戦略的タレントマネジメントとは?決して「従業員を管理する」だけの手法ではない。
従業員の持つ能力(タレント)に着目し、戦略的な人材配置や育成などを行う人事マネジメントを総称して「タレントマネジメント」と呼びます。最近ではタレントマネジメントツールも数多く開発され、導入する企業が増えています。
一方で、「従業員を管理しているだけで、タレントマネジメント本来の目的が果たせていない…」そんな悩みを抱える人事担当者の方も少なくないと思います。
そこで今回は、これまで従業員の能力開発を実践してきた、”株式会社風と土と”の長島威年さんに、効果的な運用方法や実際の事例などを含めてお話をお聞きしました。
<プロフィール>
長島威年
2006年、株式会社パーソルキャリアに新卒入社。営業・広告制作・編集・CRMマーケティングと様々な領域にて経験を積んだのち、パーソルホールディングス株式会社にて研修や組織・人材開発を中心に経験を積む。その後、新規事業の立ち上げでも活躍したのちに独立。2020年、島根県にある海士町へ移住をし、株式会社風と土とに取締役として参画。研修・事業開発領域のプロフェッショナルとして活躍中。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
タレントマネジメントとは?定義と目的
──タレントマネジメントとはどういったものか、改めて定義や内容を教えて下さい。
企業や文献、書籍により諸説ありますが、ここでは実践知からくる定義をお伝えします。一言で言うと、タレントマネジメントとは「一人ひとりの力を引き出すための人事施策」であるとまとめられます。
タレントマネジメントを構成する要素としては「①タレント可視化」「②評価(制度・報酬)」「③育成(Off-JT、OJT、異動・配置)」の大きく3つに分けられます。
──それぞれのどのような目的のものなのでしょうか?
それぞれの要素の目的は以下の通りです。
①タレント可視化:社歴、業務内容、評価、異動歴、研修参加有無…など定量・定性情報を通じて、どんな時にその人がパフォーマンスを上げられるかを理解する。
②評価(制度・報酬):公平性と納得感の両面を加味して、その人がパフォーマンスを上げたくなるフィードバックをする。ポイントは、過去を評価するのではなく未来への投資という考え方。
③育成(Off-JT、OJT、異動・配置):その人がパフォーマンスを上げるための学習機会を得たい時にサポートできる育成環境を整える。また、パフォーマンスが上がる環境を提供する。
ツールや手法も、もちろん大事ですが、目的(Why)を置き去りにした手段(What・How)は全く機能しません。
タレントマジメントの目的は「一人ひとりの力を引き出す」ことであり、施策はその手段でしかありません。
タレントマネジメントが注目されている背景
──タレントマネジメントはよく注目されていますが、なぜこのような考えが増えたのでしょうか?社会的背景も含め、その重要性の変化について教えて下さい。
一般的には少子化による労働力の低下に伴う、会社と社員の関係性が変わったことが要因とされています。簡単に言うと、
高度経済成長期には供給(労働人口)に対して、需要(採用する企業)の方が希少であり優位であった。しかしながら、出生率低下に伴い労働人口が減少した現代においては、需要に対して、供給が希少になり優位性が逆転した。それにより、需要側である企業は希少な労働人口を確保・維持、また一人あたり生産性を高めるために、タレントマネジメントの重要性を認識し始めた。
ということです。
ただ、私は異なる見方をしています。
大きなポイントはテクノロジーの革新、もっと言うと、インターネットの台頭がタレントマネジメントという考え方に繋がると考えています。
