「セルフマネジメント」はなぜ重要? その要素と習得優先順位についても解説
精神・健康を良い状態で安定させ自身の能力を最大限発揮できるようにする「セルフマネジメント」。リモートワークの普及などを背景に、従業員1人ひとりに一層「セルフマネジメント」力が求められるようになってきている印象があります。
今回は首藤 啓成さんに、「セルフマネジメント」の概要からメリット、人事がフォローすべきポイントに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
首藤 啓成(しゅどう ひろなり)/法人代表
NTT東日本、SAP、Concurを経て、ソフトスキルに特化した人材開発企業を設立。短時間・反復型トレーニングの開発および講師を実施。経営者としてマーケティングから営業まで幅広く実施している。上場企業からスタートアップまで幅広い企業の長期伴走型のソフトスキル育成に日々取り組む。
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目次
「セルフマネジメント」とは
──「セルフマネジメント」とは、具体的に何をマネジメントすることを指すのでしょうか。
「セルフマネジメント」とは、目標達成のために自分自身を管理・コントロールできる力のことです。ここで言う『目標』とは、仕事上達成しなければならない目標や、個人として達成したいキャリア上の目標などが該当しますが、いずれもビジネス文脈における目標であることには変わりありません。
目標達成に自己管理力が欠かせないことは言うまでもありませんが、この自己管理力を大きく分類すると以下3つの段階に分けることができます。

(1)心身の健康(ハード面)
そもそも、心身の健康が保たれていなければ目標達成に向けた行動を取ることはできません。そのため、フィジカル面での健康管理(適度な運動、睡眠など)と、メンタル面での健康管理(ストレスケアなど)が必要となります。最近では、メンタル面で障害を乗り越えていく回復力(レジリエンス)も着目されています。
(2)モチベーション(ソフト面)
心身の健康の上にはモチベーションがあります。いくら体と心が健康であっても、目標に向けて動いていく動機づけがなければ人は動かないからです。従って、モチベーションを適切に維持・向上させていくモチベーションマネジメントも求められます。
(3)スキルセット
心身の健康とモチベーションがあっても、ビジネススキルがなければ目標達成は実現できません。『タイムマネジメント』『タスクマネジメント』『やり抜く力(GRIT)』といった業務遂行能力や、『コミュニケーション力』『チームワーク』といった対人関係能力などのスキルセットの中で、最も重要な要素に『タイム・タスクマネジメント力』があります。限られた時間の中で目標達成に向けたロードマップを作成し、実行可能なタスクに分けてタスクをマネジメントしていく力のことです。
なお、これら3要素をモニタリングするためには『メタ認知能力(自己理解力)』が求められます。現在の自分自身の心身の健康はどのような状態か、モチベーションを向上させる自分の価値観とは何か、タイム・タスクマネジメント力などスキルセットで改善点はないか──こうした観点で自分自身を客観視するメタ認知能力(自己理解力)がなければ、3要素を有効に機能させていくことはできません。
「セルフマネジメント」に関心が集まっている背景
──近年、従業員の「セルフマネジメント」力向上に取り組む企業が出てきている印象がありますが、その背景には何があるのでしょうか。
まず考えられるのは、『不確実性が増す世の中で目標達成が難しくなってきている点』です。現状、多くの日本企業においてMBO(Management by Objectives/目標管理制度)が取り入れられていますが、目標が達成できない社員や低い目標しか掲げない社員が多いと悩んでいる企業や組織が少なくありません。そんな中、一度立てた目標を最後までやり遂げることの重要性が高まってきており、そのベースとなる力として「セルフマネジメント」力に注目が集まっている認識です。
なお、GRIT(Guts・Resilience・Initiative・Tenacity/やり抜く力)というワードを目にする機会も増えてきましたが、これは「セルフマネジメント」力を高める上で重要な要素の1つであり、目標管理を有効に機能させるために必要な力でもあります。
