「特別休暇」を活用してエンゲージメントや生産性向上につなげる方法

企業が独自に設定して労働者に付与する「特別休暇」。 法律で付与が義務付けられている年次有給休暇などとは異なり、付与日数・条件・有給/無給などを自由に定めることができます。
今回は、「特別休暇」の概要・目的・制度設計のポイントに至るまでを、CAPS株式会社でコーポレート部門長を務める工藤 隆威朗さんに伺いました。
<プロフィール>
工藤 隆威朗(くどう りゅういちろう)/CAPS株式会社 コーポレート部門長
上場機械メーカーにて財務・経理を経験。その後ファシティマネジメント、ロジスティクス、メガベンチャー、ヘルスケアITにてコーポレート全般を担うと共に、海外法人設立、事業開発、PMIを複数経験。現在はCAPS株式会社にてコーポレート全組織と新規拠点開発組織を管掌。
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目次
「特別休暇」とは
──「特別休暇」とはどのような休暇制度でしょうか。付与日数・条件、制度設計にあたって必要な手続きなど、法定休暇との違いも含めて教えてください。
「特別休暇」は、法定外休暇として就業規則への記載や◯◯休暇規程といった名称で会社が任意に定めた休暇制度を指します。生産性向上、従業員の意欲や満足の向上、心身の健康状態の維持の目的、SDGsやLGBTQ+といった社会環境への対応も企図しています。
一方で法定休暇(年次有給休暇、育児・介護休業、裁判員休暇、生理休暇など)は、例えば年次有給休暇であれば「継続勤務6か月以上かつ全労働日の8割以上出勤した労働者に対して年10日以上の付与」といった法律に基づく付与条件・日数が明確に定められています。
「特別休暇」の制度設計にあたっては就業規則の改訂に繋がることから、社長決裁や取締役会決議など重要な社内手続きを踏まれるのが一般的です。なぜなら、有給による特別休暇とした場合には労働対価を休日に振り分けるという経営としても重要な判断が含まれるためです。
また、「特別休暇」は実際の社内運用を想定して制度の抜け穴を確認したり、Q&Aの準備を行ったりするなど、制度設計の負荷が大きくなるのも特徴です。ただ、多くの企業が導入している「特別休暇」として私傷病(休暇・休職)、慶弔休暇などもあるため、他社を参考に一般的な「特別休暇」から導入を始め、制度設計に慣れてきた段階で会社独自の「特別休暇」の検討を行うとスムーズな導入に繋がります。

「特別休暇」をめぐる新しい動き
──近年、ユニークな「特別休暇」を導入する企業も出てきている印象です。最近の「特別休暇」をめぐる新しい動きについてはどのようなものがありますか。
会社独自のユニークな「特別休暇」の歴史は意外に古く、現在も続くものだと『永年勤続休暇』が一番わかりやすい例かと思います。これは導入企業と非導入企業がはっきりと別れる「特別休暇」であり、永年勤続奨励金とセットにする企業も多いです。労働者に対し日頃の慰労・慰安を目的とした家族との旅行機会などを提供する制度として、上場企業を中心に広く用いられてきました。
そして、本格的に会社独自のユニークな「特別休暇」が制定されるようになったのは、2014年~2016年にかけての『休み方改革』と『働き方改革』の検討を受けてからです。
2018年に成立した『働き方改革関連法』により、社会風潮としてワークライフバランス、DE&I、健康経営を推進するようになり、直近ではSDGsやLGBTQ+の要素を取り込むなど多様な制度が生まれる土壌ができました。
そんな経済社会の中で企業をより持続可能なものとしていくために『働き手個々の事情』と『企業それぞれが置かれた状況』をかけ合わせた結果、自ずと企業独自の制度がいくつも誕生し、その1つとしてユニークな「特別休暇」制度も生まれている状況です。
近年の「特別休暇」のトレンドとしては、『大きな目的を置いて複数の項目をひとつの制度でカバーする汎用性が高いもの』が多い印象があります。経営効率的にも1つの制度でさまざまな価値が期待できるので好まれやすいのでしょう。
例えば、女性活躍推進を目的として女性特有の健康課題や不妊治療への支援、育児や介護支援を包括的にカバーすることで、健康経営だけでなくウェルビーイング経営の実現を目指した複数項目を対象とする「特別休暇」制度が増えています。株式会社サイバーエージェントの『エフ休』、株式会社ダッドウェイの『ファミリーサポート休暇』などがこれに該当します。
このように、大きな目的を置きつつもいくつかの項目を「特別休暇」制度でカバーする方法はレガシーな業界でも有効です。私自身も『有給休暇は消化しないほうが格好いい』という企業文化を持つ企業において、有給取得の5日義務化を実現させるために『有給取得5日で特別休暇を1日付与する』制度を策定しました。
