「コンフォートゾーン」を広げて組織・個人の成長を促がす方法とは

ストレスや不安を感じずに過ごせる心地の良い領域を指す「コンフォートゾーン」。一方で、組織や個人がいつまでもこの領域に留まっていては挑戦や成長の機会が限定されてしまいます。
今回は、人材開発や人材育成体制構築経験の豊富なパラレルワーカーの方に、「コンフォートゾーン」を広げるメリットや企業としてのサポート方法・タイミングについてお話を伺いました。
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目次
「コンフォートゾーン」とは
──「コンフォートゾーン」の定義について、似た言葉である『ラーニングゾーン』『パニックゾーン』との違いも含めて教えてください。
「コンフォートゾーン」とは、自分が安心して行動できる慣れた領域や状況を指します。この考え方はミシガン大学のビジネススクール教授、ノエル・M・ティシー氏らが広めた3ゾーンモデルとして知られ、人の成長領域を表す際の段階の一つです。ノエル・M・ティシー氏は人の成長は「ラーニングゾーン」「コンフォートゾーン」「パニックゾーン」の3つによって変化すると説いています。

その中でも「コンフォートゾーン」とは、今までの知識や経験で対処できる範囲であり、失敗やリスクが少なく精神的負担が小さい状態です。ただ、この快適な領域に留まり続けると新しいスキルや知識を得る機会が限られてしまい、成長の停滞を招きやすい課題があります。
この「コンフォートゾーン」の1つ外側にあるのが『ラーニングゾーン』です。まだ十分には慣れていない仕事や新しい学習の場など、多少の不安や緊張感はあるものの過度なプレッシャーではなく『やりがい』を感じられる状態が該当します。ここで新しいスキルや知見を得て成長できると「コンフォートゾーン」を抜け出していくことにつながります。従業員の育成においては、いかにこの領域に身を置いてもらえるかを考えることが重要です。
さらに、『ラーニングゾーン』のさらに1つ外側にあるのが『パニックゾーン』です。ここは「コンフォートゾーン」からあまりにもかけ離れた領域であるため、大きすぎるプレッシャーや困難に直面して適切に対処できず、モチベーション低下やストレス過多を招く恐れがあります。
「コンフォートゾーン」を抜け出すメリット
──「コンフォートゾーン」を抜け出すことによって得られるメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。
企業・個人それぞれの視点から見て、以下のようなメリットがあります。
■従業員視点のメリット
(1)変化の激しい市場環境にも柔軟に対応できるようになる
変化への対応は、言わば『未知の業務への挑戦・適応』を意味します。その変化の度合いにもよりますが、コンフォートゾーンにとどまっていてはこのような未知の業務への柔軟な対応が困難になります。
逆に、日頃からコンフォートゾーンを抜け出し、未知の状況に挑戦する経験を積んでいる従業員が多いほど、不確実な状況下でも冷静に判断し行動できるため、組織の適応力も高くなっていきます。
また、未知の業務に挑戦・適応する過程で新しい発想や改善提案が生まれやすくなるため、イノベーションも促進しやすくなります。
(2)競争力のある組織づくり
従業員がコンフォートゾーンを抜け出して、新しい業務やスキルのインプットに意欲的に取り組むことで、持続的な人材育成が実現しやすくなります。研修などの人材育成施策に能動的に取り組む方が増え、人材育成投資の効率も高まるからです。
また、コンフォートゾーンを抜け出す際の学びを活かして新しい業務役割に挑戦する従業員が増えることにより、周囲に好影響を与えて前向きな組織風土が醸成されていき、組織間の連携も増えていきます。
■従業員視点のメリット
(1)スキル・リーダーシップの開発
これまで触れてこなかった業務領域や考え方に触れるとスキルと視野が拡張され、自身のキャリアに新たな可能性を見出せるようになります。また、その過程で困難を乗り越えてやり遂げた経験を得ることで自己肯定感が向上し、意欲的に次のステップ(リーダーシップ開発など)に踏み出す推進力となります。
(2)市場価値の向上(キャリア開発)
チャレンジングな仕事に取り組む姿勢は上司・同僚からの信頼につながり、次の成長機会を呼び込む好循環を生みます。その好循環により社内評価はもちろん、業界における評価・市場価値向上に寄与するケースもあり、結果としてキャリアにおける選択肢も広がります。
上記の通り、「コンフォートゾーン」を抜け出すのは短期的な効率ではなく、中長期的な人材力・組織力の底上げに直結するものです。長い目で取り組みを進めてもらいたいテーマだと言えます。

