「リソースシフト」とは?──変化の激しい時代に求められる“人と仕事”の最適再配置戦略
事業環境の急速な変化に合わせて、戦略的に人的リソースをシフトする「リソースシフト」の必要性が高まっています。
今回は、この領域に知見・経験を持つパラレルワーカーの方に、「リソースシフト」の概要から設計ステップ・事例に至るまでお話を伺いました。
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目次
「リソースシフト」とは
──人事・組織マネジメントの文脈で言う「リソースシフト」とは、どのような考え方・施策を指すのでしょうか?
「リソースシフト」とは、中長期的な事業戦略に基づいて計画された要員配置(アロケーション)を、事業環境の変化に応じて見直し再配分することを指します。ビジネスニーズや製品構成、売上構造の変化に合わせ、必要となる人員を連動して調整していくことが前提です。従業員に求められる能力やスキルも明確で、基本的には元の部署に戻ることを想定せず、新しい業務領域で継続的に価値を発揮することが求められます。
なお、「リソースシフト」に似た概念として『応援配置』『一時的な異動』『人員調整』がありますが、それぞれ以下のような違いがあります。
■応援配置
一時的に業務量が増加した際に、出張や派遣のような形で人材を割り当てる措置です。業務が落ち着けば、元の部署へ戻ることが前提となります。
■一時的な異動
特定の経験を積んだり、スキルや知識を習得したりする目的で、あらかじめ期間を区切って行われる異動です。海外オフィスへの赴任や、現場から本社への異動などが該当します。
■人員調整
主に事業縮小や売上減少時に人員削減によって人件費を抑制し、利益を確保するための取り組みです。建前として前向きな表現が用いられることもありますが、実態として従業員の能力開発や新規事業への配置といったポジティブな意図はほとんどありません。
──近年、「リソースシフト」が注目されている背景にはどのようなものがあると考えていますか?
日本で「リソースシフト」が注目される背景には、主に次の3つの環境変化があると考えています。
(1)日本市場の成熟化
国内市場が成熟し、多くの産業で成長余地が限られてきました。既存事業を維持するだけでは企業全体の成長が見込みにくくなったことを受け、将来性の低い領域を整理し、貴重な人材を成長分野へ振り向ける必要性が高まっています。
(2)新技術の台頭と競争環境の変化
AIやDXをはじめとする技術革新が急速に進み、海外企業の参入も増加しています。変化への対応スピードが競争力を左右する時代となり、固定的な人員配置では新領域への迅速な対応が難しくなっています。そのため、柔軟なリソース配分が不可欠になっています。
(3)転職市場の活性化
転職市場が活発化し、優秀な人材ほど成長性や挑戦機会を求めて流動化しています。魅力に乏しい事業に人材を留めておくことは流出リスクにつながるため、企業は魅力ある領域へ人材を再配置する必要があります。
「リソースシフト」と『リストラ』の違い
──「リソースシフト」と『リストラ』は、目的・手段・コミュニケーションの観点でどのように異なると整理できますでしょうか?特に、従業員の受け止め方が分かれるポイントについて教えてください。
「リソースシフト」と『リストラ』は一見似ているように見えますが、目的・手段・コミュニケーションの3点で明確に異なります。従業員の受け止め方に大きな差が生まれるのも、この3点の設計の違いに起因します。
(1)目的
■リソースシフト
事業の優先順位に合わせて人材配置を見直し、成長領域で成果が出せる体制に組み替えることが目的です。縮小領域から人員を移すことはあっても、狙いはあくまで『勝ち筋のある領域に人を再投下する』という前向きな戦略行動です。雇用量の削減自体は目的ではありません。
■リストラ
