労務監査とは?チェック項目・進め方から改善の実務まで経験者が解説
労務監査とは、企業の労務管理が労働関係法令に適合しているかを調査・評価する取り組みです。会計監査とは異なり法的義務ではないものの、近年はIPO準備やM&Aに限らず、人材獲得競争の激化を背景に「自社の労務管理は本当に大丈夫なのか」を確認したいと考える企業が増えています。しかし、いざ労務監査を実施しようとすると「何から手をつければよいのか」「チェックリストは何を基準に作ればよいのか」「指摘事項が出た後の改善をどう進めるのか」という問いに直面する人事部長・人事責任者は少なくありません。
今回は、社会保険労務士法人代表である初山 崇人さんに、労務監査の全体像から、チェック項目の設計、現場でつまずきやすいポイント、そして指摘事項を実際の改善につなげるまでの実務に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
初山 崇人 / 社会保険労務士法人Noctia Insights代表 Gallupストレングスコーチ
独立後5年を経て法人を設立。一般的な社会保険労務士業務に加え、労務コンサルティングや組織開発等の人事コンサルティング業務を提供している。30社以上の労務監査の実績があり、改善への並走支援も行っている。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
そもそも労務監査とは何か
──労務監査は「会社の健康診断」とよく言われますが、具体的にはどのような取り組みなのでしょうか?
労務監査とは、自社の労務管理が労働基準法をはじめとする労働関係法令を遵守できているかを、体系的に調査・評価することです。具体的には、就業規則や労務帳票が整備されているか、規定どおりに運用されているかを、書面確認・ヒアリング・アンケートなどを通じて検証します。
「会社の健康診断」という表現は的確で、健康診断が身体の異常や前兆を発見して予防策を講じるように、労務監査では労務管理上の問題やリスクの芽を早期に見つけ、対処するものです。
労務監査には、大きく分けて2つの種類があります。
■ 内部監査型
社内の内部監査部門や労務・人事部門が主体となって実施します。自社の実態を熟知している強みがあり、金銭的コストを抑えられるメリットもあります。一方で、客観性の担保が難しいという課題があります。
実務的な観点からは、内部監査型は原則として慎重に検討すべきです。人事労務はルーティンの積み重ねであるため、運用者がそのまま監査担当を兼ねるとバイアスが非常にかかりやすくなります。自分たちが長年行ってきたことを否定することになりかねないため、「労務監査を行った」という証拠作りだけに留まる可能性が高いのです。
内部監査を適正に実施するのであれば、別部署(監査部など)による実施か、HRBP等の人事部門上級職が新規で着任したタイミングで実施することが望ましいでしょう。また、内部監査の結果をもって外部専門家と改善に向けて動くなど、プロジェクト全体の一環として位置づけることは推奨できます。
■ 外部監査型
社会保険労務士(社労士)や弁護士、労務コンサルタントなどの外部専門家に依頼して実施します。第三者視点による客観的な評価が得られるため、IPO準備やM&A時のデューデリジェンスではこちらが選ばれるのが一般的です。近年は主幹事証券会社から「社労士等の専門家による労務監査を受けてください」と求められるケースも増えています。
専門家による一定の効果は得られますが、一定の金銭的コストが発生します。IPOやM&A準備のデューデリジェンス以外で実施する場合は、明確な目的を持って依頼することが重要です。提示された外注コストに対して費用対効果を検討しがちですが、検討や保留が長期に及ぶと、本来対応できるはずだった労務問題に対処できず、かえって余計なコストがかかる場合があります。目的・時期・予算はある程度事前に決定しておきたいところです。
注意点として、半ば丸投げのような形にすると、専門家が離れた際に改善運用の継続が困難になります。社内担当者においても一定のコミットが必要です。

ここで重要なのは、労務監査はIPO準備企業だけのものではないということです。法令違反に伴うリスクは企業規模や上場の有無にかかわらず存在します。労働基準監督署の是正勧告、従業員からの未払い残業代請求、SNSでの情報拡散による企業ブランドの毀損──こうしたリスクは、どの企業にも起こりえるものです。
