タレントマネジメントを“経営成果”に結びつける導入・活用の視点
従業員が持つスキル・経験値などの情報を一元管理することにより、組織横断的に戦略的な人事配置や人材開発を行う「タレントマネジメント」。事業成長や経営目標を達成するための効果的な人材マネジメント手段として近年取り組む企業も増えてきている印象です。
今回は、「タレントマネジメント」の概要から導入時のポイント・活用事例に至るまでを、この領域に知見を持つ佐藤 美和さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
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佐藤 美和(さとう みわ)/法人代表
組織人事コンサルタント、プロフェッショナルコーチ(CPCC)。セイコーエプソン、バクスター、アマゾンジャパンの3社で人事、主にタレントマネジメント領域に携わる。その後独立し、企業向けには人事制度設計や人材・組織開発を支援。また個人向けにはパーソナルコーチングを提供。
目次
「タレントマネジメント」とは
──「タレントマネジメント」の概要について、近年重要性が高まっている背景も含めて教えてください。
「タレントマネジメント」とは、企業ミッションの実現や事業目標の達成にむけて必要な人材を確保し、生産性の高い組織を築くための基盤となる考え方や仕組みのことです。包括的に捉えれば『人材戦略そのもの』と言っても過言ではないでしょう。具体的には、企業ミッションの実現や事業目標の達成のために、どのような人材が・どのくらい・いつまでに必要なのかといった人材ニーズを明確にし、それをどのような方法で満たすのかを決めて実行します。
採用はもちろん育成・評価・配置・定着支援などあらゆる人事プロセスが関わってくるため、広範囲かつ複雑に感じられるかもしれません。しかし、私自身は人事の実務家として長年活動する中で『事業が求める人材を確保する』というシンプルな命題に応えることが「タレントマネジメント」だと考えています。
ちなみに、私が「タレントマネジメント」に初めて携わった2000年代と現在を比較すると、対象者の範囲が大きく広がってきていると感じます。2000年代には後継者候補や次世代リーダーの選抜育成を目的として一部のハイポテンシャル人材を対象としていましたが、近年では従業員全員を対象とするようになってきました。こうした変化からも、近年の「タレントマネジメント」の重要性の高まりを実感します。
ただ、最も影響が大きいのは『少子高齢化による労働人口の減少』や『働き方の多様化』による環境変化ではないでしょうか。こうした環境変化の中では企業が求める人材を確保することがますます難しくなり、ややもすると事業存続を脅かすリスクになってきているからです。だからこそ「タレントマネジメント」の考え方や仕組みを導入し、より戦略的に取り組む必要性が高まってきているのだと考えます。また、昨今は『人的資本経営』の文脈もあり人材価値を最大化することがステークホルダーからも求められたり、DXにより人材データの収集分析をしやすくなったりしたことも「タレントマネジメント」導入を後押しする背景になっていると考えます。
「タレントマネジメント」導入時の必要条件
──「タレントマネジメント」に取り組もうと思っても、システム導入後に効果的な運用まで至らない企業も少なくない印象です。「タレントマネジメント」を導入・運用するには、どのような前提条件や組織的な準備が必要でしょうか。
近年、驚くほど多くの「タレントマネジメント」システムが乱立し、大企業のみならず中堅・中小企業もシステムを導入するようになるなど人事領域のトレンドになっているのを感じます。一方で、システムの導入が目的になってしまい「タレントマネジメント」の本質的な取り組みができていない企業がとても多い印象です。仕事柄人事ネットワークを通じてよく聞くのは、『システムは入っているけれどデータが入っていない』『入力するデータの信頼性が低い』など、かなり初歩的な段階に留まっているとの声です。
当たり前のことですが、「タレントマネジメント」を導入・運用する大前提は『目的を明確にすること』にあります。事業の目標達成にむけてどのような人材を確保したいのか(求める人材像)、どのような企業カルチャーを築きたいのか、といった目指す姿があってこそ現状とのギャップ(課題)が明らかになり、具体的な施策や取り組みにつなげていけるからです。ここで言う『目的』は、人材戦略と同義だと私は捉えています。企業戦略の大上段から事業戦略へとブレイクダウンし、そこと合致した人材戦略の実現が「タレントマネジメント」の目的であるべきだと考えています。その手段としてタレントの可視化や後継者育成などが要素として並ぶイメージです。
