「イグジットマネジメント」とは? 退職を“損失”で終わらせないために必要なこと
転職が当たり前になりつつある現代において、従業員の『退職』にどう向き合うかがより重要になってきていると感じます。
今回は、クリエーションライン株式会社のCHROとして活躍する小笠原 修裕さんに、「イグジットマネジメント」の概要から、退職を“損失”で終わらせないための本音の引き出し方とその活用方法に至るまでお話を伺いました。
※本記事における『退職』は、自己都合退職(他社への転職など)を想定しています。
<プロフィール>
小笠原 修裕/クリエーションライン株式会社 CHRO
株式会社日本総合研究所にSEとして新卒入社。その後営業部門を経て人事部に異動し、人事制度企画の業務に従事。約10年間在籍した後は、シンプレクス株式会社、GMOぺイメントゲートウェイ株式会社などのベンチャー企業で人事マネジャーや人事部長に就任し、採用・人材育成・組織開発・労務管理などすべての人事領域を担当。2023年よりクリエーションライン株式会社のCHROに就任し、その後コーポレート部門の全体統括も担う。その他個人事業主として事業会社の人事部門の体制づくりやリーダー育成支援も行なっている。
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「イグジットマネジメント」とは
──「イグジットマネジメント」とはどのような概念でしょうか?
従業員が会社を退職する際、そのプロセスが会社側・個人側の双方にとってスムーズかつ納得感のある形で完了することを目指す人材管理手法を指します。
退職時に業務の引き継ぎが滞りなく行われ、感情的なしこりが残らず円満に職務を終えること。退職する従業員が安心して手続きを進められること。退職という出来事が会社の成長につながるきっかけにもなること。これらを実現していくことは組織運営において非常に重要です。
退職の理由は人それぞれであり、中には社内の複雑な背景や課題が含まれており、的確に事実を把握すべき事項もあります。また、退職により事業が停滞しないよう次の体制をしっかりと整え、在籍しているメンバーが不安にならないようケアすることも忘れてはいけません。退職される方の影響力が高ければ高いほど、このケアを慎重に行う必要があります。
退職を“損失”で終わらせないために
──人的流動性の高まりを受け、現代では『退職は避けられない現象』と言われています。企業が退職を“損失”で終わらせないために必要な視点は何でしょうか?
退職を“損失”で終わらせないためには、退職者の声に真摯に耳を傾け、退職理由を「組織課題の発見源」として扱う姿勢が何より重要だと考えます。
退職理由は一人ひとり異なりますが、会社・チーム・同僚との関係性に何らかの課題があるケースが多く、他の従業員も同じように感じていることが多いものです。また、同僚が退職する時に在籍者は『会社側が退職者とどう向き合うのか』を注視しています。退職者への対応が丁寧であれば『この会社は人を大切にしている』と受け止められて、在籍者の信頼感が高まります。反対に退職者への扱いが雑だった場合、『いつか自分もこう扱われるのでは』という不信感につながる可能性が高まります。
退職の発生を『避けられない事実』として片づけるのではなく、退職者の声を通じて組織課題を特定し改善につなげること。敬意を持って退職者を送り出し、人を大切に扱う姿勢を見せること。こうした姿勢が退職を“損失”で終わらせないためには必要不可欠だと言えます。
なお、退職を会社成長のきっかけにできる企業は、長期的に見てもエンゲージメントの高い組織になることができます。人材流動性が高まる時代だからこそ、退職者の声を軽視せず、未来の組織づくりへとつなげていく姿勢が求められているのです。
なぜ退職時に“本音”が出るのか
──『退職面談時には本音が出やすくなる』と言われますが、これにはどのような理由があると考えていますか?