人件費削減による短期的な収益改善が主目的となりやすく、従業員には『会社が人を減らしたいのだ』というネガティブなメッセージとして受け取られがちです。
(2)手段
■リソースシフト
『必要な仕事に必要な能力をどう確保するか』という戦略設計が中心で、以下のような戦略的な配置転換と能力強化が主な手段になります。
・業務棚卸しと不要業務の削減
・役割や職務の再定義
・必要スキルの明確化
・育成、採用、外部活用の組み合わせ
など
■リストラ
希望退職、退職勧奨、採用抑制、拠点統廃合など、雇用量を直接調整する施策が中心です。
(3)コミュニケーション
■リソースシフト
事業環境の変化と会社の戦略(伸ばす領域/縮める領域)を明確に伝えた上で、以下のような個人のキャリアに紐づく説明が中心になります。
・なぜその業務が重要なのか
・なぜ自分がそこに行くのか
・新しい役割で何を期待されるか
・そのための支援策は何か(育成・リスキリングなど)
など
■リストラ
『業績が厳しい』『コスト削減が必要』といった財務事情の説明が中心となり、個人の成長やキャリアとの結びつきは弱くなりがちです。
──実務上、『組織都合で一方的』『職務定義が曖昧』『異動後の支援が弱い』『キャリア意向が無視される』といった条件が重なると、従業員からはリストラ的に見えてしまうと言われています。それを回避するために人事が設計・説明面で工夫すべき点は何でしょうか?
「リソースシフト」であっても、従業員が決定プロセスを不透明で一方的だと感じた瞬間に、不安や不信感は急速に高まります。
また、新しい役割の定義や評価基準が曖昧であれば異動後の成功がイメージできず、将来への不安が強まります。加えて、長年築いてきたキャリアや人生設計を急に覆されたように感じれば、これまでの経験が否定された印象を抱きやすいものです。さらに、経営陣が痛みを共有していないように見えると『自分たちだけが犠牲になっている』という不満も生まれます。こうした要素が重なると、戦略的な「リソースシフト」であっても従業員には『リストラ』と同様の施策として映ってしまいます。
これを避けるには、人事による設計と説明の質が決定的に重要です。まず、異動判断の基準や業務選択の背景を可能な限り透明化し、公平性を実感できるプロセスを整えることが必要です。そのうえで、新しい役割の職務内容・必要スキル・評価基準を明確に示し、異動後の成功パターンを描けるようにすることが欠かせません。さらに、育成計画やリスキリング、メンター制度など異動後の支援を充実させ、『放り出される』のではなく『伴走される』経験に変えることが重要です。加えて、個々のキャリア志向を丁寧に踏まえた対話と、経営の長期戦略と覚悟を一貫して伝える姿勢が、従業員の納得感と信頼を支える基盤となります。
「リソースシフト」が必要となるフェーズ
──どのような企業・組織フェーズで「リソースシフト」の必要性が顕在化しやすいでしょうか?
「リソースシフト」が必要になるのは、複数の事業に割り当てているリソースのバランスが大きく崩れたときです。
例えば、成熟事業に担当者が固定化され続ける一方で、新規・成長事業は恒常的な人手不足に陥っている状況が挙げられます。新規・成長事業に人員を振り向ければ売上拡大が見込めるにもかかわらず成熟事業に人が塩漬けになっている場合、本来なら成熟事業から新規・成長事業へ人員を移す判断となるはずです。しかし、実際には『既存事業を回さなければ売上が落ちる』という心理的ハードルが存在し、結果として既存事業のリソースが優先されやすい構造があります。
さらに、DX推進やM&A後の重複機能の整理、あるいは規制変更や商流の変化などにより、事業構造や業務量の前提が大きく変わった場合も、必要とされる人員が変化します。こうした場面もまた「リソースシフト」の必要性が顕在化する典型的なケースです。
──採用難が続く中で、採用で解決できない課題を「リソースシフト」が補完することは可能なものでしょうか?
