「テレワーク廃止」が進む理由と廃止時に考慮すべきポイントとは

昨今、国内・海外の名だたる企業が「テレワーク廃止」や縮小を進めています。ワークライフバランスが実現しやすいなど多くのメリットがあるテレワークですが、ここ数年で各種データが揃ったこともあり課題が浮き彫りになってきた印象です。
今回は15年もの人事経験の中で、組織開発や人事制度改定など幅広いご経験を持つ手塚 大輔さんに「テレワーク廃止」が進む理由から廃止時のリスク・留意点に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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手塚 大輔(てづか だいすけ)/国内製造メーカー 人事政策室 室長
大学卒業後、15年間HR分野の業務に従事。採用・人財育成・労務・福利厚生管理等幅広い業務経験を行った後に、中期人事戦略立案、組織開発、諸制度改革、EX推進・DE&I推進などの業務を担当。その後、地方特化型人材紹介事業などを手掛けるスタートアップ企業の事業立ち上げに参画した経験も活かし、現在ではHR分野で培った知見および行動科学に基づく理論を活用して地方企業における創生をキーワードにHRコンサルタントしても活動中。
目次
「テレワーク廃止」が進む理由
──「テレワーク廃止」や縮小を行う企業が増えた印象があります。これらの理由にはどのようなものがあるのでしょうか。
コロナ禍で急速に普及したテレワーク。しかし、パンデミックが落ち着いたことなどもありオフィス勤務への回帰の流れが出てきています。働き方改革などの観点でも注目されたテレワークが、なぜ近年廃止・縮小の流れになってきたのか。その代表的な理由には、大きく以下4つがあると考えています。
(1)感染症対策としての暫定措置の終焉
(2)企業内コミュニケーション不足の解消
(3)生産性低下の防止
(4)人事諸制度との関係性
(1)感染症対策としての暫定措置の終焉
あくまで『感染症対策としての暫定的な措置』としてテレワークを捉えていた企業が、経過と共に廃止・縮小していったことが理由の1つとして考えられます。
日本で新型コロナウイルスが流行り出した当初は2類相当(結核等と同等)として扱われたことにより緊急事態宣言が出され、不要不急の外出自粛が呼びかけられました。それをきっかけにオフィス勤務からテレワークに切り替えざるを得なかったわけですが、あくまでそれは『暫定的な措置』であり、実際には働き方改革的な文脈で行われたものではなかった企業も多くあるはずです。
そのため、感染拡大が落ち着き2023年5月に5類相当へ引き下げられたことを受け、再び新型コロナウイルス感染拡大前の状態であるオフィス勤務に戻そうという動きが出てきているのだと考えます。
(2)企業内コミュニケーション不足解消
テレワークはオフィス勤務に比べてコミュニケーション不足になりやすいと言われています。実際に、厚生労働省が公表した『テレワークを巡る現状について』によると『社内コミュニケーションが減った』と答えた労働者が45.3%にも上っており、気軽な相談・報告が難しくなってきていると指摘されています。
また、対面コミュニケーションが減少すると非言語情報(表情や動作など)から微妙なニュアンスを汲み取りづらくなり、情報共有や意思決定がスムーズに進まないなどの課題もあるようです。


(3)生産性低下の防止
素早い情報共有が行いづらい、オフィス勤務ほど職務に集中できる環境がない(仕事環境が社員に委ねられている)などを理由に生産性低下を懸念する声もあります。内閣官房・経済産業省が発表した『コロナ禍の経済への影響に関する基礎データ』によると、オフィス勤務とテレワーク勤務の生産性に関して『在宅勤務の方が生産性が低い』と回答した割合は、労働者側で82.0%、企業側で92.3%となっていました。