「うちは大丈夫」と思っている企業ほど、実際に監査を受けると想定外の指摘が出るケースは珍しくありません。代表的な想定外として「未払賃金」が挙げられます。一般常識的には、手当の支給漏れや期日までに支払われなかったことを指すと思われがちですが、労働法における未払賃金とは、残業代の基礎単価の誤りや勤怠の集計ミスなど、本来支払われるべき賃金より少ない賃金を支払っている場合の差額を総称するものです。
昨今の労務管理において「未払賃金」が発生する要因は、主に以下のようなパターンがあります。
まず、残業代の計算基礎から除外できる賃金の取り扱いに関する問題です。労働基準法第37条第5項および施行規則第21条に除外できる賃金が規定されていますが、これらを拡大解釈したり、運用に誤りがあるケースが見受けられます。たとえば、住宅手当を一律定額で支給する旨を就業規則に規定し、残業代の計算基礎から除いている場合がありますが、段階的に手当額を設定しないと除外は認められません。
次に、固定残業代や管理監督者の運用に関する問題です。判例の積み重ねにより適正な運用方法が求められており、これらの運用が労働基準監督署の調査や民事訴訟で否定されると、一人の労働者につき月20〜30時間分の残業代が追加発生することは容易に想像できます。
さらに、勤怠クラウドの初期設定の問題もあります。勤怠クラウドは多くの企業で採用されていますが、初期設定には、クラウドを利用しベンダーへ質問ができるITリテラシーに加え、労働法や社内の就業規則を理解しシステムに落とし込む能力が必要です。このハードルは思いのほか高く、初期設定に誤りがあると、週所定労働時間や変形労働時間制の運用に対して適正な勤怠が集計されない可能性があります。
また、労働者側は現状3年遡って未払賃金を請求できるため、退職後の労働者にも権利は存続しています。労務監査の結果、簿外債務として想定以上の未払賃金が可視化される可能性がある点にも注意が必要です。
加えて、就業規則に関しても注意すべき点があります。昨今、労務リスクを徹底排除した就業規則の作成を提供する専門家が増えていますが、事業規模や労働者数に対していささか過大な内容になっているケースが見受けられます。たとえば、十数人規模の事業者の就業規則に懲罰委員会の設置が記載されているようなケースです。就業規則は労使ともに遵守し運用するものですので、運用が事実上不可能であったり事業規模に不釣り合いな内容は、削除も検討すべきです。
なお、助成金受給のきっかけとして就業規則を整備する企業もそれなりにあり、助成金に関わる内容以外について疎かになっている場合もある点は見落とされがちです。
労務監査のチェック項目──何を、どこまで見るのか
──労務監査では具体的にどのような項目をチェックするのでしょうか?
労務監査のチェック項目は多岐にわたりますが、企業規模や業種を問わず共通して確認される主要領域は以下のとおりです。
■ 就業規則・諸規程の整備状況
就業規則が法定の記載事項(絶対的必要記載事項・相対的必要記載事項)を網羅しているか、最新の法改正に対応しているか、そして実際に従業員へ周知されているかを確認します。正社員用の就業規則だけでなく、契約社員やパートタイマーなど雇用形態別の規程が整備されているかも重要なポイントです。
■ 労働時間管理
労働時間の把握方法がガイドラインに沿った客観的なものか(タイムカード、ICカード、PCログなど)、36協定の締結・届出が適正になされているか、時間外労働の上限規制の範囲内で運用されているかを調査します。変形労働時間制やフレックスタイム制を導入している場合は、制度設計と実運用の整合性も確認対象です。
■ 賃金・報酬
未払い残業代の有無は、労務監査で最も指摘が多い領域のひとつです。割増賃金の計算方法、固定残業代制度の適正運用、管理監督者の範囲適用、最低賃金との整合性など、多角的に検証します。
■ 社会保険・労働保険の適用
試用期間中の従業員やパートタイマーなど、本来加入すべき対象者が適正に社会保険に加入しているか確認します。
■ 安全衛生管理
安全衛生管理体制の構築状況、定期健康診断の実施と事後措置、ストレスチェックの実施状況、長時間労働者への医師面接指導の実施状況などを確認します。
■ ハラスメント対策・均等待遇
ハラスメント相談窓口の設置と運用状況、同一労働同一賃金への対応状況(正規・非正規間の不合理な待遇差の有無)も、近年特に重視される項目です。
■ 人事に関する事項
組織図や業務分掌・権限規程なども確認対象となります。労務管理との関係では、特に管理監督者の妥当性を判断するために必要な内容です。管理監督者の範囲が適正かどうかは、組織図上の位置づけや実際の権限・裁量と照らし合わせて検証されます。