採用だけでは解決できない課題を「リソースシフト」で補完しようとする際、現場では既存人材の再活用に関する誤解が少なくありません。典型的な誤解としては、次のようなものがあります。
・異動させれば自然と必要なスキルが身につく
・リスキリングすれば誰でも即戦力になれる
・人が余っている部署から異動させれば、成長領域はすぐに伸びていく
など
しかし、実際には能力・スキルには隣接性があり、短期間の学習で補える領域と、時間や経験が必要な領域があります。また、成熟事業の仕事量はそのままに人だけを移動させてしまうと、残ったメンバーの負荷が高まり品質低下を招き、結果として既存事業が立ち行かなくなる恐れもあります。これは組織全体にとって大きなリスクです。
ここで「リソースシフト」を成功させる鍵は、大きく2つに分かれます。1つ目は、人材を送り出す側の業務をどう再設計し、人にどう納得してもらうかという『送り出しの質』。2つ目は、人材を受け入れる側で成果が出るように役割定義・立ち上げ支援・能力開発をどれだけ丁寧に行えるかという『受け入れの質』。この両輪にしっかり取り組むことで初めて、「リソースシフト」は有効に機能し、組織全体の成長につながっていきます。
「リソースシフト」の設計ステップ
──「リソースシフト」を実効性ある施策として進めるためには、どのようなステップで設計を進めていけると良いでしょうか?
以下の5つのステップに沿って設計を進めることで、「リソースシフト」をより効果的に実行できます。各ステップのポイントと注意点を解説します。
(1)業務構造の棚卸
必要な業務量や、あるべき業務プロセスを整理するステップです。注意すべき点は、既存の担当者が業務量を過大に見積もったり、保守的に申告したりしがちなことです。担当者が自身の発言や雇用に不安を抱いていると、実態に即した業務構造を把握できなくなります。心理的安全性を確保した上で、ありのままの業務を可視化することが不可欠です。
(2)人材構造の棚卸
業務に対して実際にどのような人員体制(組織構造やFTE)が割り当てられているかを把握するステップです。注意点としては、正社員だけを対象にしてしまうケースが多いことが挙げられます。契約社員・派遣社員・外部委託先なども含め、業務に関わる全ての労働力を俯瞰して捉える必要があります。また、産休・育休などで一時的に離れている人材も見落とされがちです。『業務を回している人員構造を総体として把握する』ことが重要です。
(3)配置シナリオの作成
単に『何人を異動させるか』を決めるのではなく、まず経営としての優先順位(伸ばす事業領域と縮小する領域)を明確に言語化します。そのうえで、その優先順位を実現するために必要な役割や人数を定義していくステップです。注意点は、「リソースシフト」の戦略を明瞭にし、異動対象者にポジティブに説明できる状態をつくることです。これが不十分だと、リストラ目的と誤解されたり、『二軍扱い』と受け止められたりし、最悪の場合は離職につながる恐れがあります。
(4)キャリア意向のすり合わせ
面談やコミュニケーションを通じて、異動する従業員が納得し、早期に成果を発揮できるよう支援するステップです。注意点として、『その従業員のどの経験や強みを評価し、どの役割を期待しているのか』を具体的に言語化して伝えることがあります。また、勤務地・労働時間などの雇用条件の変化についても明確な説明が欠かせません。異動は従業員にとって大きな関心事であるため、ポジティブな内容は積極的に共有し、ネガティブな要素もできる限り前向きに受け止められるよう配慮する姿勢が求められます。
なお、上記のような説明は事業側の上長が担う方が望ましいです(対象者にとって人事は自身の業務から遠く、説明にも納得感が得にくいため)。そのため、上長が「リソースシフト」や上位の経営方針の変更を自分の言葉で説明できることが重要になります。また、既存事業からの異動を拒むケースもあるため、異動先の事業や仕事内容をいかに魅力的に伝え納得感を醸成できるかもコミュニケーション上の重要なポイントと言えます。
(5)送り出す部門側のケア
