「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」とは?意味や違い、可視化から始める健康経営
健康起因のパフォーマンス損失を示す指標である「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」。近年、健康経営(従業員などの健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する経営手法)の観点からも注目が集まっている概念です。
今回は、企業の健康経営推進担当者としても活躍されている看護師・公認心理師の前出 瞳さんに、「プレゼンティーズム」「アブセンティーズム」の概要から発生要因・対策方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
前出 瞳/看護師・公認心理師
国立看護大学校卒業後、エンターテインメント企業2社にて秘書、人材開発、産業保健業務に従事。現在は健康経営推進の担当者として各種施策を担当しつつ労務問題、ハラスメント対応、両立支援などにも携わる。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」とは
──「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」の概要について、人事・健康経営の文脈での定義を教えてください。
「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」は、いずれも WHO(世界保健機関)が提唱する健康問題によって生じるパフォーマンス低下を示す指標です。両者の定義・特徴は以下の通りです。
■アブセンティーズム
健康上の問題によって従業員が欠勤している状態を指します。いわゆる病欠であり、欠勤日数や休職者数など、企業側が数値として把握しやすい「見える損失」です。
■プレゼンティーズム
欠勤には至っていないものの、頭痛・腰痛・アレルギー症状などの健康問題により、生産性が十分に発揮されていない状態を指します。勤務しているように見えるため可視化しにくく、人件費は発生しているのに成果が100%に満たない「見えにくい損失」が生じやすいのが特徴です。
(例:花粉症の影響で集中力が落ち、作業効率が低下するケースなど)
──「アブセンティーズム」と「プレゼンティーズム」は業務生産性や組織にどのような影響がありますか?
「アブセンティーズム」は欠勤として表面化しやすい一方で、「プレゼンティーズム」は勤務しているにもかかわらずパフォーマンスが低下しているため、企業にとって“隠れたコスト”となります。
さらに、従業員本人が不調を自覚していなかったり、周囲も気づきにくかったりするケースが多く、その結果として集中力の低下によるミスや、重大な労働災害につながるリスクも懸念されます。
従来は、欠勤を減らす「アブセンティーズム」対策が人事施策の中心でした。しかし現在の健康経営では、出勤していてもパフォーマンスが落ちる「プレゼンティーズム」をいかに解消し、従業員が最大限の力を発揮できる状態をつくるかが重要なテーマとなっています。
「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」の発生要因
──「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」が発生する要因にはどのようなものがありますか?
どちらも根本的な要因は「心身の不調」にありますが、両者は独立した事象ではなく、不調の進行度合いによる「地続きの状態」として捉える必要があります。
まず不調を抱えながら働く「プレゼンティーズム」が起点となり、それが常態化・悪化することで、最終的に欠勤や休職といった「アブセンティーズム」へと移行することがあります。
そのうえで、これらの発生要因は、大きく『個人/組織(風土)/環境』の3つに分類して捉えることができます。
■個人要因(本人の状態・生活背景)
もともとの心身の状態に加え、業務上のプレッシャー、プライベートでの悩み、運動不足や不規則な食生活といった生活習慣など、個人の状況は人それぞれ異なります。こうした要素が重なると、体調不良や不調の兆しが生じやすくなります。
■組織要因(起こりやすくする風土・働き方)
休みにくい雰囲気や業務が属人化している状況では、体調が優れなくても無理して出勤する状況が生まれやすく、「プレゼンティーズム」が常態化しがちです。さらに、『高熱でも働くことが美徳』といった価値観が残っている組織では、不調を申告しづらく、低パフォーマンスの状態が見過ごされやすくなります。結果として、軽微な不調の段階で手当てできず、欠勤・休職へ移行するリスクも高まります。
■環境要因(働く場・制度・コミュニケーション条件)
不調を言い出しにくい職場環境は「プレゼンティーズム」を助長し、結果として重度の「アブセンティーズム」(長期休職など)へと発展する可能性があります。また、コロナ禍以降にリモートワークが普及したことで、『多少体調が悪くてもPCを開けば働けてしまう』状況が生まれたことも、「プレゼンティーズム」の温床となっています。さらに、リモートワークでは物理的な距離があるために気軽な相談がしづらく、孤立感からメンタル不調につながるケースも増えています。

──近年の働き方の変化などによって、「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」の要因が以前より表面化して気づきやすくなった点はありますか?
