「研修転移」で学びを『やりっぱなし』にせずに行動へと繋げるためには

「研修転移」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。座学などの研修を受けてそのまま終わりにしないで、学んだことをしっかりと実務に活かしてもらえるようにするための考え方であり、人事担当者や教育研修を担うポジションの方としてはぜひ知っておきたい概念です。
今回は、企業研修のスペシャリストであり、豊富な人事コンサルティング経験を持つ、竹内 慎也さんに、「研修転移」の概要から実現のポイント・成功事例にいたるまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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竹内 慎也(たけうち しんや)/法人代表
インテリジェンス(現パーソルキャリア)にて採用支援や営業マネジメントを経験後、研修会社を設立。研修会社を売却後、より中小・ベンチャー企業の成長支援を行うため、経営・組織人事コンサルティング会社を設立。企業研修に加え、人事評価、組織強化支援で多数の企業をサポートしている。
目次
「研修転移」とは
──「研修転移」の概要について、似た言葉である『学習転移』との違いも含めて教えてください。
「研修転移(Training Transfer)」とは、研修で学んだ知識やスキルが実務の場に適用され、具体的な行動や成果に結びつくことを指します。単に研修を受けるだけでなく、そこでの学びが実際の業務に反映され、パフォーマンス向上や組織の成果につながることを重要視する概念です。
企業が研修を実施する主な目的は、人材の成長を促し組織の生産性を向上させることです。しかし、多くの企業では研修を実施しただけで終わってしまい、現場への適応・活用が進まないといった課題を抱えています。そのため、「研修転移」を意識して研修内容が実際の業務に結びつくように設計・運用することが求められるようになってきたことが、近年この概念が注目されてきている背景にあります。
この「研修転移」と似た言葉に『学習転移(Learning Transfer)』というものがあります。これは「研修転移」よりも広い概念で、学んだ内容が異なる状況や文脈に応用できるようになることを指しています。例えば、学校で習った数学的思考が論理的思考のベースを作り、それがビジネスの意思決定に活かせるようになることも『学習転移』の一例と言えます。
「研修転移」の代表的な成功事例
──この「研修転移」の成功事例にはどのようなものがありますか。
以下に公開されている情報を基に事例をご紹介します。
GE(ゼネラル・エレクトリック)社のリーダーシップ研修では、研修前後の上司・部下の面談を重視しています。事前面談では、上司が部下の直近の人事評価結果と研修内容を関連付けて説明し、参加意欲を高めます。研修中、受講者は上司に状況報告のメールを送り、研修講師(ファシリテーター)からも上司に途中経過が報告されます。
研修後は上司・部下の面談を支援するため、研修実施前から実施後までのコミュニケーション内容や評価内容を一貫して管理できる『1ページのツール』を提供し、学んだ内容の実務適用を促進しています。
この『1ページのツール』では、研修前には上司と部下が面談を行い、直近の人事評価結果を踏まえつつ研修内容を説明し、参加意欲を高めるコミュニケーションを取ります。また、研修後も研修内容のフィードバックや変化を確認したりするものです。

「研修転移」が失敗する原因
──多くの企業で「研修転移」が試みられるも、なかなかうまくできていない理由には、どのようなものが考えられますか。
これまで私自身が経験・見聞きしたものを踏まえると、大きく以下5つの原因があると考えています。
(1)現場活用にいたらない
現場活用にいたらない原因は、いくつかの要素が考えられます。まず、研修内容が現場の課題や業務と結びつかず、実務イメージが持てないことです。また、学んだことを実務で試す環境が整っていない場合もあります。さらに、上司や同僚が研修内容を理解しておらず、学んだことを活かそうとする受講者をサポートできないことも要因となっている印象です。
(2)学びの忘却
