「就業規則の変更」の時に気をつけるべき流れとポイントとは
就業規則は一度定めて終わりではなく、法改正や外部・内部環境の変化に合わせて変更していく必要があります。随時変更を行うだけではなく、変更後の運用を見越した上で、注意すべきポイントもあります。
今回は、社会保険労務士・企業の労務担当の経験を持つ荒井 裕平さんに、「就業規則の変更」のタイミング・流れから注意点にいたるまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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荒井 裕平(あらい ゆうへい)/特定社会保険労務士、中小企業診断士、日本生産性本部認定経営コンサルタント
2014年に社会保険労務士の資格を取得した後、社会保険労務士事務所での勤務を経て、株式会社ビズリーチ、株式会社電通コーポレートワンにて人事労務部門の立ち上げ等に携わる。現在はスタートアップ企業の労務担当として活躍中。
目次
「就業規則の変更」が必要になるタイミング
──「就業規則の変更」が必要になる背景と、その具体的なタイミングや場面について教えてください。
就業規則は、言わば会社で働く上での『ルールブック』です。労働時間・休日・賃金・服務規律など、従業員が安心して働くための基本事項を規定しているものであり、常時10名以上の従業員がいる会社では就業規則の作成と労働基準監督署への届け出が義務付けられています。
この「就業規則の変更」が必要になるタイミングは、主に3つあります。
(1)法改正への対応
労働基準法や育児・介護休業法の改正、ハラスメント対策の強化など、労働関連の法律が改正された場合は、それに合わせて就業規則を見直す必要があります。
(2)社会環境の変化に伴う対応
テレワークの導入や副業を認める企業が増えており、制度の導入に合わせて、ルールを明確にするために見直しが求められます。
(3)企業成長やフェーズの変化に応じた対応
新規事業の立ち上げや従業員数の増加などにより、評価制度や働き方の見直しが必要になる場合があります。
このように、企業の実態に応じて定期的に「就業規則の変更」を行い、従業員が安心して働ける環境を整えることが大切です。
「就業規則の変更」の流れ
──実際に「就業規則の変更」は、どういったステップで行われるのでしょうか。
就業規則を変更する際の一般的な流れとしては、以下の4つのステップがあります。
(1)現状分析と改正事項の確認
現在の就業規則を確認し、法改正や社会情勢の変化に適応できているか、会社の実態に合っているかを分析します。具体的には、最新の法改正を反映しているか、実際の従業員の働き方や企業文化・方針との整合性が取れているかを確認することが重要です。
(2)変更条文の作成
必要な改正事項について、どの部分をどのように変更するかを具体的に検討し、従業員に分かりやすい表現で条文を作成します。就業規則には以下のように絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項の2種類があり、それぞれ記載の必要性が異なります。
■絶対的必要記載事項
すべての就業規則に必ず記載しなければならない事項です。記載がない場合、その就業規則は無効となってしまいます。具体的には以下の事項が該当します。
<労働時間について>
・始業・終業の時刻
・休憩時間
・休日
・休暇
・交替制勤務における就業時転換に関する事項
<賃金について>
・賃金の決定、計算および支払の方法
・賃金の締切りおよび支払の時期
・昇給に関する事項
<退職について>
・退職に関する事項(解雇の事由を含む)
■相対的必要記載事項
就業規則で定める場合にのみ記載が必要となる事項です。賞与や退職金制度など、人事制度として運用する場合には、必ず就業規則に記載することが求められます。記載がない場合、制度を運用する際にトラブルが生じる可能性があるため注意が必要です。相対的必要記載事項には以下のようなものがあります。
・退職手当:退職手当の有無や支給要件、計算方法、支払い時期
・賞与:賞与(ボーナス)の有無や支給条件、支給方法
・懲戒:懲戒処分の種類や適用条件
・安全衛生:職場の安全衛生に関する事項や管理体制
・研修・教育:社員研修や教育に関する内容
・福利厚生:特定の手当(住宅手当、通勤手当など)や休暇制度に関する内容
・個人情報の取り扱い:従業員の個人情報の保護や管理に関する規定
・ハラスメント防止:セクハラ、パワハラなどの防止に関する規定や対策
これらを正確に区別しながら条文を作成することで、法的な要件を満たしつつ、会社の実態に則した就業規則を作成することができます。
(3)従業員代表との協議
「就業規則の変更」を行う場合は、変更内容について従業員代表(労働組合がある場合は労働組合)と協議し、意見を聴取する必要があります。同意を得ることまでは義務付けられていませんが、質疑応答の時間を設けるなど、丁寧に内容を説明し、理解と納得を得られるよう努めましょう。
(4)労働基準監督署への届け出
変更後の就業規則に従業員代表の意見書を添付して、遅滞なく所轄の労働基準監督署に届け出ます。この届け出は「就業規則の変更」をするたびに、必ず行う必要があります。労働基準法では『遅滞なく届け出を行うこと』と規定されており、具体的な日数の定めはありませんが、できる限り速やかに届け出ることが求められます。遅延が生じた場合、労働基準監督署から指導を受けることがあり、是正勧告に従わない場合には罰則が科される場合もあるため、迅速な対応を心がけましょう。
