「グローバルモビリティ」実施時の注意点・事例について解説
国際間人事異動を指す「グローバルモビリティ」。ビジネスのグローバル化やリモートワーク環境の整備に伴い、大手企業を中心に実施されるケースが増えてきています。
今回は、グローバル人事の専門家として活動しているパラレルワーカーの方に、「グローバルモビリティ」の概要から実施前後の注意点に至るまでお話を伺いました。
<パラレルワーカープロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
小規模から大企業まで異なる事業規模・フェーズの会社でグローバル人事に従事。自身も5年間米国へ赴任し、米国の人事ディレクターとして勤務。日米両国の人事経験を活かし、現在もグローバル人事の専門家として活動中。米国公認会計士合格。
目次
「グローバルモビリティ」とは
──「グローバルモビリティ」の概要と目的について教えてください。
「グローバルモビリティ」とは、global(国際的な)mobility(移動性)の意味通り国際間人事異動を指す言葉です。多くの日系企業でも一般的に行われている人事異動を海外も含めたグローバルベースで行うことです。この「グローバルモビリティ」の代表的な実施目的には、以下のようなものがあります。
(1)日本→海外支社へ人材を異動するケース
日本のビジネスを海外で拡大させたい。優秀な日本人に海外で経験を積んでもらい育成したい。
(2)海外支社→日本へ人材を異動するケース
海外で採用した人材の教育やトレーニングを兼ねて日本へ派遣したい。
(3)海外で採用→日本へ人材を派遣するケース
日本では人材採用が難しいため、外国人を海外で採用して日本に派遣したい。
(4)海外支社→日本以外の他国へ異動させるケース
海外で採用した優秀な人材の活用・教育、またキャリアパスの一環として他国へ異動させたい。
それぞれの実施目的や背景は企業により異なりますが、ビジネスの成長ないしはその核となる人材の育成を目的に「グローバルモビリティ」を行うケースが多いです。特に、日系企業で多く見られるのは上記(1)(2)のケースで、大手企業になると(3)(4)のケースも増えてくる印象があります。
なお、「グローバルモビリティ」は海外支社を持つ大手企業に多い取り組みではありますが、ベンチャー企業でも海外展開のファーストステップとして(1)のように日本人を海外へ派遣することはよくあります。
「グローバルモビリティ」実施『前』の注意点
──「グローバルモビリティ」を検討・導入しようと考えた際、どのような点に注意をした方が良いでしょうか。
「グローバルモビリティ」では従業員が出身国以外へ異動することになるため、派遣先のビザ・税務・労務などの法律にはもちろん注意が必要です。人事担当者がそうした法律上の注意点を網羅できているとベストではありますが、そのすべてを把握するのは現実的ではありません。必要に応じて専門家や外部コンサルタントなどにサポートを依頼する方が効率やコンプライアンスの観点でも好ましいでしょう。
ただし、「グローバルモビリティ」対象者のキャリアパスについては人事担当者が真摯に向き合う必要があります。ビザ・税務・労務などの問題は専門家に外部委託できても、対象人材のキャリアパスを検討することは外部委託することは難易度が高いことが多いためです。海外赴任後にビジネスを拡大し実績を残した人材や、OJTなどで教育を受けた人材が日本に帰国後も自社に留まってくれるかどうかは、人事が提示したキャリアパス次第でもあります。
実は、海外から帰国した従業員が退職してしまうケースは頻繁に起こっており、多くの人事部門が頭を抱えています。中には、『海外から戻ってきたらどうせ辞めてしまうから、派遣しても意味がない』と考えている経営者も残念ながらいるほどです。また、従業員側でも異動先の給与・待遇への不満などから海外勤務を躊躇するケースもあるため、人事としては事前に制度を整えておく必要があります。
「グローバルモビリティ」実施時の注意点
──実施前の注意点を踏まえた上で、実際に「グローバルモビリティ」を実施する際にはどんなポイントに注意して行うのが良いでしょうか。
前述した『従業員へのキャリアパス提示』と『異動先の給与・処遇差』の2つについてより詳しく解説します。
従業員へのキャリアパス提示
こう聞くと『帰国後のポジション』を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろんそれも重要ですが、前提としては適切なアサインメントとフィードバックの2つが必須です。
