「PIP」は解雇の前段階? 日本企業における導入・運用のポイントについて解説
「PIP」という制度を聞いたことがあるでしょうか。”Performance Improvement Plan”の頭文字を取ったものであり、直訳すると『業績改善計画』となります。一定期間、上司と人事が伴走する形で業績改善を支援する制度なのですが、外資系企業では『解雇の前段階』的なイメージを持たれていることもあるようです。
今回は、過去に200名もの大規模「PIP」プロジェクトの責任者を務めた経験を持つ加藤 英太さんに、「PIP」の概要から日本企業における導入・運用ポイントに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
加藤 英太/BizReach Consulting Principal
大手外資戦略ファーム、DMM.com COO室を経て、BizReach Consultingのプリンシパルとして立ち上げ時から従事。3名から始め、50名体制までの組織拡大フェーズにて組織を牽引。
個人事業主としても活動し、戦略、組織人事共に20以上のプロジェクトに携わってきた。10年以上にわたり、事業戦略・経営戦略から人事制度設計、新規事業立ち上げまで、企業の成長と変革を一貫して伴走し、支援。特に、組織人事テーマでは、人事制度(等級・評価・報酬)の刷新やタレントマネジメント設計、採用戦略からオンボーディング設計までを、経営戦略や人事制度と接続させながら実行に落とし込むことを得意としている。単なる戦略立案にとどまらず、「組織や事業が実際に動き出す仕組みづくり」まで伴走することを重視。立ち上げフェーズや再構築フェーズにおいて、絵に描いた餅で終わらせず、成果につながる変革を実現することが強み。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「PIP」とは
──「PIP」とはどのような制度なのでしょうか。外資系企業と日本企業では捉え方や位置付けが違うと聞いたこともあり、そのあたりも含めて教えてください。
「PIP(Performance Improvement Plan)」とは、対象となる従業員に対して一定期間の改善目標やアクションプランを明確にして上司と人事が伴走しながら改善を支援する仕組みを指します。
外資系企業では、「PIP」はしばしば 『解雇に向けた最終ステップ』と理解されています。実際の運用としても、まず上司がパフォーマンス不良を指摘し、その後「PIP」に入った段階で『3カ月以内に改善が見られなければ退職』など明確に示されるプロセスを踏むことが多いです。つまり、『改善支援』というよりは『解雇前のフェアプロセス』として機能しているのが実態です。そのため従業員の間でも『「PIP」に入った=退職準備』という共通認識が強く、当事者にとっては心理的負担が大きい側面があります。
この「PIP」を日本企業がそのまま輸入してしまうと、『退職勧奨の制度化』と誤解され、制度自体が敬遠されてしまう可能性が高いです。そもそも日本では、労働者の地位は労働基準法や労働契約法などによって強く保護されており、企業が一方的に従業員を解雇することは厳しく制限されています。たとえば、労働契約法第16条では「解雇に客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない場合は、その解雇は無効」と定められています。そのため、PIPのようにパフォーマンス不良を理由に改善を求める仕組みが、実質的な「解雇予告」と受け取られると、労働紛争や不当解雇の主張につながりかねません。
また、「PIP」の本来の趣旨は『もう一度パフォーマンスを発揮するための”改善計画”』です。そのため『業績改善のための支援策』として設計・運用することが望ましいです。ゆえに、日本企業で「PIP」を導入する場合には、以下のような工夫が必要不可欠だと考えます。
・『退職前提』ではなく『業績改善』を目的とした仕組みであることを明文化する
・人事だけでなく現場のマネジャーが伴走し、必要に応じて再配置などの代替策も用意する
・当事者だけでなく周囲の従業員にも正しく説明して誤解を防ぐ
つまり、「PIP」は『従業員を辞めさせる制度』ではなく、『改善の機会を後押しする制度』と再定義できるかどうかが日本企業での成否を分けるポイントになるのだと考えています。
「PIP」の導入目的
──日本企業において「PIP」を導入する場合、人事としてどのような目的で導入・運用するケースが多いでしょうか?
日本企業や人事担当者が「PIP」を導入する際の目的は、外資のように『退職前提』ではなく、『業績改善と適材適所の実現』に置かれるケースが多いです。主な目的としては以下3つがあります。
(1)業績改善の支援
最も多い目的が『パフォーマンスが低下している従業員に改善の機会を与えること』です。具体的な目標と期限を区切り、改善のための行動を上司・人事が伴走することで対象者である従業員が再び成果を出せるようサポートします。これは単なる情緒的な支援ではなく、数値・行動・成果の3点で進捗を可視化するプロセス管理としての意味合いが強いものです。
(2)モチベーション再生とキャリア再設計
「PIP」を必ずしも解雇に直結させるのではなく、一度立ち止まって自分の強みや適性を見直すきっかけとして活用されるケースです。その結果として、同じ部署で成果を出せるようになる人もいれば、別部署に再配置することで活躍できるようになる方もいます。このように、「PIP」を『戦力外通告』ではなく『キャリアリビルドの機会』として設計するケースが日本でも増えてきている印象があります。
(3)公平性・説明責任の確保
『改善の機会を与えたが、それでも改善しなかった』という手続き的な公平性を担保する目的もあります。万一、最終的に配置転換や退職に至る場合でも、『きちんと改善の場を用意した』という事実があることで本人・組織・社外に対して説明責任を果たせるからです。
「PIP」を人事が取り入れるメリット・デメリット
──「PIP」を導入することで、企業や人事部門にとってどのようなメリット・デメリットがあるでしょうか?
