「社会保険適用拡大」の現状と今後の動向から人事の準備すべきこと

厚生年金保険や健康保険など、従業員のさまざまな生活や安心を支えている社会保険。その適用範囲はこれまでも段階的に拡大してきましたが、2024年10月からさらに適用範囲が拡大されました。
今回は、社会保険労務士として複数企業で18年もの勤務経験を持つ寒河江 貴之さんに、、「社会保険適用拡大」のポイントから今後の動向、企業が準備しておくべきことについてお話しを伺いました。
<プロフィール>
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寒河江 貴之(さがえ たかゆき)/IT領域企業 人事部副部長
事業会社での人事部で勤務をしつつ、社会保険労務士の資格を取得。以降、企業内で社会保険労務士の資格を活かすため、18年間の中で複数企業にて、『人のため』の信念のもと、給与計算・社会保険業務、人事給与システムの入れ替え、退職金制度改訂、人事制度改訂、労務対応、労働基準監督署対応など、労務領域を中心に幅広い業務を経験。
目次
「社会保険適用拡大」の最新動向
──「社会保険適用拡大」の最新動向と、2024年10月からの変更ポイントを教えてください。

パート・アルバイトへの社会保険適用範囲は、これまでも段階的に拡大されてきました。2016年10月からは従業員数501人以上の企業だけが対象でしたが、2022年10月には従業員数101人以上の企業にまで拡大。そして、2024年10月からは従業員数が51人以上の企業も対象となりました。なお、ここで言う従業員数にはフルタイムの従業員数と、週労働時間がフルタイムの3/4以上の従業員数(パート・アルバイト含む)も含みます。
この変更により、短時間労働者も年金や健康保険の恩恵を受けられるようになり、老後の生活安定や医療費の負担軽減が期待されます。また、従業員数50人以下の企業であっても、従業員と企業が合意すれば同様の適用を受けることができます。
なお、加入対象者となるパート・アルバイトの方は、以下4つの要件をすべて満たした方です。
(1)週の所定労働時間が20時間以上
(2)所定内賃金が月額8.8万円以上(基本給および諸手当を指す。通勤手当・残業代・賞与などは含まない)
(3)2カ月を超える雇用の見込みがある
(4)学生ではない
「社会保険適用拡大」は、労働者の生活安定を図ると共に、企業にとっても重要な変化をもたらす施策です。しかし、企業側の保険料負担が増えることになるため、特に中小企業ではコスト管理や労務管理の見直しが求められます。
「社会保険適用拡大」対応において見落としがちなポイント
──「社会保険適用拡大」への対応を進める中で、特に注意しておくべきポイントについて、フローに沿って教えてください。
2024年10月からの「社会保険適用拡大」に伴い、人事部として対応が必要な点は大きく以下5つです。すでに対応済みのところが多いとは思いますが、準備しているようで見落としがちな部分もありますので、対応ポイントについては改めて理解を深めておいてください。
(1)対象者の特定と周知
まず、適用対象となる従業員を特定し、社会保険加入の必要性を周知することが重要です。特に、週20時間以上働くパートタイマー・アルバイトが対象となるため、これらの従業員に対して適切な情報提供が求められます。
(2)保険料負担のコスト管理と予算計画
「社会保険適用拡大」に伴う企業側の保険料負担を正確に見積り、予算計画を立てる必要があります。これにより、予算計画やコスト管理を適切に行い、企業の財務状況に与える影響を最小限に抑えることができます。
(3)労務管理の見直し
「社会保険適用拡大」により、労働条件や契約内容の見直しが必要になる場合があります。特に、短時間労働者の労働時間や賃金調整が求められることがあります。
(4)従業員への説明とサポート
「社会保険適用拡大」に関する従業員への説明会や個別相談を実施し、従業員が新しい制度を理解しやすいようサポートします。特に、保険料の負担増加や手取り収入の変化などのお金にまつわる事項の説明は欠かせません。なぜなら、現状の働き方や状況によっては社会保険料の負担額が増加し、短期的な手取りが減ってしまう方もいるからです。
しかしながら、一時的に社会保険料の負担が増加したとしても、その後所得税の減少分や将来受け取りが予想される年金額を考えると中長期的には負担が減少することになるため、そのあたりの詳細な説明を従業員の状況に合わせて実施すると良いでしょう。伝える内容としては以下のような点を伝えると、負担の増減を含めて齟齬のないコミュニケーションが取れます。
・給与に応じた控除される社会保険料を伝える(負担増)
・その結果、減少する所得税について伝えます(負担減)
・将来受け取りが予想される年金額について伝えます(受給増)
その際、厚労省などが発信している情報も併せて提供すると、より理解を得られやすいと思います。
(5)手続きの実施
社会保険新加入者の被保険者資格取得届を提出するなど、必要な手続きを迅速かつ正確に行います。
これらの対応を円滑に進めるためには、事前の計画と準備が不可欠です。人事部としては、経営陣や現場責任者と連携し、従業員に対する適切なサポートを提供することが求められます。
具体的には、経営者とは既存従業員で試算した期中に発生するコストや、今後年間で発生しうるコストを試算して共有するとよいでしょう。また、現場責任者とは、アルバイト採用の際に上記(4)の内容を事前に伝えてもらい、入社後のアンマッチや勘違いを防ぐ体制を協力して作り上げることをおすすめします。