また、レノボ社が実施した国際調査では『在宅勤務の生産性はオフィス勤務に比べて低い人』が10カ国平均(中国・イギリスなど)で13%だったのに対し、日本は40%にも上る結果が出ていました。その理由には『勤務先がテクノロジーに十分な投資を行っていない』が67%でトップ。他にも『同僚とのコミュニケーションに差し障りを感じる』『データ流出の懸念がある』などが生産性が上がらない理由として挙がっていた形です。これらのアンケート結果はあくまで1つの視点から見た結果ではありますが、生産性に関する懸念が出社回帰要因の1つになっていることは間違いないでしょう。

(4)人事諸制度との関係性
日本企業でも人事評価軸を業務成果そのものにウエイトを置く企業は増えてきているものの、依然プロセス評価を大切にしている企業は多く存在しています。テレワークだからといって必ずしも業務プロセスが評価できないわけではありませんが、コミュニケーションの質や頻度が落ちること、きちんと稼働しているか把握が難しいケースもあることから、従業員の日ごろの業務プロセス評価(勤務態度・姿勢など)が難しいと言った声は多く聞かれます。
また、テレワークにより労務管理が煩雑になる側面もあります。オフィスへの出社に比べて時間外労働を続けやすい環境になってしまうことにより、状況によりオーバーワークによる健康被害も懸念されているところです。
さらに、職種によってテレワークできる部署とできない部署があり、社内でその公平性についても度々議論になる事案もあります。このように、一度テレワークを導入したものの、社内諸制度との関係・運用バランスが保てずに「テレワーク廃止」をし、オフィス勤務に戻り始めているケースも多いと考えています。
「テレワーク廃止」の企業事例
──実際に「テレワーク廃止」を進めた企業事例について教えてください。
「テレワーク廃止」は国内だけでなく海外でも進んでいます。例えば、アメリカでは金融機関を皮きりフルテレワーク(出社なし)を廃止し、オフィス出社へ回帰する企業が増えています。
OpenAI社のサム・アルトマンCEOは、2023年に『テック業界の最悪の過ちの1つは、社員に永遠のフルリモートを許してしまったことだ』と発言し注目を集めました。その理由として、『人々が永遠に完全リモートでいられるほど、テクノロジーはまだ十分ではない』と語っています。
セールスフォース社のマーク・ベニオフCEOは、『オフィス勤務とテレワークは組み合わせる必要がある』と述べると共に、『職種によってテレワークが有効なものとそうでないものがある。エンジニアはテレワーク化でも生産性を維持できる』など、職種観点の必要性についても言及しています。
一方、メタ社のマーク・サッカーバーグCEOは、『テレワークは効率的ではなく、エンジニアはオフィスに来た方がより多くの仕事をこなせる』と述べ、その見解を自社の業績データを引用して説明しました。また、グーグルでも最低週3日以上のオフィス勤務をすでに義務付けているなど、各社でも認識に違いがある様子が見て取れます。
日本においても上記のような海外企業と同様に、「テレワーク廃止」または縮小に向けて動いている企業が増えています。公益財団法人日本生産性本部の『第15回 働く人の意識に関する調査』によれば、テレワーク実施率は2020年5月の31.5%から2024年7月には16.3%まで低下していることからも明らかです。
その中でも、テレワークが普及・浸透してきた2022年にホンダ社(本田技研工業)が出社回帰に踏み切ったことは大きなニュースとなりました。具体的には、2022年の3月にホンダの国内営業部門従業員向けに以下のようなメールが送付されたことがきっかけです。
『Hondaとして本来目指していた働き方を通じて変革期を勝ち抜くために、三現主義で物事の本質を考え、さらなる進化をうみ出すための出社/対面(リアル)を基本にした働き方にシフトしていきます』
ホンダの三現主義とは、現場・現実・現物を見て物事を判断する考え方であり、創業者の本田宗一郎氏の時代から受け継がれてきた企業理念でもあります。従来の出社を前提とした働き方に戻すことに対して社内でも不安の声が上がっていたようですが、VUCA時代に生き残りを図る中でこうした意思決定を行ったのだと考えます。
また、2024年12月にはLINEヤフー社もフルリモート勤務を廃止すると発表しました。段階的に移管し、2025年4月からリモートワークについての制度を改定し、原則週1回もしくは月1回の出社日を設ける内容となります。難易度の高い課題に取り組むとき、新しいアイディアを創発するとき、人材育成の観点などから、出社率を一定程度まで引き上げる制度変更を行った形です。
