「事業場外みなし労働時間制」を効果的に導入・運用する方法
リモートワークやハイブリッドワークの増加に伴い関心が高まっている「事業場外みなし労働時間制」。実際の労働時間にかかわらず設定した時間働いたとみなすことで、生産性向上や労働時間の管理工数減が見込めるものです。一方で、法にのっとった運用をしないと法律違反となるリスクがあるなど適切な運用が求められます。
今回は、「事業外みなし労働時間制」の概要から適用要件、導入・運用時の注意点などにいたるまでを、みなし労働時間制の改定経験を持つパラレルワーカー 若尾 慎吾さんに伺いました。
<プロフィール>
若尾 慎吾(わかお しんご)/人事コンサルタント
事業会社4社で15年近く人事業務に従事。人事制度改定をはじめとして、採用・育成・労務・HRTechなど人事領域を全般的に網羅した経験を活かし、現在は人事コンサルタントとして就業中。
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目次
「事業場外みなし労働時間制」とは
──「事業場外みなし労働時間制」の概要について、他のみなし労働時間制度やフレックスタイム制との違いも含めて教えてください。
「事業場外みなし労働時間制」は、労働基準法第38条の2にこう規定されています。
『労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす』
ここで言う『事業場外』とは、『使用者からの場所的拘束を離れ,具体的な指揮命令の及ばない場所で行う業務』のことを指しています。これらを簡単な言葉にすると、『会社の外で働く人の労働時間を、だいたいこれくらいと決めておくルール』と言い換えることができます。
なお、労働基準法に記載がある『所定労働時間』は業務実態を加味して企業側で設定することが可能です。一般的な所定労働時間は1日7~8時間としていることが多いですが、労働組合や従業員代表と協定を締結した上で労働基準監督署に提出さえすれば、それよりも多い時間で設定しても問題ありません。
なお、『他のみなし労働時間制』や『フレックス制』との違いはそれぞれ以下のような形になっています。
■他のみなし労働時間制(裁量労働制)
裁量労働制度は『専門業務型』と『企画業務型』の2つに分かれています。専門業務型も企画業務型も対象業務が限定されている(こちらの20業務または企画業務など)点が特徴なのですが、「事業場外みなし労働時間制」は会社(事業場)の外で行う業務であれば対象となる点が大きな違いです。
■フレックスタイム制
1日の労働時間が所定労働時間を下回っても問題ない点は「事業場外みなし労働時間制」もフレックスタイム制も共通しています。しかし、フレックスタイム制が1カ月単位で決められた労働時間(月間160時間など)を満たす必要があるのに対し、「事業場外みなし労働時間制」にはそのような決まりがありません。1日何時間働いたかに関係なく所定時間分労働したものとみなされる点が大きく異なります。
「事業場外みなし労働時間制」の導入目的・メリット
──「事業場外みなし労働時間制」について、企業はどのようなメリットを考えて導入を進めているのでしょうか。
コロナ以前の日本では出社が基本であったため、基本的には事業場に出勤してきた時間が始業時間、事業場から退勤する時間が終業時間となり、正確な勤務時間の把握がしやすい環境がありました。
しかし、近年ではリモートワークやハイブリッドワークなど事業場(≒会社のオフィス)ではない場所で勤務する働き方を採用する企業も増えてきました。こうした環境下では始業・終業時間は何らかの勤怠管理ツールなどに入力して管理しているはずです。しかし、ここで入力された始業・終業時間が『本当に正しいかどうか』を確認・検証することは容易ではなく、正確な勤怠管理が多くの企業で課題となっています。
その課題を解決する1つの方法が「事業場外みなし労働時間制」の導入です。これにより企業側や管理者は従業員の勤務時間を日々正確に把握する必要がなくなる点は大きなメリットです。一方で、日々の勤務時間管理を行う必要性が薄くなることにより従業員への配慮・ケアが手薄になり、結果として安全配慮義務を怠ってしまう危険性がある点には注意が必要です。
もう1つ企業側のメリットがあります。それは、『人件費を一定に抑えることができるため、予実面で乖離が発生しにくい』点です。仮に所定時間として締結した時間を超えて働いた場合でも原則残業代を支払う必要がないため(深夜勤務手当、休日手当は支払う必要あり)、残業代によって大きく人件費が増加する可能性がほとんどありません。
そのため、事業計画立案時などに人件費の予測を精緻に立てることができます。また、業務量が多く残業過多になりやすい企業の場合は残業代の抑制に繋がる可能性もあります。ですが、結果としてそうなった場合にメリットがあるというだけの話であり、残業代抑制を目的として「事業場外みなし労働時間制」を適用するのは本末転倒でしょう。
ここまでの話を踏まえると、この「事業場外みなし労働時間制」は従業員側よりも企業や管理者側にとってメリットの大きい制度であると言えます。しかし、従業員側にとっても所定時間よりも短い時間でやるべき業務を遂行できれば、より効率的に賃金を得られるため、生産性を上げるモチベーションが発生しやすい制度であるという側面もあります。
