「マイクロラーニング」で効果的に従業員のスキルアップを図るには
1回数分~10分程度の短時間で実施する「マイクロラーニング」。テレワークなど働き方の多様化を背景に、場所や時間を問わず手軽に受講ができる学習スタイルとして広まりつつある印象です。
今回は「マイクロラーニング」の概要や効果、具体的な活用事例について、導入経験のあるパラレルワーカーの方にお話を伺いました。
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目次
「マイクロラーニング」とは
──「マイクロラーニング」の概要について教えてください。
「マイクロラーニング」に明確な定義はありませんが、一般的には『短時間で学習できるコンテンツ』を指します。短時間でも効率的に学習できるよう動画形式を採用していることが多く、1コンテンツ当たり約2分~10分ほどのものが大半です。この「マイクロラーニング」はe-ラーニングの中に内包された学習方法であり、特徴は『コンテンツの形式』と『長さ』にあります。
■マイクロラーニング
・コンテンツ形式……動画形式が多い(短時間でも効率的に学習できるようにするため)
・長さ……1コンテンツ当たり約2分~10分程度。1つひとつのコンテンツをグルーピングしてコース化することにより、隙間時間を活用しながら体系的に学ぶことができる。
■e-ラーニング
・コンテンツ形式……PowerPoint形式が多い(時間制限が設けられていることが少なく、まとまった情報を整理しやすいため)
・長さ……1度の学習当たり30分~1時間程度。1度で該当テーマについてまとまった学びを得られる。
動画コンテンツ=「マイクロラーニング」だと勘違いされることもありますが、基本的には短時間で学べることが最も重要なポイントであり、その形式は限定されてはいません。実際に、短時間で細切れに学ぶことができれば、パワーポイント資料や書籍なども「マイクロラーニング」のコンテンツとなることもあります。通勤時間の短い時間や、家事の合間に視聴することができる手軽さが最大の利点であり、それを活かすためにも基本的にはスマートフォンなどのツールでも閲覧できるようになっていることから、動画という形式がそれに適しているだけだと考えています。
こういった特徴から、英単語・表現の学習やプロジェクトマネジメント教育など、インプット中心で一人でも完結するコンテンツは「マイクロラーニング」向きの一方で、プロジェクトのステークホルダーとの関係構築スキルを学ぶステークホルダーマネジメントなど他者とのコミュニケーションを通じてスキルアップを図る内容は不向きだと言えるでしょう。
──アメリカなどで導入が進む中、日本でも「マイクロラーニング」が広まってきているように感じます。背景にはどのようなものがあるでしょうか。
米国で「マイクロラーニング」の導入が進んできた背景には、『ジョブ型人事制度』の存在があります。日本のように企業への帰属意識が高くなく、より高い給与を得られる業務に就くためにも自己研鑽や能力開発を惜しみません。そんな中で、忙しい最中でも隙間時間を活用して学びを得られること、学習にかかる時間的・金銭的コストが安いことなどもあって、「マイクロラーニング」の活用が進んでいる認識です。ジョブディスクリプションが明確であることも能力開発意欲の向上につながっていると感じます。
一方、従来の日本企業では年功序列の等級制度が一般的であり、主体的に能力開発を行う必要性はそこまで高くありませんでした。しかし、近年は徐々に『ジョブ型人事制度』が日本でも広がりを見せており、キャリアアップを実現するためには現状の能力を維持するだけでは難しくなってきています。そうした外部環境の変化も手伝って自発的な能力開発の重要性が高まり、それを支援するツールとして「マイクロラーニング」の導入が進んできたのだと考えています。
ただ、従業員からの要望というよりも企業側が各従業員の自発的な学びを推奨するために導入が進められるケースが多いように感じますね。他にも、労働人口減少を補うべく業務幅が広がってきたことも、新しい業務スキルを効率的に習得できる「マイクロラーニング」に注目が集まった理由の1つとなっています。
「マイクロラーニング」のメリット・デメリット
──「マイクロラーニング」も学習目的や内容によっては不向きな場面もあるかと思います。メリット・デメリットについてそれぞれ教えてください。
マイクロラーニングのメリット・デメリットをそれぞれ整理してみました。
■メリット
・コンテンツの取捨選択により、比較的少ない工数で独自コンテンツを制作できる
・複数コンテンツを組み合わせるなど研修内容のカスタマイズが容易なため、ニーズに合わせて自由度高く研修を実施することができる
・受講履歴などを踏まえて学習意欲の高い従業員を特定することができるため、次世代幹部人材候補のピックアップなど、サクセッションプランニングに活用できる
・短時間で学習ができるため、上司との1on1中に一緒に動画を見てその場でフィードバックを得ることで、即時で理解を深めることができる
■デメリット
・ワークなどを通じて業務に活用できるようにすることが難しいため、行動変容につながりづらい(例:面接官トレーニングなどのロールプレイが要求される学習など)
・プロジェクトマネジメントなど双方向・対話が求められる学習には不向き
・従業員の学習ニーズが顕在化していない場合は、ニーズに合ったコンテンツを従業員が見つけられず、能力開発につながらない(認知度が高くないスキルの学習は学習誘導の観点で不向き)
ここまでをまとめると、『ニーズが顕在化しているインプット型の学習』を行う上では「マイクロラーニング」は手軽で効率も良いものですが、『ニーズが顕在化していない複雑・ワークを伴う学習』においては他学習手段を選択した方が良いと言えるでしょう。
