「エグゼクティブコーチング」導入タイミングや活用ポイントを解説

経営判断が組織の将来を左右するVUCA時代において、経営層は『意思決定が遅い』『ビジョンが描けない』と悩みがちです。そこで注目されているのが「エグゼクティブコーチング」。外部コーチの力を借りて思考を深掘りし、行動を変えることで決断力向上や組織改革を推進させます。一方、目的が曖昧なまま導入すると、成果が定着しないケースもあるようです。
今回は、人事コンサルティングを通じて組織課題解決に従事されているアクセラ株式会社 代表取締役の吉田 毅さんに、「エグゼクティブコーチング」の概要・効果・導入ポイントについてお話を伺いました。
<プロフィール>
吉田 毅(よしだ たけし)/アクセラ株式会社 代表取締役
2012年にメガベンチャーで組織開発室を新設し、1on1、リーダーシップ開発、企業内大学開校など組織改革の主要施策を推進。2015年以降は複数のスタートアップで人事責任者、CHROを歴任。2022年に人事コンサルティングを展開するアクセラ株式会社を設立し、スタートアップ、上場企業、行政機関など幅広く組織課題解決に従事する。
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目次
「エグゼクティブコーチング」とは
──「エグゼクティブコーチング」の概要について、一般的なビジネスコーチングとの違いも踏まえて教えてください。
「エグゼクティブコーチング」とは、組織の中核を担うリーダー(経営者・役員・事業責任者など)を対象に行う1対1の対話型支援プロセスです。日々の意思決定の質とスピードを高めると同時に、リーダー自身が内省を深めることで行動や思考の変容を促し、組織に中長期的な変化をもたらすことを目的とします。
一般的なビジネスコーチングがスキルアップや目標達成支援を主目的とするのに対し、「エグゼクティブコーチング」はより抽象度が高い企業経営に直接影響するテーマ(経営戦略の再設計や組織文化や経営理念の浸透、変革期のリーダーシップ実装など)を扱います。問いによって思考を深めて固定観念や視野の限界に気づかせる点に特徴があり、コーチは助言者ではなくリーダー自身の思考力と決断力を引き出す伴走者として存在します。
「エグゼクティブコーチング」は単なる人材育成施策ではなく、組織文化や構造を変えていく『経営への投資』として捉えるべき取り組みです。変化が求められる現代において、リーダー自らが内面を深く見つめ、リーダーとしての質を高める時間を意識的に持つことが企業の未来を支える礎となるでしょう。
「エグゼクティブコーチング」がもたらす効果
──「エグゼクティブコーチング」を導入することで、組織にはどのような効果が期待できるでしょうか。
「エグゼクティブコーチング」を導入すると、組織の中核を担うリーダーの意識と行動が変わり、やがてそれが組織全体に波及していきます。ここでは、実際に導入した経験を踏まえてその効果を4つのポイントに整理してご紹介します。
(1)意思決定のスピードと質が向上する
リーダーは日々、複雑で正解のない選択を迫られます。「エグゼクティブコーチング」で業務執行のプロセスに内省の時間を組み込むことにより、論点を明確にする習慣が身につきます。結果、迷いが減り、判断の質とスピードが高まります。
(2)発信力・言語力が高まる
多くの経営者やリーダーは、自身の構想や意図を他者にうまく伝えきれずにもどかしさを感じています。コーチとの対話を通じて思考を言語化する鍛錬を重ねることでビジョンや価値観を的確に伝える力が磨かれ、発信力が高まります。
(3)リーダーシップが高まる
コーチは耳の痛いこともあえて問いかける存在です。その問いを通じて、リーダーは自身の強みだけでなく弱み・癖・思い込みにも向き合うことになり、より誠実で謙虚なリーダーシップが醸成されます。また、『問いかけ型』のコミュニケーションをマネジメントスタイルに取り入れることで、部下の主体性を引き出し、双方向の対話が自然と生まれます。こうしたやり取りの積み重ねが周囲との信頼関係を育み、リーダーシップを高めます。
(4)より高い視座が身につく
