「限定正社員」制度で多様な人材が活躍できる組織を作るには
勤務地・勤務時間・仕事内容などを限定して働くことができる「限定正社員」。子育てや介護などの事情で時間と場所に制約がある人に対しても働きやすい環境を提供できることから、『多様な正社員』として政府も制度の普及を行っています。
今回は、「限定正社員」導入時の注意点や導入フローについて、多数の企業の人事制度設計支援の経験を持つ人事コンサルタント 武石 綾子さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
武石 綾子(たけいし あやこ)/人事コンサルタント
外資金融での法人営業・コンサルティング会社勤務を経て2018年に独立。主にIPOを視野に入れた中小企業・スタートアップ企業の支援を行う。専門分野は限定正社員制度を含む人事制度設計で、業種・規模を問わず様々な企業の制度構築をサポートしている。
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「限定正社員」とは
──「限定正社員」の概要について、通常の正社員やアルバイト・パートなどとの違いも含めて教えてください。
「限定正社員」とは、勤務地・勤務時間・仕事内容いずれかの労働条件があらかじめ限定されている正社員を指します。具体的には、特定の地域やオフィスに勤務地が限定される『勤務地限定正社員』、フルタイムの正社員より勤務時間が短い(もしくは特定の時間帯に限定されている)『時間限定正社員』、特定の業務や部門のみに従事する『職務限定正社員』の大きく3パターンが存在します。
従業員側の主なメリットとしては、転勤の可能性が常にあり(ただし会社による)フルタイム勤務が前提である正社員と比べると、家庭の事情や自身が望むライフスタイルに合わせた働き方ができる点があげられます。また、アルバイトやパートと違い限定条件以外は通常の正社員と同様の処遇を受けられるため、雇用および福利厚生面での安定性を得ることができます。一方、限定条件によっては昇進・キャリアアップのチャンスが少なくなる可能性もあります。ただし、このデメリットは企業の習熟度や文化によっても異なります。
なお、企業側のメリットとしては、特定の業務に特化した人材確保につなげやすくなること、そして自分らしい多様な働き方を望む人材に長く働き続けてもらいやすくなること(リテンション)などが挙げられます。
「限定正社員」制度を導入する目的
──以前から『一般職』のように勤務地や仕事内容を限定する雇用制度は存在していた印象です。そのような中でこの「限定正社員」を導入する企業が増えているのはどのような背景・目的があるのでしょうか。
正社員としての雇用安定性を提供しつつ、比較的拘束要素が少ない「限定正社員」を導入することで、専門性を持ちながらも何かしらの事情で正社員としては働き続けにくい方の離職を防ぐこと、(リテンション)、もしくは新規採用を実現することを目的とする企業が多い印象です。
具体的なニーズとして想定されるのは、出産育児をひかえる年代の方、高齢(シニア)層、介護をひかえる方、時間外労働を望まない方などさまざまです。特に、現状の日本ではまだまだ女性が育児負担を多く担う傾向にあるため、女性のキャリア中断を防ぐ意味でも「限定正社員」には一定の効果が期待できます。また、限定的な働き方を望む非正規雇用の従業員(パートやアルバイトなど)を正社員登用する場合の受け皿としても有効です。
このように、「限定正社員」制度を導入することで多様な人材が専門性やスキルを活かして働くことができるようになります。
「限定正社員」導入時の注意点
──「限定正社員」はメリットだけでなくデメリットもあるかと思います。より効果的に活用するために、導入時に注意しておくべきポイントがあれば教えてください。
「限定正社員」は導入することで多様な人材の確保ができる一方で、制度が煩雑になる、場合によっては不公平さを感じる社員が出てくるなど、運用における懸念が生じることがあります。問題発生を未然に防ぐための観点としては、以下6つがあります。
(1)組織内の公平性確保
「限定正社員」は給与や昇進の機会がフルタイムの正社員と異なるケースがあるため、他の従業員との間で不公平感を生じさせる可能性があります。特に、同じ職場で働いているにもかかわらず昇進や給与に非合理な差がある場合、モチベーションや責任感の低下、職場の雰囲気の悪化につながりかねません。こうしたリスクを回避するためには、従業員に対して待遇の差異やその根拠を明確に説明し、限定条件の有無に関わらず全従業員がモチベーションを維持しながら働ける環境づくり(客観性と公平性を保つための基準設定)を行うことが重要です。この具体的な方法は、(6)でご紹介します。
(2)キャリアパスの設計
「限定正社員」は特定の勤務地や仕事内容に限定されるため、キャリアの幅が狭まってしまう可能性があります。そのため企業は「限定正社員」にも成長やスキルアップの機会を提供し、キャリアパスを明確に示すことが求められます。「限定正社員」はあくまで労働条件の違いであり、キャリアの幅を狭めるものではありません。そうしたメッセージを従業員に伝え続けると共に、希望するキャリアを実現するための制度設計が必要となります。