「コンフォートゾーン」抜け出すのを支援すべきタイミング
──先ほどのようなメリットを効果的に得るために、企業はどのようなタイミングで「コンフォートゾーン」を抜け出すサポートをすれば良いでしょうか。
企業が個人の「コンフォートゾーン」を抜け出すサポートをするタイミングには、大きく以下5つがあります。どれが最適といった類いのものではないため、これらのタイミングを意識しながら個人の状況を踏まえてサポートしていけると良いと思います。

(1)従業員自身や組織が停滞感を感じ始めたとき
『毎日が同じ業務の繰り返しで刺激がない』『成長実感が得られない』『新しいことに挑戦する必要がわかない』など、停滞感を感じているということは、「コンフォートゾーン」に長く留まり続けているということです。そのままでは個人・組織共に成長が停滞し、マンネリ化やモチベーションの低下を招いてしまいます。意図的にラーニングゾーンへの飛び出し、すなわち「コンフォートゾーン」を抜け出すサポートを行うタイミングだと言えます。
(2)新規プロジェクトの立ち上げ時
新規プロジェクトは従来のやり方や組織内にある知識だけでは対応しきれないものが多いはずです。つまり、ラーニングゾーンに飛び出して未知のものに触れていく必要があるため、ここでサポートできれば大きく成長することができます。なお、『なかなか新規プロジェクトが立ち上がらない』などの状況がある場合は組織や従業員が「コンフォートゾーン」に留まっている可能性が高いため、事業伸長の観点からも支援が必要です。
(3)外部環境の変化に対応する必要があるとき
市場ニーズや業界構造の変化に伴い組織改革や経営方針の転換が必要になった際、従業員の思考やスキルのアップデートも同時に求められます。こうして従来のやり方が通用しなくなり、全従業員が変化に追随する必要性が出てきたときこそ、1人ひとりのマインドセットを変えて新たな挑戦を促すことが重要です。
(4)人事異動・昇格による役割やポジションの変更時
部署を横断するジョブローテーションは従業員にとって未知の領域へ踏み込むきっかけとなります。また、昇格により初めて管理職を担う際にはそれまでの経験を直接活かすことが難しいため、手厚い支援が必要です。
(5)キャリアチェンジ時
異動・昇格などと同様に、キャリアチェンジ時(転職者の受け入れ時など)も手助けすべきタイミングです。新しい職場・仕事などに挑戦する際は大きな不安を抱えやすいため、パニックゾーンに陥ってないかなどをオンボーディングなども含めてサポートしていくことが重要です。
「コンフォートゾーン」を抜け出す際に直面する壁
──個人が「コンフォートゾーン」を抜け出す際、従業員はどのような壁に直面する傾向があるでしょうか。
「コンフォートゾーン」を飛び出す際に直面しやすい壁には、大きく6つがあります。サポート時にはこれらの壁に直面していないかを丁寧に観察する必要があります。
(1)未知への恐怖や不安
これまで経験したことのないプロジェクトや業務に挑む際には、どのように取り組むべきか、成果が出せるかどうか、自分にできるのか、などの不安に大なり小なり苛まれます。適度な不安やストレス(本人が乗り越えられそうだと感じるレベル)であればラーニングゾーンへの配置ができている形になりますが、過剰な不安やストレス(正常な判断や行動ができなくなるレベル)であればパニックゾーンに陥っている可能性があるため注意が必要です。
(2)プレッシャーやストレス
仕事量が増えたり難易度が高まったりすることで単純に負荷が増え、スケジュール管理や体力面においても苦労が増します。その際、適切なサポート体制がないとパニックゾーンに陥りやすくなり、結果的にモチベーション低下・休職・退職を招くリスクがあります。
(3)失敗した時のリスクと現在の安定を天秤にかける
現在の業務に慣れており、かつパフォーマンスも出ている場合、あえてリスクを取る必要性を感じないことがあります。むしろ、挑戦からの失敗による評価ダウンを過度に恐れ、積極的に行動できなくなります。
(4)過去の失敗体験・トラウマ
過去の挑戦での挫折経験が、次のチャレンジに対して消極的な姿勢を生んでしまうことがあります。失敗した事実のみに目が向いてしまい、その経験から学ぶことが難しくなっている状態です。
(5)周囲の目や評価への過剰な意識
『頑張っても認められないのではないか』『周囲に迷惑をかけたくない』『期待に応えられないかもしれない』など、必要以上の周囲への気遣いを持つ人もいます。そした方々は周囲からの見られ方や評価を意識しすぎるあまり、未知の領域への挑戦を極度に避ける傾向があります。
(6)企業側の仕組みや文化
失敗が許容されない風土や、挑戦する人を称賛しない組織文化などがあると、従業員の挑戦が阻害されてしまいます。
「コンフォートゾーン」を抜け出すために組織ができること