オペレーションに追われがちなリーダーにとって、「エグゼクティブコーチング」の時間は長期的な視点に立ち戻る貴重な機会です。目の前の業績だけでなく、中長期的な事業・組織のあり方を描く思考習慣が育まれ、より高い視座を身につけることができます。
私が過去在籍していたIT企業では、この「エグゼクティブコーチング」を通じて経営トップがマネジメントスタイルを『指示型』から『問いかけ型』へ転換を図ったことにより、部下との関係性や社内の対話の質が大きく変わりました。その結果、意思疎通のスピードが上がり、部門横断的な連携や創造的な議論も生まれやすくなりました。このように、リーダー自身の行動変容は組織に必ず波及していくのです。

「エグゼクティブコーチング」を取り入れると良いタイミング
──「エグゼクティブコーチング」はどのような組織フェーズや課題がある時に導入すると有効でしょうか。
「エグゼクティブコーチング」は、組織のリーダーが自身の内省と行動変容を通じて組織に持続的な変化をもたらすための強力な支援手段です。中でも、その効果が発揮されやすいのが『組織が揺らぎを迎えるタイミング』だと考えています。以下に、導入に適した3つの局面を具体的に紹介します。
(1)組織サイズの転換期
数十人から百人規模、さらには数百人規模へと組織が拡大していく過程では、リーダーの役割やメッセージの届け方にも大きな変化が求められます。創業時の勢いだけでは乗り越えられない局面が増え、以前のやり方が通用しないと感じ始めたときこそがまさに“転換期”です。
このタイミングでは、リーダーが持つ構想や価値観が現場にうまく伝わらないことがしばしば起こります。『言っているつもりでも伝わっていない』『自分の想いが組織に浸透していない』といった感覚が生まれたときこそ、「エグゼクティブコーチング」の効果が大きく発揮されるときです。コーチとの対話を通じて思考を整理し言葉を磨くことで、理念やビジョンを一貫性ある形で全社に発信できるようになります。
(2)事業再生・組織変革期
事業が伸び悩んでいる、従業員のエンゲージメントが低下している、離職が増えているなど、事業や組織における停滞局面での「エグゼクティブコーチング」は変化を起こすためのきっかけを作りだす可能性があります。こうした変革の推進には制度や仕組みの刷新だけでなく、トップ自身の意識と行動の変化が必要不可欠であり、トップの変革リーダーシップが組織全体に大きな変化をもたらします。
また、この局面での「エグゼクティブコーチング」はリーダーの自己認識をより一層深め、他者との信頼を軸としたリーダーシップ再構築の場にもなります。『なぜ改革が進まないのか』『どこに本質的な課題があるのか』といった核心に迫る本質的な問いかけがリーダーの意識や思考の変化を呼び覚まし、組織再生の力強い原動力となるからです。
(3)新しい役割やポジションにリーダーが就いたとき
CXOへの昇格、新規事業の立ち上げ、大規模組織の統括など、責任や影響力のスコープが大きく広がるタイミングではそれまでの成功体験がむしろ足かせになることもあります。『どう振る舞えばよいのか』『どこまで自分を変える必要があるのか』などの不安や葛藤が生まれることは自然なことです。こうした変化の中で、孤独やプレッシャーを抱えるリーダーも少なくありません。社内では相談しにくいセンシティブな悩みも、信頼できるコーチとの対話を通じて整理され、視野が広がり、新たなポジションにふさわしいリーダー像を自ら描き直すことができるようになります。
リーダーシップとは『何をするか』だけでなく、『どのように在るか』に深く関わるものです。「エグゼクティブコーチング」の活用を通じてその在り方を内側から再定義することで、組織やリーダーの変化への適応をサポートすることができるのではないかと考えています。
「エグゼクティブコーチング」導入時のポイント
──「エグゼクティブコーチング」を効果的に導入・活用するためには、どのようなポイントに注意して進めると良いでしょうか。
「エグゼクティブコーチング」は効果的に活用すれば内省を通じてリーダー自身の意思決定や行動に変化をもたらし、組織全体の推進力を高めることができます。一方、『効果があったのかよくわからなかった』『継続できず中途半端に終わった』といったケースも散見されます。こうした失敗を防ぐために、導入時に押さえておくべき4つのポイントを経験をもとに紹介します。