なお、労働基準監督署への届け出にあたっては、以下の3点が必要です。
①就業規則変更届
厚生労働省のホームページから様式をダウンロードし、会社名、所在地、代表者名、変更内容を具体的に記入します。
②従業員代表の意見書
労働組合がある場合は労働組合、ない場合は従業員代表の意見書を添付します。
③就業規則の本体
最新の内容を反映した就業規則の原本を提出します。
「就業規則の変更」時の注意点
──「就業規則の変更」を進める際、どのような点に注意しておくと良いでしょうか。
「就業規則の変更」をスムーズに進めるためには、就業規則の変更を検討し始める段階から社内の関係部署と連携することが重要です。まず、変更の目的と優先順位を明確にし、必要な改訂項目を整理します。併せて、変更が従業員に与える影響やリスクを確認し、全体のスケジュールを関係者と共有することでスムーズに運用することができます。準備が整った後は、各部門と連携して進めていきます。
具体的には、以下の4つの部門と連携することで、円滑に進めることができます。
(1)経営層
「就業規則の変更」の内容が会社の経営方針と一致しているかを確認した上で、経営層の理解と承認を得ます。特に、変更に伴うコストやリスクについては事前に十分な説明を行い、経営層の納得を得た上で進めましょう。
(2)事業部門
現場の実態に即した内容にするため、事業部門と連携して実行可能な規則になるように調整します。特に、働き方に関する変更の場合は、従業員の勤務形態、労働時間、休暇取得の実態や課題をヒアリングするなどして、現場のニーズを把握した上で進めてください。
(3)法務部門
就業規則は法令に準拠する必要があるため、法務担当や外部専門家と相談して変更内容が法的に問題がないか確認します。また、他の社内規則との一貫性も重要です。例えば、評価制度に関する変更をする場合、賃金規程や昇給・賞与のルールと矛盾がないかを確認します。育児・介護休業制度を拡充する際には、関連する法令に則っているか、勤務時間に関するルールや育児介護規程との整合性が取れているかなどを確認する必要があります。
(4)情報システム部門
勤怠管理や給与計算システムに影響がある場合は、システム対応が可能かを事前に確認し、システムの設定変更を考慮したスケジュールを立てておく必要があります。
「就業規則の変更」後のポイント
──「就業規則の変更」はできたとしても、その後正しく運用される必要があると思いますが、変更後のポイントについても教えてください。
変更した就業規則が適切に運用されるためには、従業員への『周知』と『理解』が欠かせません。労働基準法では、就業規則の周知方法として、以下の3つが定められています。
①各作業場の見やすい場所への掲示または備え付け
②従業員への書面交付
③電磁的な方法による提供
いずれの方法でも問題はありませんが、単に情報を共有するだけでなく、従業員が変更内容を納得し、自身の働き方に落とし込めるよう工夫することが重要です。そこで、実務で特に意識したい3つのポイントをご紹介します。
(1)社内周知の工夫
変更内容を従業員に確実に伝えるためには、従業員が情報にアクセスしやすい環境を工夫することが重要です。実務では、社内ポータルやチャットツールを活用して情報を掲示するようにしましょう。また、Googleドライブなどの共有ドライブに最新の就業規則をアップロードすることで、従業員がいつでも就業規則を確認できる状態にしておきましょう。情報の見落としを防ぎ、従業員の理解を促進することができます。
(2)丁寧な説明
従業員が理解しやすいように、具体的な事例や運用ルールを交えて説明をすることが効果的です。一方的な説明に終わらせず、質問や疑問を解消する機会を設けることで、従業員の疑問や懸念に丁寧に対応しましょう。従業員が変更の背景や目的を理解し納得することで、会社への信頼感が高まり、エンゲージメント向上にも繋げることができます。
(3)管理職へのフォロー
就業規則の適切な運用には、現場をマネジメントする管理職の理解と協力が不可欠です。管理職には変更内容の共有に加えて、メンバーへの伝達方法や想定される質問への対応についても説明しておきましょう。管理職が現場で就業規則の内容を適切に運用することで、従業員が安心して働ける環境が整い、組織全体の働きやすさが向上します。
人事部門はそのサポート役として管理職の相談に乗ったり、必要な情報を迅速に提供することが重要です。管理職が自身の役割を果たしやすくなると、現場での対応がスムーズになり、結果として従業員の満足度や組織全体のエンゲージメント向上につながります。
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編集後記
「就業規則の変更」を行うためには、その変更内容の検討はもちろん、労働組合または従業員代表意見書や変更内容の周知など対応しなくてはならないことがいくつかあります。ただ、昨今のように変化が激しい時代においては、就業規則も必要に応じて柔軟に変更していくことが重要です。定期的に会社の実態と合っているかを確認する機会を設けていきましょう。