退職面談時に本音が出やすくなる(在職中に本音が出にくい)理由には、大きく以下3つがあると考えています。
(1)『協調』が優先され本音が抑制される
在職中は、チームや上長との関係をできるだけ円満に保とうとするのが自然な姿です。そのため、仮に不満や不安があってもあえて言葉にせず、まずは目の前の仕事で成果を出して組織に貢献しようとする傾向があります。こうした『信頼』と『緊張』が同居する関係性の中では、個人の率直な思いよりもチーム全体のバランスや上長への配慮が優先され、結果として本音ではなく『全体最適のための発言』が多くなっていきます。
(2)役員や上長への不満は在職中に伝えにくい
退職理由の中には『役員や上長への不満』が含まれる場合があります。しかし、その内容を在職中に発することは、心理的にも立場的にも難しいのが実情です。そのため、在職中は本音が出ず、退職面談になって初めて率直な気持ちが語られるケースが生じます。
(3)退職理由は揺れ動きやすく、在職中は整理が難しい
退職の理由はとても多様で、本人自身も明確に整理できていない場合があります。さらに、退職直前は転職活動を並行していることが多く、応募先向けに退職理由を多少アレンジして語っているケースもあります。その影響で、退職を伝えた直後に出てくる話は、真の理由でないことがあります。しかし、退職プロセスを終えてあとは最終出社日を向かえる直前くらいのタイミングで、自分の気持ちが整理されて本音が出てくることがあります。
“本音”を引き出す仕組みづくり
──退職者の本音を引き出すためには、どのような工夫(仕組みや役割設計)が有効でしょうか?
退職者の本音を引き出す上で最も重要なのは、『できるだけ本音を引き出せる人が退職面談に臨むこと』です。
一般的に、退職者は直属の上長に対してなかなか本音を言えないものです。『その上長を信頼していないから言えない』ケースもありますが、それだけとは限りません。例えば、その上長が関係者(上長のさらに上長、チームメンバーなど)に退職のことを伝える際、『こういう理由であれば退職もやむを得ないよね』と説明できるようにと、上長へ気を遣って擬似的な退職理由を作ることもあります。
一方で、本音の退職理由には経営課題や組織の問題を孕んでいることが多く、会社にとっては大きな財産とも言えるものです。それを引き出すために、退職面談を人事部長がやるのが良い場合もあれば、人事の担当者の方が話しやすい場合もあります。『この方だったらきっとこういう人が良い』といったように、退職者の性格や関係性を踏まえて面談者を選定することが大切です。
他にも、本音を引き出す上では『退職面談が安全な場になっていること』も重要な観点です。面談でヒアリングした内容が社内に筒抜けで、知らないところで話したことがひろがっていたとなると本人は当然傷つきますし、そうした噂は一気に広がります。情報の取り扱いには慎重になり、それを遵守できる人だけが退職面談に臨むことが大切です
また、『面談の進め方』にも配慮が必要です。面談時には『なぜ退職面談をするのか』などその場の目的をしっかりと説明をする必要があります。『今後の経営に活かしていきたいから、率直な意見を教えてほしい』など、誠意を持って本人に伝えることで本音へとリーチしやすくなります。なお、最近は録画やAI議事録などの機能を使うことが一般的になってきていますが、退職面談は本人のプライバシーに気を配り、においてはできるだけ行わない方が良いです。どうしても必要な場合には、記録を残すことについての目的説明と理解を求め、同意をもらった上で行うのが望ましいでしょう。
“本音”をエンゲージメント改善に活かす流れ
──退職面談などで得られた本音は、どのように整理・構造化すると改善へとつなげやすくなるでしょうか?
