「コンピテンシー・ディクショナリー」の概要説明。採用・評価・育成に活用する方法とは
人事評価や人材開発などの指標として利用されることが多い「コンピテンシー・ディクショナリー」。言葉についてはきいたことがあっても、実際の人事における活動にどのように組み込んだり活用すればよいか分からない方も多いのではないでしょうか。
今回は、数多くの組織や事業において立ち上げ、立て直しを行ってきた経験を持つBR Consulting プリンシパルの加藤 英太さんに「コンピテンシー・ディクショナリー」の概要から活用方法・事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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加藤 英太(かとう えいた)/BR Consulting プリンシパル
得意領域:組織人事、新規事業、PMI
大手外資コンサルファーム、スタートアップCHRO、DMM.com COO室を経て、BR Consultingのプリンシパルとして参画。10年以上にわたり、経営戦略と人事戦略の連携、要員計画の策定、人事制度やタレントマネジメントの設計・運用・改善に従事し、組織の力を引き出す取り組みを日系外資共に行なっている。PMI案件では、国内/国外大手事業会社における人事DDや組織再編、人材統合戦略の立案など包括的な対応を実施し、10社以上担当。また、経営戦略や人事戦略に紐づく採用戦略の策定、オンボーディング設計に従事。組織や事業の立ち上げ、立て直しフェーズにおける戦略策定から実行までのPDCAサイクルを円滑に回す仕組みづくりを重視したサポートが強み。
目次
「コンピテンシー・ディクショナリー」とは
──「コンピテンシー・ディクショナリー」の概要について教えてください。
「コンピテンシー・ディクショナリー」とは、優れた成果を創出する個人の能力・行動特性(コンピテンシー)や、仕事で必要なスキルや行動をリスト化したものを指します。企業が従業員を評価・育成する際に、『どんな能力が求められているのか』を具体的に示すために使われていることが多いです。
例えば、『リーダーシップやコミュニケーション力がある人』とは、どんな人のことを指すのでしょうか。抽象的な概念であるがゆえに、人によっても認識が違うこともあるでしょう。そこで、『どんな行動を取ればその能力(リーダーシップやコミュニケーション力)が発揮されていると言えるか』を明確にすることが「コンピテンシー・ディクショナリー」の役割になります。『部下の成長をサポートして、目標達成のために率先して動く人=リーダーシップがある人』など、具体的な例を出して評価できるようにするイメージです。
この「コンピテンシー・ディクショナリー」の考え方を広めたのは、アメリカの心理学者デイヴィッド・マクレランド博士です。マクレランド博士は、『仕事で成果を出すために重要なのは、学歴やIQではなく、実際にどのような行動を取るかである』と提唱しました。それまでの評価方法だと、どうしても抽象的な能力(リーダーシップやコミュニケーション力など)に焦点が当たっていた傾向がありましたが、具体的にどのような行動を取っているかを重視することにシフトしていきました。
「コンピテンシー・ディクショナリー」のフレーム(6領域と20項目)
──「コンピテンシー・ディクショナリー」の基本的なフレームに『6領域と20項目』というものがあると聞きました。具体的にどういったものか教えてください。
「コンピテンシー・ディクショナリー」は、評価の際に使われる指標が6つの領域に分類されていて、そこから20項目に細分化されています。各領域で従業員がどういう能力や行動を取るべきかを整理し、それを基準に評価や育成を行う形です。この6つの領域と20項目には以下のようなものがあります。
1 | リーダーシップ領域 | チームをまとめ、目標に向かって導く能力。 ビジョンを示し、部下を育成する力が評価される。 |
2 | コミュニケーション領域 | 他社との効果的なやり取りと情報の共有が求められる。 相手に分かりやすく伝える力が重要。 |
3 | 問題解決領域 | 課題に対し、原因を分析し、適切な解決策を提案する力が評価される。 行動力と判断力がポイント。 |
4 | チームワーク領域 | チーム全体で協力しながら成果を出す方法。 他のメンバーをサポートし、連携できるかが問われる。 |
5 | 適応力領域 | 変化に柔軟に対応する力。 新しい状況に素早く順応し、前向きに取り組む姿勢が評価される。 |
6 | 継続的な学習・自己改善領域 | 常に自己成長を目指す姿勢が求められる。フィードバックを活かし、新しい知識やスキルを習得する意欲が重要。 |