インターネットの台頭はさまざまな領域において変化をもたらしましたが、タレントマネジメント観点で言うと、「企業が嘘をつけなくなった」のではないでしょうか。SNSやメディアでは「炎上」という言葉がありますが、インターネット台頭前と比べて情報のオープン化が進み、結果として企業側の隠蔽が難しい時代となっています。
何を意味するかと言うと、「社員という一個人が発言力を持つ」という大きな変化が生まれたということです。
これにより、企業は劣悪な労働環境や社員の育成機会を改善するために、戦略的に「個に着目する」というコンセプトを掲げて、タレントマネジメントを推進していると言えるかもしれません。
タレントマネジメントの導入ステップ
──タレントマネジメントを導入・実施するに当たり、どのように始めていけばいいか、ステップとともにやり方/フローを教えて下さい。
「①タレント可視化」「②評価(制度・報酬)」「③育成(Off-JT、OJT、異動・配置)」の3点の観点で導入ステップをお伝えします。
①タレント可視化:
共通データベースの準備、運用フローの構築(更新頻度含む)、データ活用方法の検討の順番で進めます。
- 共通データベースの準備
セキュアにデータを一元管理できるようにシステム環境を整える - 運用フローの構築(更新頻度含む)
誰が・いつ・どのようにデータ管理をするのかを明確にした上で、工数対効果と更新頻度のバランスを調整する - データ活用方法の検討
社内説明、仮説検証、現場活用など複数の目的がある中で極力シンプルにしてデータ収集と活用をセットで考える
②評価(制度・報酬):
経営戦略と紐づく人事制度の構築(採用、研修、異動配置、評価、退職ガイドラインの作成)に加え更新頻度も検討します。
- 人事制度の構築
等級制度・評価制度・報酬制度の3つの整合性があることをポイントに現状の制度を見直し、必要があれば再構築 - 更新頻度
誰が・いつ・どのように・どのような更新頻度で見直すのかを予め決めておく
③育成(Off-JT、OJT、異動・配置):
育成ポリシーの策定、人材開発体系の構築、共通データベースとの連携も踏まえて進めます。
- 育成ポリシーの策定
ミッション・ビジョン・バリューに加え、事業戦略に紐づく形でポリシー策定 - 人材開発体系の構築
育成ポリシーに紐づく形での人材開発体系の構築 - 共通データベースとの連携
データ活用の目的を鑑みた上で、誰が・いつ・どのようにデータ連携するのかを決める
1,000名以上の大企業であれば、人事の中でも分業化され、それぞれの専門家が配置されるケースが多いですが、100~200名以下の企業であれば、人事・人事担当者が担う領域は①~③すべてということも少なくありません。
一般的には「守り」領域である②評価(制度・報酬)から始め、余力があれば「攻め」領域である③育成(Off-JT、OJT、異動・配置)の領域に踏み込み、OJT頼りの育成体系を整理することが多いと思います。①タレント可視化に関しては、おそらく優先度が最後になるケースが多いのではないでしょうか。
一番大切なことは、タレントマネジメントとは「一人ひとりの力を引き出すための人事施策」であるという前提に立つことです。その前提に立った時に①~③の方向性を人事、もしくはCHROが意思決定することが最初のステップとして重要になります。
裏を返すと、各論に関しては単発発生のケースも多いので、人的リソースが足りなければアウトソーシングをしながら知見を溜めると効率的・効果的です。
タレントマネジメントのポイントとよくある間違い
──タレントマネジメントの名ばかりの形だけで終わってしまうケースも多いと思うのですが、誤った手法としてどのような例が見受けられるでしょうか?
また、そのための大事な点や手法が誤ってしまう理由・抜けてしまう要因を教えていただけないでしょうか?
