ピーターの法則が組織に与える影響と人事が取るべき対策を解説
ピーターの法則とは、能力主義の階層組織では有能な人材が昇進を重ねるにつれて、いつか能力の限界に達し、無能化してしまうという組織行動理論です。「現場で成果を出してきた人が管理職になった途端に機能しなくなった」「マネージャー層の質にばらつきがある」といった課題に悩む企業も少なくありません。本記事では、なぜこの現象が起きるのか、組織への弊害、そして人事として実践できる対策まで解説します。
今回は、この領域に知見を持つ廣田 正史さんに、管理職登用制度の設計から現場での運用定着に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
廣田 正史(ひろた まさふみ)
人材系ベンチャー企業に新卒で入社し、営業などを約3年経験した後に新卒採用担当として人事のキャリアをスタート。外資系コンサル企業のHRBPを経て、複数の上場前後のフェーズのITベンチャー企業に参画し、人事責任者として採用戦略や制度の立案・実行などをはじめとした人事業務全般に従事。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
ピーターの法則とは何か
──ピーターの法則とは何ですか?なぜ今、人事が知っておくべき概念なのですか?
ピーターの法則とは、「能力主義の階層組織において、人は自らの無能さが露呈する地位まで昇進し続ける」という法則です。要点を整理すると、以下の3点になります。
(1)有能な人材は昇進し続ける
現在の職務で成果を出した人は、次の階層へと昇進していく。
(2)いつか能力の限界に達する
昇進した先の役割で求められるスキルセットが変わり、その地位で「無能化」する。
(3)無能化した地位にとどまり続ける
降格や役割変更の仕組みがなければ、その人はその地位にとどまり続ける。
注意したいのは、「本人が無能な人間だった」という話ではないことです。優秀なプレイヤーが管理職に昇進すると、求められる能力は「個人で成果を出すこと」から「チームの成果を最大化すること」へと大きく変わります。そのギャップを埋める準備や育成の仕組みがなければ、どれだけ優秀な人材でも、新たな役割で期待される成果を発揮できなくなる可能性があります。
また、ピーターの法則は、昇進によって本人の能力が新たな役割に適合しなくなるケースだけを指すものではありません。組織の成長や事業環境の変化に伴い、管理職に求められる役割や能力が高度化することで、これまで成果を発揮していた管理職が、新たな期待に対応しきれなくなるケースもあります。
例えば、組織規模が拡大すると、管理職にはチームの日常的なマネジメントだけでなく、組織横断での連携や中長期的な戦略の策定、複雑な課題への対応など、より高度な役割が求められるようになります。つまり、本人が昇進していなくても、組織の成長によって役割の難易度が上がり、従来の経験や能力だけでは十分に対応できなくなる可能性があるのです。
特に、組織の成長や変化が速い企業では、規模の大きな組織のように画一的な昇進・育成制度を適用するだけでは、こうした変化に対応しにくい場合があります。そのため人事には、昇進時の適性を見極めるだけでなく、組織の成長段階に応じて管理職に求める役割や能力を見直し、継続的な育成や支援につなげる視点も求められます。
なぜ昇進後にパフォーマンスが停滞しがちなのか
──優秀なプレイヤーが管理職になった途端に機能しなくなるのは、なぜですか?