「テレワーク廃止」時のリスク
──「テレワーク廃止」や縮小時には、リスクが伴うのではと思います。実際にはどのようなリスクがあるのでしょうか。
「テレワーク廃止」や縮小時のリスクとして考えられる事項には、以下5つがあると考えています。
(1)従業員エンゲージメントの低下懸念
(2)ワークライフバランスを崩す要因になり得る
(3)離職者の増加
(4)オフィスコストの増加
(5)BCP対策の阻害
(1)従業員エンゲージメントの低下懸念
「テレワーク廃止」により、従業員満足度と企業競争力の両方に悪影響を及ぼすことが懸念されます。厚生労働省が提供する調査などから、テレワークが社員の自律性、仕事のパフォーマンス、職務満足度を向上させるなどエンゲージメントに肯定的な影響を与えていることが示唆されている状況もあるからです。
一方で、テレワーク推進により企業と社員の物理的・心理的距離感が生じ、それが逆に社員エンゲージメントが維持できない要因になるとの考えもあります。このように、テレワークとエンゲージの関係性についても賛否がある状態ですが、いずれにしてもテレワーク勤務が及ぼすエンゲージメントへの影響は慎重に精査をしていかなければならないことには違いはありません。
(2)ワークライフバランスを崩す要因になり得る
先にもご紹介した『テレワークを巡る現状について』では、テレワークの効果として通勤時間の減少と、それに伴う時間の有効活用が挙げられています。他にも『無駄な会議が減って時間外労働を削減できた』『育児や介護との両立がしやすくなった』などのメリットもあり、テレワークがワークライフバランス向上に貢献しているという声があることも事実です。
そのため、一度導入したテレワークを廃止してしまえば、通勤時間を含めた労働に関わる実質的な時間がまた長くなり、ワークライフバランスの維持が難しくなるなどの状況が発生する可能性があります。
また、出社頻度が下がったことにより、地方へ移住された方もいると思います。そこで「テレワーク廃止」をしてしまうと、こういった社員のワークライフバランスを大きく崩すこととになりかねません。このようなことから企業が「テレワーク廃止」をする判断をしたとしても、経過・状況に応じ通勤手当の見直し、転居を希望する社員に対する手当補助検討など、廃止移行(制度変更)に伴う一定の措置や柔軟な対応も必要となると考えます。
(3)離職者の増加
テレワークに働きやすさを感じていた社員が、廃止によって離職を選択するリスクもあります。公益財団法人日本生産性本部が行った『第13回 働く人の意識に関する調査』によると、コロナ禍収束後もテレワークを行いたいかとの質問に対して『そう思う』『どちらかと言えばそう思う』と回答した社員の割合は、前回(第12回)調査実施時の84.9%から86.4%に増加していました(20年5月同調査では62.7%)。
つまり、コミュニケーションや生産性などの観点で出社回帰したい企業側の思惑と、テレワークを継続したい社員側の思惑にはズレがあることから、離職者を増やさないためにも廃止については十分精査した上で検討していく必要があります。加えて、現時点でテレワーク環境があることで採用活動などが有利になる可能性も捨てがたいところです。
(4)オフィスコストの増加
テレワークを機に社員同士のミーティングや取引先との商談などをオンラインで行うようになった企業も多いはずです。仮に出社を前提とした働き方に変更したとしても、Web会議やオンライン商談は変わらず行っていくことを考えると、オフィス内にもオンラインワークに適した環境を整備する必要が出てきます。例えば、Web会議を行うための集中ブースやパーテーションで区切られたワークスペースなどです。これらの整備方法やオフィス状況により掛かる費用は異なりますが、社員全員が不自由なくオンラインワークに対応できる環境を整えるにはそれなりのコストが掛かることを想定しておかねばなりません。
(5)BCP対策の見直し
