「海外労務管理」を日本企業が行う上でのポイントを解説
グローバル化が進む中で日本人従業員を海外へ派遣するケースも増えています。その場合、労働法の適用や税金・社会保険料の徴収など、労務管理上で日本と異なる取り扱いが必要になります。
今回は、「海外労務管理」を日本企業が行う上での概要から確認すべきポイントについて、TRUSTART株式会社 人事総務部長の宮永 雄太さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
宮永 雄太/TRUSTART株式会社 人事総務部長
20年弱の経験を有する人事プロフェッショナル。現在はTRUSTARTで人事総務部長としてHRキャリアを軸に、人事・総務・法務・経理アドミ・情シスを管掌。プレイングマネジャーとしてコーポレート組織を構築中。特徴的な経歴として、アリババジャパン(中国アリババグループの日本法人)にて人事責任者として執務を行う。また、MIXIでは企業再生フェーズ(mixi足跡廃止時)の人事企画労務部門のリーダーとしてさまざまな人事労務的対応を実施した。あらゆる経営課題に対し、人事報酬制度・海外人事・採用・オペレーション・人事システム・労務対応・労務リスク統括などの側面から戦略的に課題解決・全社最適を実行し、人事チームおよび機能全体を統括。また、プレイングマネジャーとして、機動性高く、効率化を図りつつ実務を動かすことも得意とする。 経験業界・規模は幅広く、アリババ・ミクシィ・リクルート・アフラック・資生堂・NEC・製薬ベンチャー・アーリーフェーズのスタートアップと、数名〜数万名単位の従業員数規模まで経験し、対応するノウハウを有する。
目次
「海外労務管理」特有の注意点
──従業員を海外での勤務に従事させる場合、どんな点に注意が必要なのでしょうか。
国内勤務者と違い、海外勤務者は原則として現地の各種法律(労働法や税法など)の規制を受けます。また、海外勤務者は『出向』の形態を取ることも多いことから、雇用関係・報酬の支払い関係・使用者責任・安全配慮義務などの義務は継続しながらも、赴任地により異なる法体系における制約や手続きを受けることから、管理が煩雑かつ現地法制による専門的な知識を求められます。特に、現地の強行法規(労働時間・安全衛生・最低賃金等)は当事者の合意にかかわらず適用され得ます。
注意すべきは人事側だけではありません。実際に海外で勤務することになる従業員側にも仕事・私生活の両面で大きな変化を求めることになるため、心身ともにストレスが掛かり不調をきたすことも少なくありません。
また、赴任先の国によっては会社が健康保険に加入することが一般的でない場合もあり、国内勤務者とどの程度収入面や生活面での差異が生じるか、それによりどの程度利益・不利益を得るか、なども見極めて対応しなければ、従業員としても不満や不安の種となってしまいます。
人事初任者がこれらの対応を単独で行うには相当に難易度が高いため、海外に拠点を持つようなベンダーや、現地の専門家とのネットワークを早期に構築することは必要不可欠だと言えます。
海外勤務のパターン
──海外勤務には出張・出向・転籍といったケースがありますが、それぞれの契約形態や労務管理上の違いについて教えてください。
海外勤務のパターンとしては、大きく以下2つに分けられます。
(1)出張(短期・長期)
(2)出向・転籍
(1)出張(短期・長期)
雇用形態を変えずに海外で一時的に経済活動をする場合は『出張』扱いになります。日本側の就業規則・労務管理を基本として適用することが多いです。
短期・長期の区分には『会社の独自基準』のほか、租税条約上の『短期滞在免税(いわゆる183日ルール)』の考え方が関係する場合があります。
これは“出張の定義”ではなく、
①対象期間中の滞在日数が183日以下、
②報酬の支払者が滞在国の居住者でない、
③報酬が滞在国の恒久的施設(PE)で負担されない
――など複数条件を満たすときに、滞在国で給与課税されないという租税条約上の免税要件の一つです(※条約によりカウント方法・文言は異なります)。
各社の海外勤務の定義や規定にもよりますが、出張としているのであれば出張規程などが当てはまるのが通例であり、労働基準法も日本のものを適用します。
(2)出向・転籍
現地での経済活動が恒常化する場合には、就労実態やビザ要件、給与の支払い方法、本人の意向等を総合して『出向』または『転籍』を選択するケースが多くなります。
なお、出向・転籍においては現地の労働法上の強行規定の適用が原則となります。加えて、出向で日本側との雇用関係を継続する場合には、日本法・契約上の義務が併存することがあります。

海外赴任をしてもらう際に確認すべきポイント
──実際に従業員に海外赴任をしてもらう場合、適切な労務管理を行うためにどのような点について確認が必要でしょうか。
前提として、通常の人事労務を企画運用しながら赴任先の法律や社会保険・納税ルールのアップデートを追うことは現実的に不可能に近いです。
そのため、(社内に知見がない場合は特に)海外勤務者取り扱いのエキスパートを探してアドバイスを受けながら、現地法人の対応ができるベンダー・専門家を選定して依頼するのがベストです。
また、海外赴任と言うからには現地法人に人事担当者がいるはずなので、そこと密に連携を取って日本側の送り出し・現地の受け入れなど調整をすると良いでしょう。
その前提の上で、海外赴任を命じる場合は海外勤務者規程を設け、そこに基本的な内容を盛り込むことをお勧めします。エキスパートのサポートを受ける方はその助言を、自身でチャレンジされる方は海外勤務者規程の雛形はインターネット上にも多く公開されていますので、それらを参考にしながら必要な事項を洗い出すことができるはずです。ちなみに、赴任時・赴任後でそれぞれざっと挙げただけでも以下のような検討事項があります。
■赴任前
就労許可証・ビザの取得手続き
■赴任時
所得税法上の居住者/非居住者の判定・必要な手続き、社会保険・給与支払時の源泉所得関連、海外赴任者に対する健康診断、ワクチンの接種、海外旅行保険の付保、持ち家の場合は留守宅の取り扱い、赴任中の評価や賞与など。(社会保障協定締結国では、二重加入回避のための適用証明書等の手続が必要になる場合があります。)
■赴任後
タックスイコライゼーション(日本に居たときと同じ税負担や生活費の負担を論理的に実現する仕組み)、バランスシート方式の報酬設計、一時帰国制度、ハウジング、ハイヤー付与、社用車など
■帰任後
帰任後の各国の確定申告、日本での確定申告時のグロスアップによる不利益調整
──報酬や手当は赴任者としても特に気になるポイントだと思います。どんな点を踏まえて設計するのが良いでしょうか?