異動する本人だけでなく、送り出す部門側のケアも忘れてはいけません。具体的には、以下のようなポイントでケアをしていく必要があります。
・業務負荷の調整(単に人を抜かれるのではないこと)
・目標の調整(リソースシフトを考慮した自身の目標設定に更新がされていること)
・取り残され感の回避(残った人材が評価の低い人材という誤解を与えないコミュニケーションをすること)
ちなみに、実際に設計を進める際にはプロジェクトチームを組成することになるはずです。その際の構成としては、人事の他に以下のような関係者もチームに加えられると良いでしょう。いずれも、実際に動く従業員の不安感を解消するための役割を担っていただくことを想定しています。
・経営企画スタッフ(要員管理)
・社内コミュニケーション担当
・対象部門の管理職
「リソースシフト」の実例紹介
──実際に「リソースシフト」を行った企業事例について、その目的・内容・結果などを含めて教えてください。
日立製作所が「リソースシフト」を実施した事例について解説します。
■「リソースシフト」が求められた背景
日立製作所は2010年頃、グローバル市場での事業拡大と社会イノベーション事業への本格的な転換を進めていました。事業の主戦場が国内中心から世界へ移行する中で、人材マネジメント基盤もグローバルに共通化する必要に迫られたのです。
従来は『国内・年功前提』の配置が中心であり、この仕組みのままではグローバル事業を担う重要ポジションを十分に満たせないという危機感がありました。こうした背景から、同社は本格的に「リソースシフト」へ踏み切ることとなりました。
■設計と実行のポイント
日立製作所のリソースシフトには、特に以下の2点が特徴として挙げられます。
(1) 役割・責任の定義を起点とした人材配置への転換
まず事業に必要なポジションとその役割・責任を先に定義し、その要件に合う人材を配置する方式へ転換しました。ポジション起点で配置を考えることで、事業ニーズと人材配置のミスマッチをなくす狙いがあります。
(2) 労使の継続的な議論と、従業員の『腹落ち』を重視したコミュニケーション
人事制度の大きな変更は、従業員の受け止め方によって成否が左右されます。このため同社は、労使双方による中長期的な議論の場を設け、『なぜ今変えるのか』を共有し続けてきました。さらに、キャリア自律に関する理解度をサーベイで可視化しながら、従業員の認識に合わせてコミュニケーションを調整。『自分のキャリアは自分でつくる必要がある』という理解度が高まっているかを測定しながら施策を進めています。
これらの取り組みは、配置転換を『会社都合の異動』と捉えられないようにするための丁寧な説明設計であり、労使による言語化・継続説明・理解度のモニタリングが効果的に機能している点が大きな特徴です。
■結果として何が変わったのか
日立製作所が語る「リソースシフト」は、単なる配置転換の人数や規模を示すものではありません。むしろ同社が重視しているのは、『役割(仕事)を軸に、会社と個人の関係をより対等で建設的なパートナー関係へと再構築する』という根本的な方向転換です。特に、従業員の負担が大きくなりやすい異動や役割変更の局面では、労使による継続的な議論を前提とし、個々の従業員との丁寧な合意形成を徹底しています。居住地変更などの負担が大きいケースでは、その姿勢がさらに顕著です。
こうしたプロセスを積み重ねることで、「リソースシフト」がリストラ的な施策として受け取られることを避けつつ、『個人のキャリア形成と事業成長を結びつける仕組み』として定着させることに成功していると言えます。
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編集後記
事業環境が大きく揺れる今、「リソースシフト」は単なる人員再配置ではなく、組織が未来に向けて筋肉質に進化するための重要な仕組みだと感じました。特に、従業員の納得感を生むための透明性ある設計と、異動後の伴走支援の重要性が印象的でした。会社の戦略と個々人のキャリアをどう結びつけるか──その丁寧な対話こそが、組織の持続的成長を支える鍵なのだと改めて考えさせられます。