冒頭に、タレントマネジメントとは「一人ひとりの力を引き出すための人事施策」であると伝えましたが、その逆を行くことこそがタレントマネジメントが形だけで終わる主要因だと感じています。
分かりやすいケースでは、「一人ひとりを”管理するための”人事施策」となっている会社が多くあるように思えます。管理するとは社員の主体性を奪うことになり、主体性が奪われると動機付けが起きず、動機付けが起きないとパフォーマンスは向上しません。
例えば、KPI達成文化が強すぎる組織では、KPI達成のための一元化されたプロセス指標が明確にあり、そのプロセス指標を追うことが目的化してしまうケースがあります。その場合、(極端に言うと)タレントマネジメントの目的が「社員全員がKPI達成できるために管理する」となってしまうイメージです。
ではなぜこのようなことが起きるのか。それは、企画者が人事なので「人事のための人事施策」となることが多いからです。
これは決して人事の視野が狭く視座が低いと言っているわけではありません。
人事が企画を通す相手は経営陣です。社員ではありません。そして、経営陣は株主から利益最大化を求められるプレッシャーに常にさらされています。
つまり、人事は株主が喜ぶ施策を考えざるを得ない状況に置かれているとも言えるのですが、株主は短期的かつ計画的で安定した売上伸長を望むことで、配当やキャピタルゲインによる投資回収を狙う傾向があります。そのため、経営陣は投資対効果が見えづらい社員育成より、売上が上がる仕組みに社員を配置する管理型の人事施策を選ぶケースがあるのです。
人事が相手(経営陣)の期待に応えられる優秀な人材であればあるほど現場感から遠ざかる施策になり、結果として現場の理解を得られず形で終わる可能性が高い構造が生まれます。
タレントマネジメントが進んでいる企業の具体的な導入事例
──これまでご自身で実践されたことがある、もしくは、長島さんから見て上手く取り入れていると思う事例について具体的に教えてください。
セプテーニ社の人的資産研究所はタレントマネジメントとしておもしろい取り組みをしています。
人的資産研究所とは
社員一人ひとりのパフォーマンスを最大化できるよう、人材データを専門に研究を行う人的資産研究所(Human Capital Lab)を設立し、経営判断や人材育成に活かしている取り組みをしています。特に「採用」「適応」「育成」「アルムナイネットワーク」の4つの領域をメインに研究活動を行っています。
20年間、社員データを蓄積し、個人・組織アセスメントツールを基に独自進化をさせることで、「どのような社員がどのような状況だとパフォーマンスが最大化するか(人と人の相性も含めて)」や「どのような社員がどのような状況で、どのような課題に当たるのか」をAI分析して育成プログラムをレコメンドするなどデジタル技術を生かしながらタレントマネジメントを進めています。
新入社員の離職率が劇的に下がり、社員の適材適所(プロジェクト・上司との相性など)を実現することで、定着率のアップや個人・チームのパフォーマンス向上を実現しています。
タレントマネジメントツール選びのポイント
──タレントマネジメントを導入・進めるのにあたってツールはどのようなもので管理するといいのでしょうか?
目的に応じてツールを選ぶことが重要です。
例えば、採用管理、目標設定・評価管理、就労管理、モチベーション管理、報酬管理、要員計画…のようにタレントマネジメントの要素を分解し、それぞれに最適なツールを導入することができます。
一元管理をするために、一つのツールを多機能進化させるケースがよくありますが、結局運用が煩雑になり担当者が疲弊、もしくは運用方法が属人化して担当者が退職したらブラックボックスということも少なくありません。
また、100~200名以下の会社であれば、タレントマネジメントシステムを外販することを前提に自社で試すことは良いかもしれませんが、そうでない場合は外部環境だけではなく、内部環境も早いサイクルで変わるので変動に対処できるよう自前システムはあまりお勧めしません。
検索をすればいくらでもシステム比較が出てくるので、ここでは詳細は触れませんが、手始めにSaaSで複数試してみて、使い勝手がいいツールを最終的に選択していくことをお勧めします。
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編集後記
長島さんが繰り返していたのが、タレントマネジメントは一人ひとりの力を引き出すための人事施策であるという点です。自社のタレントマネジメントが上手く機能していないと感じることがあれば、「一人ひとりを”管理するための”人事施策」になっていないかチェックしてみるといいかもしれません。
また、新たにタレントマネジメントを導入する場合に意識すべき点として「行動を制限するルールづくりではなく、行動を促進できるルールづくり」が大切と指摘されています。
施策の内容やツールも大切ですが、「人事のための人事施策」にならず、現場視点を持てるかどうか…人事のスタンスが最も重要なポイントなのだと感じました。
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