「ウェルビーイング経営」で生産性・エンゲージメントを向上させる方法とは
従業員がいきいきと働ける職場環境を実現することで、生産性やエンゲージメント向上につなげられるとして注目を集めている「ウェルビーイング経営」。近年、日本でも多くの企業が取り入れはじめている経営手法です。
今回は、ウェルビーイング室の立ち上げの経験も持つ大坪 克吉さんに、「ウェルビーイング経営」の概要から組織に与える影響、事例にいたるまでのお話しを伺いました。
<プロフィール>
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大坪 克吉(おおつぼ かつよし)/大手通信事業会社 人事部ウェルビーイング担当
大手税理士法人グループ会社にて社会保険労務士業及び人事・労務支援事業に従事した後、上場企業の通信会社に転職し人事領域全般やデジタルマーケティング領域を経験しながらMBAや中小企業診断士・ITコーディネータ資格を取得。現在はマネジャー兼人事企画としてウェルビーイング室の立ち上げや新人事制度導入・働き方改革の推進などを担当。
目次
「ウェルビーイング経営」とは
──「ウェルビーイング経営」とはどういったものなのか教えてください。
「ウェルビーイング経営」とは、企業が従業員の身体的・精神的健康だけでなく、働きがい・生きがいといった社会的分野までを支援する経営手法のことです。ウェルビーイングとは身体的・精神的・社会的に満たされた状態を指す言葉で、1946年に設立された世界保健機関(WHO)の憲章で初めて登場しました。
具体的な取り組みには、目的や課題に応じてさまざまなものがあります。例えば、メンタルヘルス不調者が増えている企業では、『どのような働き方をしている従業員に不調者が多いのか』をストレスチェックなどにより分析し、その結果に応じた産業医面談の実施や充実を図るなどの取り組みがあります。また、出産・育児などのライフイベントによる離職者を課題視する企業では、『出退勤時間を1時間融通が利けば働きやすくなる』などのニーズを従業員アンケートなどから収集し、それに合わせた勤務時間や働き方(テレワークやフレックスタイムなど)ができるよう制度の充実を図ることなども取り組みの1つです。
なお、近年の求職者(特に新卒入社希望者)は、健康やウェルビーイングへの関心が高いケースが多いです。そのため、待遇や労働条件はもちろん、働きがいや生きがいまでもフォローできるような施策を採用ホームページなどで積極的に発信することがより求められるようになってきています。
──よく聞かれる『健康経営』との違いにはどういったところがあるのでしょうか。
「ウェルビーイング経営」と似たものに『健康経営』がありますが、これらはやや視点の異なる概念です。「ウェルビーイング経営」は従業員の視点、『健康経営』は企業の視点から施策を検討するという違いがあります。『健康経営』では健診受診率向上・生活習慣改善・メンタルヘルス対策などを重視することで心身の健康維持・増進を目指します。一方、「ウェルビーイング経営」は仕事の意義、働きがいや生きがいを持てる職場環境があることで、従業員エンゲージメントの向上に繋がることを目指すなど、社会的側面も含みます。
ウェルビーイング経営 | 健康経営 | |
視点 | 従業員 | 経営者・管理職 |
きっかけ | 現場からのボトムアップ | 経営者からのトップダウン |
情報発信 | DE&Iの達成 | 人的資本への投資 |
KPI例 | ・従業員ニーズのカバー率 (例:定期的な従業員アンケートなどで健康支援やメンタルヘルスサポートなど従業員の希望を聞き、それに対しての施策の達成度など) ・休職防止や生産性の向上を通した働く機会の創出 (例:不健康になるリスク要因を取り除くなど) | ・費用対効果 ・生産性 (例:厚生労働省の健康経営優良法人認定を取得することを経営目標とし、認定を受けるための各項目をKPIとして活用するなど) |
もちろん「ウェルビーイング経営」においても、最終的な目的は『企業価値の向上』だと思います。それは、企業の持続的な成長や社会価値の創造にも繋がる点だと思います。従業員のエンゲージメント向上など、社会的側面を含んだ取組みをすることで、企業価値が高くなるという要因もありますし、人的資本への投資として社外からの評価が高まるという要因もあります。「ウェルビーイング経営」の積極的な取組みを社内だけではなく社外にもしっかりと開示していくことで、企業の持続的な成長や社会価値の創造に繋がっていると言えます。
