「積立有給休暇」を活用して社員の定着と企業の安定成長に繋げるには
失効した有給休暇を積み立てておき、後々必要なときに利用できる制度である「積立有給休暇」。法律では定められたものではなく、企業が任意で導入する制度であるため、その導入目的や制度内容は企業によってさまざまです。
今回は、20年以上の豊富な人事経験を持つ東通建物株式会社 人事労務部マネージャーの堀江 陽子さんに、「積立有給休暇」の概要から導入目的・方法についてお話を伺いました。
<プロフィール>
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堀江 陽子(ほりえ ようこ)/東通建物株式会社 人事労務部マネージャー
20年以上の人事経験あり。電気工事・メーカー・Sler・再生可能エネルギーなど、さまざまな業種で人事を経験。特に休暇制度や賃金制度など、人事制度の設計や改善に強みを持つ。現在は不動産売買・仲介・リニューアル工事などを行う東通建物株式会社の人事労務部マネージャーとして幅広く人事業務を担っている。
目次
「積立有給休暇」とは
──「積立有給休暇」の概要について、法定の有給休暇制度との違いも含めて教えてください。
「積立有給休暇」とは、失効した有給休暇を積み立てておき、育児や介護、病気や怪我の治療時など(どんな時に使用できるかは会社で任意に設定可能)に利用できる制度です。これは法律で定められたものでなく、企業が任意で導入する制度であるため、その名称も企業によって異なります。主な名称は以下の通りです。
・積立休暇制度
・積立有給休暇制度
・失効年次有給休暇積立制度
・保存休暇制度
・ストック休暇制度
・バックアップ休暇制度
※この記事内では「積立有給休暇」の名称で統一します
なお、「積立有給休暇」のもとになる『年次有給休暇』は労働基準法第39条により以下のように定められています。
『業種、業態にかかわらず、また、正社員、パートタイム労働者などの区分なく、一定の要件を満たした全ての労働者に対して、年次有給休暇を与えなければなりません(労働基準法第39条)』
※引用:年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています(厚生労働省)
会社は、雇用した日から6カ月継続して勤務し、全労働日の8割以上出勤した従業員に対して、10日間の有給休暇を与えなければいけません。有給休暇は付与された日から最大2年まで未取得分を繰り越すことができますが、2年を過ぎると消滅してしまいます。
※引用:年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています(厚生労働省)
また、有給休暇は勤続年数に応じて日数が増えていきます。法定通りに付与すると、6年6カ月になった時点で付与される日数は20日になり、これが労働基準法での最大付与日数です。この有給休暇は原則として最大付与日数である20日まで繰り越しができます。例えば、勤続6年6カ月の従業員の場合、繰り越した日数と今年付与された20日と合わせて最大40日の有給休暇を保有できることになります。なお、会社で定めれば有給休暇は半日単位や時間単位での取得も可能です。
「積立有給休暇」はこのような条件で付与され、失効した有給休暇を積み立てる制度ですが、こちらは任意の制度であるため、法定の有給休暇と比べて下記の違いがあります。
法定の有給休暇 | 積立有給休暇 | |
付与の条件 | 法律で定められている (法律に記載の条件を満たした場合は付与しないといけない) | 任意 (条件はそれぞれの企業で自由に定めることができる) |
有効期間 | あり (付与から2年が経過すると失効) | 任意 (定めない場合も多い) |
取得義務 | あり (年5日の取得義務がある) | 任意 (企業で取得を義務付けるかどうかを決めることができる) |
「積立有給休暇」のメリット・デメリット
──「積立有給休暇」は、どんなメリット・デメリットがあるものでしょうか。
「積立有給休暇」を活用することで、より個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方・休み方を従業員が選択できるようになります。
上記の三菱UFJリサーチ&コンサルティング社が行った調査によると、付与された年次有給休暇日数の8割以上取得する意向がないと回答した方が全体の6割程度を占めました。その理由は『病気やけがに備えて残しておきたいから』が4割強、『急な用事のために残しておく必要があるから』が4割弱となっています。こうした意向を踏まえると、「積立有給休暇」によりいざという時に活用できる有給休暇があると従業員の安心感を醸成できることがわかります。
ちなみに、私が過去在籍した会社では『保存休暇』の名称で失効した有給休暇を積み立てていました。具体的には、有給休暇を消費した翌日から、最大20日間の保存休暇を有給の休暇として使用できるようにしていた形です(会社が認めた場合)。
これにより、休職前であっても安心して休むことができるようになります。また、別の会社では病気などの際に使用できる積立休暇を新設しました。元々権利として持っていたけど時効により失効してしまった分を積み立てるので、制度としては作りやすい部類に入ると思います。
一方、企業からみると、「積立有給休暇」の導入は従業員に『長く働いてもらいたい』『安心して働いてもらいたい』といったメッセージを伝えられるほか、実際に「積立有給休暇」の利用を通じて病気や介護等と仕事の両立を図りやすくすることで、優秀な既存社員の離職防止に繋げることができます。
さらに、病気・介護以外の利用を認める場合は休暇を利用したリカレントや自己啓発などを通じて従業員のスキルアップを促すことで、企業の成長に寄与する可能性もあります。
また、採用活動においても『ワークライフバランスをとって働きやすい企業』と印象付けることができ、候補者からのイメージアップにも繋がります。