報酬の支払い方には大きく以下2つあります。

(1)個別の報酬調整・積み上げ方式(別建方式や併用方式)
特徴:短期・非継続・対象国少・イニシャルコスト低
赴任先の国・地域および職務・役割に基づき賃金額を決定する方式であり、古くから海外勤務者の報酬決定方式として採用されてきたものです。基本給をそのまま換算し、海外手当をつけるパターンもあります。定期的に物価や為替による影響を見直す形になります。
(2)購買力保証方式
特徴:長期・継続・対象国多・イニシャルコスト高・運用コストあり・ロジカル
現地の生計費指数(本国の水準を基準100として海外の都市の物価の相対的な差を表す指数)や為替レートを考慮した上で、日本での賃金水準を基準として賃金額を決定する方式です。生計費指数はコンサルティング会社などが発表している都市別のものを使用するのが一般的ですが、国連職員の赴任地域別生計費指数を使用することもあります。
まず、大雑把でもいいので海外派遣計画を立てると良いでしょう。トライアルなどで少人数を一国に送り込む場合は本格的なバランスシート方式まで取らなくても良い可能性があるため、(1)だけを検討すれば十分かもしれません。
一方で、日本国内居住者との平等性や、数カ国間の制度整合性などのロジカルな対応が必要な場合は(2)が適しています。(2)は、日本のみならずグローバルスタンダードな計算方式で統計を建てられ、さまざまな応用が効くためです。なお、(1)は現地同ポジションのスタッフ給与水準を参考に設計することも多いですが、個別の報酬調整時も(2)のバランスシート方式での試算をしてみて、それを参考にすることも一案です。
この報酬設計をする上でのポイントは、『海外勤務当人をはじめ、従業員にわかりやすい形にできるかどうか』です。どうしても複雑になりがちな制度であるため、海外勤務者当人になかなか腹落ちしてもらえないといったことが往々にして起こり得るからです。
他にも、海外勤務者の帰国後のキャリア設計や配置についてのフォローも忘れてはいけません。海外勤務に出したものの、帰任後に同様のポジションが国内に用意できず退職してしまったり、赴任したきりで孤立したりするケースが多々あります。これらを回避するために、最大赴任年数を3年にするなどの工夫をする企業も見受けられるほどです。
あと、赴任予定者は赴任を契機にパートナーと結婚をする場合もあるため、そのパートナーが赴任先で就労ができるか否かもトピックとしてよく上がるポイントです。パートナーも近年は就労していることが多いため、帯同家族としてカウントするかどうか、赴任先でパートナーが就労を希望する場合は会社としてどう扱うか(家族帯同扱いなのか単独渡航扱いか)、住宅の広さは適切か、各種手当の対象範囲は問題ないか、なども定められると良いでしょう。
■合わせて読みたい「労務・総務」に関する記事
>>>知らないと損?人事担当者なら知っておきたい「人事・採用に関する助成金について」
>>>戦略総務とは?能動的に生産性を上げるバックオフィスのあり方
>>>2023年4月に施行の「法定割増賃金率」の引上げとは?中小企業が準備すべきポイント
>>>「時差出勤」ならではの強みを活かすためには
>>>「デジタル給与」が解禁。メリット・デメリットから国内動向まで解説。
>>>「労働組合」を理解し、人事としての役割と進め方を学ぶ
>>>「BCP(事業継続計画)」の設計・運用について
>>>「休業補償」の申請や従業員サポート方法について勤務社労士が解説
>>>「社会保険適用拡大」の現状と今後の動向から人事の準備すべきこと
>>>「衛生委員会」を活性化する3つの秘訣 – 義務対応から企業文化を変える原動力へ
編集後記
「海外労務管理」を実施する上では、検討しなければならない項目が非常に多岐に渡ることが宮永さんの話から理解することができました。赴任先の国によっても現地法制が違うことを踏まえると専門家の知見は必須なため、早いうちから相談先を見つけておけると良いのではないでしょうか。