(1)リーダーシップ領域(戦略的思考/意思決定力/チームのモチベーション管理/部下の育成とサポート)
『ビジョンの提示』や『チームの指導力』が評価される領域です。指標としては、どれだけチームを効果的にまとめているか、部下の成長をどう支援しているかなどが挙げられます。ただ指示を出すだけでなく、部下のモチベーションを上げる、問題解決に向けた具体的なアクションを取るなどの行動が、リーダーシップ力の有無を評価する重要な判断基準になります。
(2)コミュニケーション領域(明確な情報伝達能力/傾聴力/フィードバックの提供/協力的な対話)
他者とのやり取りや情報の共有能力が求められます。例えば、相手の話をしっかりと聞き適切なフィードバックを返せるかどうか、会議やプレゼンで明確なメッセージを伝えられているか、などの点が判断基準になります。特に、相手が理解しやすい言葉で説明できているか、質問や議論に対して的確な答えができているかが重要なポイントです。
(3)問題解決領域(問題の根本原因分析/創造的な解決策の提案/リスク管理/課題への迅速な対応)
問題に対してどのようにアプローチするかが評価される領域です。この領域では『根本原因を探り、解決策を考えられるか』が求められます。具体的な指標としては、課題に直面した時にすぐに行動に移せるか、他の人を巻き込んで解決に向けた取り組みができているかなどがあります。
(4)チームワーク領域(他者との協力/チーム内の役割理解/意見の調整/チームの成功への貢献)
チームメンバーと協力して成果を出せるかが問われます。他のメンバーとスムーズに協働できるか、周囲をサポートできるかなどの点が評価されます。例えば、プロジェクト全体の成功に向けて自分の役割を理解し、他のメンバーと円滑に連携できる、などの行動があります。
(5)適応力領域(変化に対する柔軟性/ストレス耐性/新しい環境への順応/臨機応変な対応力)
急な変化や予期せぬ状況にどう対応するかを評価します。ここでは『柔軟な思考』と『新しい環境や役割に素早く順応できるか』がポイントです。変化が起こった時に、素早く頭を切り替え、新しいやり方で挑戦しているかどうかが判断基準となります。
(6)継続的な学習・自己改善領域(フィードバックの活用/自己研鑽/新しい知識やスキルの習得/失敗から学び、改善を行う力)
自分自身を成長させるために、常に新しい知識やスキルを習得しようとしているかが問われます。具体的には、『フィードバックを受け入れて改善策を実行しているか』や『自己研鑽のための行動を取っているか』が指標になります。失敗を糧にして次にどう活かしているかがここでの評価ポイントだと言えます。
以上6つの領域それぞれがさらに細分化されたものとして20項目あるわけですが、その詳細は個別の企業や業種に合わせて調整されることが多い認識です。特に、各企業が持つ文化や求める人材像に合わせて「コンピテンシー・ディクショナリー」の内容をカスタマイズすることは一般的に行われています。例えば、リーダーシップ1つ取っても製造業であれば『現場を率いる能力』に重きを置くかもしれませんし、IT企業であれば『イノベーションを促進する能力』が重要視されるかもしれません。基本的な枠組みやフォーマットはありつつも、企業ごとに最適化・カスタマイズして使うことを前提とした方が良いでしょう。
この指標を作る際に重要なのは、『具体的な行動とその結果に焦点を当てること』です。チームワークにおいては『他のメンバーが困っている時にどれだけサポートしているか』、適応力においては『変化に対してポジティブに取り組む姿勢が見られるか』など、必ず具体的な行動を基に評価されるべきだと考えています。
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ちなみに、この「コンピテンシー・ディクショナリー」は全社員共通ではなく、一般的には階層別に用意されることが多いと感じます。例えば、新入社員とマネジメント層では求められるスキルや行動が異なるので、同じ指標で評価することが適切ではないためです。それぞれの階層に応じて「コンピテンシー・ディクショナリー」を用意しましょう。例えば、同じ『リーダーシップ』という項目だとしても、管理職には『戦略的意思決定』や『チーム全体の指導力』が求められる一方で、一般社員には『自分ゴトとして考える能力』や『業務を率先して遂行する力』などが強調されることが多くなります。
ただ、企業の規模や文化によっては、全従業員共通の「コンピテンシー・ディクショナリー」をベースに、部門や階層ごとにアレンジを加える形で運用することもあります。この場合は、基礎となる「コンピテンシー・ディクショナリー」は共通としつつ、階層や役職ごとの具体的な行動や期待値を調整することで柔軟に対応できます。
