「自律型人材」とは何か。いま求められる理由と企業が目指すべき育成の本質

自らの意思で考え能動的に業務を遂行できる人材を意味する「自律型人材」。目まぐるしいスピードで市場環境が変化する中で、指示を待つことなく適切に対応できる人材の育成はどの企業においても重要です。
今回は、「自律型人材」の定義から育成上の課題や方法について、企業の組織開発や人材育成などの伴走型支援を行っている株式会社shabeloに在籍するパラレルワーカーの方に詳しいお話を伺いました。
<プロフィール>
小野 将大(おの まさひろ)/ 株式会社shabelo/ワークショップデザイン事務所カタクリ 代表
複数企業にて人材育成体系の構築や経営人材育成など人材・組織開発業務に従事。現在はshabelo/カタクリの代表として、人事経験を活かして企業の組織開発や人材育成、制度構築の伴走型支援を行う他、いつでもどこからでも対話ができるオンラインプラットフォーム「shabelo」の運営、組織変容を求める企業や町づくりに取り組む市区町村等への対話の場の提供、子供や若者の探求の場づくりの提供も行う。
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目次
「自律型人材」とは
──「自律型人材」の定義と特徴について、『自律』と『自立』の違いも踏まえて教えてください。
「自律型人材」の定義に決まったものはありませんが、一般的には『指示を待つことなく自ら考えて行動できる人』を指す言葉です。本記事内では『仕事の目的・意義と自身の目的意識を結びつけることで自らを動機づけ、自らの規範沿って自己抑制を惜しまずに成果を上げていく人材』と、より具体的に定義した上で以後の話を進めていければと思います。
『自律』は、自らを律すると書く通り、他者からの強制によらず自らを規制し、自らの規範に従って行動することです。似た言葉に『自立』がありますが、こちらは能力や経済力などにおいて他者からの支援に依存する必要がない状態を表すもので、行動特性を表す言葉である『自律』とは意味が異なります。
また、自律性の発揮には当人の意志の有無が大きく影響します。『◯◯をしたい』という意志は、その仕事に何らかの意味が感じられることで生まれますが、仕事において意味性を得るためにはその仕事の目的や意義への共感が必要です。以上から、企業における「自律型人材」には以下の3つの要素が満たされている必要があると考えます。
(1)仕事の目的・意義を理解している
(2)仕事の目的・意義と個人的な目的・目標を結びつけ、意味を見出している
(3)意味を動機として自らに課した規範に沿い、自己抑制を厭わずに行動している
なお、自律性とはあくまで発揮された行動を説明するものであり、その人の能力を表すものではないことには注意が必要です。
自律性をその人の能力や人間性の一部と捉えて『自律型の人間に矯正する』というイメージで「自律型人材」育成が論じられたり、仕事の進め方や企画提案・業務改善等のスキルに依るものとして語られることがありますが、これは本来的ではありません。なぜなら、人は本来自律性を備えているものであり、たまたまその対象に対して自律的であったりなかったりするだけであると考えるのが自然で、能力は自律性が発揮された後に問われるものだからです。
したがって、「自律型人材」を増やすことは、自社の仕事に意味を見出してくれる人材を増やすことである、と言い換えることもできます。そのため、自社で「自律型人材」を増やしたいと考えるのであれば、従業員に焦点を当てるだけでなく会社自身が変わっていくことが重要になります。
『仕事の目的や意義をどれだけ伝えられているだろうか』
『意志を持った自律的な人材が自社を選んでくれるだけの機会提供ができているだろうか」
など、会社側が問題意識を持って変わっていこうとする姿勢が、従業員にとって意味を感じるきっかけにもなるからです。
「自律型人材」が求められる背景
──近年、より「自律型人材」が求められている印象があります。この背景にはどのような要因があるか教えてください。
「自律型人材」への関心の高まりには、大きく2つの文脈があると考えられます。
1つ目は、変化が激しく予測できない時代への対応です。変化へ適応することの重要性が高まり、上位下達の仕事の仕方では通用しない場面が増えている現状があります。計画に沿って仕事を進めることの重要性は今後も不変ですが、決められた手順に囚われて硬直し過ぎてしまうことが弊害になり得ます。時には状況に合わせて計画を変化させ、手続きさえも弾力的に見直していく柔軟さと適応性が求められているのです。