(1)目的を明確にする
「エグゼクティブコーチング」の効果を引き出すには、導入目的を明確にすることが欠かせません。例えば、導入目的を組織目標とリーダー個人の課題の両面から以下のように粒度を分けて目的設定すると、リーダー自身が「なぜ今、自分がコーチングを受けるのか」を落とし込みやすくなります。
<組織視点の目的例>
・新任役員の早期戦力化
・経営層の意思決定の質の向上
・次世代リーダーの視座を引き上げる など
<個人視点の目的例>
・部門の壁を越えたリーダーシップの発揮
・自身の思考の癖・バイアスの認識と修正
・周囲との関係性改善やフィードバックの受け止め方の変容
(2)コーチとの相性と質を丁寧に見極める
「エグゼクティブコーチング」の効果はコーチとの信頼関係によって大きく左右されます。だからこそ、実績や資格だけでなく『この人となら本音を話せる』と感じられる相性が何より重要となります。選定の際は複数のコーチとトライアルを設定し、リーダー自らがコーチを選ぶプロセスを取り入れ、相性を丁寧に見極めたうえで導入するとよいでしょう。
一方で、コーチの力量という質の観点も重要です。コーチとしての技術・力量は十分かを見極めるために、『表面的な問いかけではなく、深い内省を促す問いができるか』『厳しい問いやフィードバックも、信頼関係の中で的確に行えるか』といった点もあわせてチェックすると良いでしょう。
(3)継続性を担保する
「エグゼクティブコーチング」は一過性のものではなく、継続して取り組むことでリーダーの意識や組織に変容をもたらすものです。そのため、目的に照らし合わせて実施期間や頻度をあらかじめ設計しておくことが重要です。
たとえば、以下のような形で期間や頻度を定めるとよいでしょう。
<実施期間や頻度の設計例>
・導入前:コーチングの目的に照らし、少なくとも3~6か月程度の期間を設定
・導入後〜初回実施前:月次での頻度、1回あたりの時間を内容を踏まえて設置
・実施中:中間レビューを実施し、コーチ・リーダー・人事で効果を検証したうえで頻度や期間を再検討
また、リーダーの行動変容を可視化する仕組みも継続を後押しします。「エグゼクティブコーチング」は導入して終わりではなく、定期的な振り返りによって学びを深めていくプロセスです。リーダー自身が「どのような変化があったか」「目的に沿った行動ができているか」を主体的に振り返ることは、行動変容の定着に欠かせません。
加えて、部下などのフォロワーに対するサーベイを定期的に実施して『変化が伝わっているか』『言動に変化が見られるか』などのフィードバックを集めることで、リーダーの行動変容を速めたり定着させたりすることができます。
(4)効果を検証する
組織としての投資対効果を検証する視点も重要です。以下のように定量・定性の観点から、効果測定を行うことで、「エグゼクティブコーチング」のより効果的な活用につながっていきます。
・フォロワーのエンゲージメントスコアの推移や離職率や業績指標への影響
・リーダーの振る舞いや発言の変化に関する周囲からのフィードバック
・経営会議や戦略策定の場面での発言や視座の変化
このように、組織としても「エグゼクティブコーチング」の効果検証を継続的に行うことで、コーチングの価値をより実感しやすくなり、今後の導入や継続判断においても、的確な意思決定が可能になります。
「エグゼクティブコーチング」は、単なる育成手段ではなく、組織を変える起点となるものです。目的・相性・継続、この3つの観点を丁寧に設計し、効果検証を定期的に行うことで、リーダーの行動変容はやがて組織変革へとつながっていきます。
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編集後記
経営トップの考え方や行動を変えることで、組織全体に長く続く変化をもたらす「エグゼクティブコーチング」。『単なる人材育成施策ではなく、経営への投資として捉えるべき』という吉田さんの言葉からも、その重要性を理解することができました。コーチングは継続が重要なものであるため、中長期的な『投資』の観点でコツコツと取り組みを進めていきたいものです。