「休業補償」の申請や従業員サポート方法について勤務社労士が解説

従業員がケガや病気などで働けなくなってしまった際に企業が支払う必要がある「休業補償」。休業中の生活保障を目的として、労働基準法でも定められているものです。
今回は、社会保険労務士として複数企業で18年もの勤務経験を持つ寒河江 貴之さんに、「休業補償」の申請方法から従業員のサポート対応方法にいたるまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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寒河江 貴之(さがえ たかゆき)/IT領域企業 人事部副部長
事業会社での人事部で勤務をしつつ、社会保険労務士の資格を取得。以降、企業内で社会保険労務士の資格を活かすため、18年間の中で複数企業にて、『人のため』の信念のもと、給与計算・社会保険業務、人事給与システムの入れ替え、退職金制度改訂、人事制度改訂、労務対応、労働基準監督署対応など、労務領域を中心に幅広い業務を経験。
目次
「休業補償」の手続き方法
──まず、「休業補償」の概要と、その手続き方法について教えてください。

「休業補償」とは、労働者が業務上または通勤中に負傷や疾病により働けなくなった場合に労災保険から支給される給付金のことです。労働者が療養のために休業し、その間賃金を受け取れない場合に適用されます。具体的には、休業開始から4日目以降に支給され、初日から3日目までは事業主が平均賃金の60%を補償する形です。「休業補償」の給付額は、給付基礎日額の60%に相当する金額に加え、休業特別支給金として給付基礎日額の20%が加算される仕組みです。ここで言う給付基礎日額は事故や疾病が発生した直前の3か月間の平均賃金を基に算出されます。
待機3日間の給与は、事業主の義務である休業補償や通勤災害による労災保険休業給付の除外期間について、対象従業員からの申出により、年次有給休暇の消化(100%支給)とすることも可能です。ただし、事業主からの強要や、本人の同意のない振替はできません。
この「休業補償」給付を受けるためには、以下の条件を満たす必要があります。
・業務上または通勤による負傷や疾病であること
・療養のために労務に従事できないこと
・賃金を受け取っていないこと
「休業補償」の手続きは、会社が被災労働者に請求書を送付し被災労働者が必要書類を労働基準監督署に提出する形で行われ、1~2か月程度かかることが一般的です。また、「休業補償」の対象となる雇用形態は正社員・契約社員・アルバイトなど企業に雇用されている方々で、業務委託者などは対象外となっています(派遣社員は派遣元が企業として雇用しているので対象)。
なお、「休業補償」にはいくつかの種類があります。主なものは以下4つです。
(1)労働災害による休業補償
業務中や通勤中の事故などによる負傷や、疾病の療養のために仕事を休む場合に支給されます。
(2)自己都合による休業
業務や通勤とは関係のない事故や病気、産前産後の休暇、育児・介護休業などが該当します。
(3)会社都合による休業
経営難による自宅待機や操業停止、設備不良など、会社側の都合で休業する場合に支給されます。
(4)天災事変による休業
地震・火事・水害・台風など、自然災害による休業が該当します。
この中でも特に適用場面が多いのは(1)で、その中でも業務中の事故を『業務災害』、通勤中の事故を『通勤災害』と呼んでいます。
ちなみに、「休業補償」は他の保険制度と併用できますが、いくつかの制約があります。例えば、労災保険の「休業補償」給付と健康保険の傷病手当金は同時に受け取れません。労災保険が業務上の事故や疾病に対する補償であり、健康保険が私傷病に対する補償だからです。
一方、労災保険と生命保険・損害保険などの民間保険は併用が可能です。これにより、労災保険でカバーしきれない部分を補填することができます(ただし、二重取りを避けるために、保険金の調整が必要になる場合あり)。