2つ目は、コロナ禍以降の企業と従業員の関係性の変化です。多くの企業がリモートワーク導入を始めとする働き方の見直しを行なった結果、従業員がどのように仕事をしているのかが見えにくくなり、従来の行動管理型マネジメントが適さなくなりました。その状況変化に対応するために、上司の目が届かない場所でも自律的に職務を遂行する従業員(=「自律型人材」)を増やしたいと考える企業が増えてきたと考えています。
企業と従業員の関係性変化はそれだけではありません。リモートワーク増加により自己実現を目的とした複業/副業が広まったことを受け、雇用主と被雇用者という縦の関係が対等なものへと変化しつつあります。
今はまだ小さな流れかもしれませんが、キャリア開発の手法の定着や国内全体の人材不足なども相まって、今後より加速していくことが予想されます。そうした環境下では、企業は自律的に働く従業員に選ばれるための努力をし、自社での活躍を促していかねば生き残っていけないのです。
なお、従業員に選ばれ自律型人材が自然と育っていく企業になるためには、直接的な育成施策を講じるだけでなく様々な施策の首尾一貫性を整える必要もあります。
ワークスタイル、関係性、リーダーシップ、キャリア開発、風土、多様性・受容性といった人・組織に関する事柄のポリシーや実態がしっかりと整合していなければ、ある場面では自律性が奨励されながら他の場面ではされないといった矛盾が発生する恐れがあります。
自律型人材育成のための各種の施策はこのような事柄を総合した組織の在り方(being)という土台があってこそ効果を発揮します。具体の育成施策を検討する前に、現在の自組織の在り方はどのようなものか、丁寧に点検してみる必要があるでしょう。

企業によって異なる「自律型人材」の定義

──「自律型人材」を採用・育成していく上では、各企業における「自律型人材」を定義する必要があると感じます。どのような観点で定義すると良いのでしょうか。
自社の自律型人材がどのような人物であるべきかは組織の在り方と密接に結びついています。各種の施策のポリシー、会社が普段発信しているメッセージ、事業の特性、挑戦や失敗を許容できる度合いなどを総合して検討すると良いでしょう。
また、前述のとおり自律性とは能力ではなく個々人によって発揮のスタイルは異なるため、「定義」という形式が必要なのなのかも吟味するべきです。その上で、人材定義を作成する際には大きく以下3つの観点を考慮する必要があると考えています。
(1)「自律型人材」を増やす目的を明確にする
大前提として、人の自律性が目に見えて変容するまでには長い時間を要します。そのため、すでに発生している具体的な問題への対処として「自律型人材」育成を行うことは適切な選択とは言えません。別の解決手段を選択するべきです。
一方、中期的な戦略実現や、パーパス・ビジョンの実現、バリューの体現などを目的とする場合には「自律型人材」育成のアプローチは有用です。人事などの育成部門のみでなく経営・事業部門を交えて議論を行い、「自律型人材」の育成に着手した場合のシナリオ・着手しなかった場合のシナリオを精緻に描き、育成を行うに足る根拠を明確にします。
その議論の過程で、自社における「自律型人材」のイメージ(どのようなことを考え、どのように行動する人材なのか)がある程度見えてくるはずです。このイメージを基にして人材定義の骨格を検討する段階へと進みます。
(2)誰が・何のために参照する人材定義なのか
例えば、全従業員が目にする理想像なのか、一部職種に限定した行動指針なのか、必達目標なのか、推奨目標なのか、その用途によっても定義するべき内容は変わります。具体系には、以下3点を明確にできると良いでしょう。
<明確する定義の例>
①範囲と粒度……職種や世代など属性毎の精緻な定義をする必要があるのか、職種や世代を問わず全従業員に共通する汎用的な定義を作成するのか
②到達点……到達点となるハイパフォーマーをモデル化した定義をするのか、大部分の従業員が現実的に到達できる状態をモデル化した定義するのか
③モデル……現有の自律型人材をモデルとして作成するのか、今後の戦略上求められるであろう行動から逆算して作成するのか、それとも、バリューなど自社の価値基準をベースに作成するのか
(3)定義の構造と表現形式
「自律型人材」の構造と表現形式には、コーポレートバリューのように短く印象的なメッセージで示すものもあれば、コンピテンシーガイドのように精緻かつ多量の情報を持つものもありますが、MECEな完全性を求めるよりも、従業員にとって分かりやすく現実感があることを優先すると良いでしょう。
一般的には「自律型人材」の特徴を姿勢・思考・行動・協働性などの層に分け、『◯◯な状況において◯◯する』などの具体的な行動レベルで明文化することが多い印象です。
具体的な行動を抽出するにあたっては、社内にいる「自律型人材」と思われる従業員を複数名選抜し、60分〜90分かけて日常の行動や思考をインタビューして実例を収集する形が望ましいです。