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MBO(目標管理手法)がマッチする組織と、しない組織の違いとは
次に考えられるのは、『仕事の高度化・細分化』です。これまではチーム全体で1つの仕事に取り組んでいた企業や組織も、仕事が高度化する中では仕事を細分化して個人の裁量に任せるケースが増えています。そうなると、あるメンバーは目標に対して80%まで進捗しているのに、別のメンバーは目標に対して30%までしか進捗していないといったバラつきが生まれ、結果としてチーム全体のパフォーマンスに影響してしまいます。それを避けるべく、それぞれのメンバーが個々で裁量を持ちながらも仕事を完遂させるための「セルフマネジメント」力がより求められるようになったのではないかと考えています。
最後に、コロナ禍以降で主流になった『リモートワークの浸透』も「セルフマネジメント」に関心が集まる大きな理由になっていると考えています。最近では揺り戻しによる出社の義務化などもありますが、それでも週のうち数日はリモート勤務する方がチーム内にいるのも一般的になってきました。それぞれが週数日しか出社していないと管理職がメンバーの進捗を横で管理することが難しくなるため、より一層各自の「セルフマネジメント」力が求められることに繋がっているのではないでしょうか。

「セルフマネジメント」がもたらすメリット
──「セルフマネジメント」は企業・個人の双方にどのようなメリットをもたらすでしょうか。
「セルフマネジメント」力を高めることで、企業・個人ともにさまざまなメリットを享受できます。それぞれの観点からメリットをご紹介します。
■企業側
年々複雑性が増し高度化が進むビジネス環境の中では、従業員個人にできるだけ裁量を渡し、それぞれが自発的に目標に向かって進んでいける組織が望ましいです。これまでは管理職が個人のパフォーマンスを管理する役割を担っていましたが、管理職のプレイングマネジャー化・メンバーの専門職化が進む中ではこれまでのように細かく管理することが現実的ではなくなってきました。こうした環境変化に対応する1つの手段として「セルフマネジメント」力の向上があるのです。
また、人材の採用難易度も年々高まり続けていることから、心身の健康を害して離脱してしまう従業員が増えると企業にとっては大きな痛手となります。これまでは病気かその一歩手前の段階で企業がケアをするケースが多かったのですが、その手前の段階で自らアラートをあげたり自己修正したりできるようになれば、企業側の負荷を減らすことができます。これが直近でレジリエンスが注目されている1つの理由でもあります。
■個人側
個人側のメリットとしてまず挙げられるのは『他者からの信頼獲得』です。「セルフマネジメント」力がない人の特徴としてよく挙がるのは、言ったことを守らない、期限通りに仕事をしない、メールやチャットの返信が遅いなどです。このような仕事の進め方では周りの信頼を勝ち取ることが難しいため、大事なプロジェクトや新しいチャレンジを任せられないなど個人のキャリアにも影響を及ぼしてしまいます。実際に、難易度の高い仕事もこなせるスキルや専門性はありつつも、期限や言ったことを守れないといった「セルフマネジメント」力の欠如により昇進が遅れているケースはよくあります。
また、長期的なキャリア実現のためにも自分自身をよく理解し、目標に向かって自分自身を動かしていく力は必要不可欠です。「セルフマネジメント」力を磨くことで、短期の目標だけではなく、5年後・10年後の目指すキャリアを構築していくことが可能になる点も大きなメリットです。
従業員に優先して身につけてもらいたい「セルフマネジメント」の要素
──「セルフマネジメント」の構成要素の中でも、特に従業員に優先して身につけてもらいたいものには何がありますか。

「セルフマネジメント」は新卒メンバーから定年再雇用メンバーまですべてのレンジで求められる力です。この中でもすべてのレンジで共通して最初に求められるのは『タイム・タスクマネジメント力』だと考えています。なぜなら、すべての仕事には必ず目標と期限があり、限られた時間内で求められる水準に到達させるためには時間・タスク管理の両方が備わっていなければならないからです。
この『タイム・タスクマネジメント力』はすべてのレンジで共通して求められるとお伝えしましたが、新人のうちにある程度習得させるに越したことはありません。だからこそ、新人や若手従業員向けの研修で取り上げられることも多いテーマではあるのですが、一方で役職が就いたり責任が増えたりして管理すべき時間やタスクも増大してくる中間層にとっても『タイム・タスクマネジメント力』は重要になるため、継続的に向上させていく必要があります。