「コンピテンシー・ディクショナリー」の活用シーン
──この「コンピテンシー・ディクショナリー」の具体的な活用シーンにはどのようなものがあるのでしょうか。
「コンピテンシー・ディクショナリー」は、組織内のさまざまな場面で役立つものです。具体的には、以下のようなシーンや使い方が考えられます。
(1)採用時の基準として
採用面接時などで『この人が会社にフィットするかどうか』を判断するための基準として使います。例えば、『リーダーシップがあるかどうか』を判断したい場合、過去の経験でどのようにチームをまとめて問題解決をしてきたかを具体的に聞きます。それにより採用担当者全員が同じ基準で候補者を評価できるので、採用成果のばらつきを減らすことができます。
(2)人事評価時の基準として
定期的な人事評価でも「コンピテンシー・ディクショナリー」は活用できます。例えば、『コミュニケーションが上手く取れているか』を評価する際、具体的にどのような場面でどのように話したのか、チームメンバーとどのように協力したかのか、などを細かく見ることができるようになります。ただ漠然と『うまくやってる』ではなく、具体的な行動をもとに評価できるため、フィードバックもその分的確になります。
(3)リーダー選定時の判断材料として
リーダー候補を選ぶときにも「コンピテンシー・ディクショナリー」は使えます。例えば、『この人がリーダーシップを発揮しているか』を判断する際には、『チームメンバーをどれだけサポートしているか』や『戦略的な思考ができているか』などの観点から評価を行います。数字だけでなく、実際の行動がどうだったかを見極めることが重要です。
(4)研修や育成のプログラム作成に
研修を作る時も「コンピテンシー・ディクショナリー」を基にどんなスキルが必要かをはっきりさせることができます。例えば、『チームワークが弱い』と思う人にはチームでの役割分担を学ぶ研修を用意するなど、個々の成長に合わせた育成プログラムを作成することができるようになります。
(5)『共通言語』として全社的に活用
「コンピテンシー・ディクショナリー」を全社の共通言語として使うことで、どの部署でも同じ基準でコミュニケーションが取れるようになります。例えば、『リーダーシップ』や『問題解決力』などの抽象的な概念も、「コンピテンシー・ディクショナリー」によって共通の行動を指すことになるため、部署間の共通認識が生まれ、やりとりもスムーズになります。
このように「コンピテンシー・ディクショナリー」を活用することにより、会社全体で『何が大事か』が明言化・明確になります。また、それに伴って評価の透明性や公平性もアップします。「コンピテンシー・ディクショナリー」を『組織内のあらゆるシーンの評価基準や共通認識を生むもの』として捉えていただくと、全体像をイメージしやすいのではないかと思います。
──実際に活用を進めていく中で活用者の主観で評価や判断が変わってしまうこともあるのではないかと推測します。そうならないようにするためのポイントがあれば教えてください。
「コンピテンシー・ディクショナリー」を活用する際に評価者の主観が入ってしまい、評価や判断がブレてしまうことはよくあります。それらを防ぐためには、大きく以下2つのポイントがあります。
(1)評価基準の明確化と具体化
コンピテンシーの各項目をできるだけ具体的な行動例に基づいて記述することです。例えば、『リーダーシップ』といった抽象的な概念を評価する場合でも、『部下を定期的にフィードバックでサポートしている』や『プロジェクトの目標達成に向けてリソースを効果的に配分している』など具体的な行動を挙げることで、評価者間で共通の理解を持てるようにします。
(2)評価シートやスコアリングシステムの導入
評価を標準化するためには、コンピテンシーを数値化して評価できるスコアリングシステムを導入するのも1つの方法です。各項目ごとに具体的な行動例に対して1〜5のような点数をつけることで、評価者の主観的な判断が入りにくくなります。また、各項目ごとのスコアリング基準を詳細に説明し、評価者が同じ解釈を持てるようにすることも効果的です。
(3)複数の視点からの評価(360度評価など)
1人の評価者のみの判断となると、気を付けていても人間ですのでどうしても主観的になったり偏ってしまう可能性があります。そこで複数の評価者による評価を導入することで、個々の主観を排除し、より客観的な評価を実現できるようになります。例えば360度評価のように、上司・同僚・部下など、さまざまな視点からフィードバックを集めることで、公平性が担保できます。工数が増えたり、評価の内容によっては適さない場合もありますが、ひとつの方法としておすすめです。