──上記のような壁を乗り越えて従業員に「コンフォートゾーン」を抜け出してもらうためには、企業はどのようなサポートを行えると良いでしょうか。
従業員が「コンフォートゾーン」を抜け出して未知の業務や高い難易度のチャレンジに取り組んでもらうためには、以下3点を踏まえて支援していけると良いと考えています。実際に過去にご支援した企業でも、この3点を重視して取り組みを進めていました。
(1)『挑戦』を奨励することを従業員に宣言・浸透させる
これが何より重要なファーストステップです。本気で挑戦を企業が推進していることを示すため、経営トップはもちろん、各事業部のトップからも事業部に適したメッセージを発信してもらってください。
ただ、やみくもに挑戦を奨励するだけではいけません。実際に、口頭では挑戦を奨励しましたが、結果的に挑戦した従業員の梯子を外すようなことを行ってしまった企業を多く見てきました。そうした出来事を防ぐためには、まずは『安全に挑戦できる環境』を整備し、ポジティブな挑戦サイクルを生み出すことが重要です。
その際に重視されるのは、挑戦や失敗に対する認識を揃えることです。例えば、挑戦した結果として計画通りに進まなかったとしても、そこから得られた知見や改善策を評価して組織全体で共有する仕組みを導入できれば、何が良い挑戦で何が失敗なのかを認識できます。失敗を糾弾するのではなく、『何を学び、どう次に活かすか』の視点を持つことで、従業員はチャレンジに対して前向きになりやすくなります。
(2)段階的に挑戦を促す仕組みづくり
これが重要なことは言うまでもありませんが、いきなり大規模かつ困難なプロジェクトに従業員を放り込んでしまえばたちまちパニックゾーンに身を置くことになってしまうため、段階的に挑戦を促す仕組みづくりが求められます。例えば、これまで挑戦経験が少ない若手社員や、現場のルーティン業務が中心だった従業員などに対しては、まず中小規模の業務改善プロジェクトや社内イベント運営など比較的取り組みやすいものから始めるのが有効です。
小さな成功体験を積み重ねることで、従業員は自分の成長を実感し、より大きな挑戦への意欲を高めていくことができます。その際、上司やメンターがフォローアップを行って課題や不安をこまめに拾い上げる体制を作れると、より安心感を持ちながら挑戦ができます。
また、評価制度において『挑戦するプロセス』自体を重視することも大切です。結果のみを評価対象とすると失敗が許されないムードが生まれがちであり、新たなことに挑戦するリスクを従業員が過大に感じてしまいます。例えば、『行動・工夫の度合い』『どれだけ組織に学びを提供したか』などの定性観点を評価に取り入れ、結果に関わらずインセンティブを付与することにより、従業員は失敗を恐れず大胆に試行錯誤することが期待できます。
(3)(結果として)挑戦する風土をつくる
上記2つの取り組みを通じて、『挑戦=良いこと』という認識が徐々に育まれていきます。そこに加えて、外部研修やセミナー、他部署へのジョブローテーションなど、多様な経験を積む機会を積極的に設けます。新しいスキルを身につける場が用意されていると、従業員は『学習する意義』と『実践の場』を同時に手にしやすくなります。
特に、社内外で身につけた知識を職場に持ち帰って周囲と共有するサイクルを確立できれば、個人の成長のみならず組織全体のナレッジ創出にもつながります。組織の風土は、日々の従業員の行動によってのみ作られるのです。
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編集後記
『ラーニングゾーン』に適切に導き、その中で新しいスキルや経験を身に着けてもらって「コンフォートゾーン」を抜け出す──そのためには、関わる組織や従業員が今どのゾーンに身を置いているかを正しく把握し、観察し続けることが必要だと感じました。さじ加減も難しい取り組みではありますが、組織・個人の成長のためにも継続して取り組んでいきたいテーマだと思います。是非、ご自身の組織についても思いを巡らせてみてください。