結論から言えば、「現在の職務で成果を出した人を、求められる役割や能力が異なる職務へ昇進させる」という構造に要因があります。
プレイヤーとして高い成果を上げてきた人であっても、管理職として同じように成果を発揮できるとは限りません。昇進後にパフォーマンスが停滞する主な原因は、以下の3つに整理できます。
(1)役割の断絶:自ら成果を出す立場から、他者を通じて成果を出す立場へ変わる
営業トップ、技術のエース、プロジェクトリーダーなど、優秀なプレイヤーは、自らの知識や経験、行動によって成果を上げてきました。しかし、管理職になると、「個人で成果を出すこと」よりも、「メンバーを育成し、チーム全体の成果を最大化すること」が求められるようになります。
これは単に業務の難易度が上がるという「程度の差」ではなく、成果を生み出す方法そのものが変わる「役割の違い」です。
(2)昇進基準のミスマッチ:現在の成果と、次の役職への適性は異なる
多くの企業では、現在のポジションで上げた成果や業績が昇進判断の中心になりやすい傾向があります。しかし、「今の仕事で成果を出せること」と「次の役職で成果を出せること」は別の問題です。
例えば、高い営業成績を上げていることは、必ずしもメンバーの育成やチーム運営に適性があることを意味しません。現在の成果だけでなく、「どのような行動によって成果を生み出したのか」「周囲を巻き込み、他者の成果を支援できているか」といった行動面も確認する必要があります。
マネジメント適性やコミュニケーション力、課題解決力、組織視点など、次の役職で必要となる能力や行動が昇進判断に十分組み込まれていなければ、昇進後に役割とのミスマッチが生じやすくなります。
(3)育成の「後付け」問題:役割が複雑になる一方、支援を受ける機会は減りやすい
昇進後に管理職研修を実施する企業は少なくありません。しかし、これは管理職に「なってから学ぶ」アプローチです。昇進前にマネジメント適性を確認したり、管理職に近い役割を経験したりする機会がなければ、本人も十分な準備ができないまま、新たな役割を担うことになります。
プレイヤーの業務は、業務プロセスや目標が比較的明確で、PDCAを回しながら成功パターンを見つけやすい傾向があります。一方、管理職の業務は、「良い組織とはどのような状態か」「メンバーをどのように育成すべきか」といった正解のないテーマが多く、理想の状態や成果を出す方法も明確に定義しにくいという特徴があります。
また、管理職になると、自身を育成・支援する人が少なくなりやすい点にも注意が必要です。部下の育成や組織課題への対応を求められる一方で、自身のマネジメントについて継続的なフィードバックを受ける機会は限られています。
管理職研修を一度実施するだけでは、こうした複雑な役割への適応を十分に支援できない可能性があります。昇進前の見極めや準備に加え、昇進後も実務上の課題を相談し、継続的なフィードバックを受けられる育成・支援の仕組みが重要です。

「ピーターの法則」がもたらす組織への弊害
──ピーターの法則が機能してしまうと、組織にはどんな悪影響が出ますか?
ピーターの法則が進行した組織では、大きく3つの弊害が連鎖的に発生します。
(1)生産性・組織パフォーマンスの低下
マネジメントが十分に機能していないチームでは、メンバーに能力があってもそれを発揮しにくくなります。方針が明確に示されない、意思決定が遅れる、適切なフィードバックが得られないといった状態が積み重なることで、チーム全体の生産性や成果にも影響を及ぼします。
また、管理職の問題解決力が不足していたり、課題の解決に向けた行動が取られなかったりすると、メンバーは「課題を伝えても改善されない」と感じるようになります。業務を進めやすい環境が整わない状態が続けば、仕事へのモチベーションだけでなく、自ら改善を提案・実行しようとする意欲も低下し、組織全体に閉塞感が生まれる可能性があります。
(2)優秀な人材の流出
マネジメントが十分に機能していない管理職のもとでは、有能なメンバーほど「能力や成果を適切に評価されていない」「この環境では成長できない」と感じやすくなります。
さらに、現場の課題を提起しても改善されない状態が続けば、組織への期待や信頼も失われていきます。その結果、本来は組織に定着してほしい優秀な人材ほど、より能力を発揮できる環境を求めて離職するという状況が起こり得ます。
(3)人事評価の無効化
管理職が部下を適切に評価するための視点やスキルを十分に持っていない場合、評価に主観的なバイアスが入りやすくなります。
例えば、「自分の考えに同調する人を高く評価する」「自分の立場を脅かす可能性のある人材を適切に評価できない」といった防衛的な評価が生じると、メンバーは評価の公平性に疑問を持つようになります。その結果、人事評価制度そのものへの信頼が損なわれる可能性もあります。
ピーターの法則による問題は、一人の管理職のパフォーマンス低下にとどまりません。管理職が現場の課題を解決できない状態が続くと、メンバーのモチベーションや改善意欲が低下し、組織に閉塞感が生まれます。さらに、生産性の低下や優秀な人材の流出、人事評価への不信感へと影響が連鎖し、組織全体のパフォーマンスを低下させる可能性があります。
そのため、「誰を昇進させるか」だけでなく、「昇進後に求められる役割を担えるか」「管理職として継続的に成長できるか」という視点を持ち、登用・育成・評価を一体的に設計することが重要です。
現状のミスマッチを解消する人事アプローチ
──ピーターの法則を「知っている」だけでなく、人事として実際にどう対処すればよいですか?