ただし、コンテンツとして「マイクロラーニング」に向いている場合でも、学習するかしないかは従業員の意志が大きく影響するため、仕組みや体制を整えないと学習が促進されず投資対効果が薄れてしまいます。そのため、「マイクロラーニング」を実施する場合は学習ガイドをつくり、目的と学習による想定できる成果をしっかりと伝えて、従業員の学習意欲を高めることもセットで行うことが重要です。
「マイクロラーニング」活用の具体例
──「マイクロラーニング」の特性やメリットを活かした具体的な活用例を教えてください。
私が現在所属している企業では、『コンテンツの取捨選択ができる』『カスタマイズが容易にできる』の特性に注目し、一定以上のヒューマンスキルが求められる事業部の教育に「マイクロラーニング」を活用しています。
「マイクロラーニング」を導入する上で重要なことには、学習する意義を従業員が想像できるようにすること、学習して良かったと従業員に感じてもらうことの2つがあります。それを実現するためには、ターゲットを絞り、学習目標を立て、それを達成できるコンテンツの制作が必要です。それらを踏まえて私がまず行ったのは、『学習コースのガイド作成』でした。各コースを受講することによりどのような行動を発揮し成果創出してほしいと考えているかを具体的な水準で示し、その上で「マイクロラーニング」の各コンテンツを紹介した形です。
もうちょっと具体的に紹介しましょう。実際に「マイクロラーニング」を導入したマーケティング部門には、顧客へのインタビューを行うプロセスがあります。一般的な従業員はあらかじめ社内規定にて決められた質問をしていくのですが、ハイパフォーマーは質問を深掘りして詳細にニーズを拾い上げている行動特性がありました。両者の違いは仮説思考の有無にあると観察を通じて定義し、それをもとに仮説思考のコンテンツを当該業務の担当者に先ほど作成したガイドと共に展開したのです。このように、『コンテンツの取捨選択ができる』『カスタマイズが容易にできる』という「マイクロラーニング」の特性は、特定部門の特定機能を強化する上では非常に使い勝手の良いものだったと考えています。
「マイクロラーニング」を社内へ浸透させる方法
──「マイクロラーニング」を成功させるためには『社内への浸透』が肝になりそうですね。ここをうまく進めるための方法や事例について教えてください。
以前、グローバルチームの要請で「マイクロラーニング」ツールの全社導入が決定され、私が日本・アメリカ地域の導入担当者となったことがあります。その時のコンテンツ制作~社内浸透までの事例についてご紹介します。
まず、コンテンツ作成に先んじて『ハイパフォーマー分析』と『ビジネスリーダーへのヒアリング』を実施しました。優秀層と定義されている方が日頃どのような行動を現場で取っているのかを理解・整理し、「マイクロラーニング」によってそうした行動を他の従業員も取れるようにするためです。
次に、その優秀層の行動様式と一般的な行動様式の差異が何に起因するのか仮説を立てました。業務に関する知識量なのか、インセンティブによるモチベーション問題なのか、ヒューマンスキルに起因するものなのか──いろんな観点から仮説を立て、どれが一番行動に影響を与えているかを探っていったのです。最終的には『ヒューマンスキルに起因する要素の能力開発』を行うことを目的に「マイクロラーニング」上のコンテンツを取捨選択し、独自コンテンツを制作することにしました。
ここまでで作成したものを社内へ展開する際、気を付けたことが大きく2つあります。
(1)学習目的と発揮してもらいたい行動・成果を伝える
ここは前項でもご紹介した通りなのですが、なぜこのスキルを学ぶ必要があるのか、どのような行動を発揮してもらいたいかを具体的に記載し、学習への誘導を行いました。これは「マイクロラーニング」に限らない話ではありますが、何か取り組みを行う上ではその目的と期待する成果を明確にしておかなければ、狙った効果を得ることが難しくなるからです。
実際にこの時は目的と効果を明確にするために、組織における評価軸やKPI、KPI達成に必要なスキルについて因果関係がわかるように情報を整理しました。
私が手がけた事業部では、年間の製品ポートフォリオを上層部が考え、マーケターがそのポートフォリオにマッチするように多くの会議に企画を持っていくビジネスフローを組んでおり、マーケターが顧客から得られたインサイトをベースに製品の企画(新製品からマイナーチェンジまで)を行い、会議にかけるのですがその通過率がKPIになっていました。
そこで、このKPIを達成できるように、良い企画と悪い企画、良い企画が出せるマーケターの違いをハイパフォーマー分析を通じて明確にしました。例えば良いマーケターは提携質問文をそのまま顧客に投げるのではなく、定型質問文から得られた解答を深掘り、真のニーズを引き出すことを行っていました。以上のことから、より良い製品企画を行えることを学習目的に、顧客の真のニーズを捉えた企画ができることを発揮してもらいたい成果として置き、そのために必要なスキルを学ぶためのツールという位置付けを明確にしてコンテンツを展開することにしました。
(2)『労働時間の考え方』に配慮する
『週単位』で労働時間を管理している米国と違って、日本では日単位で労働管理をしていることが多く、それに伴って業務時間外で「マイクロラーニング」を実施しているケースが多々あります。こうした両国の違いを踏まえ、『上司が認めた学習は、上司との協議のもと上限を決めた場合のみ、就業時間内に学習を行うことができる』と新たに制度を設けることにしました。これにより、日本でも「マイクロラーニング」の学習が促進できたと感じています。
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編集後記
「マイクロラーニング」は非常に小回りの利く学習方法だと理解しました。一方で、より詳しい説明が必要だったり、ワークを伴うような実践型の学習が難しかったりするなど、向き不向きが明確な印象です。自社の課題に合わせて従来のeラーニングともうまく組み合わせる形で活用できると、より理想的な学習環境を従業員に提供できるのではないでしょうか。