(3)組織内コミュニケーションの強化
勤務地や仕事内容が限定されることにより、他部門やその従業員との連携が難しくなることがあります。これによる断絶や業務の滞りが生じるリスクには注意が必要です。「限定正社員」が組織全体との連携を保つためのコミュニケーション手段や体制を企業側で整える必要があります。例えば、定期的なミーティングの実施や、情報共有のためのITツール活用などが有効です。
(4)適正な労務管理
これは「限定正社員」に限りませんが、異なる労働条件の従業員が増えることで労務管理が複雑化します。勤務時間・福利厚生・評価基準などを個別に設定する必要があるため、管理コストや負担が増加する可能性が高いです。これらに対応するには、労務管理システム・プロセスの整備や、該当業務の担当者教育が重要です。
(5)法的リスクの管理
「限定正社員」の労働条件を適切に設定しない場合、差別的な扱いや労働基準法違反となるリスクがあります。特に、限定条件および処遇を明確に定めずに運用してしまうとトラブルの原因となる可能性が高いため、契約書や就業規則については事前に整備をしておきましょう。また、定期的な法的チェックを行い、最新の法規制に対応できているかも忘れずに行いましょう。
(6)組織内の文化や価値観への影響
適正な運用方針なく「限定正社員」制度を導入すると組織文化が変化し、職場の一体感や企業文化の維持が難しくなる可能性があります。これを防ぐためには、多様な雇用形態を受け入れながらも組織全体の価値観や目標を共有し、一体感を持たせる施策を講じることが望まれます。具体的には、以下のような施策が考えられます。
・『配慮はするが遠慮はしない』の意識を浸透させ、必要以上に区別をしないこと
・『組織目標は全員で達成するが、働きやすさ実現の観点からフルタイムと「限定正社員」相互の助け合いが必要』のメッセージを常に管理職から伝えること
・「限定正社員」にも(労働条件に応じた形で)積極的に業務アサインを行い、成果や責任を求めた上で評価基準に則り評価すること
「限定正社員」の導入ステップ
──「限定正社員」をスムーズに導入するためにはどのような流れで進めれば良いでしょうか。
導入検討から実際の運用開始にいたるまでの業務フローには、大きく6つのステップがあります。
(1)導入目的の明確化
■業務の要件整理
なぜ「限定正社員」を導入するのか、その目的を明確にします。例えば、特定地域での人材確保、特定業務における専門性の強化、ワークライフバランスの推進、などの企業ニーズが導入目的になります。
(2)制度設計
■労働条件の設定
勤務地・勤務時間・仕事内容などの限定範囲を導入目的に沿って具体的に設定します。その際、給与体系や福利厚生、昇進制度などの待遇も合わせて検討し、通常の正社員との整合性を保つように設計する必要があります。
■キャリアパスの策定
「限定正社員」向けのキャリアパスを策定し、成長の機会を提供する方針を決めます。フルタイムと比較するとキャリアが限定的になる可能性はありますが、一定程度までは昇進できる制度に整えるのが望ましいです。限定範囲ごとに考えられるキャリアパスイメージには以下のようなものがあります。
①勤務地限定
勤務地が限定されることにより昇進範囲が制限されるケースがあります(フルタイムは役員まで、限定は課長までなど)。自社の昇進制度を検討する際、勤務地要素がどの程度重要なのかを検討した上で、一定の昇進は可能とするのが望ましいです。
②時間限定
本人のキャリア観によりある程度選択の余地がある状態が望ましいです。ライフイベントや家庭の事情がある場合であっても、本人の志向や能力がある場合はキャリアアップを目指すことができ、本人が望まない場合はゆるやかな働き方ができるような制度が理想です。この際、本人の意向に反してキャリアダウンになってしまわないよう留意しましょう。
③職務限定
特定の仕事に従事する専門職としてのキャリアが想定されるので、マネジメントだけでなくスペシャリストとしてキャリアを積み上げる複線型のコース導入が望ましいです。
(3)法的確認と規則整備
■法的リスクの確認
労働基準法や関連法規に基づき、労働条件や契約内容が法的に適正かどうかを確認します。顧問社労士がいる場合は社労士へ、いない場合は管轄の労基署への問い合わせると良いでしょう。
■就業規則の改定
就業規則や社内ルールを明確にし、新たな雇用形態に対応できるよう整備します。
(4)社内への周知・トレーニング
■社内説明会の実施
「限定正社員」制度を導入する前に、従業員や管理職を対象に説明会を実施し、新制度の目的や詳細、働き方の変化について理解を深めます。その際に特に重要なのは以下3点です。
①導入目的や背景などのメッセージをしっかり伝えること
②処遇面の説明を曖昧にしないこと
③従業員のケア(事前質問の集約、説明会終了後のアンケート取得など)
■管理職のトレーニング
