「L&D」と従来の人材開発は何が違う?従業員と組織の成長のために知っておきたいこと
従業員の学びと成長を促進する取り組みを表す「L&D」(Learning & Development)。従来の人材開発とは異なり、学習から実践・共有までのプロセスを重視し、持続的な成長を目指すことが特徴です。近年、日本企業でも「L&D」の重要性が認識され始め、そのワードを耳にする機会も増えました。
今回は、事業会社とコンサルティングファームの両面から人事に20年携わった経験を持つアルドーニ株式会社 代表取締役の永見昌彦さんに、「L&D」の概要から従来の人材開発との違い、導入時の注意点などについてお話を伺いました。
<プロフィール>
永見 昌彦(ながみ まさひこ )/アルドーニ株式会社 代表取締役
外資系コンサルティングファームの人事コンサルタントとして勤務した後、事業会社(ラグジュアリーブランド持株会社)の人事企画担当マネジャーとして人材開発・人事システム・人事企画を兼務。事業会社、コンサルティングファームの両面から人事に20年携わった経験を活かし、2016年にフリーランス人事プランナー・コンサルタントとして独立。2018年に法人化。現在、人事全般のプランニング・コンサルティング・実務に携わっている。
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目次
「L&D」とは
──「L&D」の概要について、近年日本でも取り組む企業が増えている背景も含めて教えてください。
「L&D」(Learning & Development)とは、もともとアメリカ発祥の考え方で、企業における従業員の能力開発や人材育成の取り組みを指す言葉です。「L&D」の目的は、従業員の能力開発を通じて企業の事業目標や戦略の達成することにあります。そのため、研修プログラムの設計にあたってはビジネスゴールとの連携が不可欠です。
具体的な取り組みとしては、新入社員研修・マネージャー研修・ビジネススキル研修・コンプライアンス研修など、従業員の知識やスキルを高めるためのさまざまな学習プログラムを企画・実施します。なお、この学習プログラムは研修だけとは限りません。どのような施策を実施するのかを検討することもありますし、ミッション・ビジョン・バリューの浸透や組織文化の醸成なども「L&D」の重要な役割となっています。
この「L&D」に日本でも取り組む企業が増えている背景には、『従業員の主体的な能力開発がより求められるようになった』時代背景があります。従来の日本は年功序列や終身雇用が前提で従業員はずっと同じ企業に在籍することが通常でした。そのため、企業・従業員どちらもその企業で働くにあたって必要なスキルを身につければよいという考え方が主流で、人材開発は企業主導で行われる集合研修などの座学が中心であり、あくまで組織ニーズに沿った従業員の能力育成がメインでした。しかし、技術の進歩・市場の変化(グローバル化など)・人口減少による労働人口減少など急激な環境変化を受けて能力開発の重要性が上がり、今では国を挙げたリスキリング支援を行うほどになっています。こうした環境下では常に新しいスキルを身につける必要があり、身につけたとしてもすぐに通用しなくなる可能性があるため、企業としても継続的に「L&D」に取り組んでいくことが必要不可欠です。
一方で、現代は労働市場の変化が激しく、求められるスキルも常に変化します。そのような中で、個人にとってはその時々で必要なスキルを主体的に学び、スキルアップできることをこれまで以上に重要視するようになっています。また企業にとっても従業員のスキルアップは企業の生産性や競争力の向上につながることから、個人の主体的なスキルアップに力を入れる傾向が高くなります。
しかしながら、従来の一方通行の授業形式では、変化が激しく個人差が大きい学習者のニーズに十分に応えられないことが増えてきました。そのため、従来の画一的な教育ではなく、個人や組織の学習ニーズに合わせてカスタマイズされたスキル形成が求められています。例えば、e-ラーニングやオンライン研修、マイクロラーニングなどです。加えて、単なる座学ではない実践的な学習が求められており、「L&D」にはそうした期待も込められています。
だからこそ、「L&D」の専門家は単なるトレーナーやコンテンツ開発担当者ではなく、ナレッジマネジャーやキュレーターとして従業員が学ぶべきコンテンツや最適な学習方法の選定、受講状況の分析・評価を行うことを通して、従業員1人ひとりのニーズに合わせた最適な学習機会を提供することが求められます。
「L&D」と従来の人材開発との違い
──「L&D」と従来の人材開発にはどのような違いがあるのでしょうか?