気づきやすくなった点としては、PCログの解析やパルスサーベイの普及により『深夜まで作業している』『急にレスポンスが遅くなった』といった変化が数値として可視化されやすくなったことが挙げられます。さらに、近年は健康経営の浸透により、企業が不調を『隠すべきもの』ではなく『マネジメントすべきリスク』と捉えるようになり、面談などで早期に表面化しやすい環境が整いつつあります。
一方で、逆に見えづらくなった(潜在化・深刻化しやすくなった)点もあります。
前述の通り、リモートワーク環境では画面越しでは非言語情報(顔色の変化、疲労感など)を読み取りにくいという課題があります。本人が無理をしていても周囲が気づけず、深刻化してからようやく発覚するリスクが高まっているのです。また、『1日休むほどではないが集中力がほとんどない』というグレーゾーンの状態が家庭内で完結してしまうため、管理職が部下の実態を正確に把握することが非常に難しくなっています。
「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」改善によるメリット
──「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」の改善は、企業にどのようなメリットをもたらしますか?
「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」の改善は、企業にさまざまなメリットをもたらします。健康経営の究極的な目的である『企業価値の向上』と『持続的な成長』を実現するうえでも、これらの解消は重要なKPIとして位置づけられています。
まず、従業員が日常的な不調を抱えずに働ける環境が整うことで、集中力と生産性が向上します。結果として、同じ時間で生み出せるアウトプットが増えるだけでなく、ミスや手戻り(リワーク)の大幅削減が期待できます。また、心身の余裕が生まれることで、目の前の業務対応に追われるだけでなく、新規アイデアの創出や業務改善への積極的な取り組みにつながります。
さらに、企業が従業員の健康を真剣に考える姿勢は、強固な信頼関係の構築に寄与します。健康経営に取り組む企業は、『働きやすさ』や『大切にされている実感』を従業員に与えるため、採用面や企業ブランドの向上にも効果があります。特に、近年の求職者(とりわけ若年層)は、給与と同様に『働きやすさ』や『ウェルビーイング』を重視しています。
そのため、「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」対策に科学的かつ組織的に取り組んでいる事実は、ホワイト企業であることの強い証拠となります。
こうした健康課題への投資や『無理な出勤を求めない』風土が醸成されると、従業員は安心して働くことができ、エンゲージメントの向上が期待できます。不調を隠さず相談できる心理的安全性の高い環境は、チーム内でのフォロー体制を円滑にし、“お互いさま”の文化の形成にもつながります。
なお、健康経営優良法人の認定基準にも「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」を測定し、改善に取り組む姿勢が問われています。つまり、これらは企業にとって極めて重要な指標であるということです。特に、「アブセンティーズム」の予兆を「プレゼンティーズム」の段階で早期にキャッチし対応することは、優秀な人材の離脱を防ぎ、採用・教育コストの無駄を抑えることにも直結します。
健康的な従業員が多い組織は、外部環境の変化や突発的なトラブルにも強い耐性を持ちます。特定の人材に依存せず、全員が安定して高いパフォーマンスを発揮できることは、欠員リスクの最小化にもつながるからです。
さらに、『健康であることが当たり前』という文化自体が、長期的には企業の無形資産となり、競争優位性を生み出します。総じて、「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」に対する体系的な取り組みは、健康経営のゴールを実現するうえで、最も費用対効果の高い投資の1つと言えるでしょう。

「プレゼンティーズム」の測定方法
──「プレゼンティーズム」は測定や可視化が非常に難しいテーマだと思います。実務ではどのような指標を使って把握・可視化するのが効果的でしょうか?
まず前提として、アブセンティーズム(欠勤による損失)は勤怠データで把握しやすい指標です。具体的には、欠勤日数、休職者数、遅刻・早退の回数などから「見える損失」として整理できます。
一方で、プレゼンティーズム(出勤しているが生産性が落ちている状態)は外から見えにくいため、質問票などの自己申告指標を中心に可視化するのが基本になります。業務上のミス発生率の増加やPCログの停滞などの変化を“兆し”として捉えることもありますが、不調の「絶対的な痛みや辛さ」そのものは主観の影響が大きく、直接測るのは難しい点に留意が必要です。
WHOがロナルド・ケスラー教授(ハーバード大)らと共に作成したWHO-HPQ(WHO Health and Work Performance Questionnaire/健康と仕事のパフォーマンス質問票)が、従業員の不調による経済的損失を“見える化”するための最も信頼性の高いツールの1つとして利用されています。しかし、このWHO-HPQは世界基準ではあるものの、以下のような課題が指摘されてきました。
<WHO-HPQの課題>
・設問が多い:従業員が回答するのに時間がかかり、毎年の調査としては負担が大きい。
・計算が複雑:独自のアルゴリズムが必要で、人事担当者がパッと集計するのが難しい。
・翻訳上の違和感:英語を直訳したような設問があり、日本人の感覚だと答えにくい箇所がある。
