「時間単位年休」を導入・運用する前に知っておきたいこと

時間単位で取得できる年次有給休暇である「時間単位年休」。1日や半日単位と比べてより柔軟な使い方ができることから、近年導入を検討する企業も増えている印象です。
今回は、「時間単位年休」の制度概要・導入メリット・運用時の注意点などについて、各種人事制度の企画領域に知見を持つ髙橋 健介さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
髙橋 健介(たかはし けんすけ)/保険会社 人事マネージャー
大学を卒業後、複数社で営業職を経た後に採用担当として従事。新卒・中途採用の責任者として企画・実行・管理メンバーマネジメントを担う。その後、保険会社に転職。新卒・中途採用のほか各種人事制度の企画や規程改定・労務・研修企画などを幅広く経験。現在は管理職として人事領域全般に従事している。
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目次
「時間単位年休」とは
──「時間単位年休」とはどのような休暇制度でしょうか。
「時間単位年休」とは、労働基準法第39条に定める年次有給休暇(以下年休)について、労使協定により5日の範囲内で時間を単位として与えられるようにしたものです。仕事と生活の調和を図る観点から、年休をより有効活用できるようにすることを目的としています。
■対象者
原則、年休を付与されているすべての従業員が対象です。一部の方を対象外とする場合もありますが、それは事業の正常な運営を妨げる場合に限られます。『育児を行う労働者』など、取得目的などによって対象範囲を定めることはできません。
■必要な手続き
就業規則に年休の時間単位付与について規定する必要があります。その際、就業規則の定めるところにより、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者との間で、書面による労使協定の締結も必要です。この労使協定に定める内容は以下4つがありますが、労働基準監督署への届出は不要です。
(1)時間単位年休の対象者の範囲
(2)時間単位年休の日数
(3)時間単位年休1日分の時間数
(4)1時間以外の時間を単位として与える場合の時間数
■取得日数の制限
1年5日以内の範囲で定めます。仮に、前年度の繰越があった場合でも当該繰越分を含めて5日以内となります。なお、2024年12月に開催された内閣府規制改革推進会議の中間答申では「時間単位年休」の上限を5日以内から付与日数全体の50%まで緩和し、取得できる日数を増やす方向で政府が検討しているとの資料が出ていました。2025年度中に結論を出す予定のようなので、こちらの動きにも注目しておきたいところです。
■1日分の時間数
1日分の年休に対応する時間数を、所定労働時間数を基に定めます。時間に満たない端数がある場合は時間単位に切り上げてから計算します。
(1)所定労働時間が5時間を超え6時間以下の方……6時間
(2)所定労働時間が6時間を超え7時間以下の方……7時間
(3)所定労働時間が7時間を超え8時間以下の方……8時間
■他休暇との併用可否
他休暇との併用も可能です。例えば、半休に加えて1時間の「時間単位年休」を使用することも可能です。
■時季変更権
「時間単位年休」も通常の年休と同じく、事業の正常な運営を妨げる場合は使用者による時季変更権が認められます。ただし、日単位での請求を時間単位に変えることや、時間単位での請求を日単位に変えることはできません。
■計画年休との関係
「時間単位年休」は、労働者が時間単位による取得を請求した場合において、労働者が請求した時季に時間単位により年休を与えることができるものです。そのため、労働基準法第39条第6項の規定による計画的付与として「時間単位年休」を与えることはできません。

『半日休暇』『特別休暇』との違い
──年休には半日単位のものもありますが、取得ルールや対象者などにはどのような違いがあるのでしょうか。
前提、労働基準法では労働者の心身のリフレッシュのために、年休は1日単位で付与することが原則とされています。そのため同法では『半休』についての定めはないものの、厚生労働省の通達では以下2つを要件として本来の1日単位の年休取得を阻害しない範囲で半休を取得させることが可能です。
<半休の取得要件>
(1)労働者による半休取得の希望と、時季(取得日)の指定
(2)使用者が労働者の半休取得に同意
なお、半休を1回付与すると0.5日分の年休を付与したことになります。また、半休の付与は法的義務ではないため、半休制度を導入するかどうかは使用者が決定することが可能です。「時間単位有休」と大きく異なる点は、手続き(労使協定要否)と5日取得義務の対象かどうか、にあります。
他にも『特別休暇』がありますが、これは福利厚生の一環として企業と従業員の話し合いによって定められる休暇のことです。『法定休暇』である年休とは異なり、法律の定めがない『法定外休暇』にあたるため、休暇の目的や付与日数、有給か無給かなども企業が自由に決めることができます。よって、どのような特別休暇を設けるかにその企業の色が表れることも多く、自社のビジョンや特色を表現するツールにもなります。
ちなみに、特別休暇を時間単位で定めることも可能です。この場合、年休とは別に付与することになるため、取得ルールや日数制限などはなく自由に制度を設計することができます。