「社会保険適用拡大」の今後
──「社会保険適用拡大」の今後の動向について、寒河江さんはどのように予想されていますか。
政府は企業規模要件の撤廃を検討していることから、将来的にはすべての企業が社会保険の適用対象となる可能性があると考えています。また、週20時間未満の短時間労働者への適用拡大も議論されています。
「社会保険適用拡大」により保険料負担が増えると、特に中小企業には大きな影響となります。そこに配慮し、これまでは大企業を中心に適用範囲を広げて行った形ですが、配偶者控除の廃止の検討も含めて最終的には全企業規模を対象に社会保険の適用対象とする検討が進んでいます。これらの動きの背景には、少子高齢化社会における社会保険制度の持続可能性確保、労働者の生活安定があります。
企業側としては保険料の負担増加が懸念される本取り組みですが、労働者にとっては年金や健康保険の受給資格が広がるメリットがあるものです。ただ、働きながら子育てをする短時間労働者は夫の扶養に入りながら働く方が大半のため、社会保険に加入するメリットをよりわかりやすく周知・理解してもらわなければなりません。
そのためには、周知のための準備や対応に伴うコスト負担などを許容し、会社全体として短時間労働者への説明をする必要があると考えます。今後も「社会保険適用拡大」の動向に注目し、適切な対応を進めることがより強く求められていくはずです。
今後のさらなる「社会保険適用拡大」を見越して準備しておくべきこと
──すべての企業が社会保険の適用対象となる時代を見越して、人事担当者はどのような準備をしておけば良いでしょうか。
適用拡大を見越して行っておくと良いことには、大きく以下3つあります。
(1)今後加入対象となる可能性がある方の把握
今後、社会保険の適用対象となる従業員を特定しておきましょう。特に、パートタイムやアルバイトの従業員が新たに適用対象となることにより会社のコストが増えますので、事前にどの程度コスト増となるのかを予測・把握して準備しておくことが必要になります。
(2)社内周知

社会保険適用拡大の内容(厚生労働省から出ている上記案内部分など)を従業員に周知します。社内イントラネットやメール・掲示板などを活用して、全従業員に情報を伝えることが重要です。
(3)従業員とのコミュニケーション
社会保険の加入に関するメリットや手続きについて、将来的に適用拡大の対象となりうる従業員としっかりコミュニケーションを取ります。特に、保険料の負担や保障内容(前述の内容)について長期的な視点で説明することが重要です。
ここまでの準備を先に進めておいた上で、いざ適応拡大が確定した際には『「社会保険適用拡大」対応において見落としがちなポイント』でご紹介したフローに沿って対応を進めていきます。来るべき未来を想定して準備を進めておくことで、企業・従業員共に不安なく新しい環境へと移行することができるでしょう。
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編集後記
過去の経緯から考えても、近い将来すべての企業が社会保険の適用対象となる可能性は高そうです。それが決まってから対応するのではなく、今のうちから『もし自社も適用対象となったら』と想定して対象者の特定や保険料負担の見積りなどを進めておけると、事業運営にも大きな影響を受けずに対応できるのではないでしょうか。