった環境にいると、「自分は何者にでもなれるんだ」という前提に立つことができます。
でも、この裸の女の子はそういう夢を持てないかもしれない。
「どうしたら生まれた環境を乗り越えて、才能を発揮できる人が育つんだろう」
そう思ったことが、今の私のキャリアを作り上げた原点なんです。
英語を勉強したのも、ユニセフでインターンしたのも、幼稚園・保育園・孤児院でインターンしてみようとしたのも、すべてはこの1枚の写真から始まったことでした。
「『持続可能性』の視点を持ったチェンジメーカーの育成」を目指して
大学時代から追い続けているテーマ「ESD」
その後進学した大学で「ESD」に出会いました。卒論ももちろんそのテーマ。起業したのは、それを具現化するアイデアを思いつき試したいと思ったからでもあります。
ESDは、Education for Sustainable Development(持続可能な開発のための教育)の略です。瞬時に捉えづらい概念ですが、私は「『持続可能性』の視点を持ったチェンジメーカーの育成」と意訳しています。
社会問題の数々を一人で背負うことはできません。でも、人材育成を通じて世界の一人ひとりが才能を発揮しながら取り組めたら、その解決をもっと早めることができるのではないか。
そう考えたからこそ、このテーマを仕事にしたいと思い、港屋株式会社を設立しました。
この社名には、「港のように人やモノが行き交う場所となり、挑戦する人たちが立ち寄ってエネルギー補給できるような存在になりたい」という想いが込められています。
今、まさに取り組んでいること
取引先は幼稚園から中高・大学、スタートアップ、中堅・一部上場企業など様々。コアスキルとしてコーチングを使う仕事と、コーチングを応用的に使う仕事の2種類があります。主に企業向けについてお話しするなら、コーチングの力を使ってその組織がより良くなれるようなサポートをすることが今の私の仕事です。
その場合、依頼をしてくれるのは経営層や企画・人事などトップ層の方々。こちらからの営業は最近しておらず、紹介で話をいただくことがほとんど。
最近離職率が高いなとか、トップが横暴だなとか、雰囲気が悪いなとか、そんな時にお声をかけていただくことが多いですね。 依頼時に課題がクリアになっていることはほぼなく、だいたい抽象度が高い状態にあるので、対話の中でクリアにしていきます。時には社長が「俺か?俺が問題か?」みたいな話になることもありますが。(笑)
課題さえ特定できれば、解決策は世の中に溢れています。
5~10年前までは「自分で考えて行動できる人がいない」というテーマでの相談が多かったのですが、最近では「定着しない」「若手が考えていることがわからない」という話が多い印象があります。今は働き方も多様化しているので、「離職率を下げることを目的とするのか?」 と、そもそも論からお客様と話すこともあります。
コーチングはあくまで手段
本当にESDを啓蒙したいのであれば、そういった公的機関で働く方がいいとは思っています。ユニセフでインターンしていた経験もあるので、その実感は確かにあります。
でもそうしなかったのは、ESDをもっと日常に根付いたもので、気づけばやっているような自然なものにしたいと思ったから。ESDは「概念」なので、それだけでビジネスとして成り立つものではありません。中高生向けのサービスや授業では、意図がストレートに伝わる設計にすることもあります。
でも、コーチングはあくまで私の中でのみ、ESDを具現化する手段。でもそれを通じて、幅広い人に自分や他者の可能性を信じてほしいと思うし、「自分の仕事は誰に届くものなのか」ということを意識してもらえるような関わり方をしていきたいと考えています。