ただし、すべての項目を同じ深さで監査する必要はありません。自社の業種特性やこれまでの労務トラブルの履歴、今後の経営方針(IPO準備、M&A、事業拡大など)に応じて、重点領域を設定することが現実的です。
チェックリストの設計にあたっては、優先度の高い資料から確認していくことが実務上のポイントです。具体的には、以下の順序が目安となります。
1. 法定3帳簿(労働者名簿・賃金台帳・出勤簿)
2. 有給管理簿
3. 雇用契約書または労働条件通知書
4. 社会保険適用通知書、雇用保険設置届、保険関係成立届の事業主控え、各取得届控え
5. 安全衛生法に基づく各種健康診断等の書類
6. 就業規則および付随規程
7. 労使協定(36協定や変形労働時間制等の届出を含む)
8. 外国人雇用に係る社内保管資料(在留カードなど)
就業規則および付随規程は本来最上位に位置づけられるものですが、法定の就業規則作成義務がない企業であっても労務監査の実施は可能であるため、ここではあえて法定帳簿より下位に置いています。
業種やフェーズによって優先度は大きく変わります。
建設業・製造業
安全衛生法および労働保険(労災)関連の優先度が最上位に跳ね上がります。事故が発生した際の損害が甚大であり、許可の更新等にも関わるため、現場の安全衛生管理体制が賃金管理以上に重視されます。
IT・サービス業
管理監督者の範囲や裁量労働制・固定残業代の運用実態が未払賃金リスクに直結するため、労使協定と就業規則の整合性確認が最優先となります。
企業フェーズ別に見ると、以下のような違いがあります。
| フェーズ | 優先確認事項 |
| スタートアップ時期 | 最低限の法適合(雇用契約書、36協定など)ができているかという、ゼロからの構築確認がメイン |
| 企業拡大期・世代交代の時期 | 就業規則・付随規程等と実態の運用に齟齬がないか。内容が会社規模に合っているか。経営層が目指していることと人事労務施策が合致しているか |
| IPO準備期 | 未払賃金(簿外債務)の有無が上場可否を左右するため、残業代計算の正確性が最優先 |
| M&A(買収側) | 過去に遡った未払リスクや社会保険の未加入など、将来的な金銭リスクを特定する項目が中心 |
労務監査の進め方──準備から改善実行までの5ステップ
──実際に労務監査を進める場合、どのような手順で進めるのでしょうか?
労務監査の進め方は企業によって異なりますが、基本的な流れは以下の5つのステップに整理できます。
■ ステップ1:計画立案
監査の目的(IPO準備、定期チェック、特定リスクへの対応など)を明確にしたうえで、監査範囲・対象期間・実施体制を決定します。内部で実施するか外部専門家に委託するかの判断もこの段階で行います。監査期間は企業規模や範囲、目的によって数週間から1年近くかかるケースもあるため、スケジュールの見通しを早めに立てることが重要です。
まず何より大切なのは、明確な目的を設定することです。現実的に労働問題が発生しており早急に是正する必要があれば早期に動くべきですし、リスクが顕在化していないのであれば次の決算期等を目安に余裕を持って動くことができます。企業規模にもよりますが、目的を設定したうえで社内のステークホルダーへの説明は必須です。
一方、資料の事前準備については、あるがままの状態を監査するという目的においては、不必要に準備期間が間延びする可能性が高いため、必ずしも最初から完璧に整える必要はありません。もちろん整理されているに越したことはありませんが、準備に時間をかけすぎて着手が遅れることの方がリスクは大きいといえます。
■ ステップ2:資料収集・事前調査
監査に必要な書類を収集します。主な対象資料は、就業規則・賃金規程などの諸規程類、労働条件通知書・雇用契約書、賃金台帳、出勤簿・勤怠データ、36協定届、健康診断結果記録などです。紙媒体の帳簿はPDF化しておくとやりとりがスムーズになります。
■ ステップ3:監査実施
書面審査(提出資料の法令適合性確認)、ヒアリング(労務担当者や管理職への聞き取り)、実地調査(勤怠管理の運用実態確認など)を組み合わせて調査を行います。書面上は問題がなくても、実際の運用と乖離しているケースは少なくないため、ヒアリングの質が監査の精度を左右します。
調査の遡及期間については、未払賃金の請求権が現状では3年であることから、3年を対象とすることが推奨されます。特にIPO準備やM&Aのデューデリジェンスにおいてはこの期間が求められるのが一般的です。その他の目的による労務監査であれば、必ずしも3年に限る必要はありません。
■ ステップ4:結果報告
