「ワークライフインテグレーション」で事業成長と私生活の充実両方を達成させる組織づくりとは
従業員の仕事とプライベートの両方に良い影響を与える状態を目指す「ワークライフインテグレーション」。近年はDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の観点からも注目が集まっている言葉です。
今回は、「ワークライフインテグレーション」の概要・注意点や進め方について、合同会社Safe&Sound 代表執行役 鹿野 順さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
鹿野 順(かの じゅん)/合同会社Safe&Sound 代表執行役
デロイトトーマツグループやPwCグループなどで経営コンサルティングに携わったのち、女性管理職比率向上と男性育休取得推進を支援するコンサルティングファームSafe&Soundを創業。コンサルティング業務に加えて、男性育休に関する情報発信を行うYouTubeチャンネル『男性育休応援チャンネル』を運営。
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「ワークライフインテグレーション」とは
──「ワークライフインテグレーション」の概要について、似た言葉である『ワークライフバランス』との違いも含めて教えてください。
「ワークライフインテグレーション」とは、仕事(ワーク)と私生活(ライフ)の境界を柔軟にし、両方を一体化(インテグレーション)させるアプローチです。この考え方では、仕事と私生活の間に明確な線引きをするのではなく、互いに補完し合い、相互に溶け込むように調整することを目指します。具体的には、仕事の時間を調整して家庭の用事をこなしたり、家庭で仕事をすることを許容したりすることなどが該当します。
この「ワークライフインテグレーション」の考え方は、2008年に慶應義塾大学の高橋俊介教授と経済同友会によって発表されたレポート『21世紀の新しい働き方 「ワーク&ライフ インテグレーション」を目指して』の中で生まれた単語であると言われています。しかし、この言葉が一般的な関心事として知られるようになったのは2020年のコロナ禍以降です。
一方、『ワークライフバランス』は仕事と私生活の時間とエネルギーを適切に分配し、両者が均衡するように努める考え方です。仕事と私生活を分けて考え、どちらか一方に偏ることなく双方に十分な時間とリソースを割り当てることが重要視されます。具体的には、定時に仕事を終えた後の時間は家族や趣味のために使う、など明確に仕事と私生活の時間を分けることが推奨されます。
DE&I観点から進む「ワークライフインテグレーション」
──「ワークライフインテグレーション」が近年注目されている背景にはDE&I推進があると感じています。これらはどういった関係性にあるのでしょうか?
10年以上前に誕生した「ワークライフインテグレーション」の考え方が近年注目されているのは、間違いなくコロナ禍がきっかけだったと考えています。
従業員が自身の「ワークライフインテグレーション」を実現するためには、勤務場所・時間の柔軟性を持つ必要があります。コロナ禍でリモートワークとWeb会議ツールなどを用いた非同期型のコミュニケーションが浸透し、これらの柔軟性を多くの従業員が手にすることになりました。この柔軟性を手に入れた従業員が仕事の合間に子どもの送り迎えや看病、洗濯などの家事を行うことの合理性に気づいた結果、「ワークライフインテグレーション」の考え方が注目・支持されるようになったのでしょう。
こうした背景から「ワークライフインテグレーション」は特に家庭と仕事の両立と密接な関係があり、多くの企業のDE&Iにおける目下の関心事である女性管理職比率の向上に強く影響します。一般的に管理職は仕事に割く時間の柔軟性と安定性(業務状況に応じて時間外の対応ができ、仕事に穴をあけないこと)が求められます。加えて、働き方改革により非管理職の業務時間が制限された結果、管理職に求められる穴埋めの負荷が大きくなっており、この傾向は年々強まっている傾向もあります。
しかし、子育てにおける時間的な制約(保育園の送り迎えなど)や子どもの目の離せなさ・予測不可能さは、上記の管理職に求められる役割とは真逆の性質があります。つまり、家庭の主たる担い手になりがちな女性は出世競争において不利な状況に置かれがちなのです。