また、私はコンサルタントではないので、「こうしたほうがいい」みたいなアドバイスまですることはありません。言いたくはなることもありますが、私がずっとついていられるわけではないので、最終的に自走してもらえるような働きかけをすることがミッションだと考えています。
子供を育てるためには、まずは大人が育つこと
イキイキと働く大人の背中を見て子供が育つ世界
前職のコーチ・エィでは社会人向けの事業をやっていたこともあり、まずは中高生向けに教育×クラウドファンディングの事業を始めました。
そのうちに、新しいことや挑戦することへの不安や恐れは、大人になるほど感じやすいと知りました。やっぱり子供は大人を見ているから、大人も一緒に育つ必要があります。
大人の不安感から、子供の挑戦を止めてしまう、そんなシーンをたくさん見てきました。今私にできることは、私が関わる大人たちに、「いま自分は、子供に見せられる背中か」と一人ひとりがあり方を問い直すきっかけを作ることだと思っています。
挑戦を志す人の支援をしているので、不安や恐れとの葛藤は、しっかり受け止めたいですね。
限られた時間の中で影響範囲を広げるために
大人へのコーチングは基本的に1対1だし、学校での事業なら1学年200名くらいを相手にする必要があります。さすがにこれだけの人数を私たちの限られたリソースで対応することは現実的ではありません。
ではどうするか。1つは「影響力が高い人から入っていく」ということです。その人たちから流れる影響が変化することで、それが他の人にも波及していくような、例えるならオセロの四隅となりうる人に対してリソースを集中させていくことで、私たちの影響範囲を最大化できると考えています。
もう1つは、伝える側の人間をどこまで増やせるかです。そもそも私もいつまで生きていられるかわかりません。時間は有限であるという前提のもと、自分の限られた時間をどこに割くのがベストなのか。
そこを考え抜いた結果、想いを共同できる仲間やコーチができる人たちを増やすことに時間を使わないと 私のビジョンは実現できないと思うようになったのです。2020年はオックスフォードにもパートナーができ、現地の大学生や留学生、駐妻向けに、日英対応でサービス提供できるようになりました。
ビジョン実現に立ちはだかる壁
社会貢献を前面に出すと「痒い」と感じる旧資本主義的な考え方
「サステナビリティ」などを前面に出すとき、こういう方々は一定数存在します。確かに、「戦争をなくそう」みたいな大きな話だと そう感じるかもしれません。
でも全員が同じ目標を持つことがゴールではありません。それぞれの視点があっていいし、それぞれの立場からサステナビリティの視点を持ってリーダーシップを発揮できるようにするのがESDです。
しかし、もっと身近なところであればどうでしょうか。例えば個人に合わせた「心地よい働き方の模索」、「健康である」こと、「地球にも身体にもクリーンなものを食べること」。それは、自分を大切にすることから始まります。健康や運動で少しずつ習慣を変えられるようになると、自分に自信がついたり、前向きな気持ちになれたりする。自分を大切にできないリーダーは、他者のことも大切にできません。1つ1つはそうしてつながっているので、今後はウェルネスの観点から、リーダーを支援していくことも考えています。
こういった考え方を、先ほどお伝えしたいわゆる「オセロの四隅のように影響力が大きい人」から伝播していくことで変えていきたいなと思います。
ゴールがない人にはコーチはつけられない?