監査結果を報告書にまとめ、経営陣・人事部門に共有します。指摘事項には通常、「法令違反(即時是正が必要)」「法令違反のリスクあり(早期是正が望ましい)」「改善推奨」といった優先度が付けられます。
■ ステップ5:改善実行
指摘事項に対する改善計画を策定し、担当部署・スケジュール・完了基準を明確にして実行に移します。改善の進捗は定期的にモニタリングし、必要に応じて計画を修正します。
ここで強調しておきたいのは、ステップ4で終わらせてはいけないということです。報告書を受け取って「問題は把握した」で終わる企業は少なくありません。しかし、労務監査の本当の価値は、指摘事項を改善に結びつけることで初めて発揮されます。
指摘事項への向き合い方──「発覚」を「改善」に変える実務
──労務監査で指摘事項が出た後、実際にどう改善を進めるのかが気になります。よくある指摘事項と対応のポイントを教えてください。
労務監査で頻繁に指摘される事項には、いくつかの典型パターンがあります。
■ 未払い残業代の発覚
タイムカードと実際の勤務時間に乖離がある、固定残業代の超過分が支払われていない、管理監督者の範囲が不適切で本来支払うべき残業代が発生している──こうしたケースです。賃金債権には消滅時効があるため、発覚後は可及的速やかに対応する必要があります。改善に際しては、まず正確な未払い額を算出し、遡及支払いの計画を立てます。同時に、今後の再発防止策として労働時間の把握方法自体を見直すことが不可欠です。
■ 就業規則の法改正未対応
育児・介護休業法や労働施策総合推進法(ハラスメント防止義務)など、頻繁に改正される法律に就業規則が追いついていないケースは非常に多く見られます。正社員と非正規社員の間に合理的理由のない待遇差が規定上残っているケースも典型的な指摘事項です。
■ 36協定の締結手続きの不備
労働者代表の選出方法が不適切(会社側が一方的に指名している等)であるケースは、形式的には36協定が締結されていても無効と判断されるリスクがあります。
■ 社会保険の加入漏れ
試用期間中の従業員やパートタイマーなど、要件を満たしているにもかかわらず社会保険に未加入となっているケースです。
■ 雇用契約書・労働条件通知書の記載事項不備
雇用契約書および労働条件通知書の記載事項については頻繁に改正があり、フォーマットの整備が追いついていない場合があります。少なくとも将来に向けての雇用に関しては、最新法令に対応したフォーマットを用意しておくことが望ましいでしょう。
■ 手当の性質が曖昧なことによる計算誤り
基本給以外の手当について、その性質が曖昧なまま運用されているケースがあります。給与計算クラウド等の設定不足も相まって、残業代の基礎単価(基準内賃金)や社会保険料の計算から不当に除外されていることがあります。就業規則において手当の性質を明記し、それに合わせた設定で給与計算を行うことが必要です。なお、労働者にとって不利益な変更となる場合は、十分な説明も求められます。
■ 意外と見落とされるパターン:社会保険・雇用保険の適用除外漏れ
労働者のライフスタイルの変化により労働時間が減少し、社会保険または雇用保険の適用除外となっているにもかかわらず、継続して加入しているケースがあります。直ちに大きな影響があるわけではありませんが、特に雇用保険においては控除金額が多くないため労使ともに気にしないことが多いのが実態です。しかし、離職後に適用除外であったことが判明した場合、保険料は控除されていたにもかかわらず失業等給付が受けられない可能性も考えられます。早めに本人と話し合い、状況を整理しておくことが必要です。
改善を進める際に重要なのは、指摘事項を「法令違反の是正」としてのみ捉えないことです。指摘が出た背景には、業務の属人化、管理職の労務知識不足、人事部門のリソース不足など、構造的な原因が潜んでいることがほとんどです。
表面的な是正だけでは、同じ問題が形を変えて再発します。「なぜこの状態が放置されていたのか」まで掘り下げることで、初めて組織としての労務管理力が向上するのです。
会社としての改善であっても、労働者に対して不利益な変更に該当する場合は慎重な対応が求められます。変更後の就業規則の施行日および実施時期を明確にし、可能であれば質疑応答付きの説明会を開催するほか、不利益を被る労働者への個別説明など、十分な理解を得る取り組みが望ましいでしょう。
運用を各部署の部門長に任せる場合は、趣旨や運用方法を周知したうえで、業務分掌・権限の付与についても再考が必要となります。人事労務の知識は担当部署以外では業務に使用する機会が少なく、何に問題があり、どのような法律に基づいてどう改善し運用していくのかを、研修ベースで説明し理解・協力を求めていくことが重要です。