また、療養補償給付(業務を原因とする怪我や病気の治療について労災保険から行われる給付のこと)と「休業補償」給付は併給されることがありますが、「休業補償」給付と傷病補償年金(療養補償給付金を受ける労働者の傷病による障害の程度が傷病等級表に定める傷病等級に該当し、その傷病が療養開始後1年6か月経過しても治らない状態が継続している場合に支給されるもの)は併給されません。
──「休業補償」の申請から給付まではどのような流れになっているのでしょうか。
「休業補償」の申請から給付までの流れは以下の通りです。
(1)労働災害の発生
まず、業務中や通勤中に事故や疾病が発生した場合、労働者は速やかに上司や人事部に報告します。
(2)医療機関での受診
労災指定の医療機関で治療を受けます。指定医療機関であれば治療費は労災保険から直接支払われるため、窓口での支払いは不要です。
(3)必要書類の準備
労働者は、医師の診断書や治療費の領収書、休業損害証明書(通常加害者側の保険会社から被害者のもとに送られるもの)などの必要書類を準備します。企業側も、労働災害報告書や賃金台帳・出勤簿などの書類を用意します。
(4)労働基準監督署への提出
労働者または企業が労働基準監督署に『休業補償給付支給請求書』を提出します。この休業補償給付支給請求書は、労働基準監督署もしくは厚生労働省のホームページから入手することができます。この際、(3)でご紹介した必要書類をすべて添付します。
(5)労働基準監督署の調査
提出された書類を基に、労働基準監督署が調査を行います。その際、必要に応じて関係者のヒアリングや追加資料の提出を求められることがあります。
(6)給付の決定
調査が完了すると労働基準監督署は給付可否を決定し、そこで給付が認められたら指定された振込口座に給付金が支払われます。通常、請求から支給までにかかる時間は1か月程度で、毎月〇日が支払日など日付が決まっているわけではありません。
(7)給付の受領
労働者は給付金を受け取り、療養に専念します。給付金は休業4日目から支給され、給付基礎日額の80%が支給されます。
「休業補償」の申請において人事が行うこと
──「休業補償」の申請は企業・従業員の双方が行う必要があります。人事側の対応ポイントやリスクにはどのようなものがあるでしょうか。
企業側の人事担当者が「休業補償」の申請を行う際には、以下4つのポイントを抑えることが重要です。
(1)正確な情報の収集と記録
事故や疾病の詳細、発生日時・場所・状況などを正確に記録してください。これにより、申請書類の信頼性が高まります。
(2)医療機関との連携
医師の診断書や必要な医療記録を収集し、労災申請に必要な情報を整えます。これにより、従業員はより治療に専念できるようになります。
(3)必要書類の準備
前述の通り、労災保険の申請には医師の診断書や労働者の休業証明書などが必要です。これらの書類を迅速に準備し提出しなければなりませんが、もし従業員が自ら手続きを行うことが難しい場合は、企業が代理で申請手続きを行う義務があります(労災保険法施行規則第23条)。具体的には、必要な書類の準備や提出を人事が代行する形です。
(4)労働基準監督署との連携
労働基準監督署に対して、適切なタイミングで申請を行い必要な情報を提供します。労働基準監督署に対して従業員の状況を説明し、必要な手続きを迅速に進めるためにも、円滑なコミュニケーションが求められます。
なお、これらのポイントを抑えずに申請を行わない場合は以下のようなリスクが考えられますので注意してください。
(1)申請の遅延や拒否
必要な書類が揃わない、情報が不正確であるなどの理由で、申請が遅延したり拒否されたりする可能性があります。
(2)従業員の不満や信頼低下
「休業補償」が適切に支給されない場合、従業員の不満が高まり、企業への信頼が低下してしまう可能性があります。従業員の生活補償と安心感の醸成が目的の制度ですから、こうして不満が生まれてしまっては本末転倒ですので、迅速かつ丁寧に対応を進めましょう。
(3)法的リスク
労災保険の申請が適切に行われない場合、企業は法的な責任を問われ、罰則や賠償責任が発生してしまう可能性があります。
(4)企業の評判への影響