ここまでにご紹介したとおり、「PIP」をどのような目的で活用するかによってもメリット・デメリットは変わってきます。導入目的や方法によっては、従業員エンゲージメントを大きく下げたり、組織崩壊を招いたりする可能性もあるものです。それらも踏まえた上で、一般的なメリット・デメリットについて整理してみます。
■「PIP」導入によるメリット
(1)業績改善の仕組み化
パフォーマンスが低下している従業員に対し、明確な目標と期限を設定することで改善行動を可視化できるようになります。これにより『なんとなく指導』から脱し、組織として再現性のある改善プロセスを持てるようになります。
(2)マネジメントと人事の連携強化
「PIP」は基本的に現場マネジャーと人事が共同で改善支援を設計・伴走するため、人事が戦略人事として機能するきっかけになります。これにより従来の属人的な指導ではなく、組織横断的な人材マネジメントが進みやすくなる利点があります。
(3)公平性・透明性の担保
改善の機会を与えた上でその後の判断を行う形になるため、『チャンスを与えずに辞めさせられた』という不満や法的リスクを軽減できます。特に、退職や配置転換が避けられない場合は組織としての説明責任を果たす上でも効果を発揮します。
(4)従業員支援の仕組みとしての機能
一時的に成果が落ちている従業員に対して再チャレンジの場を提供できます。結果的に、「PIP」を『辞めさせる制度』ではなく『キャリアリビルドの仕組み』として機能させられるようになります。
■「PIP導入」によるデメリット
(1)対象者のモチベーション低下
外資系企業のような「PIP」のイメージを持っている方がいた場合、「PIP」入り=戦力外と受け止められ、逆にパフォーマンスが悪化するリスクがあります。また、周囲の従業員が『次は自分かも』と萎縮してしまう可能性もあるでしょう。
(2)退職勧奨制度と誤解されるリスク
外資系企業のようなイメージを持っていなかったとしても、制度設計や説明を誤ると「PIP」=解雇の前段階と社内外で受け止められる可能性はあります。特に、外資の実態を知っている従業員からは抵抗感が出やすいです。
(3)運用負荷の増大
改善計画の立案・定期的な面談・記録作成など、マネジャーと人事双方に大きな運用負荷がかかります。それだけ負荷をかけて導入したものであるがゆえに『制度はあるが実際は回っていない』状態に陥ってしまうと、とたんに逆効果となる可能性があるため注意が必要です。
(4)法的リスクやレピュテーションリスク
形だけの「PIP」で退職に誘導してしまうと『解雇回避努力をしていない』と見なされ、紛争リスクが高まります。また、SNSや口コミサイトなどで『ブラックなPIP運用』と拡散されてしまえば、採用ブランディングにも悪影響を与えかねません。
このように、「PIP」は『業績改善の仕組み』として大きなメリットがある一方で、誤解や運用不全によって『退職勧奨ツール』に見えてしまうリスクがあるものです。そうしたリスクを避けるためには、『支援と改善が目的であること』を社内に徹底して伝えること、マネジャーと人事が連携して誠実に運用すること、の2つに尽きると考えています。結局、人と人とのマネージになるわけですから、最終的には人と人。膝を突き合わせて、腹を割り、コミュニケーションをとることが重要なのです。
「PIP」を人事として導入する際のポイント
──「PIP」を導入する際、人事が事前に準備・設計しておくべきポイントにはどのようなものがありますか?