なお、労務監査の段階から外部専門家に依頼する場合は、改善についても並走を依頼することが合理的です。労務監査のみの予算確保で終わらず、改善実行までを包括したプロジェクトとして予算を確保することが望ましいでしょう。
労務監査を「一度きり」で終わらせないために
──労務監査は一度実施すれば終わりなのでしょうか?継続的に取り組むポイントがあれば教えてください。
労務監査で指摘事項を改善しても、労働関係法令は毎年のように改正されます。一度の監査で「合格」を得たとしても、翌年には新たな法改正への対応が必要になるのが現実です。
継続的な労務管理の質を維持するためには、まず年に一度は自社内で簡易的な労務チェックを実施する仕組みを作ることです。外部専門家による本格的な監査を毎年実施するのはコスト面で現実的ではない企業も多いでしょう。自社用のチェックリストを整備し、定期的にセルフチェックを行うことで、法改正への対応漏れや運用の乖離を早期に発見できます。
次に、労務管理を属人化させないことです。担当者が異動や退職すると、管理の質が一気に低下するケースは珍しくありません。業務手順書の整備、チェックリストの更新ルールの設定、複数名での担当体制の構築が有効な対策となります。
さらに、管理職の労務リテラシー向上も欠かせません。労働時間管理や有給休暇の取得促進は、制度を作る人事部門だけでなく、日々の運用を担う現場の管理職の理解と協力がなければ機能しません。
ここまで見てきたように、労務監査の実務には法令知識だけでなく、組織内の合意形成や改善推進のスキルが求められます。自社だけで完結させることが難しいと感じた時こそ、この領域の実務経験を持つ人事プロフェッショナルと対話することが有効な選択肢になります。
IPO準備やM&Aなど明確な大義名分がある場合は、粛々と進めることが社内でも推奨され、十分な予算もつくでしょう。一方、平常時や事業拡大フェーズにおいて労務監査を実施する場合は、直結した会社利益が見えにくいため、経営層への説明に悩む場面もあるかもしれません。
しかし、現場で感じた違和感や労務管理に関する従業員からの質問を放置しておくことは、リスクマネジメントの観点から黄色信号です。これらが積み重なり、企業が客観的に示している人事労務方針と実態の運用にずれが生じ続けると、エンゲージメントの低下による離職や民事紛争のリスクがさらに高まります。将来的に金銭的なものを含め多くのコストを払わなければならなくなるのです。
労務監査は企業の「健康診断」です。早期に発見・治療することで大病を患わず、長期的に損失を削減し大きな利益を得ることができます。現在契約している外部専門家に依頼することはもちろん定石ですが、得手不得手もあるため、労務監査はセカンドオピニオンとして別の専門家に依頼することも有効な手法として推奨されます。
監査というと何かしら誤りを掘り起こされるイメージが強いですが、依頼する専門家も企業をよくするパートナーです。気負いせず相談されることをお勧めします。
■合わせて読みたい「労務・総務」に関する記事
>>>「海外労務管理」を日本企業が行う上でのポイントを解説
>>>知らないと損?人事担当者なら知っておきたい「人事・採用に関する助成金について」
>>>戦略総務とは?能動的に生産性を上げるバックオフィスのあり方
>>>2023年4月に施行の「法定割増賃金率」の引上げとは?中小企業が準備すべきポイント
>>>「時差出勤」ならではの強みを活かすためには
>>>「デジタル給与」が解禁。メリット・デメリットから国内動向まで解説。
>>>「労働組合」を理解し、人事としての役割と進め方を学ぶ
>>>「BCP(事業継続計画)」の設計・運用について
>>>「休業補償」の申請や従業員サポート方法について勤務社労士が解説
>>>「社会保険適用拡大」の現状と今後の動向から人事の準備すべきこと
>>>「衛生委員会」を活性化する3つの秘訣 – 義務対応から企業文化を変える原動力へ
編集後記
労務監査は、単に法令違反を見つけるためのものではなく、「組織の労務管理を見直す機会」でもあります。実際には、制度そのものよりも、「なぜその運用になっていたのか」「なぜ改善できなかったのか」といった組織側の課題が見えてくる場面も少なくありません。
また、指摘事項を“問題発覚”で終わらせず、改善や再発防止につなげられるかどうかも重要です。完璧な状態を目指すというより、継続的に見直し、改善を積み重ねていくことが、結果として健全な組織運営につながるのではないでしょうか。