まずアサインメントについて。異動する従業員に何を期待しどのようなミッション・役割を担わせるのか、どのようになって帰ってきてほしいのか、その上で想定される帰国後のポジションについて可能な限り具体的に伝えます。この際、日系企業では『とりあえず行ってこい』と細かな説明をせずに送り出すこともありがちですが、それを粋に感じる従業員ばかりではありません。従業員が本来のパフォーマンスを発揮できるよう、期待や目的、担ってほしいミッションなどについてしっかりと言語化して伝えることが非常に重要です。従業員も最初に伝えられた言葉を覚えていることが多いものなので、ぜひこのあたりは人事と直属の上司が連携して丁寧に対処してほしいところです。
一方、帰国後のポジションやキャリアが異動時点では未確定なケースもあるはずです。その場合であっても、現時点で想定していることは可能な限り具体的に伝えてあげましょう。確約はなかったとしても『戻るところがある、戻ってからも期待をされている』と従業員に安心感を持ってもらえることが先決です。
アサインメントに加えて、定期的なフィードバックも非常に重要です。期待したミッション・役割に対してどこまで実施できているのか、足りない部分は今後どうしていけば良いのか──この辺りはどうしても抽象的な話になりがちなものですが、人事や上司の主観でも良いのでまずはきっちりフィードバックを行うことが大切です。多くの企業では定期的な人事評価を導入しているので、そうした機会を活用すると良いでしょう。その際、フィードバックした内容が本人の体感や考えとはギャップがあるケースもありますが、そのギャップが本人の気づきとなるため事実ベースでしっかりと本人に伝えるべきです。
異動先の給与・処遇差
こちらは比較的大企業で起こりうる事象です。例えば、「グローバルモビリティ」でA国の人事部長(500名規模)をB国の人事部長(50名規模)として派遣したい場合、役職は変わらないものの給与はそのままで良いのかといった議論が出てきます。仮に『B国の人事部長の方が人数規模も小さいので給料も下がります』としてしまえば、この異動が受け入れられる確率はかなり少なくなるはずです。こうした話は「グローバルモビリティ」を行う上では頻繁に発生するため、国を跨いだ統一基準(グローバルグレーティング)を設定しておく必要があります。
グローバルグレーディングとは、世界各国での各ポジションを職務や職責の大きさで格付けを行うことです。職務によってグレードの大きさが決まり、それによって給与も決まりますので、報酬に対する透明性が担保されるというメリットがあります。一方、グローバルグレーディングを厳格に運用しようとすると、細かい職務設定が必要となり運用に大きなコストがかかってしまいます。また、本人のキャリアに本当に必要な経験であっても、グレードが下がってしまうような異動の場合は、給与も下がってしまうことになるので、該当社員のモチベーションを下げてしまうなど離職リスクが高まってしまうため、「グローバルモビリティ」を推進させづらくなってしまう可能性もあります。
このような理由から、グローバルグレーディングを設定する場合には厳格に細かいグレードを設定するのではなく、比較的緩やかなグレードを設定する企業が増えています。例えば、アメリカ支社の人事部長もドイツ支社の人事部長も日本支社の人事部長も、グレードとしては10段階のうち7〜9のどこかにする、といった具合です。この7〜9の中のどこにするかは本人の経験や能力による職能的な要素を残し、緩やかに運用するという方法です。しかしながら、グローバルレーティングまで導入できている日本企業はまだ少数派という認識です。そこまで明確な統一基準がない場合は、現地国と赴任地国の物価差、アサインメントの大きさ、現地での役割を総合的に踏まえて報酬設定を行うしかありません。
なお、海外で経験を積んだ従業員が帰国する際の給与レンジについては事前に検討しておくことをオススメします。なぜなら、海外経験を持つ人材は国内マーケットにおいてまだまだ希少であり、給与レンジが高くなる傾向があるためです。中にはそれに気づいた従業員が給与交渉を持ちかけてくることもあり、それからアタフタと調査し始めたのでは時すでに遅し。他社へ転職されてしまうリスクをはらんでいます。事前にマーケット感などを掴んでおきながら、帰国した従業員が満足するポジション・キャリア・報酬を提示できるように準備を進めておきましょう。
「グローバルモビリティ」の実施事例
──これまでに関与された「グローバルモビリティ」事例について教えてください。
私が関与・経験した「グローバルモビリティ」について、いくつかご紹介します。
海外の経営者層をより高いポジションで活用するため他国への「グローバルモビリティ」