このように、「積立有給休暇」は安心して長く働ける意識が従業員に醸成され、結果として生産性やエンゲージメント向上、多様な人材の確保も期待できるなど、企業にとっても大きなメリットがある制度です。
なお、「積立有給休暇」は従業員側にデメリットはありませんが、企業側にはいくつかデメリットがあります。まず、『手間の増加』です。通常の有給休暇に加え「積立有給休暇」分の管理も行う必要が出てきますし、現場側でも人員配置や業務量の調整なども行わなければなりません。また、従業員が「積立有給休暇」を利用すれば、その分の金銭的コスト(賃金)がかかることは言うまでもありません。
「積立有給休暇」導入時に考慮すべきポイント
──「積立有給休暇」の内容は各企業の判断に委ねられるとのことでしたが、どんな点に考慮して検討・導入を進めると良いでしょうか。
まず重要なのは、『何を目的とする休暇にするのか』をきちんと決めることです。取得を認める事由は何にするのか、認めない事由は何にするのかなどがこれに該当します。
取得を認める事由としてよく挙がるのは、傷病・介護・ボランティア活動などです。資格取得などの自己啓発関連の取得ももちろん可能ですが、制度を新設するのであれば、まずは一番使われる可能性が高く、経営陣にも従業員にも理解を得られやすい、傷病・介護などに制限して導入することをおすすめします。後から認める事由を増やして行くことも可能なため、従業員の意見を取り入れながら決めても良いですね。
取得を認める事由を決定したら、以下4点の具体的な部分を検討します。
■有給休暇など他休暇との取得優先順位
「積立有給休暇」と通常の有給休暇の両方がある場合、どちらから優先的に使用するのかを決める必要があります。特に法律上の定めはないですが、会社には『有給休暇の年5日取得義務』がありますので、通常の有給休暇を優先的に使用した方が良いでしょう。加えて、取得単位をどうするかも決めてください(1日単位、半日、時間単位など)。他にも、既存の休暇とのバランスや優先順位も定めていくことが求められます。
■積立日数の上限
積立日数に上限を設けるか、あるいは無制限とするかを決めます。一般的に上限を設けた方が管理はしやすくなります。日数の上限を設ける場合は、年間の日数とするか、総積立日数とするかも検討してください。従業員自身の入院や家族の介護などの事由で休暇を取得する場合を想定し、40日から60日程度の休暇が取れるように設定するのも良いでしょう。また、『年間で〇日まで』など年間積立日数を設定することもできます。
■連続使用可能な日数
積み立てた有給休暇を1回にまとめて使用する可能性もあるため、連続して使用可能な日数の上限を定めておくと安心です。取得事由によって取得日数を変えることも可能です。
なお、実際に使用が想定されるケースで多いのは『従業員自身の病気』です。この場合、法定の有給休暇を消化してから「積立有給休暇」を使用することが大半です。癌などで休職し、復職後も定期的に通院しなければならないケースも多いですが、その際にも「積立有給休暇」を使用できると従業員の安心につながります。
◾️取得時の手続き
会社で定める条件を満たしていないのに取得を認めてしまったといったことがないように、取得時には添付書類(診断書等病気であることや介護が必要なことを証明できるもの)を求めるなど、取得をする際にどのような申請や書類などが必要か、手続きに関するルールを定めておきます。こうしたルールを決めておくことで、公平性の担保や企業の意図しない利用を防ぐことができます。
「積立有給休暇」をスムーズに運用するために
──「積立有給休暇」制度はあるが、なかなか活用されていないケースもあると聞きます。どのように運用すればうまく活用してもらえるでしょうか。
基本的には「積立有給休暇」の導入目的に沿って運用ルールを策定します。その際、『どうすれば従業員が使いやすい制度になるか』の観点も踏まえて検討する必要があります。例えば、制度に関する規定をどこに記載するか。就業規則の中にすべてを追記する形もあれば、「積立有給休暇」制度の規程を別に作成する形もあるでしょう。いずれにせよ、規定には運用ルールや必要な手続きに関しては漏れなく記載するようにしましょう。『これさえ見れば分かる』状態にすることで、従業員も迷わず利用できるようになるからです。
ちなみに、私が新設した際は就業規則の中に追記する形にしました。規程が増えすぎて見るのが面倒になってしまうことを回避するためです。また、制度設計時には取得を認める事由に『自己啓発関連』も含めていましたが、その後の話し合いの結果、病気などの理由に限定してスタートしました。これも従業員にとっての分かりやすさ・使いやすさを優先してのことです。
なお、勤怠管理システム上にも「積立有給休暇」の設定が必要になります。自分達で設定・変更ができるシステムであれば問題はありませんが、システム会社側での設定が必要な場合はその時間も考える必要があります。
導入後は、説明会などを通じて社内通知を行います。説明会を開く際には、制度導入の目的だけでなく、実際に使用すると想定されるケースの紹介や、そのケースにおける手続きについても一緒に説明できると伝わりやすいです。その他の周知方法には、社内での掲示、ネットワーク上での共有などが挙げられます。
最後に、これは「積立有給休暇」に限りませんが、制度は導入して終わりではありません。導入後の使用状況や時代などに合わせて、当初設定した目的が達成できているかを常にチェックしながら変化させていくことが重要です。多少の手間は掛かりますが、従業員側にはメリットしかない制度であるため、積極的に導入・運用を進めて行きたいものです。
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編集後記
「積立有給休暇」は、法律で定められたものでなく企業が任意で導入する制度であることから、導入できれば1つの魅力として他社と差別化することができるものです。しかし、どれだけ良い制度があっても活用されなければ意味がありません。運用面にも気を配り、中長期的な視点で振り返りや改善を進めていきたいものです。