「タレントマネジメント」の目的やスコープなどを明確化した後、必要な人材データを特定し、その収集方法の検討に入ります。その時点で、組織の現状を踏まえて信頼性のあるデータ収集が可能か否か判断します。仮にデータ収集が難しいと判断した場合は、どのような前提条件が整えば収集できるのかを考え、その条件を整えるのに長時間を要するならばシステム導入以前にその解決をはかったほうが良いでしょう。
また、キャリアパスが明確になっていることも重要な要素です。言い換えれば、それぞれの職務(ポスト)の役割責任や求められる経験・スキルなどが明らかになっていれば、それを満たす人材を採用・配置・育成することは可能になります。従業員にとっても自身のキャリア目標(目指す役割・ポスト)に対して具体的に何を習得していけば良いかがわかりやすく、人材育成が促進されやすい利点があります。
私は15年ほどアメリカ企業の人事に携わりましたが、特に前職のAmazonにおいてはこれらの条件が整っていたため「タレントマネジメント」の運用は比較的スムーズに行われていました。近年、日本企業でもジョブ型の雇用形態が導入されつつありますが、ジョブ型でなくとも各役割・ポストに求められることがある程度具体化されていれば「タレントマネジメント」の導入はしやすいと考えます。
「タレントマネジメント」導入時のポイント
──事業や経営目標の達成に寄与できる形で「タレントマネジメント」を運用するためには、どのようなポイントを踏まえて導入を進めていくと良いでしょうか。
出発点となるのは、人事として『ミッション・バリュー』はもちろんのこと、『事業目標・戦略』をよく理解することです。その上で事業リーダーと組織課題や目的について話し合って合意し・協働していく体制づくりがポイントになります。その意味では、近年日本企業でも導入されている『HRBP(HRビジネスパートナー)』という部門担当人事機能は有効だと感じています。
大企業ではCoE(Center of Excellence)と呼ばれる本社人事機能の1つにタレントマネジメント部門や人材開発部門が設置されていることが多いです。私自身のCoE経験からも、「タレントマネジメント」を実効性のある取り組みまで落とし込むためにはHRBPなどの現場レベルで事業リーダーやマネジャーと協働する存在が必要不可欠でした。
また、「タレントマネジメント」が事業にインパクトをもたらすには、信頼性のある人材データの収集がカギになります。ただ、属性などのデータと違って、キャリア志向性やスキルやコンピテンシーなどは正確なデータ収集が難しいものです。以下のようなフローでデータ収集方法の設計を進めていけると整理しやすいはずです。
①目的と課題の明確化
②スコープ(対象範囲)の設定
③人材データ項目の洗い出し
┗基本項目(氏名、所属部署など)
┗必須項目(不可欠なものに絞る)
④人材データの収集方法
⑤人材データの分析方法
なお、システムを導入して従業員やマネジャーに入力してもらうだけでは、なかなか信頼性のあるデータは得られません。その要因は、『従業員のキャリアに対するオーナーシップが薄いこと』や『マネジャーの評価・アセスメント能力の不足』にあると考えています。日本企業をご支援していると、マネジャーが従業員を適切に評価・アセスメントできていない、といった声を人事担当者からよく聞きます。これらの根本的問題の解決にも取り組みながら、タレントマネジメントを導入していくことで事業にインパクトをもたらすことができると考えます。
具体的には、ハード面ではキャリアパスを設計・公開したり、インターナルトランスファー(社内公募制度)を導入・促進したりと、従業員がキャリア形成をしやすい環境を整える必要があります。また、ソフト面では従業員のキャリア形成を管理職が効果的に支援できるように管理職向けの研修プログラム(1on1など)を実施したり、キャリア形成に関するワークショップ(対話会)やインターナルトランスファー活用の事例紹介などを行ったりと、さまざまな施策を通じて意識改革を進める必要があります。いずれも数カ月で完了できる施策ではなく、数年以上かかるものが多いため、中長期的に取り組まなければなりません。
ちなみに、価値観やキャリア志向などは主観的なものなので従業員本人が入力すれば良いですが、コンピテンシーや能力については以下のような取り組みや環境が必要になってきます。
・可能な限り客観的な情報(資格・テストスコア・アセスメントツールの結果など)を活用する
・マネジャー(上司)だけでなく、複数名による多面評価を取り入れる
・(ハイポテンシャルなど投資可能な対象であれば)外部アセスメントセンターの活用を行う
など

「タレントマネジメント」の活用事例
──これまでに「タレントマネジメント」の導入・運用支援をした事例について教えてください。
先ほども少し話題に挙げましたが、やはりAmazonの企業カルチャーを築く「タレントマネジメント」の取り組みが非常に優れているため、事例として紹介させていただきます。