その際、発露した行動ばかりに着目するのではなく、その従業員がそのような行動をとった理由(Why)を重点的に確認するようにしましょう。前述した通り、「自律型人材」は職務に対して自分なりの意味を見出し、それを動機として行動します。その意味に何らかの共通点があるとすれば、それは自社ならではの「自律型人材」像の鍵となる要素かもしれないからです。
なお、定義がある程度形になったら、最終化する前に管理職・リーダー・メンバーなどその定義を受け取る側の従業員をサンプリングし、率直なフィードバックを受けるとよいでしょう。
どれほど練りに練った人材定義であっても、それが従業員に受け入れられなければ無用の長物になってしまいます。現場の実態に乖離がないか、これを会社の方針として示された時にどのような感情が湧くか、手を伸ばせば届く像としてそれを目指したいと思えるかなど、忌憚のない声を拾うようにしましょう。
「自律型人材」を望む企業が直面する壁
──従業員が「自律型人材」として行動することを期待しているが、実際にそのような行動ができるのは多くないといった悩みを抱える企業も少なくないと感じます。そこにはどのような課題があることが多いのでしょうか。
まず、前述したとおり、「自律型人材」は育成をするものではありません。本来自律性を備えているものであり、たまたまその対象に対しては自律的ではないだけであると考えられるからです。そのため、企業としては従業員が自らが携わる仕事に対して、自律的に行動したいと思える環境を整えることが重要です。
さらに、社員が「自律的でない」要因も多種多様です。経験の浅い若手は自律的で在りたいと思っていても基本的なスキルの不足が障害になっていることがありますし、中堅であればキャリアデザインの不足が足留めの原因であることもあります。そして、マネージャーの振る舞いがメンバーの自律性を削いでしまっていることも残念ながら多くあります。
手を打つべきことが無限にあるように感じられ、かつ施策に投下できる時間も費用も限られている中で何をすべきなのかを迷われている育成担当の方も多いのではないでしょうか。
また、施策を実施したものの、従業員から思うような反応が得られなかったり、目に見える変化を感じられないことも少なくありません。その要因としては、以下のようなものが見受けられます。
・人材定義が抽象的すぎて行動指針になり得ない
・既存の組織文化や働き方との乖離が大き過ぎる
・手上げ式研修(社内公募の上で希望者のみが参加する研修)など主体的な学習リソースが整備されるが、目的が伝わらず利用されない
・新たな評価基準や行動チェックリストが設けられるが、実態との乖離が大きい・スキル関連の施策に偏っており意志やマインドセットに対する打ち手が少ない など
ただし、こうした課題の大部分は人材定義の段階(前項で触れた内容)で十分な検討ができていれば未然に防げるものです。また、施策自体は素晴らしいものにも関わらず、「人が変容するまでには多くの時間がかかる」という前提を織り込まず、短期的な反応だけで良し悪しを判断してしまっているケースもあります。その上で、見落とされやすく、多くの企業が直面している課題に、『人材育成に責任を持つ管理職へのフォロー不足』があります。
メンバーの行動変容を促すためには、実際に実務の中で自律性を発揮する余白が欠かせません。むしろ、誤解を恐れずに言うなら、実務の中で自律的に行動する場数を積み上げることでしか本質的な変容は起こり得ないでしょう。
職務をメンバーに渡すのは管理職の役割ですが、管理職の中には短期的な成果を上げることに手一杯でプレイヤーとしての行動とマネージャーとしての行動の配分がアンバランスになってしまっていることが少なくありません。そのような管理職は権限委譲を苦手としている場合が多く、メンバーに余白を持たせた形で仕事を任せることが難しいと感じていることが多いです。
また、管理職はプレイヤー時代の成果を評価され任用されることが多く、『私は自律的に行動してきた』という自負がある場合が大半です。それゆえに自分と同じ考え方を部下にも求めてしまう傾向があり、動機づけも一方通行になりがちです。
結果、自律的ではない部下に対して『本人の意識に問題がある』という一方的な見方になってしまい、「なぜ自律的に行動できないのか?」「自律的に行動せよ」と迫ってしまいます。これでは本人の自律性の発揮を阻害しかねません。
こういった問題に陥る企業では、管理職に対する意図の説明とサポートが決定的に不足していることがほとんどです。加えて、管理職研修等を実施したとしても、例えば1on1のやり方などをツールとしてインプットしたり、新しい評価シートの運用手順を説明することに留まるなど、表面的な手段の話に終始してしまう形になりがちで、ただでさえ忙しい管理職から好意的に受け入れられないということもよくあります。