「事業場外みなし労働時間制」の適用要件
──「事業場外みなし労働時間制」の法的な適用要件や、実際に適用できる業務について教えてください。
東京労働局の資料では、「事業場外みなし労働時間制」を適用できるかどうかの基準について下記のように記載があります。
『事業場外労働のみなし労働時間制の対象となるのは、事業場外で業務に従事し、使用者の具体的な指揮監督が及ばず労働時間の算定が困難な業務です。 事業場外で業務に従事する場合であっても、使用者の指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はできません。』
したがって、営業の外回りもリモートワークも「事業場外みなし労働時間制」が適用される可能性はある業務ですが、使用者や管理者の指揮監督が及ばず労働時間の算定が困難な環境であるかどうかが論点となります。
例えば、以下のケースでは管理者の指揮監督が及び労働時間の算定ができるため、外回りやリモートワークで業務にあたる場合でも「事業場外みなし労働時間制」の適用対象にはなりません。
<事業場外みなし労働時間制の適用にならないケース>
・何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
・無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合
・事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後、事業場に戻る場合
そのため、『事業場外での業務=事業場外みなし労働時間制の対象』と画一的に判断するのではなく、勤務の実態を踏まえて適用対象になるか判断することが必要です。
「事業場外みなし労働時間制」の導入・運用ポイント
──「事業場外みなし労働時間制」は適切に導入・運用しないと法律違反となるリスクもあると聞きました。どんな点に注意して導入・運用を進めていくと良いでしょうか。
主に以下2つの観点を踏まえて導入・非導入の判断をすべきだと考えます。
(1)「事業場外みなし労働時間制」を導入・適用したい業務が、本当に管理者の指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難な働き方なのか
(2)「事業場外みなし労働時間制」を適用した場合でも、安全配慮義務を果たすことができるのか
(1)については具体的に、『管理監督者と労働者が物理的に離れた環境で常時仕事をしているのか』『携帯電話、チャット等での指示も含め管理監督者からの定期的な指示を労働者に伝えることができない環境なのか』といった点を踏まえた判断が必要になります。
また、(2)については例えば、パソコンのログから勤怠状況を把握できる状態になっているなど、『従業員と離れた場所にいても管理監督者が労働者の労働時間管理、安全衛生管理を適正に行える体制が構築できているか』といった観点で考えるとよいでしょう。
この観点に沿って導入の意思決定をし、実際に運用を進めていく際に大事なポイントは『誰を対象にするか』です。「事業場外みなし労働時間制」は、裁量労働制と同じように従業員に一定の働き方の裁量が与えられます。故に、管理者の細かい指揮監督がなくても従業員が期待した成果をあげられるか、が制度としてうまく機能するかどうかの大きなポイントになってきます。
また、「事業場外みなし労働時間制」で所定労働時間を8時間と設定した場合、実際の勤務時間が6時間でも10時間でも8時間分の給与が支給される形となります。仮に、従業員側に悪意があった場合、日々6時間しか働かず期待した成果に到達しない状態でも8時間分の給与をもらうことができてしまうわけです。
反対に、期待した成果に到達させるために日々8時間以上働いたとしても8時間分の給与しかもらえません。したがって、会社側や管理者が一定の裁量を与えても問題ない(ちゃんと期待した成果を発揮してくれる)と信頼を置ける従業員に限定できるに越したことはありません。新入社員のように裁量を持った働き方がまだ難しい方は対象から外すべきでしょう。
また、所定時間を何時間に設定するかも重要なポイントです。所定時間より実際の勤務時間が恒常的に少ない場合、企業にとっては過大な給与支給になってしまいます。また、実際の勤務時間が恒常的に多い場合は、勤務時間に対する適切な給与支払が行われていないと労働基準監督署から指摘されるリスクも発生する上に、労働者のモチベーションを下げる要因にもなりかねないため注意が必要です。
所定時間を設定する際には、対象業務を行う従業員の過去の勤務実績や同業他社の事例を参考にするなど明確な根拠を持ったうえで、企業と従業員双方にとってバランスの取れた所定時間を設定することが大切です。
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編集後記
近年の多様な働き方に適応できる制度の1つである「事業外みなし労働時間制」。ですが、企業側・管理者側のメリットが目立ちやすいこともあり、従業員側にはデメリットとして受け止められてしまうリスクがあることを若尾さんの話からも理解しました。あくまで『従業員側の多様な働き方をサポートするもの』と位置付けて、この制度の導入・運用を進めていきたいものです。