──近年、この「ウェルビーイング経営」が推進されているように感じるのですが、その背景には何があるのでしょうか。
「ウェルビーイング経営」が推進される背景の1つに『働き方改革』とその推進があります。この動きの中で、長時間労働の是正や正規・非正規社員の格差是正、フレックスタイム制の推進、育児・介護休暇制度の充実、テレワークや複業・副業導入などが行われてきました。それらに加え、従業員エンゲージメントの向上も働き方改革の大きなポイントとなっています。その実現に向けては人間関係・報酬・評価・ワークライフバランスの整備が求められるなど、「ウェルビーイング経営」の考え方とも共通点が多いのです。
SDGsのゴール3『すべての人に健康と福祉を』への貢献として、現在ウェルビーイングの重要性が高まっています。また、人的資本投資の評価指標であるISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)には、組織の健康・安全・ウェルビーイングの評価項目が含まれており、これは人的資本経営においてもウェルビーイングを重視する理由の一つです。ウェルビーイングを推進する「ウェルビーイング経営」は、従業員の満足度と健康を向上させ、結果として組織の価値向上に寄与するため、人的資本への投資としても有効とされています。こうした背景から、近年多くの企業が人的資本経営の一環として「ウェルビーイング経営」を積極的に取り入れています。
「ウェルビーイング経営」が組織に与える影響
──この「ウェルビーイング経営」が組織に与える影響にはどのようなものがあるのでしょうか。
「ウェルビーイング経営」に取り組むことで、以下のような良い影響を組織に与えることができます。
■従業員のエンゲージメント向上
「ウェルビーイング経営」の取り組みがうまくいけば、従業員にとってより働きやすい職場になります。同時に、ポジティブな気持ちで仕事に取り組めるようになるため、従業員のエンゲージメントが向上します。
■離職率の低下や採用力の強化
より働きやすい職場になることで仕事への満足度や従業員間の信頼・協力関係が強化されると、従業員は自身が理解・支援されていると感じ、組織への所属意識が高まるため離職率が低下します。それに伴い自社のブランド価値も向上し、採用力の強化にも繋がります。
■SDGsや人的資本経営の推進
「ウェルビーイング経営」を推進することで、SDGsのゴール3(すべての人に健康と福祉を)などの達成に貢献できます。また、前述した通り人的資本経営と「ウェルビーイング経営」は関連性が高く、経済産業省によって取りまとめられた『人材版伊藤レポート2.0』の中でも『心身の健康だけでなく、熱意や活力をもって働くことを実現する社員のウェルビーイング視点は重要』と述べられています。
一方で、「ウェルビーイング経営」を実践するには経営者が長期的な視点を持ち、推進者や従業員への取り組みに対して支援していく必要があるなど、難しい点もあります。以下2つの点にも留意する必要があります。
(1)コスト面
「ウェルビーイング経営」の仕組みづくりやその実現のためには、運営担当の設置、セミナーなどイベントの開催、制度や労働条件の改善などが必要になり、そこには多くの人的・時間的・金銭的コストがかかる可能性があります。具体的には、「ウェルビーイング経営」を効果的に推進するには専門的な知識や継続的な管理が必要になるため、産業保健師など専門的な知見を持つ担当者や担当部署の設置が望ましいです。また、従業員のウェルビーイングに関する意識や知識を向上させる上でセミナーなどイベント開催は非常に有効なのですが、その準備や運営にも膨大な時間が掛かります。さらに、介護が必要な従業員に合わせて人事制度・規定、労働条件の変更や改善を行うとなると、全社を挙げた大きな対応が求められることも多々あります。
また、「ウェルビーイング経営」の推進により一時的に利益を追求することが難しくなる場合があることにも注意が必要です。例えば、従業員の勤務時間見直しによる労働時間減少に伴う売り上げ減少、新しいシステムや設備導入による混乱など、短期的なデメリットが出てくる可能性はあります。
(2)長期的な施策
「ウェルビーイング経営」は、すぐに成果が出るものではありません。労働環境を改善するには時間が掛かりますし、従業員が「ウェルビーイング経営」を認知し概念を理解することも容易ではありません。そのため、「ウェルビーイング経営」ではしばらくの間メリットが実感として得られずとも簡単には諦めず、腰を据えて取り組むことが重要です。