また、個人のタイム・タスクマネジメントができるようになるとプロジェクトマネジメント力などの他のスキルを伸ばしやすくなるため、よりその習得優先度は上がります。
次に身につけてもらうべきは、先ほどもご紹介した『GRIT(やり抜く力)』です。MBO(目標管理制度)を取り入れる企業が多い中、立てた目標を最後までやり遂げることが会社・個人にとっても重要であることは前述した通りであり、せっかくチャレンジングな目標を立てても未達で終わってしまっては意味がないからです。
しかし、このGRIT(やり抜く力)はスキルとは異なる要素であるため、教育がしづらい特徴があります。とある研究結果からGRITは年齢と共に上昇することが分かっているのですが、反対に外発的な意識付けが難しいという側面もあるのです。
例えば、ダイエットする・禁煙するなどの特別なスキルが求められない目標でも簡単には達成できないということは多くの人がご理解いただけると思います。これはまさに、GRIT(やり抜く力)が他のスキルに先立つものの証左と言えるでしょう。
GRIT(やり抜く力)に次いで身につけてもらいたいものは『モチベーションマネジメント』です。気乗りする仕事と気乗りがしない仕事では、達成するまでにかかる時間や最終的なアウトプットの質が異なるといった経験は誰しもがお持ちなのではないでしょうか。
経営の神様と呼ばれる稲森和夫氏も『人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力』と唱えていました。まさにこの『熱意』がモチベーションにあたります。ただ、『モチベーションを上げろ』とだけ言われても上げられる人はいません。そのため、モチベーションを維持・向上させるための仕掛けが必要になるわけですが、その方法は個々人によって変わります。
長期的なキャリア目標を意識することで目の前の仕事のモチベーションが上がる人、誰かの役に立っている感が得られることでモチベーションが上がる人──それぞれの熱意の『スイッチ』がどこにあるのかを理解し、必要な時に押せるようになることがモチベーションマネジメントでは必要です。
最後に身につけたいのは『エモーショナルマネジメント』です。仕事をいくらビジネスと割り切っても、感情を完全に排除することはできません。時には憂鬱になったり怒りを覚えたりすることが誰しもあるはずです。そんな時に一時的な感情によって好ましくない行動を取ってしまうと、最終的なアウトプットにも悪影響を及ぼしてしまいます。アンガーマネジメントを研修に取り入れる企業が多いですが、アンガーだけではなくエモーショナル全体を捉えて適切にマネジメントしていく力が求められています。
タイム・タスクマネジメント、GRIT、モチベーションマネジメント、エモーショナルマネジメント。ここでは4つの要素を優先順位の高いものとして取り上げましたが、中でもタイム・タスクマネジメントは最低限全員が習得しておきたいものです。その上でGRITまで身につけることができたら、成果を上げることはかなり容易になります。そこにモチベーション・エモーショナルマネジメントの力まで身につけば、長期的なキャリア形成において有利になることは間違いないでしょう。
「セルフマネジメント」力向上のために人事がフォローすべきポイント
──従業員に「セルフマネジメント」力を高めてもらうためには、人事がどのような支援を行えると良いでしょうか。
「セルフマネジメント」力向上に向けては、『理解する段階』と『実践し定着させる段階』の大きく2つの段階があります。それぞれの段階において、人事がフォローすべきポイントや具体的な内容について紹介します。
■理解する段階
「セルフマネジメント」の必要性を理解してもらい、その方法論を伝達するためには、研修などを通じてカバーする必要があります。以下に、それぞれの段階に応じたフォロー方法を紹介します。
(1)心身の健康(ハード面)
まず、「心身の健康」については、土台でありながらも研修のテーマとして扱われることが少ない領域です。理由のひとつとして、個人差が大きく、私的領域への配慮が求められることが挙げられます。しかし、従業員本人が自身のコンディションを適切に理解し、セルフケアできるようになることは、セルフマネジメントの第一歩です。
具体的には、メンタルヘルス研修や、睡眠・栄養・ストレスに関する健康習慣形成研修などを実施し、「自分の不調に気づける」「必要な時に適切な対処ができる」状態をつくれるよう支援します。
