「アジャイル思考」を用いて変化に強い組織を作る方法とは

システム開発手法から派生した概念である「アジャイル思考」。目まぐるしく変化する現代にフィットした思考手法として、多くの組織が注目しています。従来の硬直的な組織運営や人材管理では、予測不能な変化に迅速に対応することが難しくなってきています。そこで、柔軟かつスピーディなアプローチを可能にする「アジャイル思考」は、人事や組織開発の領域においても大きな可能性を秘めたテーマと言えるでしょう。
今回は、人事戦略策定、組織開発・人材育成、人事制度設計など幅広い人事コンサル経験を持ち、エグゼクティブコーチ/人事コンサルタントとして多くの企業のサポートをされている清野 真輔さんに、「アジャイル思考」の概要から活用の仕方にいたるまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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清野 真輔 (きよの しんすけ) /Cornerstone Strategy LLC Founder & CEO
10年以上にわたり業界横断で組織・人材領域の変革に携わり、人事戦略策定、育成体系構築、組織文化変革、DX推進、働き方改革、人事制度改定など、多岐にわたるプロジェクトを主導。アクセンチュア、デロイトトーマツコンサルティング、JDSCを経て、2022年に配偶者の海外転勤を機に渡米し、キャリアブレイクを経験。育児・家事に専念するとともに、自身のキャリアに向き合う中で、組織・人材変革の経験を活かして日本企業をサポートしたいという強い想いが芽生え、2024年にCornerstone Strategy LLC(米国・ニュージャージー州)を設立。”Japan to the World”をパーパスに、在米日本企業や米国進出を目指す日本企業の米国事業における戦略的パートナーとして、経営者や人事リーダーに寄り添い、コーチングとコンサルティングを融合させた独自のハイブリッドアプローチで戦略的な組織・人材開発支援を提供。
目次
「アジャイル思考」とは
──「アジャイル思考」の概要について教えてください。似た言葉である『デザイン思考』との違いも含めて教えてください。
「アジャイル思考」とは、短期間ですばやく試行錯誤を重ねながら継続的な改善を行う思考法のことです。変化の激しい環境に迅速に適応することを目的とした考え方であり、現在ではビジネスや組織運営にも応用されています。
この「アジャイル思考」は、システム開発手法の『アジャイル開発』が語源となっています。このアジャイル開発のメリットは、開発途中で起こるさまざまな変動的要素に迅速かつ柔軟に対応することにより、開発スピードを維持しながら仕様変更・修正などにも柔軟に対応できる点にあります。ただし、全体のスケジュールやコストが見えづらいこと、対応メンバーのスキルやコミュニケーション次第ではパフォーマンスが下がってしまうなどのデメリットもあります。
なお、開発の要件定義~テスト・リリースまでの一連の流れを予め定めた計画の通りに進めていく開発手法『ウォーターフォール開発』と言い、これはアジャイル開発の対義的な開発手法にあたります。今でもウォーターフォールでシステム開発を行うことはありますが、近年は変動的要素への柔軟な対応が重視されることからアジャイル開発を採用するケースが増えています。
「アジャイル思考」はシステム開発手法から派生した思考法で、近年では組織運営や人材育成の領域などのシステム開発以外の場面でも大きな注目を集めています。変化の激しいビジネス環境では、予想外の事態や急激な変化が起きても、迅速かつ柔軟に対応できる組織こそが強みを発揮します。「アジャイル思考」を社内に浸透させることで、従業員一人ひとりが状況に応じた最適な判断を下せるようになり、結果として組織全体の即応力が高まるのです。

──似た言葉である『デザイン思考』との違いについて教えてください。
「アジャイル思考」と『デザイン思考』はそれぞれ異なる目的を持つ独立した概念です。
・アジャイル思考…素早い適応と改善を目的とした思考。短期間の反復を通じた価値提供を重視。
・デザイン思考……顧客視点で創造的な解決を目的とした思考。ユーザーの課題を深く理解することを重視。
「アジャイル思考」では、OODAループ(観察→状況判断→意思決定→実行)というアプローチがよく用いられます。OODAループに類似する言葉としてPDCAサイクル(計画→実行→評価→改善)があります。品質管理やプロジェクト管理においては、PDCAサイクルが適している一方、外部環境の変化が激しい現代においては、柔軟な考え方を持ち、常に状況を見極めながら意思決定と行動を繰り返し行うにはOODAループの方が適しています。

「アジャイル思考」を活用するメリットとデメリット
──この「アジャイル思考」を自社において活用することにより、どのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。