「時間単位年休」導入による効果
──「時間単位年休」を導入するメリットについて、企業・従業員それぞれの観点で教えてください。
従業員側のメリットは一定イメージしやすいと思います。特に、子育てや介護・療養中の従業員がより仕事との両立を図りやすくなる点は大きなメリットです。例えば、1日や半日休むほどではない用事でもこれまでは年休を取得する必要がありましたが、「時間単位年休」により時間単位で必要な分だけ取得できるようになります。これにより同僚への負担増加などもあまり気にする必要がなくなるため、離職の低下やエンゲージメント向上なども期待できます。
また、「時間単位年休」は企業側にも大きく以下2つのメリットがあると考えています。
(1)企業魅力の向上
株式会社ワークポートが行った調査によると、「時間単位年休」制度が自社に導入されている方は41.6%であり、まだ半数以上の企業が導入できていないようです。ただ、制度があると答えた方の約7割が実際に「時間単位年休」の取得経験があり、制度がないと答えた方の約8割が『制度が導入されたら活用したい』と答えるなど、「時間単位年休」に対する興味・関心の高さが伺えます。よって、他企業に先駆けて「時間単位年休」を導入できれば、社内外に働き方改革が進んだ企業を印象付けることができ、採用力・リテンション率向上などが期待できます。
(2)年休取得率の向上
『1日単位や半日での年休取得は難しくても、時間単位なら取得できる』といった層は一定数いると考えられます。そのため、「時間単位年休」を導入できれば年休取得率の向上が期待できます。なお、企業によっては退職者から年休(法定以上を付与している日数分)を買い取る制度を導入しているケースがありますが、退職時点で年休の残存日数が多いと企業側の買い取り金額が大きくなってしまいます。しかし、年休取得率を向上させることができれば、こうしたコスト負担も軽減できる可能性があるのです。
──「時間単位年休」にはメリットが多くある一方で、取得日数や時間管理が煩雑になるなどの懸念点もあるかと思います。具体的にはどんな懸念点があるのでしょうか。
おっしゃる通り、「時間単位年休」を導入すると年休取得日数(時間数)と残日数(時間数)の管理が煩雑になります。また、「時間単位年休」とは別で年5日の取得義務についても管理しなければならないため、ある程度の人数になるとエクセルでの集計は難しいかもしれません。
「時間単位年休」に対応した勤怠管理システムを導入している会社であれば、時間単位をタイムカードに反映できるか、取得時間数・残時間数・繰越日数を管理できるか、年5日取得状況を管理できるか、を導入前に確認しておきましょう。
また、時間単位で休暇を取得する予定だったものの、実際の取得時間が1時間未満となることも考えられます。例えば、18時終業(定時)で17時〜18時で「時間単位年休」を取得する予定時間だったとします。しかし、17時の勤務終了前に突発的な業務が発生し退勤が17時15分となった場合、15分間の法定内残業が発生することになります。これは給与計算にも影響しますので、必ず勤怠システムで勤務時間数の集計や給与計算への反映方法などを確認しておきましょう。
さらに、中抜けで「時間単位年休」を取得する場合、予定通りに取得したのかどうかを把握する必要があります。そのため、取得開始時間には一度退勤し、取得終了時には再度出勤の打刻記録を残すことをおすすめします。
なお、所定労働時間外の取得についてはあらかじめ制限をしておきましょう。そうでない場合、1日の所定労働時間を勤務した後(もしくは勤務開始前)に「時間単位年休」を取得することができてしまうため、給与計算上では法定内残業が発生してしまうからです。
「時間単位年休」をスムーズに運用するためのポイント

──懸念点を解消し、「時間単位年休」を効果的かつスムーズに運用できるようにするためには、どのような点に注意をして制度設計を行えば良いでしょうか。
まずは、「時間単位年休」を年休の範囲内で設計するのか、特別休暇で設計するのかを明確にしましょう。冒頭でご紹介した通り、特別休暇であれば自由度高く設計することができますが、新たに休暇を付与することになるため、制度設計の工数や企業のコスト負担は増加します。
次に、自社の勤怠管理システムでどこまで管理が可能か、給与計算への影響がどれくらいあるか、などを確認します。給与計算システムを利用している場合は、勤怠管理システムから出力するデータが問題なく給与計算システムに取り込むことができるかも確認しておく必要があります。ちなみに、私の会社では給与計算実務を顧問社労士に委託していたため、あらかじめサンプル従業員を勤怠システムに登録し、考えうる取得パターンでタイムカードへの正しい反映がなされているか、勤怠システムからの出力データを用いて問題なく給与システムに取り込めているか、などを確認の上で導入を進めました。
最後に、「時間単位年休」の導入には労使協定の締結が必要です。導入によるメリットが多いとはいえ、管理面や労働者が取得する際の対応事項(前述した中抜けの例など)、5日義務対象外などルールを浸透させられなければ同意が得られない可能性もあります。労働組合などへの説明、全従業員への周知、マニュアルへの反映などは丁寧に進めていきましょう。
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編集後記
働き方の多様化を受け、休み方もより柔軟性が求められる時代になってきています。「時間単位年休」はそこに寄与する制度の1つであり、企業・従業員ともにメリットの大きいものだと髙橋さんのお話からも理解できました。ただ、労使協定の締結や勤怠システム・給与計算との兼ね合いなど配慮するべき点がいくつかあるため、本記事を参考に導入・運用を進めてもらえると幸いです。