その際に留意したことは、業界がレガシーなだけにマインドセットは従業員の家族も巻き込むようにしたことです。家族に賛同いただければエンゲージメントも上昇すると想定し、コストバリューの観点からも制度導入は有効と判断をしました。そして、ご家族へのメッセージとして「特別休暇」も含めた福利厚生の一覧を会社のキャラクターが説明してくれる冊子を作成し、従業員を通じて家族に配布を行ったのです。
その結果、想定以上に家族から従業員に福利厚生活用をアピールされたようで、社内マインドも大きく変化しました。実際に1年目には有給取得5日義務は達成、エンゲージメント値も急上昇しました。採用においても母集団の増加と早期離職率低下、業界内でも業界紙への掲載などでポジティブなインパクトを残すことができました。
「特別休暇」導入により得られるメリット
──「特別休暇」を導入することで企業が得られるメリットにはどのようなものがあるでしょうか。
「特別休暇」導入による企業メリットには、大きく以下4つがあると考えます。

(1)コーポレートブランディングの一翼を担ってくれる
企業独自のユニークな制度である「特別休暇」は、言わば『企業のミッション・ビジョン・バリュー(以下『MVV』)が体現された制度』です。それゆえに制度の社内外への周知は『自社らしさ』を世に発信することとほぼ同義であるため、コーポレートブランディングの一翼を担ってくれる点が大きなメリットと言えます。
働き方・休み方改革は厚生労働省や都道府県、市区町村といった自治体の興味関心が高いテーマであり、各種ポータルサイトやイベントを通じて優良企業として認定される機会なども多いことから、ステークホルダーへのアピールに繋がりやすい点も見逃せません。
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ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)とは?作り方と効果の具体例
(2)採用力の強化
「特別休暇」を採用時におけるブランディングの1つとして活用した場合、企業の訴求力向上はもちろん、MVVを通じて企業とのマインドマッチも図れ、結果としてミスマッチ候補者の応募が減るなどオペレーションコストの削減にも繋がります。さらに、マインドマッチが事前に図れることによる早期離職率低下の効果も期待できます。
(3)従業員エンゲージメントの向上
従業員に対してはMVVへの間接的タッチポイントを増やすと共に、アワード(選考の末に与えられる賞)やリワード(何かの見返りとして与える報酬)、リテンションの効果があり、エンゲージメント向上に役立ちます。具体的には、会社が従業員の生活をサポートすることにより愛着や帰属意識が向上し、仕事へのモチベーション向上や離職率低下が図れます。
(4)生産性向上
従業員の健康保持・増進が進むことによりワークライフバランス充実が充実し、生産性向上が想定されます。また、健康保持・増進が進むと健康経営(※)も促進されます。実際に、健康経営優良法人の認定項目には『ワークライフバランスの推進』があり、認定申請書内にも「特別休暇」の文言が17個もあることから、「特別休暇」制度の設定が社外認定制度取得のプラス要素になる可能性は高いと考えます。
※健康経営とは……従業員の健康増進を企業戦略に取り入れ、生産性向上を目指す経営方針のこと。
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「健康経営銘柄」は中小企業も取り組むべき?その選定基準や認定事例の紹介
「特別休暇」制度の設計・運用ポイント
──企業はどのようなステップで「特別休暇」制度を設計・運用すればよいでしょうか。
第一に行うべきは、直接の話し合いやアンケートなどを通じて労使双方の期待を明確にすることです。その上で制度設計を担うHR部門などで課題を特定し、その解決に「特別休暇」が必要と判断した場合は制度設計を検討していきましょう。
なお、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が発表した『令和6年度「仕事と生活の調和」の実現及び特別な休暇制度の普及促進に関する意識調査報告書』によると、労使での話し合いに期待することとして『労働者の意欲、満足度の維持・向上』『労働者の心身の健康状態の維持・向上』『生産性の維持・向上』が上位3つとなっており、「特別休暇」制度を設計するにあたってはこの3つの項目をひとつの参考とするのが良さそうです。