「アジャイル思考」を組織で活用すると、柔軟性や意思決定の迅速化を促して組織変革を加速させることができます。一方で、評価制度との整合性や活用時の混乱などの課題もあるため、段階的かつ継続的な取り組みが活用を成功させる鍵となります。
組織開発や新規事業開発、人材育成など、組織においては課題解決や改善が求められる場面、予測していなかった突発的な事案が発生することが多々あると思います。「アジャイル思考」は、このような様々な状況において、物事を考えたり判断するためのベースとなる思考法なので、従業員がそれぞれ状況に応じて最適な判断を最速ででき、それが組織全体の即応力に繋がります。組織へ根付かせるステップについては後述します。
これらも踏まえた上で「アジャイル思考」を活用するメリットとデメリットについて整理しました。
<メリット>
(1)柔軟な組織運営が可能
組織運営の進行中であっても各種変化をキャッチアップし、それに基づいて迅速に適応することが可能になるため、外部・内部環境の変化に合わせた柔軟な組織運営ができるようになります。
(2)意思決定のスピード向上
「アジャイル思考」では小さな試行と改善を繰り返すため、各サイクルにおける意思決定も従来より素早く判断できるようになります。
(3)従業員のエンゲージメント向上
「アジャイル思考」の過程ではチームメンバー間のコミュニケーションが頻繁に行われます。そのため、誤解やミスが減少するだけでなく、現場の意見を尊重する文化が定着し、主体的・協力的な働き方を促進できるようになります。
(4)組織変革を促進
「アジャイル思考」の活用が固定化された業務プロセスを見直すきっかけとなり、結果的に適応力の高い組織づくりにつながります。
(5)採用・育成のアプローチが進化
「アジャイル思考」の過程で1人ひとりがさまざまな作業を経験できることから、新しいスキルや経験の習得が自然と促進されます。また、そうした環境に魅力を感じる人材の採用も同時に促進することができます。
<デメリット>
(1)既存の評価制度と衝突する可能性
「アジャイル思考」では、変化に柔軟に対応しながらチームで連携して物事を進めてパフォーマンスを発揮していくアプローチであるため、期初に設定した目標に対する評価が難しくなる場合があります。また、チームでのパフォーマンスを重視するため、個人の貢献が見えにくくなる場合もあります。
(2)組織内の抵抗勢力の発生
「アジャイル思考」の活用により、これまでとは違う物事の進め方を従業員は強いられることになります。その際、変化を好まない管理職層や従業員から反発が起こる可能性があることは認識しておく必要があります。
(3)活用初期時の混乱やコスト増
活用開始にあたっては教育や研修が必須であり、そのための時間的・金銭的コストが発生します。また、いざ活用ができはじめたとしても、その後は業務プロセスの変更による混乱が高い確率で起こるはずです。それらへの対応工数も織り込んでおかねばなりません。
(4)目標設定が難しくなる
「アジャイル思考」においては事前に詳細なゴールイメージを設定しません。あくまで短期間の試行錯誤・改善の先にゴールがあるものだからです。そのため、短期間のフィードバックを重視する「アジャイル思考」と、長期的な成果指標の整合が課題となります。
(5)継続的な教育とサポートが必要
一度「アジャイル思考」の活用を開始できたとしても、そのまま組織に定着するとは限りません。よりスムーズで効果的な運用を目指して、長期的な学習と改善が求められます。

「アジャイル思考」を組織に浸透させるステップ
──「アジャイル思考」はどのようなステップで活用をはじめ浸透を進めていくと、組織に定着させることができるのでしょうか。
「アジャイル思考」を組織において活用しはじめ、浸透・定着させる上でのポイントは、『段階的導入』と『継続実践』の2つです。まずは小規模なところから導入を試みて、その中で試行錯誤を重ねながら浸透させ、その後に全社へと範囲を広げていくイメージです。そして、最終的には評価制度や教育体制を整えることにより、組織文化として根付かせていきます。
これらのアクションをステップとして整理すると、大きく以下5つがあります。
■ステップ1:経営層・管理職の理解を得る
「アジャイル思考」の導入には経営層・管理職など組織トップの理解が不可欠です。まずは、「アジャイル思考」を導入することによりもたらす経営上のインパクトや具体的なメリットを明確に示し、投資対効果を含むビジネス面の説得材料を提示しましょう。 たとえば、以下のような観点で説明を行います。
・ビジネス成果:
新製品・新サービスの市場投入スピード向上や、変化に柔軟に対応できる体制を整えることで、競争優位を確立できる可能性が高まる。
・組織面の効果:
チーム間のコミュニケーション活性化や、失敗を学びに変えるカルチャーの醸成により、人材育成や従業員エンゲージメントが向上する。
・リスク低減:
小規模なチームでのトライアルで検証と改善を重ねるため、大規模プロジェクトでの失敗リスクが低減し、最終的な品質向上にもつながる。