制度設計における準備・設計のポイントとしては、大きく以下4つがあります。
(1)対象者の明確化
『一時的に成果が落ちた人』ではなく、『継続的に基準を下回っている人』を対象とすることを明文化します。また、対象者を選定する際には人事が主観的に判断するのではなく、評価データや行動実績に基づいて対象を特定できるようにしましょう。
(2)改善プログラムの設計
期間は3カ月〜6カ月程度で設定されるのが一般的です。改善目標は『数値目標+行動目標』の二本立てで設定するようにしましょう(例:営業成績だけでなく、顧客接触件数や提案書提出数も基準化)。なお、プランには『上司の支援内容』も明記し、本人任せにしない仕組みにすることも重要です。
(3)再配置・代替策の検討
改善が難しい場合の次の選択肢(部署異動、職務転換など)をあらかじめ想定しておきましょう。『改善できなければ退職しかない』という行き止まり設計を避けることで、従業員側の安心感を醸成することもできます。
(4)記録とプロセスの透明化
定期的な面談記録を人事が管理し、改善プロセスをドキュメント化します。これは公平性や法的リスク対応の観点でも欠かせない対応です。
──「PIP」を現場に浸透・運用する際に、人事と現場の役割分担・連携体制や、誤解を招かないための周知方法などの観点で工夫すべき点を教えてください。
浸透・運用時における人事と現場の役割分担と周知の工夫としては、大きく以下3つがあります。
(1)人事と現場の役割分担
以下のように役割分担を明確にすることで、『現場に丸投げ』『人事がブラックボックス化』することを防ぎます。
・人事部門:制度設計、対象選定の基準管理、プロセスの公平性確保
・現場マネジャー:改善プログラムの実行支援、日常的なフィードバック提供
(2)社内への周知方法
制度導入時に『退職前提ではない』『改善のための仕組みである』ことを全社に明言してください。その際、具体的な成功事例(改善して復活したケースや再配置で活躍したケースなど)を共有し、「PIP」=支援の仕組みであることをストーリーで伝えられるとより効果的です。
(3)誤解を防ぐコミュニケーション
対象者本人には『あなたを辞めさせたいのではなく、改善に向けた正式な支援プロセスだ』と明確に伝えるようにしてください。また、本人だけでなく現場マネジャーへの伝達・トレーニング(1on1の進め方、フィードバック方法など)もセットで行うことが不可欠です。

「PIP」の運用方法
──実際に対象者が出た場合、「PIP」をどのようなフローで進められると効果的でしょうか? また、実施時に人事が特に注意すべき点についても教えてください。
実際に対象者が出た場合の運用フローを時系列で整理しつつ、あわせて『人事が見落としがちなリスク管理ポイント』を織り込む形で実務に直結する視点でまとめてみました。
■PIP運用の基本フロー
(1)初期ヒアリング・事前確認
まずは直属の上司・人事・対象者で現状の課題を確認します。その際、『成果が出ていないのはスキル不足か、環境要因か』を切り分けることにより、改善可能性がどれだけありそうかを人事が見極めることが重要です。
(2)改善計画(PIPプラン)の策定
・期間:一般的に3カ月〜6カ月
・内容:数値目標+行動目標のセット(例:営業成績+訪問件数、顧客満足度+面談数)
※上司側の支援内容(定例の1on1、OJT、教育機会など)も明記し、本人任せにしないようにしましょう。
(3)定期的な進捗確認
週次または隔週で進捗をチェックし、課題の早期発見に努めるようにしてください。また、面談内容は必ず記録化し、人事が共有・保管するようにしましょう(公平性や法的リスク対応の観点)。
(4)中間レビュー
計画期間の中間で本人・上司・人事の三者面談を実施します。その際、計画修正や追加支援が必要であれば柔軟に調整していきます。
(5)最終評価
期間終了時に改善の有無を評価します。無事改善が見られた場合は「PIP」終了ですが、改善が難しい場合は配置転換やキャリア再設計の検討に進みます。それでも改善がない場合に限り、退職や契約終了の可能性を検討する形です。
■人事が特に注意すべきポイント
(1)現場との連携
「PIP」は人事だけで回すものではなく、現場マネジャーの支援が不可欠なものです。『人事=制度の管理者』『現場=改善支援の実行者』と役割分担を明確にしておくことで、連携を強化します。
(2)従業員への支援姿勢
『退職前提ではなく改善支援である』ことを本人に繰り返し伝えてください。必要に応じて教育研修やメンター制度を組み合わせて、制度の建前と実態が乖離しないようにすることも重要です。
(3)記録の保管(法的リスク回避)
面談記録・進捗報告・最終評価は必ず書面やシステムで保管するようにしてください。これらは『解雇回避努力を尽くした』証拠となり、不当解雇訴訟や労務トラブルの予防線になります。
(4)周囲従業員への影響管理
「PIP」対象者が“さらし者”にならないように、情報の取り扱いは慎重に行います。周囲の従業員に対しても「PIP」=改善支援制度として正しく認識させることで、『次は自分かも……』といった不安を持たれることがないようにしましょう。
ここまで設計・導入・運用のポイントを解説してきましたが、日本企業において「PIP」を効果的に実施するためには以下3つは絶対的に必要であり、1つでも欠けてしまうとネガティブに働いてしまう可能性があります
①対象者の基準を明確化し、改善プログラムを『本人+上司』の両輪で設計すること
②改善できなかった場合の次の道(再配置)まで制度として用意すること
③制度の目的を正しく伝え、誤解を防ぐコミュニケーションを徹底すること
「PIP」を『従業員を辞めさせる制度』ではなく『改善の機会を後押しする制度』としてどこまで認識・納得させられるかどうかはまさに人事の腕の見せどころです。特に、日本人は守りの思考を持たれている方が多い傾向があるため、どう伝えるかは慎重に考えて行うようにしましょう。上記3点さえ押さえることができれば、日本企業においても「PIP」はきっと効果を発揮してくれるはずです。
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編集後記
ネット上で「PIP」制度と検索すると、『解雇のサイン』『解雇の正当性を裏付けるためのもの』などの情報がヒットします。表面的な制度名や実施内容だけを伝えていると、こうした周囲の情報から本来の目的とは違う意味合いに捉えられてしまうことも多いはずです。人事と現場が一体となり、対象者に真正面から向き合って実施していく必要がある制度なのだと加藤さんのお話から理解することができました。