労災対応が不適切であると企業の評判が悪化し、採用活動やビジネスにまで悪影響を及ぼす可能性があります。

「休業補償」申請における従業員へのサポート
──「休業補償」申請は従業員自身にも対応してもらう必要があります。その際、人事は従業員に対してどのようなサポートを行うとよいでしょうか。
従業員が申請対応を行う際、以下のような観点でサポート・レクチャーを行えると親切です。
(1)申請手続きの説明
まず、労災申請の流れや必要書類について具体的に説明します。具体的には、前項でご紹介した4つのポイントについて概要をお伝えする形です。それ以外にも、労災保険給付請求書の記入方法や提出先などの細かい部分についても丁寧に補足していきます。
(2)必要書類の準備
医師の診断書・休業証明書・事故報告書など必要な書類のリストを提供し、どのように取得するかを説明します。具体的には、休業証明書は加入している損害保険会社から、事故報告書は(警察が介入している場合)警察からそれぞれ取得できることを伝えておくと従業員も安心できるはずです。
(3)サポート体制の整備
申請手続き中に疑問や問題が発生した場合に備え、いつでも相談できる窓口を設けます。『今後何かあればこの担当者もしくは人事部まで連絡ください』と伝えておくことにより、従業員が安心して手続きを進められるようにします。
「休業補償」の申請が必要になる前から整備しておきたいこと
──いざという時に慌てないためにも、企業として準備・整備しておくべきことにはどのようなものがありますか。
労災発生時に迅速かつ適切に対応するためにも、事前に以下4点を整備しておきましょう。
(1)事前整備のポイント
労災発生時の対応手順を明確にしたマニュアルを作成し、全従業員に周知します。これには、事故報告の方法、必要書類の準備、労働基準監督署への報告手順などが含まれます。
(2)定期的な安全教育と訓練
労働災害を未然に防ぐための安全教育や訓練を定期的に実施します。これにより、従業員の安全意識を高め、事故発生時の対応力を向上させることができます。
(3)労災保険適用範囲の確認と更新
労災保険の適用範囲を定期的に確認し、必要に応じて適用範囲を更新します。特に、新しい業務や作業環境の変更があった場合には、それらも適用範囲に加えるべきかを確認・検討した上で見直すことが重要です。例えば、倉庫内作業で新たに6本入りの缶ジュースを3本ずつに分けてまとめる業務が追加された場合、ジュースが従業員の足に落下してケガをしたケースはどう扱うかを確認・検討するイメージです。どこまで細かく見直すかは業務にもよりますが、定期的に業務や作業環境の確認を行っておく必要があるでしょう。
(4)緊急連絡体制の整備
労災発生時に迅速に対応できるよう、緊急連絡体制を整備します。これには、担当者の連絡先リストや緊急時の連絡手順が含まれます。
なお、こうした事前準備・整備を行おうと思っても、なかなか社内リソースが割けない・専門知識がないケースは多々あると思います。そのような場合は、外部の専門家やアウトソーシングサービスを活用するのも1つの手です。
専門家の活用
労災対応に関する専門知識を持つ弁護士や社会保険労務士を活用することで、適切な対応が可能になります。特に、複雑なケースや法的リスクが高い場合には専門家のアドバイスが有益です。有事に備えて顧問契約を締結することも検討しましょう。
アウトソーシングの活用
労災対応の一部をアウトソーシングすることで、企業内部のリソースを効率的に活用できます。例えば、労災保険の申請手続きや書類作成を専門のアウトソーシングサービスに委託するなどが考えられます。
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編集後記
「休業補償」を受ける際、従業員は大きな不安を抱えている状態です。その中で煩雑な申請を求められたり、分からないことに対して企業や人事が何もサポートしてくれなかったりすると、不信感につながってしまいます。いざという時にスムーズに対応やサポートが進められるよう、社内でも準備を進めておきましょう。