ワークライフバランスは『ワークの時間を削減しライフの時間を確保する』という性質があるため、『子育てをしながら働き続けられる環境』の実現には寄与するものの、『子育てをしながら管理職として活躍できる環境』の実現には不十分と言えます。一方、勤務時間や場所の柔軟性を取り入れた「ワークライフインテグレーション」は、『子育てをしながら管理職として活躍できる環境』の実現につながる考え方です。前述のコロナ禍のみならず、このようなDE&I推進の背景も「ワークライフインテグレーション」の普及に寄与したのではないでしょうか。
<合わせて読みたい>
▶️なぜ女性管理職は増えないのか?現状と企業が陥りがちなポイント
▶️注目が高まる「DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」とは
また、「ワークライフインテグレーション」の実現は女性管理職比率の向上のみならず、全社的な離職率の低減にも寄与すると考えられます。これまで家庭の主たる担い手は女性となることが通例でしたが、Z世代・ミレニアル世代の男性における家庭との両立意欲の向上や大介護時代の到来など、家庭と仕事の両立が性別を問わない関心事となり始めているからです。
これまで家庭と仕事の両立に取り組む女性は、家庭と仕事の明確な優先順位付けを強いられ、多くの方が時短勤務やマミートラック(※)を利用し出世競争から離脱せざるを得ない状況でした。「ワークライフインテグレーション」はこの優先順位付けを回避する考え方であり、家庭と仕事の両立に取り組む多くの人に『自分がこの会社で長期的に活躍する未来』をイメージさせられる考え方なのです。
(※)マミートラックとは、出産後に復職した女性社員が育児のための時短勤務制度を利用したり、あるいは部署異動や仕事が変わったり等の配置転換によって、将来的には本人のキャリアが限定されたものになってしまう状態のこと。
<合わせて読みたい>
▶️「マミートラック」のネガティブ要因を理解し、ポジティブに運用する方法とは
「ワークライフインテグレーション」推進時に押さえるべきポイント
──「ワークライフインテグレーション」も進め方によっては期待した効果が出ないこともあるかと思います。推進時に注意すべきポイントにはどのようなものがあるのでしょうか。
「ワークライフインテグレーション」は推進することにより従業員の勤務時間・場所の柔軟性を高めることができますが、これは業務の実施タイミングや時間配分において従業員がより大きな裁量を持つことを意味し、それに伴うさまざまなリスクも存在します。
まず、コロナ禍で露呈したように労働時間の増大や燃え尽き症候群の発生などの従業員へのリスクに加え、業務の生産性や品質の低下などの組織へのリスクがあります。これらのリスクを低減する方法は、基本的にコロナ禍で行われていた対策が有用です。具体的には、短時間の朝会による業務状況やコンディション確認、コラボレーションツールによる業務状況の可視化、チームビルディングイベントの開催などにより従業員側のリスクに備えることができます。組織側のリスク低減の観点では、各業務の関係者間におけるアウトプットイメージの明確化・共有や軌道修正を行うための打ち合わせの設定などによって業務の生産性や品質を担保することができます。
また、コロナ禍における働き方の柔軟性は強制的かつ全社的に同等に利用された一方で、平時における柔軟性の活用度合いには個人差があり、従業員間の不満や差別を生み出すことにも繋がりかねません。これらのリスクを低減するためには、大きく以下3つのポイントを抑える必要があります。
(1)「ワークライフインテグレーション」実現に取り組む意義の周知
従業員の「ワークライフインテグレーション」の実現に向けた取り組みが『個人のワガママ』と受け取られないためにも、時代変化への対応といった曖昧な言葉ではなく、自社の人材戦略の位置づけと接続した具体的なストーリーを提示すべきです。
(2)公平性の担保
具体的には、業務・職場・ライフステージにかかわらず従業員が公平に勤務時間や場所について柔軟に勤務できるよう整える取り組みを指します。これは従業員間の不公平感を低減することはもちろん、新たなマミートラックを生まないことにも繋がります。
(3)継続的な改善
「ワークライフインテグレーション」を実現する上での障害は、職場・個人単位でさまざまなものが発生します。これらを初期段階に予見し対策することは不可能ですし、時間の経過とともに新たな障害が発生していくものです。これを前提とすると、障害情報を吸い上げて施策に反映していく仕組み・オペレーションを構築しておくことは必須と言えるでしょう。