ただし、「孤独」や「心理的な不安定さ」など、個人では対処が難しいテーマも存在します。こうしたケースに対しては、人事やマネジメント層が早期に変化に気づき、適切な関与を行う組織面での体制づくりが重要です。
たとえば、定期的な1on1やストレスチェック、パルスサーベイなどから得た兆候をもとに、産業医やEAP(従業員支援プログラム)と連携して対応することも求められます。2015年以降、従業員50名以上の事業所ではストレスチェックが義務化されていますが、サーベイを取るだけではなく、いかに実効性のあるアクションに繋げられるかが重要です。
(2)モチベーション(ソフト面)
モチベーションに関する支援としては、個人の価値観や強みに基づいた動機づけを明らかにする研修が有効です。例えば、モチベーショングラフなどを活用し、過去の成功体験や挫折経験を可視化するワークを通じて、「自分はどんなときに頑張れるのか」「何が自分のエネルギー源なのか」を掘り下げます。
キャリア自律の観点から、自分の成長や目指す方向を主体的に描けるようにする「キャリアデザイン研修」も、自身の価値観の棚卸機会を与えることで向上のきっかけを与えることができます。
重要なのは、外から『やる気を出して』と促すのではなく、自らの内側にある動機を引き出し、本人が気づく機会をつくることです。その上で、組織としての要請と従業員の望むキャリアの結節点を見出していくことが、今後人事にとって最も大事な仕事になっていくと考えられます。
(3)スキルセット
タイム・タスクマネジメントやGRITなどのスキルを身につけるためには、研修などの機会を設ける必要があります。なぜなら、タイム・タスクマネジメントなどを体系的に教わったことがある人はごく少数派であり、GRIT(やり抜く力)などは個人の特性として片付けられてしまうことも多々あるからです。
たとえば、タイムマネジメント研修などの座学研修や、GRIT力を高めるワークショップなどを通じてスキルセットを身につける機会を提供できるように支援します。タイムマネジメント研修は要点を絞れば、ワークを含めても数時間で実施することができます。数時間の研修を受けることで、従業員の時間効率が数%でも改善すれば、時間に対する投資効率は非常に高いと言えるでしょう。
一方でGRITは研修自体は短時間でできるものの、短期間でその効果が測れるものではないため、やり抜く力を高めるための習慣化も継続して支援していくことが求められます。
なお、全体として言えることですが、研修を単発で行うだけでは一過性で終わってしまうため、最低でも1回は一定期間を置いた後に『振り返り研修』を行うことが望ましいです。そして、可能な限り定量的、定性的な効果を示していくことがPDCAを回すために求められます。
■実践し定着させる段階
目標管理の仕組みを持っている企業であれば、年初の目標を立てるそのタイミングで自身のキャリア目標やその時々のモチベーションなどを振り返ることが可能です。また、半期・期末の振り返り面談では、当初立てた目標の振り返りだけではなく実行してきたプロセスも内省してもらうことで自己管理ができていたのかを振り返ることができます。こうした年に1~2回の機会であっても、準備に時間をかけてじっくりと向き合うことで「セルフマネジメント」力の向上に資することができます。
また、普段の業務の中で行われる1on1なども定着においては重要な機会です。例えば、モチベーションマネジメントがうまくできないメンバーに対して好不調の原因を言語化してもらう、新たな仕事の機会を提示することでモチベーションの源泉に気がついてもらう、などの関わりが想定されます。1on1を目標の進捗管理や雑談の場として捉えるだけではなく、現在のモチベーション状況の内省や中長期のキャリア観形成の場としても使うことで「セルフマネジメント」力を日々高めていくことに繋がっていきます。
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編集後記
今回は仕事における「セルフマネジメント」についてお話を伺いましたが、より良い日常生活を送るためにも「セルフマネジメント」力は必要になる認識です。従業員がより充実した日々(仕事もプライベートも)を送れるよう企業として研修や実践を通じて「セルフマネジメント」力向上に取り組んでいけると、あらゆる活動がより前に進むようになるのではないでしょうか。