人間の脳は1度覚えたことでも1時間後には半分、1日後には7割、1か月後には8割も忘れてしまうというメカニズムがあります(エビングハウスの忘却曲線)。つまり、研修受講後に学んだことを振り返る機会がないと、記憶が定着していかないのです。また、受動的な座学中心の研修では知識が深まらず、定着しづらいといった側面もあります。さらに、研修後すぐに通常業務に戻り、業務が忙しくて学びを振り返る余裕がない場合も学びの忘却の原因となります。
(3)受講者のモチベーション
受講者に『なぜこの研修を受ける必要があるのか』の目的が伝わらず、自分ゴトとして捉えられないまま研修を受けてしまうと、そこで学んだ内容が活用につながっていきません。また、研修内容が理論ばかりで実践的でなく、具体的な業務適用のイメージが湧かないものになっていると、より自分ゴト化しづらくなります。さらに、一方的な講義形式だと受講者が受け身になり、主体的に取り組みにくい状況が生じてしまうため注意が必要です。
(4)研修後の行動
研修後の行動が「研修転移」においては重要になるのですが、その行動を起こす上での基準となるKPIや行動目標が明確になっていないと、受講者としても何をどうすれば良いかと迷い行動に移せません。さらに、そこでの行動を成果として測り評価する仕組みも合わせて用意されていなければ、学んだことを実行する動機づけが生まれません。また、上司が受講者の成長に関心を持たずフォローやフィードバックを行わない場合も、研修後の行動に影響を与える要因となります。
(5)単発イベント化
どれだけ良い研修であっても、一度きりやその場限りで終わってしまっては学びが定着していきません。研修が単発のイベント化してしまう理由はいくつか考えられますが、組織目標・ビジョン・戦略と研修がうまく紐づかない状態で研修だけが先行してしまうと、単発イベント化してしまうケースが多いように感じます。

「研修転移」を実現するためのポイント
──どのような形で取り組めば「研修転移」を実現できるのでしょうか。
ポイントは、『研修の前・中・後の一貫した支援体制を作り、現場と連携し学びの実践を促すこと』です。これにより、研修の価値を最大化させることができます。具体的には、以下4つのポイントを押さえておくと良いです。
(1)最終的な成果を明確にする
その研修が組み込まれている育成プログラムや研修の内容・構成にもよりますが、その研修を通して該当組織や社員にどのように成ってほしいか、変化してほしい状態か、といった成果を明確に設定します。
(2)研修のKPIを設定する
研修の効果を測定するためには、具体的なKPI(重要業績評価指標) を設定し行動の基準を作ることが必要です。具体的なKPI例としては、以下のようなものがあります。
・次回研修までに学んだスキルを用いた業務改善の提案を2件行う
・研修終了時に新たな分野のセールス提案書を1人1件完成させて発表する
など
(3)実践の場を整え現場を巻き込む
研修で得た知識やスキルを試す機会を意図的に設けます。具体的には、以下のような機会です。
・研修前後で上司との1on1ミーティングを実施し、現場での活用を促す
リラックスして状態の振り返りができることが重要なため、労いの言葉やできたことに対しての賞賛をしながら、次回研修への課題点などを一緒に整理するコミュニケーション。
・ロールプレイや実務に基づいたワークショップを繰り返す
ワークショップ内での取り組み姿勢や行動やできたことに対して、お互いに承認し認め合うことにより奨励される行動の共有や実践例の蓄積が促進される。
・研修後のプロジェクト参加や現場での実践機会を提供する
など
(4)受講者のモチベーションを高める
受講者のモチベーションを高めるためには、研修の目的を明確にすることはもちろん、実務に役立つと実感できる設計にして主体的に参加できる環境を作ることが必要です。具体的には、以下のような環境づくりが該当します。
・研修開始前に『このスキルを習得すると、どのように業務が変わるのか』を伝える
・受講者自身に『研修で学びたいこと』を考えてもらう、研修後の活用計画を立てさせる
・研修を受講するだけでなく、学んだことをアウトプットする場(発表・報告会など)を設ける
など
(5)振り返りとフォローアップを強化する
前項の『学びの忘却』部分でも解説した通り、学んだ内容を定着させるためには研修後のフォローアップが不可欠です。具体的には、以下のようなフォローアップを行います。
・研修後にフォローアップ面談を実施し、学びをどのように活かせたかを振り返る
・受講者同士で学びのシェア会を実施し、成功事例や改善点を共有する
