「サイレント退職」が起こる背景と予防策とは?

なんの予兆もないまま突然従業員が退職してしまう「サイレント退職」。一見、問題なく業務を進めているように見えるため発見が難しく、対策が立てづらいなどの問題に直面している企業も多いのではないでしょうか。
今回は、「サイレント退職」が起こる背景から予防策にいたるまでを社内エンゲージメント向上や社員の離職防止に取り組む安保 巨樹さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
安保 巨樹(あんぼ なおき)/IT系上場企業 人事マネージャー
メディア会社で10年間人事担当者として、労務、採用業務や人事制度設計に従事し、経営企画に携わる。その後、現職に転職し、人事マネージャーとして組織開発、社内エンゲージメント向上・離職防止対応、人事制度改定等、上場企業の成⻑フェー ズにおける人事系の業務全般を担う。
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目次
「サイレント退職」とは
──「サイレント退職」の概要について教えてください。
「サイレント退職」とは、辞める気配がなかった従業員から急に退職意向を示されることを指します。普段と同じように働いていた従業員から何の相談もなく唐突に退職届を出された、退職代行サービスから急に電話があった──などの現象が最近増えてきたことから生まれたワードだと捉えています。
──似た言葉である『静かな退職』との違いを教えてください。
似た言葉に『静かな退職』がありますが、こちらは退職するわけではない点に違いがあります。実際に退職はしないものの、退職が決まった従業員のような熱意の薄いマインドで働くことを指す言葉です。これによる生産性低下や周囲へのネガティブな影響を生み出すなどの問題はありますが、従業員はそのまま在籍してくれてはいますので、実際に退職し居なくなってしまう「サイレント退職」の方が企業や上司にとってダメージの大きいものだと言えるかもしれません。
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「サイレント退職」が発生する背景
──「サイレント退職」が発生する背景にはどのようなものがあるでしょうか。
従業員が急に仕事を辞めてしまうこと自体は昔からありましたが、最近「サイレント退職」と呼ばれるように注目されるようになったのは『就労環境の変化』と『退職に対する抵抗感や敷居の低下』が影響していると考えています。
■就労環境の変化
ここ数年で、就労環境に様々な変化がありましたが、その中でもリモートワークによる『コミュニケーションの変化』および『予兆管理機会の減少』が大きなものだと思います。リモートワーク環境下における連絡手段は、オンライン会議とテキストコミュニケーション(メールやチャットなど)が中心になります。そのため、対面で仕事をしているときと比べて会話自体が減りますし、メンバーがどんな表情で仕事をしているのか、また業務遂行や健康状態に問題なさそうか、といった非言語情報の収集がどうしても難しくなります。当然ながらコミュニケーションが減少すれば信頼関係も醸成しづらくなりますし、信頼関係が成立していない対象には相談もしにくいものです。
また、自宅でのリモートワークは公私の時間の区別がつきにくくなってしまうことから、残業時間が増加しやすい傾向があります。それに伴いストレスも溜まりやすい環境なのですが、リモートであるがゆえに上司や周囲もその様子を察知することが難しく、フォローが遅れるケースがままあります。
リモートワーク自体は就職・転職先に求める条件としても人気があるため、採用力を高めるためにも多くの企業がリモートワークを導入しています。しかし、前述のような懸念すべきポイントが存在していますので、採用後のリモートワーク環境下におけるコミュニケーションのあり方や、メンバーの予兆管理方法についても同時に検討しておかなければならないと思います。
■退職に対する抵抗感や敷居の低下
終身雇用制度の衰退や若年世代の意識変化などを受け、転職が必ずしもネガティブなものではなくなってきたことも「サイレント退職」が増えた要因の1つだと考えます。2025年には日本の労働人口の半数がミレニアル世代・Z世代(※)になりますが、これら世代に共通する特長の1つには『個性やキャリアアップを重視する意識』があります。そのため、『会社側が指示する仕事』と『本人がやりたいと感じる仕事』にズレが生じて、従業員本人が現業でやりがいを見い出せなくなったり、成長を実感できなくなった場合は、転職を選択しやすい印象です。私自身の会社組織でも、会社指示のもと「石の上にも三年」いて経験やスキルを積むよりも、自身の希望に沿った形でキャリアを積みたいという考え方が一般的になってきているように感じています。
※ミレニアル世代……1981年から1996年の間に生まれた世代のこと
※Z世代……1996年から2012年までの間に生まれた世代のこと
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加えて、現在の転職市況は人手不足を背景に売り手市場が続いていること、退職代行のようなサービスが知名度を得て利用されるようになってきたことなども、「サイレント退職」を成立させやすくしている一因なのかもしれません。
「サイレント退職」が続いてしまった場合の対応
──自社で「サイレント退職」が続けて発生してしまった場合、どのような方法で原因究明や対応をすればよいでしょうか。
「サイレント退職」が頻発した場合、その原因となる要素を特定してリテンション(人材流出を防止する施策)について検討する必要があります。工数がかかる作業にはなりますが、企業ごとに適したリテンション施策を見つけることが、さらなる退職を防止する上でも重要です。その進め方の一例として4つのステップをご紹介します。