「L&D」の特徴は、従来の企業主導で行われる集合研修や座学研修とは異なり、『従業員の自律的な学びを重視する』ことにあります。従業員1人ひとりが主体的に学習し、それを実業務の中で活用することが前提となっている考え方です。また、「L&D」では個人の成長だけでなく『組織の成長』も目的としている点、従業員の多様なニーズに合わせた柔軟な学習機会の提供と継続的な支援を行う点も従来の人材開発とは異なるものです。
つまり、「L&D」は従業員の自律的な学びを重視し、実践的な学習を通じて個人・組織双方の成長を図るより柔軟で継続的な取り組みと言えます。
「L&D」が個人・組織に及ぼす影響
──「L&D」がどのような流れで個人・組織双方の成長に繋がっていくのかイメージを教えてください。
「L&D」は、個人の学習を実践に繋げ、それを共有し組織の成長につなげていくのが特徴です。具体的な流れは以下の通りです。
(1)学習ニーズの把握
学習ニーズとは『どんな課題があり、それに対して何を学べば解決できるのか』を明確にしたものです。従業員1人ひとりが自身のスキルアップ課題について考え、それを上司・SME (Subject Matter Expert/特定分野の専門家)・メンターとのディスカッションを通じて学習ニーズとして明確化していきます。その後はLMS (Learning Management System/オンラインでの学習コンテンツの配信や学習履歴の管理などを行うシステム)を活用して、ニーズに沿った適切な学習コンテンツを検索・選択していきます。仮にLMS上に適切なコンテンツが存在していない場合は、外部研修・学習コンテンツを検討する必要があります。
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(2)学習の実行
e-ラーニングやマイクロラーニング(1~5分程度の短時間で学習を行うもの)などのデジタルコンテンツを活用して自己学習を行います。また、目的や学習内容によっては集合研修やOJT、メンタリング(経験豊富な人が助言や指導を行う)などオフライン(対面)での学習やフォローも検討しましょう。なお、学習中は上司・SME・メンターによるサポートやフィードバックを行うことも重要です。集合研修などであれば講師やコホート (同期学習者)との対話を通じて主体的に学び合う(ピアラーニング)こともできます。
(3)学習の実践
ここまでに学習した内容を実際の職場や業務に活かし、試行錯誤しながら実践していきます。この時、上司は部下の実践状況をリアルタイムに把握し、1on1ミーティングなどの場を通じてフィードバックやコーチングを行っていきます。また、同僚とも逐次情報を共有しながら、お互いに学び合う機会を設けるとより効果的です。
(4)学びの共有
学習・実践中は定期的に振り返りの場を設け、学んだことを報告し合います。その際、単なる報告に留めるのではなく、学んだことを組織全体で共有・議論し、今後の改善へとつなげていくことが重要です。具体的には、社内の情報共有ツールを活用して、各自の学びや気づきを組織全体で蓄積・共有していきます。その後はSMEが中心となり、蓄積・共有された情報を元に学習コンテンツの改善につなげていきます。
また、このような学習サイクルの整備のほかに、従業員に主体的な学びの姿勢を持ってもらうことも必要です。このマインドセットを研修で伝えるのは難しいものです。しかし、上司や役職者などの模範となる人が主体的に学ぶ様子を実践し、部下に見せ『主体的に学ぶことが、自分にとっても得になる』と示すことで、学びの姿勢を少しずつ浸透させていくことが大切ではないでしょうか。
このように、「L&D」は従業員1人ひとりの主体的な学びと、組織全体での学びの『循環』がキーとなっている取り組みです。こうした良い循環を作り出すことで、個人の成長と組織目標の達成につなげていきます。
「L&D」の導入方法と注意ポイント
──アメリカ発祥の「L&D」を日本企業で定着させる上で押さえておくべき進め方や注意点について教えてください。
「L&D」を日本企業に定着させるためには、以下のようなフローで導入を進めていくことが重要です。