退職面談などで得られた自由記述やデータは、組織課題を把握する上で非常に貴重な情報です。面談内容から退職理由のカテゴリを整理し、直近の退職者にどの理由が当てはまるのかを可視化することで、退職が発生している背景や傾向が見えやすくなります。こうした面談データの整理・構造化は、そのまま施策化プロセスにもつながります。例えば、以下のような形でデータの傾向をもとに打ち手を検討できます。
・キャリア停滞が多い
→ 社内公募・ローテーション制度の導入
・上司トラブルが多い
→ 管理職育成、1on1強化
・働き方不満が多い
→ 労働環境改善や業務再設計
しかしこれらの施策の導入の際には「なぜやるのか?」という理由が必要です。その理由に説得力がないと、納得感を持って進めることはできません。したがって、まずは対応策が必要である認識を醸成するために、限られた範囲で退職面談の内容を匿名などで公開することが重要となります。
なお、退職理由は『複雑』で『複合的』です。本人の中でも複数の要因が絡み合っていたり、きっかけが明確でなかったりする場合がよくあります。さらに、傾向分析には『一定の退職者数』と『理由のばらつき』が必要になります。そのため、最初から退職理由のカテゴリを固定するのではなく、面談を重ねながら柔軟にタグを作り、カテゴリ構造をアップデートしていく方が実態に即した整理ができるはずです。
また、退職理由は経営にとって非常に重要である反面、耳の痛い内容が含まれがちです。分析結果をストレートに提示しすぎると、説得力があるだけに経営側の受け止めが重くなることがあります。そのため、分析内容を共有する際には『経営が見たいと思える状態』に整えるなどの配慮が必要です。私自身、以前の企業で退職面談を運用していた際は、面談の蓄積を踏まえて共有タイミングを慎重に選んでいました。昨今では生成AIなどを活用して退職理由タグの自動クラスタリング・特徴抽出・レポート生成なども容易になりましたので、これらを活用することにより経営陣や事業責任者により客観性の高い共有がしやすくなり、納得感を得やすくなったと感じています。
「イグジットマネジメント」を制度として根付かせる工夫と注意点
──「イグジットマネジメント」を制度として組織に根づかせるために必要なプロセス設計(役割分担・運用フロー・記録管理など)について教えてください。

「イグジットマネジメント」を制度として根付かせるためには、退職を組織の“代謝”として捉え、そこで得られる声を大切に活かすプロセスづくりが欠かせません。ここまでにお伝えした内容も踏まえて、大きく3つのステップでプロセスを設計していけると制度として根付かせやすくなるのではないかと考えています。
■フェーズ1
退職面談の標準化と心理的安全性の確保を進め、退職者が安心して率直な意見を話せる状態を整えます。また、退職面談の意義を丁寧にお伝えし、双方にとって意味のある対話にする基盤を作ります。
こんなポイントを面談の冒頭で伝えると、退職面談の目的が伝わり、安心して話せる場であることを理解してもらいやすくなります。
・この面談は、今後の会社の改善や発展に活かすためのものであり、そのための協力をお願いしたいこと
・面談で話された内容のうち、外部に開示しない情報については、あらかじめ定めた○○の範囲内にとどめることを約束すること
■フェーズ2
まず、退職面談で得られた個人的で機微な情報は、厳格に管理することが大前提です。一方で、退職面談の内容には会社や組織の課題が色濃く表れていることも多く、すべてを閉じたままにしてしまうのは有効活用の機会を逃してしまいます。
そこで、情報を適切に扱える一定以上の役職者に限り、面談者が「公開してもよい」と同意した内容については共有することが有効です。そうすることで、組織課題の透明性が高まります。ただし、共有内容には特定の役職者や組織への批判が含まれる場合もあるため、公開範囲には細心の注意が必要です。必要に応じて、一部を省略したり表現を調整したりする工夫も欠かせません。
また、面談記録をどこまでオープンにするのか、匿名化するのかは、組織文化に合わせて慎重に判断することが大切です。退職面談がきっかけで組織の雰囲気が悪化することがないよう、十分に配慮した運用が求められます。