管理職に手段を渡してただ実行することを求めるのではなく、なぜそれが大切なのかを咀嚼する機会を設け、具体的にどのようなアプローチで部下に働きかけていくのか(How)のアイデアを渡した上で、彼ら自身に議論を行ってもらって自分等に合わせた手法にカスタマイズしてもらう必要があると考えています。
「自律型人材」として行動できる従業員を増やすためのポイント

──さきほど教えていただいた課題を踏まえ、従業員が「自律型人材」として自律的に行動を起こしていくようになるためには、どのような点に注意してサポートを行えば良いでしょうか。
大前提として『育てる・変える』の姿勢で従業員と向き合うのではなく、『育つ・変わる』の姿勢で向き合ってもらいたいということです。
本記事の冒頭でも触れましたが、自律という言葉の意味を考えれば『自律的にさせる・自律的であることを求める』など矛盾には気づいてもらえるはずです。強制や強要は人の自律性を最も削ぐものであり、本人の意に反して自律的であることを強く求められれば、その従業員はきっと混乱してしまうでしょう。
人は本来自律性を備えており、『ある対象に対しては自律的だが、ある対象に対しては自律的でない』といったように対象や場面によって発揮の有無が変わるだけなのです。そのため、自律的な行動そのものを評価することは問題ありませんが、『あなたは自律人材だから◯、彼は自律人材でないから×』といった人間性を評価するようなことはしてはいけません。
拙速に自律的行動の発揮を求めず、まずその人の中にある自律的になれる理由を丁寧に掘り下げるサポートをすべきです。というのも、自律的行動が見られない人は、自分自身がどのようなことに対して夢中になれるのか、なぜここで働いているのか、を自分でも分かっていないというケースが多く見られるためです。
自分を見つめ直し働く理由を探索し、その理由と職務で得られるものとを照らし合わせて仕事に意味を見出す──これらのプロセスには長い時間を要しますが、上長とのコミュニケーションやワークショップ、社外での交流など多種多様な機会を設けて粘り強くサポートしていく必要があります。
こういったソフト面のケアを丁寧に行い、「自律的で在りたい」「成長したい」といった欲求が当人の中に芽生えれば、研修などのハード面の施策がより大きな効果をもたらし、自律型人材が育っていくのではないでしょうか。。
また、これらのサポートを目的として1on1ミーティングを取り入れる企業が増えていますが、上長から部下に対して『やりたいことある?』『これから先どうなっていきたい?』とただ問うようなコミュニケーションや、日常の進捗確認を個室で行っているだけの場になっていないかは合わせて注視する必要があります。
1on1ミーティングは本来自由な場であり、話題の中心は部下が話したいことであるべきですが、自律型人材の育成という目的意識を持たせるのであればまずは『どのような瞬間に仕事の楽しさや辛さを感じるのか』、『仕事外の日常も含めて自律的に動いていると言える場面は何か』、『あるならば何故その場面では自律的であれるのか』など、さまざまな観点から自律性や価値観について話し合ってみてはいかがでしょうか。
何の意味もなく感じられるかもしれませんが、そうしたやり取りを通じてその人の自律性が仕事に向くために必要な要素が少しずつ見えてきたり、これまでとは違ったスタンスで仕事に向き合うことへも恐れず挑戦できる安心感や信頼関係を耕すことができるかもしれません。
<合わせて読みたい>
その1on1ミーティング、本当に効果がありますか?効果的な運用と事例紹介
1on1ミーティングのようなソフト面の打ち手を決めた後に、ようやく制度などのハード面に着手します。具体的には以下のような打ち手があります。
・事業戦略と自律型人材定義の整合性の確認と定期的なブラッシュアップ
・自律的行動を奨励するしくみの構築(評価や表彰、異動希望やプロジェクトベースの活動など)
・スキルアップやキャリア自律のための学習リソース提供 など
自律型人材の育成は、「育てる」のではなく「自らの意志で育つことを促す」という姿勢を常にもつことが、最も重要です。
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編集後記
「自律型人材」の育成と聞くと、企業がそうした人材を育てるというニュアンスが強い印象があります。しかし、『自律』の言葉の意味にもある通り、誰かに育てられる・変えられる状態では本当の意味での自律は実現できません。自らの意志で育つことを促せるようなサポート方法を、企業としても検討していく必要があるのだと感じました。