(1)現状の課題と課題解決ニーズの把握
これまでに実施していた階層別研修などの課題を明確にするところからスタートします。その方法は、前述した通り『従業員1人ひとりが自身のスキルアップ課題について考え、それを上司・SME・メンターとのディスカッションを通じて学習ニーズとして明確化していく』形が良いでしょう。こうしてこれまでの人材開発では足りない部分を明確にすることで、「L&D」の必要性を組織全体に理解してもらうこともしやすくなるからです。特に、経営層の理解と協力を得ることが非常に重要です。「L&D」は中長期的な視点を持って取り組む必要があるため、現場だけが主導して「L&D」を実施しても定着させることが難しいからです。
(2)「L&D」の目的と方針の設定
「L&D」の目的は、従業員の自律的な成長と組織の目標達成を両立させることにあります。そのため、『組織の目標』を明確にしておかなければその取り組み内容を考えることもできません。改めて組織の目標を明確にし、それに基づいて方針を設定していきます。
他社の成功事例をそのまま自社に導入しようとするケースがありますが、他社でうまくいった研修や育成方法が必ずしも自社にマッチするとは限りません。事例として参考にする程度であれば問題ありませんが、組織の目標に沿ってカスタマイズすることが重要です。
(3)「L&D」の仕組み構築
従業員の学習を支援するツールやコンテンツを整備します。具体的には、前述したLMS(学習管理システム)やLXP(Learning Experience Platform/学習体験プラットフォーム)と呼ばれるツールがそれに該当します。しかし、これらを導入することが目的になってしまい、導入後は息切れしてしまって学びが継続できない企業も少なくありません。導入をゴールとするのではなく、どのように活用するのかを想像しながら実践を通じてアレンジしていくことが肝要です。
また、ツールに合わせて支援体制も整備します。具体的には、こちらも前述した上司によるOJTやメンタリングなどの支援です。さらに、そうした場などで収集した学びの成果を組織全体に共有し活用できる仕組みもこの段階で構築していきます。
(4)段階的な導入と改善
いきなり全社へ導入するのではなく、まずは一部の部門や職種から先行導入して効果を検証していきます。実際に学びを行った従業員の反応や成果を確認しながら、その都度研修内容や仕組みを改善していく形です。その過程や変化についても経営層や管理職層に共有し、「L&D」に対する理解度を深めていくことで、ゆくゆくの全社展開の土壌づくりも進めて行きます。
(5)評価と継続的な改善
従業員の満足度や業績への影響などを定期的に評価します。こうした情報収集や評価においては、メンバーと日々接点のある管理職メンバーにリードしてもらう必要があります。そうしたモチベーションを引き出す意味でも、経営層から「L&D」の取り組み意義やその進捗などを定期的に共有してもらうことで、組織としての優先順位が下がらないようにします。1回導入したら終わりといったものではないため、環境やニーズの変化に合わせて継続的にブラッシュアップしていく必要があります。
これまでに行ってきた人材開発のすべてが不必要になったわけではありません。目的に対して足りていないもの(課題)や既に不要となったものを明確にした上で、「L&D」の考え方や取り組みが必要な部分について導入していく形が良いでしょう。また、急激な変化は現場にも受け入れられにくいので、段階的な導入と改善をコツコツと繰り返すことが「L&D」の定着に重要なことだと考えています。
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編集後記
企業内において従業員が主体的に学びを進められるようになることは全企業の課題と言っても過言ではないでしょう。さらに従業員個人の成長だけでなく、組織の目標達成と両立させることが「L&D」には求められます。それを実現させるためには、「L&D」に対する経営陣の理解を促進し優先順位を上げていくことが必要です。人事担当者がここをリードできるかどうかが「L&D」成功のキーなのではないでしょうか。