このような経営・事業面での具体的なメリットを提示しつつ、「アジャイル思考」そのものの価値や、小規模プロジェクトでの企画立案に向けた方針を明示します。その上で、研修やワークショップを実施し、トップ層が「アジャイル思考」の真髄を理解できるよう働きかけることが必要です。
■ステップ2:小規模プロジェクトで試験導入
リスクを抑えつつ効果を検証するため、特定のチームで「アジャイル思考」をテスト導入してみます。この際に重要なのは、失敗を学びに変える姿勢です。最初からうまくいかなくて当たり前だと捉え、どうすれば改善できるかにフォーカスしてトライ&エラーを繰り返します。
■ステップ3:フィードバックと適用範囲の拡大
特定のチームでの試験的な導入結果を分析し、その中にある成功事例を共有しながら他チーム・部門へも取り組みを展開していきます。その際、テスト導入時の失敗事例も学びのタネとなるため、積極的に収集・共有するようにしましょう。
■ステップ4:アジャイル文化の定着
教育プログラムや評価制度を整え、継続的な学習環境を構築します。短期的な効果を求めず、長期視点で推進できるかどうかがポイントです。
■ステップ5:継続的な実践と改善
「アジャイル思考」を社内推進するチームを設置し、研修や外部コーチの活用も含めて継続的な実践と改善に取り組みます。学びのサイクルを回し続けることにより、組織の適応力を維持・向上させることが目的です。
「アジャイル思考」導入の失敗・改善例
──「アジャイル思考」を組織に導入したもののうまくいかないこともあると思います。そのような失敗を活かして改善につながった事例について教えてください。
従業員100名弱のスタートアップ企業に「アジャイル思考」を導入した事例をご紹介します。
この企業では、採用専任者が不在で、現場の一部のメンバーが採用業務を兼任していました。その際、採用要件は採用業務を兼任するメンバーが各部門にヒアリングしてスプレッドシートに記載する形で進めていたため、ヒアリング情報を基に記入した採用要件は、採用業務兼任者の専門領域外のものも少なくなく、要件が曖昧となり転職エージェントに伝わらないこともしばしばありました。その結果、紹介される人材と実際に求める人材とのミスマッチが多発したり、選考に時間を要してしまい、採用プロセスの長期化を招いていました。また、採用プロセスが可視化されておらず、書類選考や面接などの各種選考プロセスの負担が一部に集中しているなど、運用面でも課題が山積していました。
そこで、採用を兼務しているメンバーや各部門の採用に協力してくれるメンバーの状況に柔軟に対応し、短期間で改善を繰り返しながら成果を追求する「アジャイル思考」の要素を取り入れることにしました。
まず、4週間ごとの短いサイクルで採用に関するKPIを設定しました。また、これまでに不採用となったケースの不採用理由をヒアリングを実施しました。そして、ヒアリング結果を参考にしながら、設定したKPIに紐づくタスクを細分化し、多数挙がった改善点の中でも優先順位を決め、何から改善のてこ入れをしていくことが組織にとって最善なのかをチームで議論して決定していきました。
ATS(採用管理システム)で、採用プロセスの各種KPI(歩留まり率など)を可視化し、採用業務兼任者が転記していた採用要件のシートについては、各部門担当者が自ら採用要件を記載する形に変更、エージェントとのミーティングにも参加してどのような人材が必要なのか直接エージェントに説明してもらうようにしました。現場の負荷は高くなりますが、採用要件をヒアリングしてまとめるよりも、現場の方が直接記載する方がより詳細に要件を記載することができるとともに、エージェントに臨場感が伝わるようになりました。
さらに、複数のメンバーに面接官トレーニングを実施して面接を担当してもらい、現場への負荷分散と選考通過率・辞退率の改善にも取り組みました。改善のフォローを採用業務兼任者が行うことで、現場に主導してもらいつつ、改善のサイクルスピードを上げることができました。
これらの取り組みを「アジャイル思考」に基づいて採用業務兼任者と各部門担当者が相互にフィードバックを繰り返し行うことで、候補者の質が大幅に向上し、採用スピードも飛躍的に加速。短期間で改善を繰り返すことにより、選考通過率や辞退率が大幅に改善しました。
また、現場の当事者意識が高まり、採用活動がより主体的に進行できるようになりました。「アジャイル思考」は単なる手法ではなく、現場と協力し継続的に改善する仕組みだと捉えられると、うまく導入が進められると思います。
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編集後記
「アジャイル思考」においては、失敗を前提として動くことが重要になります。失敗を恐れがちな組織にとっては考え方の大きな転換が求められるものにはなりますが、それらも含めて現場と一緒に進めていくことでより一体感を持って導入を進められるのではないかと感じました。「アジャイル思考」の導入こそ、アジャイルに進めていけると良いのではないでしょうか。