設計すべき「特別休暇」が定まったら、経営への打診と企業としての意思統一を行います。その際、向上・解決すべき課題に対する「特別休暇」制度の意義を明確にロジック化しておくことに加え、コスト試算も非常に重要になってきます。前述した通り、コストに対しなるべく多くの価値や可能性を埋め込める制度設計がトレンドになっていることにも留意しましょう。また、有給・無給いずれの「特別休暇」とするかはこの段階でしっかり検討を行ってください。仮に無給とした場合でも、休暇により代わりの人的リソースが必要になるためです。有給の場合はさらに対象者の日当相当の報酬もコストに加算されます。
次に、制度化するための実務設計においては本記事冒頭で記載した通り、抜け穴などがなく制度が運用に耐えられる条項設定とすることや、Q&Aを事前想定しておくことが重要です。一般的な「特別休暇」(慶弔休暇など)は知見がある方も多いため難易度が低いですが、ユニークであるほど独自性が高く知見者や参考となる制度がないため制度設計の難易度は高くなります。その場合は顧問の社労士や弁護士と協議を重ねることも視野に入れて検討しましょう。
制度をリリースして運用開始した後も、継続的な制度の見直しが必要です。なぜなら、社会情勢の変化で法定化されたり、必要性を再検討する場合もでてきたりするためです。また、コストの振り返りも非常に重要です。
「特別休暇」は企業として投資の一面があるため、投資に対して適切な効果が出ているかはエンゲージメント調査や人事データの分析などを通じて継続的に把握していく必要があります。仮に適切な効果が出ていない場合は以下のようなアップデートを行い、改善が見られるかを検証します。
・対象者の見直し(例えば、全社員ではなく一定のライフステージの社員に限定する)
・取得条件や申請手続きの簡素化
・休暇の活用目的の明示と社内での成功事例の共有
・他施策(福利厚生、業務設計など)との組み合わせによる相乗効果の模索
こういったアップデートを行っても意図した効果が得られない場合は、制度廃止も検討しなければなりません。判断の目安としては、最低でも半年から1年程度の運用期間を設けた上で、数値的な変化が見られない場合が一つの基準になるでしょう。
「特別休暇」は法定休暇ではないとはいえ、休暇制度が無くなるのは従業員にとって多大なインパクトになります。制度を終了する際には、廃止の背景や代替措置について丁寧に説明し、エンゲージメント低下を最小限に留められるよう対応することが不可欠です。
「特別休暇」におけるよくある質問と対応方法
──「特別休暇」の導入・運用にあたり、人事が従業員からよく受ける実務上の質問はどのようなものがありますでしょうか。その対応方法も合わせて教えてください。
「特別休暇」制度に関わる従業員からの質問で一番多いのは、『有給か無給か』です。そこはやはり従業員としても気になるポイントだからです。なぜその「特別休暇」を有給もしくは無給としているかについては設計段階でもしっかりと検討を行い、明確にしておいてください。
ちなみに、一般的には別の手当金や報酬が発生する「特別休暇」(私傷病の休暇休職など)は無給が多く、それ以外は有給の「特別休暇」として制度化する場合が多いです。
なお、自社の「特別休暇」を有給にするか無給にするかを考える際は、『完全な無給状態(報酬面で欠勤と変わらない状態)になった際でも「特別休暇」導入の意義はあるか(労働者の意欲や満足度向上が進むか)』を判断基準としておけると良いでしょう。
続いて多い質問は、『「特別休暇」事由の申請書類や証明書類がわからない』です。会社独自の制度はWEB検索などで対応方法の情報を得ることができません。制度設計時に申請書類や証明書類をしっかり検討し、制度運用時に明示しておくことが必要です。
他にも、最近では慶弔休暇とLGBTQ+のマッチングとして事実婚や内縁関係が制度設計・運用における質問や話題に挙がりやすい印象があります。事実婚や内縁関係を慶弔休暇の対象とする場合は、自治体のパートナーシップ証明の提出なども検討しましょう。ただし、LGBTQ+での多様なパートナーシップの在り方を自治体として証明できないことも多く、内縁関係も慶弔休暇の対象とする企業では証明として同一世帯を明示する住民票などの提出を求める場合も多いです。
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編集後記
『言わばMVVが体現された制度』『投資の一面がある』という工藤さんの表現から、「特別休暇」の本質が掴めた印象がありました。自社が目指したい・体現したいものに近づく一つの手段として捉えた上で、労使が協力し合って検討・導入を進めることができれば、唯一無二のユニークな「特別休暇」を作り上げることができるかもしれません。