■フェーズ3
収集した情報を構造化し、組織課題として可視化した上で短期〜長期の改善施策へとつなげます。さらに、退職率やeNPSなどの指標を継続的に測定し、PDCAを回しながら制度として定着させることで、『退職者からも学べる組織』へと育てていくことを目指しています。
なお、面談内で得られた情報をそのまま課題とするのではなく、再現性の確認、個別要因と構造的要因の切り分け、影響度・緊急度の評価、真因の深掘りといった視点で精査することが重要です。これらの観点を通じて「組織として取り組むべき課題」を明確化し、改善施策に結びつけていきます。
「イグジットマネジメント」が効果的に行われた事例
──「イグジットマネジメント」が個人・組織にプラスの効果をもたらした事例について、ご存知の事例を教えてください。
2社ほど事例をご紹介します。
■A社:退職する若手従業員の“本音”を突き止め、施策に活かした事例
A社では若手従業員の退職が相次いでおり、社内では『新卒3年で3割が辞める時代だから仕方がない』というムードが漂っていました。人事部としてはなんとか改善させたいと思い、初任給UPを再三経営陣に対して提案していましたが、なかなか受け入れてもらえません。そこで、退職面談データの整理・構造化を通じて若手メンバーの退職理由(本音)を探ることにしました。
その結果、若手従業員の退職理由の多くが『報酬への不満』であり、報酬水準の高い会社へ転職しているケースが多いことを突き止めました。これをきっかけに報酬アセスメントを外部業者に依頼した結果、同業他社と比較して若手従業員の報酬水準が低い傾向にあることが分かったのです。この結果をもとに再度経営陣に対して初任給UPの提案を行ったところ即座に承認され、それに追随する形で若手従業員を中心としたベースアップも行われました。その後、退職理由の中から『報酬への不満』が大きく減少するなど大きな成果が見られました。
■B社:組織の心理的安全性を高めて“本音”本音を引き出した事例
B社は経営陣・事業責任者のトップダウンな姿勢が強く、仕事に対する厳しさもあり、従業員の心理的安全性の低さが課題になっていました。また、事業・組織の成長スピードが著しかったこともあり、従業員数をどんどん増やす一方で一定数発生する退職者への対応が粗末になっていたのです。あまりの粗末な対応に、『経営陣は退職者を裏切り者扱いしている』と誤解する従業員も生まれていたほどです。それもあってか、退職者が挙げる理由もほとんどが退職せざるを得ない外的要因(自身の病気、家族の転勤、後継ぎ、Uターンなど)で締められていました。
こうした状況を打破するべく、人事部主導で退職面談を実施。『組織をよりよくするために、耳の痛いことであっても良いから率直に退職理由を教えてほしい』と真摯な姿勢で退職者と向き合うことにより、従業員たちの中で『採用するばかりでなく、退職者も大事にしてくれるんだ』という印象が徐々に生まれていきました。すると、退職理由の傾向がガラッと変わり、より本音の理由が出てくるようになったのです。経営陣に対する誤解はすぐには解消しませんでしたが、こうした地道な活動を続けていくことで少しずつ退職者の本音が掴めるようになり、退職者数も右肩下がりで減少していきました。
■合わせて読みたい「離職・退職」に関する記事
>>>介護離職を事前に防ぐ。高齢化でさらに増える未来に対応するには
>>>急増する「退職者による情報漏洩」リスクと対策について
>>>退職時の「オフボーディング」で好意的な関係を築き、企業成長のヒントを得る方法
>>>「レイオフ」を正しく理解するために知っておきたい世界動向と国内事例
>>>「リテンションマネジメント」をから人事施策への好影響を伝播する方法とは
>>>「連鎖退職」の発生要因を知り、その防止方法を事例と共に学ぶ
編集後記
人材不足が叫ばれる昨今では、人材採用時のオンボーディングなどの『入口戦略』は多くの企業が設計済みだと思います。一方、「イグジットマネジメント」などの『出口戦略』についてはまだ設計できている企業は多くない印象です。退職をただ組織の“損失”で終わらせないためにも、出口戦略について検討してみてはいかがでしょうか。