「ワークライフインテグレーション」の推進事例
──「ワークライフインテグレーション」を自社で推進する上で参考にできる事例や進め方などがあれば教えてください。
「ワークライフインテグレーション」を進める場合、基本的には以下5つのステップで実施することになります。
(1)目標設定と現状分析
(2)施策の設計と計画
(3)コミュニケーションとトレーニング
(4)施策の導入とモニタリング
(5)継続的な改善
私はこれまで複数企業で「ワークライフインテグレーション」の実現を支援してきましたが、それらの経験から最も重要なステップは『(1)目標設定と現状分析』にあると考えています。
コロナ禍で体感した方も多いかと思いますが、「ワークライフインテグレーション」実現の前提となる勤務時間や場所の柔軟性を従業員がどの程度活用できるかは、『上長の活用度合い』に大きく左右されます。いくら会社として「ワークライフインテグレーション」を推進しても、上司が出社を強要したり、強要までせずとも出社せざるを得ない雰囲気があったりすると、部下が柔軟性高く働きづらくなってしまうためです。
それを回避するためにも、組織単位で「ワークライフインテグレーション」に取り組む意義や目標値を設定し、トップダウンで「ワークライフインテグレーション」を実現する環境を整備する必要があります。目標値は、例えば従業員エンゲージメント向上が目的ならエンゲージメントサーベイのスコア、介護や子育てによる離職防止が目的なら離職率、など組織として『なぜワークライフインテグレーションに取り組むのか』の目的を踏まえ、適切な目標値を設定することが必要です。
また、現状分析では『ワークとライフについて良好な関係が実現できているか』『その実現のために必要なことは何か』といったことを従業員アンケートやインタビューで情報収集し、目的の実現のためにどのような制度や施策が必要かを分析します。この現状分析は施策内容の根拠となり、取り組み全体の成否を左右する重要なステップです。しかし、なぜかおざなりになっていることの多い部分でもあります。
ちなみに、ある企業では既にフレックスタイム制やリモートワーク制を導入しており、勤務時間の場所・柔軟性は担保されていると考えていました。しかし、従業員アンケートを取ってみると実際にはほとんど利用されておらず、利用したくても利用できない状況にあることがわかったのです。この背景を掘り下げていくと、以下のような課題が明らかになりました。
・会議の主催者は現地で参加しなければならない(暗黙のルール)
・コアタイム外での打ち合わせの常態化
・コアタイムの時間帯が長すぎて保育園のお迎えに間に合わない など
この事例は少し極端かもしれませんが、既存の施策を聖域にせず課題を深堀っていくことは多くの企業にとって意識しなければならないポイントであると考えています。
■合わせて読みたい「働き方に関する制度」関連記事
>>>ハイブリッドワークとは?リモートワークの先に生まれた組織の生産性を上げる方法
>>>「勤務間インターバル制度」努力義務化の概要および導入・運用方法とは
>>>「高度プロフェッショナル制度」を組織合意のもと導入するためには
>>>「子の看護休暇」の取得促進により、働く環境整備と企業成長を両立する
>>>「ワークシェアリング」で貴重な人的資本を活かす方法とは
>>>「社内副業」を効果的に導入するために理解したい課題と対策
>>>「短時間正社員制度」による組織影響と導入方法について解説
>>>「正社員登用制度」を活用して社員の定着と生産性向上を実現するためには
>>>「ABW(Activity Based Working)」はフリーアドレスとどう違う? ポイントを導入経験者が解説
>>>「選択的週休3日制」の導入目的・パターン・注意ポイントを解説
>>>「スーパーフレックス制度」とは? 導入方法や注意点を事例と共に解説
編集後記
転職が当たり前になりつつある時代であっても、『自分がこの会社で長期的に活躍する未来』をイメージできる組織づくりは非常に重要です。高い生産性や事業成長と従業員の私生活をどう両立させるかを考え続けることは、すべての人に機会提供と公平性を追求することでもあります。制度づくりだけでなく実際の活用状況などもつぶさにチェックしながら、より柔軟性・多様性のある組織にしていきたいものです。