■STEP1.『退職が課題である』という認識醸成
『企業・事業・現場にとって退職は損失であり、回避しなくてはならないものである』との共通認識を形成・醸成することが第一歩です。そのために、離職率や退職者の採用・育成に要したコストと売上額への減少影響などの各数値やそれらの直近数年間の推移も引用して、課題を誰もが可視化・認識できるように資料化します。それらを経営陣や現場に見せた上で、リテンション施策を検討するべき事案であることを提案します。
■STEP2.従業員の意識を直接集約する
何が離職の原因になっているのか、従業員目線での意見・意識を集約するため、従業員との面談やアンケート形式での調査を実施し、企業の施策として注力すべきポイントを特定します。従業員には原則として回答した個人が特定されないように伝えた上で、従業員から見た会社の良い点、改善すべき点などをざっくばらんに回答してもらいます。その際、従業員数が少なければできるだけ全員を対象に、多い場合は年齢・性別・職位・部署などの項目別にデータが収集できるよう対象従業員を選定して行います。
■STEP3.従業員と会社の関係性を定量的に把握する
従業員全体の傾向を把握するため、エンゲージメントサーベイ(従業員満足度調査)を活用して仕事・待遇・人事評価・自己成長・周囲との関係性・経営方針・労働環境など各項目のスコアを抽出し、企業の強みや弱みを定量的に把握します。リテンションの観点からは、弱みを改善する施策を練ることが特に重要です。
■STEP4.個々の退職事例について情報を収集する
直属の上司には正直な退職動機は言いにくいものです。退職手続き後に人事がヒアリングするプロセスを導入しましょう。業務から離れた後にレポートライン外の立場の人事が聴くことで、退職社員も本音を言いやすくなります。ヒアリングの場では、本人の発言を傾聴し、不満があったところにも話の水を向けて「こうだったら辞めなかった」という退職動機の根っこを聞き、改善のヒントを得ることが目的になります。
上記STEPの2・3・4を通して、企業としての現状(As-Is)を把握し、どんなリテンション施策を実施するべきかの方向性やあるべき姿(To-Be)を固めていきます。施策の企画が難しいと感じる場合は、同業他社の事例などを参考にしてみても良いでしょう。幸い、人的資本経営や採用多様化などの流れにより、各企業のコーポレートサイトやSNS上で取組みをアピールされる機会は増えており、施策のヒントは見つけやすくなっています。大切なのは、『小さくてもいいので改善のため何かを始めてみること』です。

「サイレント退職」の予防方法

──「サイレント退職」を未然に防ぐためには、どのようなことを実施すべきでしょうか。安保さんがこれまでに実施したものや事例も交えて教えてください。
退職の動機が個人の中に起因する以上、特効薬のようなものはありません。そのため、地道にコミュニケーションを取って、従業員と話す聞く機会を増やすことが何より重要です。
多くの企業が1on1を取り入れています。ただ、1on1を継続実施するには相応の労力が掛かるものです。また、私が勤務している会社でも『1on1で話すネタがなくて進め方に悩んでいる……』といった困りごとも耳にしており、簡単な取り組みではないと感じています。
しかし、それでも多くの企業が1on1を取り入れて継続しているのは、『そこから生まれるコミュニケーション機会に価値がある』と考えているからです。実施にあたって発生する労力や毎回の進め方などなど様々な課題はありますが、それらを乗り越えて組織に浸透させていくことができれば、「サイレント退職」の予防にもつながる環境づくりを行うことができるはずです。
1on1の浸透に向けて私個人がこれまで行った施策の1つに、『1on1の簡易マニュアル作成・展開』があります。これは1on1の基本的な進め方・姿勢・Q&Aなどを上司向けにまとめたものであり、現場から寄せられた質問があれば都度アップデートも行っていました。各現場が忙しい中で1on1をしてくれていますので、人事がそれを応援し下支えをするという姿勢が大切だと考えます。
なお、一般的に1on1は上司と部下間で行うものですが、上司は部下にとって評価者でもあるため、どうしても上司に相談できない・言えない悩みが出てきます。そんなときは人事担当者の出番です。
例えば、エンゲージメントサーベイで特に数値が低い社員層を対象として、定期的に人事側から従業員にヒアリングする施策を取り入れます。話を聴くときは、最近の仕事の状況について本人視点で話してもらい、課題のありそうなトピックスについて人事側から振ったりして、本人の発言を傾聴します。
このように、現場のレポートライン上では収集できない情報を集めて、良くない兆候や取り急ぎ対応が必要な事象があれば、ヒアリング対象社員の上司とも連携して早めに交通整理をします。また、この時に収集した従業員の声は社員エンゲージメントを高める施策を考える材料にもなるので、一石二鳥の取り組みとも言えます。
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しかしながら、昨今の人手不足や管掌範囲拡大を受けて人事担当者の業務量も増えています。恥ずかしい話ですが、私自身も業務に追われていると従業員とのコミュニケーション頻度は減ってしまいますし、離職につながるような従業員の兆候を察知できずに退職されてしまったこともあります。
また、一時期リテンション対策をして効果があっても、時間経過と共に薄れてしまうケースも起こり得ます。「サイレント退職」を防ぐには、社内でできるだけ時間を取って従業員と話したり社内データの収集を行ったりして、そこからリテンション施策を企画し、経営や現場に提案・導入していく──この積み重ね・繰り返しだと思います。私もその基本を忘れず、これからも自身の仕事にあたって参りたいと思います。
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編集後記
昨今はより気軽に転職できる環境やツールが整ってきている上に、転職=ネガティブといった印象もほとんどなくなってきた印象があります。つまり、『この会社にいる意味』をちゃんと従業員自身に感じてもらう・見出してもらうような取り組みの重要性は、今後さらに増していくはずです。自社の魅力を高めることは一朝一夕ではできませんので、地道に取り組んで行きたいテーマだと思います。