最近は、明確なビジョンやゴールを描きづらい時代になっていると考えています。そもそもコーチングは、目標達成に向けたサポートです。目標から逆算する考え方であるため、ゴールとなる目標がなければサポートすることが難しいといった側面もあります。
不確実性が高い時代背景のほか、個人に目を向けると、原体験から来る心の揺さぶりがビジョンになることが多いですが、そういう「感情への向き合い」に蓋をするクセがついている人が多いとも感じています。それもまた、ビジョンを描く障害になります。
ただ、明確なゴールが描けていない人でも、実は大まかな方向性だけはあったりするのです。それを見出して、今できる最適な解は何か、最適なテクノロジーは何かということを発見していく。その一歩目や二歩目を支援するようにしています。
これは、目標から逆算するバックキャスティングではなく、過去から予測するフォーキャスティングでもありません。
自分がわくわくドキドキするものと社会の接点を見つけ出して、どうすればできるだろうという問いを持つこと。これに『ドライビングクエスチョン』と名前をつけましたが、こういった方法も手段として有効だと感じます。
相手がいる状態に合わせて、コーチングとドライビングクエスチョンを使い分けながら、必要なサポートをしたいと考えています。
「五島さんのおかげでできました!」は成功ではない
自分たちの仕事を定量的に評価することは難しいなと感じます。なるべく定量的にするためにリサーチすることもありますが、個人的には、日常での実感値がある方が大切だと思います。
例えば以前、もう10年くらいの付き合いとなる組織の改革にご一緒しました。その規模は約1200人。当然一人ひとりに関与することは現実的ではないので、組織内の影響力の高い人物を中心に事務局を組成し、その方々が中心となって組織内にコーチをある一定割合そだてる、という形でプロジェクトをスタートさせました。
この頃から、私が考えるプロジェクトの要は「事務局から影響が波及していくこと」です。事務局にはその役割と、どれだけ影響力があるのかを認識してもらうと同時に、私たちはその影響力をさらに高めるために関わっていますよ、ということも丁寧に伝えています。
先程のプロジェクトでは、最終的なリサーチ結果でも大きな変化がありましたが、プロジェクトマネージャーのとしての成功基準は、事務局のメンバーが「五島さんのおかげでできました!」ではなく、「自分たちの力でできた!」という実感をどれだけ持てたかが何より重要だと思っています。
プロジェクトによる実験手段としてのパラレルワーク
より多くの組織と関わり、影響範囲を広げるために必要なこと
9歳の頃の原体験から問いを持ち、さまざまなプロジェクトを立ち上げ続けているので、その点から、今以上にパラレルにワークできる力を身につけていきたいなと考えています。
そこでまず課題になってくるのは、多様なメンバーと不確実性や予測不可能性が高い中で、柔軟に進める力です。また、個人単位でいえば、自分に合った「マルチタスク能力の発揮」や「スケジューリング力」でしょうか。
もともと焦るのが大嫌いで、夏休みの宿題も初日に9割終わらせるタイプ。チャキチャキ仕事をこなしていける方だとは思っていますが、これまでの相反する2つの経験が自分の血肉になってくれたなと感じます。
1つは自主的に働く経験。アルバイト先のマクドナルドも、新卒2年目から関わった新規事業も、自分で動き方を決める必要がありました。だからこそどんな時に自分のクリエイティビティが最大化するかということを体感で理解することができました。
もう1つは受動的に働く経験。
新卒入社すぐに担当した財務系IRは、決算や株主総会などの決められたことに向かって死ぬほど働く、みたいな状態でした。株価が1/50になって株主に怒られたり、不祥事が起これば記者会見の準備が必要だったり。常に誰かに振り回されるので、デスクから離れることができません。
自分でコントロールできる時間とできない時間のそれぞれで、何をどの時間でやりきるのか、戦略を立てつつ、それぞれパラレルで働く仲間たちとうまく時間を使えたら理想です。
失敗を恐れずにいられるコツを知る。それがビジョン達成においてはとても重要
『アルケミスト」という本がすごく好きで。パウロ・コエーリョという人が書いた本で、その中に「夢の実現を不可能にするものが一つだけある。それは失敗するのではないかという恐れだ」という言葉があるんです。
私も起業するときはすごく怖かったし、どうしたらこの不安を拭い去れるんだろうって思っていました。でも、不安を完全に無くすことはできない。だからこそ何かを始めるときには、「変えてもいい」「やめてもいい」「いざとなったら頼れる人がいる」といったオプションを持っておくことが動き出す上でも大切だなと考えています。
有言実行は確かに美しいですよね。でも実際はうまくいくかいかないかの2択じゃなくて、やってみて違えば変えればいいということの繰り返しではないでしょうか。
パラレルワークは、生きる糧を複数持つこと。選択肢を複数持っておくことで失敗の恐怖に立ち向かえる人が増えるのであれば、それはとても価値あることだと思うのです。
私自身もこれまでと変わらず、ESDというテーマに向き合っていきます。世の中も変化し、解決するべきことも変わっていくとは思いますが、それらの課題にずっと関わっていきたいなと。その中で、より多くの人を動かせるような仕組みを作れたら最高ですね。
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