Amazonは、企業ミッションを実現するために目指す企業カルチャーを『リーダーシップ・プリンシプル』によって表しています。一般的にはコンピテンシーや行動指針と呼ばれるもので、私が在籍当時には12項目、現在は14項目になっています。これはAmazonがすべての従業員に求める人材要件であり、採用や評価のプロセスを通じてアセスメントされ、それがデータとして蓄積されて人材育成・配置・組織開発などの参考データとして活用されています。
評価時には本人・上司・部下・同僚やステークホルダーの360度からリーダーシップ・プリンシプルを基準にフィードバックがされます。当該従業員の強みと開発エリアに関して、該当するリーダーシップ・プリンシプルを複数(3つまで)選び、その根拠となるエピソードを簡潔に記載してフィードバックを行う形です。タレントレビュー時には、同じ部門や本部内で同レベル(等級)にある複数管理職で傘下にある従業員の成果と行動の評価結果や360度フィードバックの内容をレビューし、反論がある場合は具体事例を提示してディスカッションの上評価を最終決定します。このプロセスを通じて、評価の目線合わせと調整がなされ、公平性や客観性を高めているのです。
また、従業員サーベイにおいても『リーダーシップ・プリンシプル』やDEIなど企業カルチャーに関わる項目が定期的に質問され、月次レポートとしてすべてのピープルマネジャーへこのサーベイ結果が提供されます。HRBPは担当組織のサーベイ結果を必ずレビューし、問題がありそうなチームには介入してマネジャーの改善を支援する活動を行います。
ちなみに、「タレントマネジメント」で多くの企業が目的とするのは『後継者育成』や『次世代リーダー育成』だと思います。私自身も事業会社3社でこれらに取り組みましたが、その際、参考になったのは日産自動車の事例です。

現場での評価やアセスメントツールの結果をもとに人材ポートフォリオ(例:上図の9ブロック)を活用して選抜を行うことは珍しくありませんが、日産自動車では『キャリアコーチ』という役割が存在し、従業員と直接対話することを通じて人材の発掘や育成を支援されています。仮に『キャリアコーチ』といった専任の役割でなくとも、第三者として客観的かつ組織横断的な視点に立てる人材開発部門の責任者やメンバーなどがその役割を担うことも可能です。それらのメンバーが優秀人材やハイポテンシャル人材と直接対話し、重要ポストの候補者となりそうなタレントを見極め、タレントレビューなどの場で意見を述べたり育成支援に関わったりすることはとても効果的だと考えています。
──Amazonは仕組みとして非常に整理されていると感じましたが、ここまでうまく運用できるまでには課題もあったはずです。どんな課題があり、どう乗り越えたかについて可能な範囲で教えてもらえませんか?
確かにいろいろな難しさや課題はありましたが、『従業員がリーダーシップ・プリンシプルを適切に理解すること』でそれらを乗り越えてきたと考えています。
バリューやコンピテンシーの定義はある程度抽象的にならざるを得ないため、それらがなぜ重要で、具体的にどういう意味で、どう発揮していけばよいかを理解することは実は難しいことです。しかし、その理解がベースになければ、採用・評価・育成などの人事プロセスを適切に運用することができません。だからこそ、アマゾンではリーダーシップ・プリンシプルを従業員に教育し理解を深めてもらう機会がかなり多くありました。例えば、以下のような機会です。
・新入社員向けの入社時オンボーディングプログラム(当時は4日間)でアマゾンカルチャーの基本を教育
・シニアリーダーとの対話(リーダーシップ・プリンシプルの自分なりの解釈や発揮事例を共有)
・動画や社内wikiなどオンラインツールでの学習
・リーダーシップ・プリンシプルに関連したアワード(表彰)
・採用や評価などの人事プロセスに加え、日常業務のなかでのフィードバックや指導
このように、Amazonほど愚直に様々なプロセスや機会を通じて、「求める人材像」の教育・浸透を徹底している企業は他になく、これがタレントマネジメントを成功させる強い基盤となっていることは間違いありません。
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編集後記
これまで後継者や次世代リーダー育成など一部の従業員に限られた取り組みだった「タレントマネジメント」が今では全従業員に対象範囲を広げていることは、まさに時代の変化に合わせた動きだと感じました。自社が目指すものの実現に向けてどのような人材が必要か、また今在籍している人材の持つポテンシャルやケイパビリティがどれくらいあるか。こうしたものをいかに的確に捉えて行動していけるかが、今後の組織運営のカギになることは間違いありません。