「限定正社員」をマネジメントする管理職に対して制度運用に関するトレーニングを行い、適切な労務管理やコミュニケーション方法を指導します。管理職自身が「限定正社員」運用に関する内容を正確に理解し、従業員に説明できる状態にしておくことが肝要です。トレーニングの内容としては、以下のようなものがあります。
・座学やワークショップによる内容理解
・部下との面談ケーススタディ
・部下との面談ケーススタディ など
(5)試験運用
■試験導入
一部の部署や地域で試験的に「限定正社員」を導入し、実際の運用における課題や改善点を洗い出します。この段階で得られたフィードバックを基に、正式導入に向けて制度を改善していきます。なお、試験導入時にチェックしておきたい観点にはハード面・ソフト面で以下のようなものがあります。
<ハード面>
・既存勤怠システムで対応できるか
・運用ルールや就業規則、申請書の内容に不足はないか
(試験運用でイレギュラーが発生した場合はその内容について協議・明記するなど)
・本人の意向と齟齬が無いよう明確に記録を残すこと
<ソフト面>
・組織内の変化(他従業員への業務の偏りなど)
・業務への影響(生産性)
(6)正式導入
■正式導入・運用開始
試験運用の結果を踏まえて、組織全体で正式に「限定正社員」制度を導入します。
■継続的なモニタリング
正式導入後も運用状況に応じて継続的な改善を図ります。この際のチェックポイントとしては、基本的には試験導入時の観点は同様です。ただし、より長期的な視点が必要にはなってきます。
「限定正社員」制度の導入事例
──武石さんが「限定正社員」の導入に関わった事例について、可能な範囲で教えてください。
とある物流企業の人事制度改定を請け負う中で、「限定正社員」についても検討・導入を行った事例についてご紹介します。
■導入のきっかけ・目的
この企業では、従業員数が100名を超えた頃から育児や介護などの家庭事情を理由に退職を希望する方が増えてきていました。しかし、従来から定められた硬直的な制度しか持っていなかったため、こうした働き方の変化に対応しきれず、結果として退職を受け入れるしかない状況が続いていたのです。従業員の定着(リテンション)を図ること、若手社員の安心感醸成などを目的として、人事制度改定ならびに新たな制度導入を検討することになりました。
■導入にあたり検討したこと
主となった検討テーマに、『従業員のニーズ(希望する働き方)をどこまで受け入れるべきか』があります。特に、育児や介護などの個別事情を持つ従業員の希望に限るべきか、それとも特に事情がない従業員の希望も考慮すべきかが議論の焦点になっていました。最終的には、制度が乱雑化することを防ぐため、あくまで『育児と介護』に限定した形で運用を開始する方針となりました。
■導入した「限定正社員」の制度内容
時間限定(フルタイム8時間に対し7時間・6時間勤務の2パターンを用意)と勤務地限定(転勤負担軽減の意味合いから給与を10%分減額)を導入しました。それぞれの対象者はあくまで育児・介護いずれかの事情に限定し、自己申告制の形をとっています。この人事制度改定と合わせて「限定正社員」の申請プロセス・給与の減額要件を明確に就業規則に記載しました。その後、社内への説明会を複数回実施して新設した「限定正社員」制度の社内周知を徹底。申請書のフォーマットも適切に作成し、例外を作らないよう厳格な運営体制を敷くことで客観性を重視しています。
このような形で制度を導入することにより、優秀な人材の離職防止のほか、今後ライフイベントを迎えるであろう従業員に対する安心感醸成にも繋がりました。
■合わせて読みたい「働き方に関する制度」関連記事
>>>ハイブリッドワークとは?リモートワークの先に生まれた組織の生産性を上げる方法
>>>「勤務間インターバル制度」努力義務化の概要および導入・運用方法とは
>>>「高度プロフェッショナル制度」を組織合意のもと導入するためには
>>>「子の看護休暇」の取得促進により、働く環境整備と企業成長を両立する
>>>「ワークシェアリング」で貴重な人的資本を活かす方法とは
>>>「社内副業」を効果的に導入するために理解したい課題と対策
>>>「短時間正社員制度」による組織影響と導入方法について解説
>>>「正社員登用制度」を活用して社員の定着と生産性向上を実現するためには
>>>「ABW(Activity Based Working)」はフリーアドレスとどう違う? ポイントを導入経験者が解説
>>>「選択的週休3日制」の導入目的・パターン・注意ポイントを解説
>>>「スーパーフレックス制度」とは? 導入方法や注意点を事例と共に解説
>>>「ワークライフインテグレーション」で事業成長と私生活の充実両方を達成させる組織づくりとは
編集後記
「限定正社員」制度は、働き方の多様化に対応するために有効な手段の1つです。従来の一般職やアルバイト・パートとは違い、専門性を活かしながら柔軟性高く働ける環境を整備することができます。一方で、限定条件以外は通常の正社員と変わらないことから、公平性の確保や一体感の醸成が求められます。これらの点にも配慮しながら、より多様性を受け入れられる組織を作っていきましょう。