対処の方向性は、大きく3つに分けられます。ただし、どれか一つを実施すれば解決するわけではありません。組織の規模や文化、管理職に求める役割などを踏まえ、複数の施策を組み合わせることが重要です。
(1)自社に必要な管理職要件を明文化する
昇進候補者を評価する際は、現在の業績だけでなく、次のポジションで求められる能力や行動を評価することが重要です。「今の仕事で成果を出せる人」ではなく、「次の役職で成果を出せる人」を見極める視点が求められます。
ただし、「マネジメント力」「課題解決力」「組織視点」といった抽象的な言葉だけでは、評価者によって判断基準が異なりかねません。そのため、自社で継続的に高いパフォーマンスを発揮している管理職や役員をモデルとし、その人の行動や思考の特徴を具体化する方法も有効です。
実際に支援した企業では、経営層や現場から評価されている役員の行動・思考特性を分析し、管理職に求める要件として明文化しました。社内で実際に成果を上げている人材をモデルにしたことで、経営層や現場からも納得を得やすく、昇進や評価の基準を共有しやすくなりました。
(2)昇進前に管理職に近い役割を経験してもらう
管理職になってから研修を行うだけでなく、昇進前から管理職に近い業務を経験してもらうことも重要です。例えば、管理職の一歩手前の階層から、業務改善や企画、プロジェクトの推進、後輩育成などを段階的に任せ、その成果や行動を評価します。実際の業務を通じて、課題を発見・解決する力や、周囲を巻き込みながら成果を上げる力を確認することで、昇進後のミスマッチを減らしやすくなります。
研修は必要な知識や考え方を学ぶ機会になりますが、課題解決力やマネジメント適性を研修だけで身につけたり、見極めたりすることには限界があります。育成機会を提供しながら、実際の行動や成果を継続的に確認することが重要です。
(3)複線型キャリアと評価・報酬制度を整備する
「昇進=管理職」という一元的なキャリア構造を見直し、専門性を高めるスペシャリスト職やエキスパート職として評価・報酬が上がる仕組みを整備することも有効です。マネジメントに適性がない優秀な人材まで管理職を目指さなければならない状態を避け、それぞれの強みを活かせるキャリアの選択肢を用意することで、適材適所につながります。
また、役割や期待される行動を明文化し、その発揮度に応じて評価や報酬を決定することも重要です。実際に支援した企業では、明文化した管理職要件を評価に反映し、複数年かけて役割や貢献度に応じた給与分布へと見直しました。その結果、役割や責任の違いが報酬にも反映され、社内の公平感を高めることにつながりました。
一方で、管理職に求める役割や負荷が明確になることで、「上を目指したい人」と「負荷を負ってまで昇進を望まない人」に分かれるケースもあります。企業には、昇進を一律に求めるのではなく、本人の志向を踏まえながら、多様なキャリアを選択できる環境を整えることが求められます。
ただ管理職登用のミスマッチを、研修や再配置だけで解決することには限界があります。課題解決力など、管理職として必要な能力を育成だけで補うことが難しい場合もあり、役割を変更しても根本的な解決にならないケースがあるためです。
そのため、既存人材への育成機会の提供に加えて、管理職候補の採用要件を見直したり、重要ポジションの後継者を計画的に確保・育成するサクセッションプランを整えたりする必要があります。昇進制度だけの問題として扱わず、中長期的な人材戦略とあわせて検討することが重要です。
ピーターの法則への対策は、単に昇進制度を見直したり、管理職研修を増やしたりすることではありません。自社で成果を上げている管理職や役員の行動・思考をもとに要件を明確にし、昇進前から実務を通じて適性を見極めることが重要です。
役割や貢献に応じた評価・報酬、多様なキャリアの選択肢、将来の管理職候補を計画的に確保・育成する仕組みまで一体的に設計することで、個人と組織の双方にとって、より納得感のある登用や配置につながります。
ピーターの法則にどう向き合ったか──管理職登用制度の見直し事例
──管理職登用のミスマッチに対して、実際にどのような見直しや取り組みを行いましたか?