「コンピテンシー・ディクショナリー」の導入・活用事例
──これまでに加藤さんが経験された「コンピテンシー・ディクショナリー」の導入・活用事例について教えてください。
これまでもいろいろなシーンで「コンピテンシー・ディクショナリー」を活用してきたのですが、その中でも特に印象に残っている事例について2つほどご紹介します。
■大手製造企業/評価・研修プロセスでの活用
この会社では、組織の中でリーダーシップ不足が問題になっていました。若手がリーダーに昇進しても実際にリーダーとしての力を発揮できず、チーム全体のパフォーマンスが伸び悩んでいたのです。そこで、人事部主導で「コンピテンシー・ディクショナリー」を導入し、リーダーに求められる具体的な行動を明確にすることにしました。
まず、リーダーシップのコンピテンシーを定義するところから始めます。これには大きく4つのステップで実施しました。
(1)経営層へのヒアリング
組織ビジョンや長期的な目標、求めるリーダー像や従業員像を経営層へのヒアリングにより明確にすることで、会社全体でどのようなコンピテンシーが必要とされているかの大枠を把握していきました。経営層の期待する方向性に沿ったコンピテンシーを定義できると、組織の成長と一致したものが作りやすくなります。
(2)各階層や部門のリーダーとの対話
現場で必要とされるスキルや行動の具体例を集めました。現場の視点を取り入れることで、実際に組織で働いている人々にとって使いやすく現実的なコンピテンシーを作ることが可能になります。例えば、『チームをまとめる力』を定義する際、現場ではどんな行動が有効か、どのような場面でリーダーシップが発揮されるかなどを聞くと、より具体的な項目を作成できるようになります。
(3)成功事例の分析
地味に重要なのが、過去に成功したプロジェクトや成果を上げたリーダー、優れた従業員の行動を分析することです。成功事例をベースに、なぜその人が成功したのか・どんな行動やスキルが成功の要因だったのかを洗い出し、コンピテンシーの定義に反映させるのです。具体的な行動をベースにした評価項目は、他の従業員にとっても目標が明確になりやすいので良いと思います。
(4)現行の評価制度との整合性確認
既存の評価制度がある場合は、その制度との整合性を確認し、過度に重複したり矛盾したりしないように調整することも大事です。
こうしてリーダーに求められるスキルや行動を組織文化や目標に合わせてカスタマイズし、『チームの成長をサポートする力』や『目標達成に向けての戦略的思考』などの具体的な項目を作成しました。
その後、すべてのリーダーに対して評価基準を統一し、人事評価の一環としてこの「コンピテンシー・ディクショナリー」の活用をスタート。その際、評価だけじゃなく『研修プログラム』にも「コンピテンシー・ディクショナリー」を反映させたことはこの事例の興味深いところです。具体的には、『リーダーシップ強化』をテーマに部下のモチベーションを高めるスキルを学ぶワークショップを開催しました。
その結果、リーダーシップスキルが可視化され、どのリーダーがどの領域で強みや弱みを持っているかが分かりやすくなりました。さらに、その情報をもとに研修やフィードバックが具体化し、チーム全体のパフォーマンスも向上していきました。実際、導入後1年で目標達成率が上がり、離職率も改善できました。
■IT企業/採用プロセスでの活用
エンジニア採用時の現場ニーズとして、『技術スキルだけでなくソフトスキルも見ていきたい』といった声がありました。そこで、「コンピテンシー・ディクショナリー」を使って採用基準を統一することにしたのです。
例えば、技術力だけでなく『チーム内での協働力』や『コミュニケーションスキル』なども面接で評価することにし、それぞれの項目に対して具体的な質問例や評価基準を設定しました。これにより、候補者が技術的に優れているだけでなく、チームでどう活躍できるかを見極めやすくなったのです。
結果、ミスマッチの採用が減り、新しく入社したエンジニアたちがチームにスムーズに溶け込むようになりました。プロジェクトの進行速度が上がったという効果も確認でき、事業にも大きな成果を生むことができました。
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編集後記
自社が重要視する能力や行動特性を、誰もが認識ズレのない形で言語化する「コンピテンシー・ディクショナリー」。組織内で感覚的に保有されているものを見える化していくことで、あらゆる取り組み(採用・評価・育成など)に効果が期待できることが分かりました。本記事内でご紹介いただいた6つの領域を参考に、これまで『なんとなく』で捉えていた部分を言語化するところから始めてみてはいかがでしょうか。