こうした課題を踏まえ、日本企業がより手軽かつ科学的妥当性を確保した形で「プレゼンティーズム」を測定できるように開発されたのが、東京大学・川上憲人教授らの研究グループによる『東大1項目版SPQ(Single-Item Presenteeism Question)』です。
この東大式1項目版SPQはライセンスフリー(無料)で使用でき、著作権を保持しながらも企業による社内アンケートやパルスサーベイへの利用が認められています。この使いやすさから、民間企業・健康保険組合・ストレスチェックのベンダーなどが幅広く採用し、現在では経済産業省の『健康経営度調査』においても代表的な「プレゼンティーズム」指標として位置づけられています。
この東大式1項目版SPQでは、従業員に対して以下の質問を投げかけます。
『病気やけががない時に発揮できる仕事の出来を100%とした場合、過去4週間のあなたの状態は何%でしたか?』
(回答:0%〜100%の間で記入、または選択)
非常にシンプルな質問ですが、本来の能力(100%)と現在の発揮度のギャップを直接測定できるため、「プレゼンティーズム」による損失を明確に把握できます。また、1問のみのため従業員にとっての負担感も小さく、定期測定に適しています。ただし、実務で活用する際には次の点に注意が必要です。
・職種特性によるばらつき:クリエイティブ職や研究職など、日々のアウトプットが変動しやすい職種では数値が低めに出る傾向があります。そのため、部署ごと・職種ごとの平均値を把握しておくことが重要です。
・主観回答であることの限界:“自分に厳しい人”は常に低く、“自分に甘い人”は常に高く回答する可能性があります。そのため、絶対値よりも『個人内でのスコア変化(推移)』を見ることが有効です。
・高スコア=健康とは限らない:常に100%と答える人の中には、実は無理を重ねている(バーンアウト寸前)ケースもあります。残業時間やストレスチェック結果など 他の指標と組み合わせて多面的に判断することが欠かせません。
どの指標を用いるにせよ、プレゼンティーズムの測定結果は 他の健康データとのクロス分析を行うことで初めて価値を発揮します。これにより、健康経営における計画→実行→効果検証→改善の精度を高め、組織としての健康経営レベルを継続的に引き上げていくことが可能となります。
「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」の具体的な対策事例
──これまでに前出さんが健康経営に取り組んだ中で「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」の改善につながった事例について教えてください。
■取り組み背景・課題
私が以前関わっていた企業では、一見問題なく勤務していた従業員が、ある日突然診断書を提出して休職に入るケースが多発していました。全休職者の約8割を占めるほど発生しているにも関わらず、上司からは『まったく気づかなかった』という声が相次いでいたのです。
その結果、急な欠員対応に追われ、組織運営にも大きな負荷がかかっていました。こうした突然の休職、つまり「アブセンティーズム」の手前で気づけない状態を改善するため、上司・人事・産業保健スタッフが早期に介入できる仕組みが必要であると考え、対策の検討を始めることにしました。
■施策の設計・実行フェーズ
表面的には突然の休職に見えても、その前段階には必ず何らかの不調サインがあるはずです。上司と部下のコミュニケーション頻度を増やす方法も検討しましたが、個人差が大きいため組織として再現性が乏しく、管理職の負担も増えるため『誰でも把握できる客観データ』に注目しました。そこで焦点を当てたのが『勤怠データ』です。
勤怠システムには出退勤時刻・残業時間・欠勤日数など、従業員の働き方を示すデータがすべて記録されています。ただし、管理職に単に『勤怠を見ましょう』と伝えるだけでは、どの状態をアラートと捉えるべきか分からず、行動につながりません。
そこでまず、過去の休職者の勤怠データを分析しました。その結果、休職者の8割以上に『出勤時刻の乱れ』が見られることが判明したのです。具体的には、普段9時前後に出勤していた人が、次第に9時半〜10時頃へと遅れ始めるという傾向です。この分析を踏まえ、衛生委員会などを通じて管理職に以下を周知することにより、勤怠の乱れを『不調の初期サイン』として捉える体制を整備しました。
・出勤時刻が安定しないor徐々に遅れていく従業員には、1on1の頻度を増やすなどのラインケアが有効であること。
・人事の勤怠担当と連携し、『週2回以上の遅刻』や『2日以上の欠勤』がある従業員を抽出し、該当管理職へ状況確認を依頼する仕組みを導入すること。
■結果
休職者数そのものに大きな変化はなかったものの、“突然の休職”に至るケースは全体の2割以下へと大幅に減少しました。早期に「プレゼンティーズム」の兆候を把握し、管理職が業務量調整などのケアを行ったことで、休職に入る場合でも組織への影響を最小限に抑えることも可能となりました。
また、人事からの勤怠チェックを経て管理職から確認が入る仕組みができたことで、従業員側の勤怠意識も高まり、働き方そのものの改善にもつながりました。
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編集後記
働き方が多様化する現代においては、不調の早期発見には『仕組み』と『データ』の活用が不可欠であると改めて実感しました。従業員の健康と生産性の両立を実現するためにも、組織に潜む“見える損失”と“見えない損失”の両方に目を向け続けることが重要なのではないでしょうか。