管理職登用のミスマッチに対しては、昇進前に適性を見極める仕組みを設ける方法と、登用後に問題を可視化し、役割を見直す方法があります。私が実際に取り組んだ2つの事例をご紹介します。
事例①:管理職トライアル制度で、昇進前に適性を見極める
ある企業では、現場で問題が発生しても改善が進まず、管理職として期待される課題解決や組織改善が十分に行われていないという課題がありました。一度管理職に登用した後で適性がないと判明しても、役割を変更すると本人や周囲への影響が大きくなります。
そこで導入したのが、正式な登用前に一定期間、管理職に近い役割を担ってもらう「管理職トライアル制度」です。組織体制の変更が比較的多い企業だったこともあり、人員の入れ替えが過度に目立たない形で、複数の候補者に管理職業務を経験してもらいました。
トライアル期間中は、課題解決やメンバー支援、チーム運営などの状況を確認し、管理職として十分に発揮できていない点についても具体的にフィードバックしました。そのうえで、実際の行動や成果をもとに正式登用の可否を判断することで、管理職として適性のある人材の割合を高めていきました。
正式登用に至らなかった候補者に対しても、できていない点や判断理由を明確に伝えることで、比較的納得して受け入れてもらうことができました。役割を外れることによる退職も懸念していましたが、実際に退職へ至るケースは多くありませんでした。
この事例から得た学びは、登用後にミスマッチを是正するよりも、正式登用の前に実際の役割を経験してもらい、適性を見極める方が、本人と組織の双方にとって納得感のある判断につながりやすいということです。
事例②:360度評価でマネジメント上の問題を可視化する
別の企業では、部下に対して厳しいコミュニケーションを取る管理職の部署で、退職者や異動希望者が相次いでいました。しかし、当初は周囲の印象や感覚に基づく指摘にとどまり、経営層へ問題の深刻さを説明しにくい状況でした。
そこで、上司・同僚・部下など複数の立場から評価する360度評価を導入し、管理職のコミュニケーションやマネジメントに対する周囲の認識を可視化しました。これにより、「厳しい上司である」といった定性的な印象ではなく、具体的な評価結果をもとに、役員と課題を共有できるようになりました。
評価結果を踏まえて組織体制を見直し、一部の対象者については、メンバーとの接点が少ない役割へ変更しました。本人の専門性や業務能力を活かしながら、部下への影響を抑える配置へ切り替えた形です。
この事例が示しているのは、管理職登用後に問題が起きた場合、本人への注意や研修だけで解決しようとするのではなく、客観的な情報をもとに役割や配置を見直す必要があるということです。マネジメントには適性がなくても、専門性や実務能力を発揮できる役割はあります。本人の強みを活かしながら、組織への悪影響を抑える選択肢を持つことも、人事に求められる対応の一つです。
2つの事例に共通するのは、管理職登用を一度きりの不可逆な判断にしないことです。登用前には実務を通じて適性を見極め、登用後に問題が見つかった場合には、客観的な評価をもとに役割を見直す。こうした柔軟な仕組みを整えることで、管理職登用のミスマッチによる本人と組織の双方への負担を抑えやすくなります。
編集後記
ピーターの法則が示しているのは、「優秀だった人が急に能力を失う」という話ではなく、評価・昇進・育成の設計がかみ合っていないことで起こる構造的な課題です。
現場で成果を出してきた人材であっても、昇進後に求められる役割や能力は大きく変わります。だからこそ、「優秀だから登用する」だけではなく、昇進基準・事前育成・複線型キャリアを一体で設計する視点が欠かせないのではないでしょうか。