当時、このケースはあまり頻繁に発生するものではありませんでしたが、その分注意が必要な点が多くありました。例えば、該当社員にとっても納得性があり離職リスクが高まってしまわないような水準の処遇設定です。特に海外の従業員は自分の給与水準がマーケットから鑑みてどのくらいが妥当かなどの情報を収集し理解しているため、こちらとしてもしっかりと外部のベンチマークとなるマーケットの給与データを入手して処遇設定を慎重に行ったり、給与だけではなく福利厚生やインセンティブなどの検討も行いました。当時は前述したグローバルグレーディングが導入されていなかったということもあり、本人との交渉も含め難易度が高いタフな仕事でしたが、キーポジションでもあったため、時間とコストをかけて設計していきました。
また、日本と海外との文化や考え方の違いにも注意をする必要がありました。前述のように特に海外の従業員は自分でしっかりとマーケット情報を収集している方が多いということもあり、交渉に対しても非常に積極的な傾向があります。人事としてオープンにベンチマークの情報や、会社として設定できる条件を明らかにして話し合ったことにより、比較的スムーズに交渉が進んだと思います。比較的日本では『頑張りに応じて報酬を上げる』という考え方が多い傾向だとは思いますが、海外では『先に報酬を上げてもらいそれに応じるために頑張る』という考え方の方も多くいるため、文化の違いを感じる事もありました。そういった場合でも、まずはしっかりと情報収集を行い、オープンな態度で慌てずに交渉に臨んだ事で、スムーズに話が進み、結果的に双方納得の上の「グローバルモビリティ」が実行できました。
自社の従業員(日本人)が海外へ出向、また海外駐在員(日本人)が他国へ行く「グローバルモビリティ」
日系企業で1番多いケースです。この時には、前述したように『キャリアパスの提示』してどのようなステップを踏み経験を積む事ができるのかという説明を行いつつ、本社で作成した海外勤務者規定に基づいて派遣を行いました。企業によっては、既に派遣されている海外駐在員(日本人)をそのまま別の国へ異動させるケースもあります。私の場合は海外勤務者規定の中に海外間での異動も定義しておき適用させる形をとりました。
海外拠点の従業員(外国人)を日本へ異動させる「グローバルモビリティ」
海外の工場から日本の工場へ研修を兼ねて派遣したケースです。外国人従業員のキャリア開発を目的として1年間、日本へ派遣することになりました。ビザ、住居、税務など諸々のサポートは日本側で対応しました。一定のルールに基づいて処遇を設定し、ある程度派遣が続いた段階でマニュアルを作成するなどの対応を取りました。基本的には同一国からの派遣でしたので、グローバルグレーディングの設定までは行わず、同国からの派遣者について適用するルールを設定し、運用していました。
日本では採用できなかったポジションに、海外で採用した外国人をアサイン(日本へ異動)する「グローバルモビリティ」
このケースでは、通常の日本人採用と同じ形で処遇を設定しました。ただし、就労ビザの手配や日本への移転費用などは会社が負担し、本人の負担を軽減できるようにしています。このケースの場合、特に日本の法律や税務などについて従業員本人に丁寧に説明する必要がありますので注意してください。
こうした経験を通じて言えることは、統一基準や制度づくりはそのケースの『発生頻度』に合わせて検討するのが良いということです。ひとたび統一基準や制度を作ろうとすると時間もコストも膨大に掛かりますので、頻度がそこまで高くないようであればとりあえずはスポット的に処遇設定した方がスピーディに異動を実現できます。
最後に、「グローバルモビリティ」は海外展開している日系企業にとどまらず、どんな企業にとっても避けて通れない施策であることをお伝えしたいです。なぜなら、今後さらに少子高齢化が進み労働人口が減少する日本においては、外国人雇用がもっと身近になるはずだからです。ぜひ頻度・時間・コストを意識しながら「グローバルモビリティ」を実践いただければと思います。
■合わせて読みたい「タレントマネジメント」に関する記事
>>>戦略的タレントマネジメントとは?決して「従業員を管理する」だけの手法ではない。
>>>「タレントマーケットプレイス」の継続性を高め、従業員体験(EX)を向上させるには
>>>「タレント・エコシステム」で組織内外の人材と有機的に繋がる『三方よし』を実現するアプローチとは
>>>「社会人基礎力」への再注目。診断・活用方法について解説
編集後記
『「グローバルモビリティ」はすべての日本企業が避けて通れない施策である』という言葉には、多くの気づきがありました。確かに、グローバル化が進む世の中では1人の人材をいろんな国の企業が取り合う事象も十分に考えられます。その際に自社がどのようなキャリアや報酬を提示できるか。そうしたことを考えておくことが「グローバルモビリティ」の1歩目となるかもしれません。