「ウェルビーイング経営」の推進方法・ストーリー
──「ウェルビーイング経営」を自組織で推進しようと考えた時に、どのような考え方やストーリーで組織のパフォーマンス向上に繋げていくと良いでしょうか。
「ウェルビーイング経営」を導入する場合、いくつか留意すべき点があります。特に、従業員に対するプライバシーへの関与をどの程度にすべきかは大きなテーマです。例えば、従業員の健康情報やウェルビーイング施策への参加状況は厳格に管理し、機密扱いにすべきでしょう。健康情報は言うまでもありませんが、「ウェルビーイング経営」における施策として更年期障害や月経困難症などのセミナーを開催する場合もあります。会社としても、これらのデータは従業員の同意なしには公開しないポリシーを持つことが必要です。
それ以外にも、強制感や過度な干渉は避けるようにしましょう。ウェルビーイングに関するセミナーやイベントを開催する場合は任意の参加とし、従業員が自身のニーズに合わせて活用できるようにすることが望ましいです。
また、「ウェルビーイング経営」を社内に浸透させるためには、従業員の健康・幸福が組織の成功に不可欠であり、個人の成長と組織のパフォーマンス向上に貢献するものであるという理解を促進することが重要です。そのためには、経営者が「ウェルビーイング経営」を支持し、経営者から直接その意義を従業員に発信するなど率先した行動と組織全体へのコミットメントが求められます。
同時に、従業員の意見やニーズを反映したウェルビーイング施策を設計し参加を促します。そのためには、随時社内アンケートを取るなどして従業員の意見をすくい上げ、改善サイクルを回していける体制を構築できると良いでしょう。
「ウェルビーイング経営」の推進事例
──この「ウェルビーイング経営」をうまく推進できている企業の事例についていくつか紹介をお願いします。
グループウェア(組織内コミュニケーションを円滑にし、業務の効率化を推進するためのソフトウェア)の開発・販売・運用を行っているサイボウズ株式会社の取り組みをご紹介します。
サイボウズは、『チームワークあふれる会社を創る』を人的資本経営ポリシーに据えて、チームとしての生産性と個人の幸福を両立させる組織づくりを行っている会社です。今でこそ定着率が高いことで有名ですが、昔は離職率が高かったそうで「ウェルビーイング経営」を推進する前の2005年頃は20代後半〜30代前半の従業員が大半であり、結婚・出産などのライフイベントを迎える方も増えてきたことを受け、会社としても対応を検討し始めました。特に、女性は出産によって一度会社を離れてしまうとなかなか復帰しづらい現状があったこともあり、安心して戻ってこられる環境を作ることで優秀な従業員の流出を防ぎたいと考えたことが「ウェルビーイング経営」を推進するきっかけになったようです。
そのために行ったことに『社内インタビュー』があります。子どものいる従業員にインタビューを行い、その中からどのような施策や制度を導入すれば女性が出産後も引き続き働き続けられるかと探っていった形です。例えば、『小学校に上がるまでは子どもは病気をしがちである』といった意見から最長6年間の育児・介護休暇を新設・導入したことにより、離職率は28%(2005年)から4%(2013年)まで減少。女性比率も上昇するなど、狙ったような効果を創出することに成功しています。他にも、週休3日制やジョブ・リターン制度の導入なども推進し、従業員が辞めたくならない会社づくりに取り組み続けています。
このように、『働く人がより楽しく幸せに働くために役立つことを常に第一に考える』の観点から「ウェルビーイング経営」を推進することにより、従業員からも今までになかった発想が次々に生まれ、GAFAのような競合がいる市場の中でも売上を伸ばしているなど結果を残しています。
※参考記事:ウェルビーイング向上が組織進化に繋がった ──離職率28%時代のサイボウズが行ったウェルビーイング推進とは/サイボウズ チームワーク総研
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編集後記
企業が成長を続けるためには、そこで働く従業員やその家族はもちろん、その取引先や顧客、地域や社会にも良い影響を与える存在でなくてはならないと大坪さんのお話や紹介いただいた事例を通じて再認識しました。日本にも古くから『三方良し』の経営哲学がありますが、それにも通じるものがあると感じます。自分たちの幸せも他者の幸せも両立できるよう、あらゆる取り組みを考えて実践していきたいものです。