・3か月後~6か月後の実施状況を報告する機会を設け、行動変容を促す
など
「研修転移」がスムーズに行われた事例
──竹内さんがこれまでに関わった事例の中で、「研修転移」に成功した事例について教えてください。
ここでは2つ事例をご紹介します。
■事例1:IT会社における営業研修
あるIT企業から、製品・サービスの営業強化を図りたいので、営業提案力研修を実施してほしい、という依頼を受けました。もともとこの企業では、受注された案件に対して見積もりを出す業務が主な活動でした。しかし、営業力を強化していくためには、顧客への積極的な提案活動が必要不可欠です。そこで、『提案の基礎を学ぶだけでなく、実際に提案書を作成して顧客に提案まで行うプロセスを習得してほしい』という要望が明確になりました。
<研修設計のポイント>
研修を設計する際には、以下の点を重視しました。
・最終成果としての提案書作成
提案の基本を学ぶだけでなく、最終的には企業向けの提案書を各受講者が作成し、全社で活用できるレベルに仕上げることを目標にしました。
・実践機会の確保
研修と研修の合間を活用し、受講者自身が作成した提案書を実際の顧客に対して提案する取り組みを組み込むことで、学んだ内容をすぐに実践へつなげられるようにしました。
・KPIの設定
具体的なアウトプットとして、『提案を3件実施する』という目標値を設定することで、行動目標を明確化しました。
<フォローアップ体制>
研修期間中には、毎月フォローアップミーティングを開催し、進捗確認と振り返りを徹底しました。
・自己評価の導入
受講者自身に、実際の提案活動を振り返りながら点数をつけてもらい、改善点を洗い出す時間を設けました。
・チームでの共有と承認
ほかのメンバーの成功事例や工夫を共有することで、互いの努力を承認し合い、学び合う場を作りました。
<結果・効果>
このような取り組みにより、受講者全員が新たな提案活動に積極的に取り組むようになり、多くの提案書が作成されました。さらに、営業部門からの強力なサポートもあり、必要な知識・資格の取得や海外出張などの経験が組み合わされることで、提案力の向上だけではなく、組織全体の風土変革につながる成果が得られました。
■事例2:ゲーム開発会社におけるマネジメント研修
このゲーム開発会社では、管理職になりたくない、責任を引き受けたくないという社員が多いことが課題となっていました。
<研修設計のポイント>
研修を設計する際には、以下の点を重視して、マネジメント研修を実施しました。
・1on1ミーティングを軸とした実践学習: 毎回異なるテーマで座学などを行い、その後、学んだ内容を活かす場として1on1ミーティングを必ず実施しました。
・目的意識の共有: 1on1ミーティングが形骸化しないよう『何のためにこの1on1ミーティングを行うのか』を常に意識づけ、フィードバックを通じて目的の共有を図りました。
・行動目標(KPI)設定と社内イベント企画: 研修で学んだ内容を実践に移すため、1on1ミーティングや会議でのファシリテーションなど、具体的な行動目標(KPI)を設定しました。さらに、研修の一環として、受講者が主催する社内勉強会やレクリエーションを企画・実施することで、実践的なスキル向上を目指しました。
<フォローアップ体制>
研修の効果を最大化するために、モチベーション維持ができるように月次の報告と共有を行うフォローアップ体制を構築しました。研修前に実践内容の計画をレポートとして提出させ、毎月の実践内容の報告や改善点の共有を通して、モチベーション維持と継続的な成長を促進するという方法です。
<結果・効果>
このような研修を通して、受講者のマネジメント意識とスキルが向上しました。1on1ミーティング、プレゼンテーション、ファシリテーションなどの実践を通して、具体的な行動変容が見られました。役員陣からも『次のステップに進める人選にもつながった』と評価を受け、研修は成功だったと思います。
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編集後記
リスキリングなどが世の中的に推奨されているように、学びをどう実務に活かして成果につなげるかは多くの企業が注目している領域です。いわゆる『お勉強』で終わらせないためにも、その前後の部分も含めて設計・運用をしていく「研修転移」の考え方を認識した上で、自社の研修を実施していきましょう。