BCP対策とは、緊急事態に遭遇したときに被害を最小限に抑えつつ事業継続に向けた対策を策定するリスクマネジメントの1つです。テレワーク環境下では、万が一災害が発生しても事業を継続できるためBCP対策として有効として考えられてきました。仮に地震が発生して公共交通機関が利用できず出社できなくなっても、従業員がテレワークで仕事をすることができれば事業を継続できるからです。しかし、「テレワーク廃止」となるとBCP対策の1つがなくなるため、再度見直しや代替え措置の検討が必要となります。
<合わせて読みたい>
「BCP(事業継続計画)」の設計・運用について
「テレワーク廃止」検討時に考慮すべきポイント
──「テレワーク廃止」を検討する際に考慮しておくべきポイントについて教えてください。
テレワークについては各社がさまざまな捉え方をしており、いろいろな議論が生まれていることは前述した通りです。それらを踏まえると、テレワークは『する・しないの二元論』ではなく、『働き方改革を進める上での選択肢の1つ』と捉えた上で検討を進めていくことが大前提として必要になってきます。ちなみに、働き方改革の定義については厚生労働省のページには以下のように記載があります。
『我が国は、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化」などの状況に直面しています。こうした中、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要な課題になっています。「働き方改革」は、この課題の解決のため、働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しています。』
※引用:『「働き方改革」の実現に向けて』厚生労働省
この定義を踏まえると、働き方改革の趣旨は『さまざまなライフスタイルに合わせて多様な働き方を選択できること』だと考えられます。個人のライフステージ上の変化に対応できなくなる恐れがあるから「テレワーク廃止」をネガティブに捉える視点が生まれる、逆に言うと何らかの事情でテレワークを選択したい社員にテレワークを許可することができれば、働き方改革の趣旨には反さないとも考えられます。
つまり、今後テレワーク運用について社内で検討していく際には、企業として何を目的としてテレワークを導入・廃止するのかを改めて整理し検討していくことが重要となります。実際に、私が所属している会社でも一部でテレワークを実施しており、そこには多様な価値観や社員の様々なライフステージに配慮したい想いがあります。地方移住した社員に対して、子育て世代の社員に対して、持病・高齢者同居などで未だ対面を避けたい社員に対して、仕事と家庭の両立支援など、多様な価値観に配慮した制度運用を考えなければなりません。
このような状況下で、社員一人ひとりの状況に応じた最適な働き方を継続して模索する中で、まずはハイブリットワークを採用し、その上で今後のあるべき姿を検討していくといった方法で現状のフルリモートを廃止する判断をされている企業も一定数もあると感じています。創造的な文化を重視する中では、コロナ以前のように全員集まっての対面ミーティングやイベントを織り交ぜていくことも必要あり、対面でなければ『偶発的な会話』が生まれづらい事実もあります。そうした会話の場面を再度増やすことで、改めて新たな連携やイノベーションを生むきっかけを創ることも重要となります。オフィス出社による現場主義とイノベーティブな文化を維持しつつ、必要に応じてテレワークを織り交ぜるような、経営哲学と働き方改革を融合させたハイブリッドな取り組みを模索してくことが今後のポイントとなると私は考えています。
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編集後記
テレワークの是非については、各社がさまざまな意見を持っていることが手塚さんのお話からも理解できました。『あの有名な会社も出社回帰しているから』『データ上はこうなっているから』などを理由に「テレワーク廃止」を検討するのではなく、自社の課題解決や目指す姿の実現に向けた1つの手段としてテレワークを捉え、柔軟に検討・活用を進めて行きたいものです。