「エントリーマネジメント」で人が長く活躍する組織を作るには
採用段階で求職者と企業の相互理解を進めてミスマッチを減らす手法である「エントリーマネジメント」。近年、離職防止やエンゲージメント向上の観点からも注目を集めています。
今回は、ベンチャーから大手までさまざまな企業の採用戦略立案から実行までを一貫して支援されている直井 大志さんに、「エントリーマネジメント」の概要から見直し方法、具体事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
直井 大志(なおい たいし) /合同会社DMM.com チームマネージャー
新卒で大手自動車部品メーカーにエンジニアとして入社。その後、世の中の採用ミスマッチを解決するために採用媒体を運営するウォンテッドリー株式会社に営業職として転職し、150社以上の導入・活用支援に従事。異動後には新規事業の福利厚生サービス「Perk」の立ち上げおよび事業推進責任者を歴任し、従業員が活躍するまでをゴールとした組織開発を支援する。現在は複業として個人で採用支援を行なっており、ベンチャーから大手までさまざまな企業の採用戦略立案から実行までを一貫してハンズオンで支援している。
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目次
「エントリーマネジメント」とは
──「エントリーマネジメント」の概要について教えてください。
「エントリーマネジメント」とは、採用活動の中で求職者と企業の期待値をすり合わせ、ミスマッチを防ぐとともに、オンボーディングまで含む社員の入社後の早期活躍をマネジメントする手法のことです。
採用におけるミスマッチ発生要因はいくつもありますが、よくあるのは『採用数目標を達成させたいがあまり、採用担当者が求職者へ自社魅力を実態よりも盛って伝えてしまう』『ネガティブな情報をあえて伝えない』などのケースです。この場合、目先の採用数目標は達成できるかもしれません。しかし、実際に入社した後に休職者が『思っていた業務内容と違う』『会社の方向性やカルチャーと合わない』などを理由にすぐ離職してしまう可能性はぐんと高まります。採用や育成には莫大な金銭的・人的コストが掛かっていること、求職者にとっても不幸な結果になってしまうことを考えると、こうしたミスマッチはできる限り発生させないようにしたいものです。
ちなみに、ミスマッチが発生しやすい項目には以下のようなものがあります。こうした項目を「エントリーマネジメント」を行う上では主にすり合わせていくことになります。
・職務内容
・採用要件(スキル、価値観、思考性など)
・会社の方向性(ミッション、ビジョン、バリュー)、評価指標
・直面している課題(経営課題、組織課題)
・任せたいミッション、マイルストーン、KPI
・待遇、昇給スピード
・社内のキャリアステップ
・福利厚生、人材育成制度
ただ、これらをとにかく伝えれば良いわけではありません。適切な役職者を選定し、その方から具体的かつ丁寧に伝えてもらうことで、より解像度高く職場で活躍できるイメージを求職者が持てるようにすることが何より重要です。
──近年、「エントリーマネジメント」の見直しをする企業が増えてきた印象です。その背景について直井さんはどう捉えていますか。
「エントリーマネジメント」に注目が集まっている背景には、以下のような昨今の採用トレンドとそこから起こる課題が大きく影響していると考えています。
<昨今の採用トレンドとそこから起こる課題>
・少子化により人手不足が深刻化しており、有効求人倍率の高止まりが起きている
→優秀な人材ほど企業間の採用競争率は高くなり、採用自体が難しくなっている
・終身雇用の時代が終わり転職が一般的になったことで、人材の流動性が高まっている
→離職率が高まる傾向にあり、企業は入社後も従業員から選ばれ続けることが求められる
・2023年3月31日以降に終了する事業年度にかかる有価証券報告書から人的資本の情報開示が義務化されたことにより、企業の人材開発に関わる取り組みがオープンになっている
→求職者は公開された情報をもとに転職・就職先を比較できるようになり、企業は選んでもらうための広報活動や制度設計が必要になる
これらの背景から、企業はこれまで以上に求職者・従業員から選ばれ続けるための環境づくりや広報を強化していく必要性が高まっています。その具体的な取り組みとしては大きく以下2つありますが、「エントリーマネジメント」は以下のうち(2)に該当します。
(1)求職者・従業員が求める会社の環境づくり(給与体系、働き方、福利厚生、人材育成など)
(2)求職者とのミスマッチをなくすためのコミュニケーション改善
→エントリーマネジメントでの取り組み領域
「エントリーマネジメント」の見直し範囲
──『求職者とのミスマッチをなくすためのコミュニケーション改善』を行う上で、企業は採用から入社後のどのフェーズまでを対象として「エントリーマネジメント」の見直しを行うと良いのでしょうか。
見直し範囲について話を進める前に、そもそもの『採用活動の目的』について触れさせてください。採用活動の目的は業種・規模・ビジョンなどによっても変わりますが、一言で言うならば『経営課題を解決するため』です。例えば、来期130%の成長率を目指す営業会社がその達成手段として選ぶのは、すぐに活躍が期待できる営業経験者を採用することでしょう。SaaS企業が新規プロダクトの立ち上げに必要な人材がいない場合、新しく人材を採用するか外注するかのいずれか方法を選択するはずです。
これらに共通して言えることは、人材を採用することがゴールではなく、その先にある売上目標の達成や新規プロダクトの立ち上げ成功があるわけで、つまり『経営課題が解決された状態』が採用活動のゴールになります。しかしながら、実態はこうした経営目線・視座を持って採用活動を行える時ばかりではありません。むしろ、欠員などの緊急性の高い状態で目の前の採用数目標を追いかけてしまうことの方が多いため、ミスマッチがどうしてもなくならないのです。
そうした実状を踏まえて、企業は考え方をどのようにアップデートすればいいのかを(1)従来の採用(2)「エントリーマネジメント」の2つに分類して整理してみましょう。
ここで特に注目いただきたいのが、『対象範囲』と『KPI』です。
まずは『対象範囲』。経営課題解決の視座で採用活動を行うと『活躍してもらうこと』がゴールになるため、必然的に入社後も「エントリーマネジメント」の範囲対象に含まれます。その実現には、自社で活躍できる人材はどんな人なのか、その人材に求める活躍はどんなものかをしっかりと言語化し、選考フローの中で正しく伝えていくことが欠かせません。これがある程度運用できるようになった後は、選考通過率を上げていくために採用広報に注力し、より自社にマッチした質の高い母集団形成を目指します。
次に『KPI』。ここでは健全な歩留まりを意識した通過率(離脱率)のモニタリングが必要です。仮に選考フローを書類選考+面接3回とした場合、書類選考と一次面接では『期待するスキルを持っているか/自社で再現できそうか』を見極め、二次選考~オファー面談ではスキル以外でお互いが求める期待値のすり合わせや組織の実態共有(良い部分も悪い部分もすべて伝えて働く解像度を高めてもらう)を行います。これにより従来よりも通過率は下がることが予想されますが、ミスマッチを減らす観点では正しい状態だと言えるでしょう。なお、求職者が『この会社とは合わない』と感じた際には、企業は引き留めるのではなく快く送り出す(辞退してもらう)ことも重要です。
「エントリーマネジメント」の見直しステップ
──「エントリーマネジメント」の見直し範囲についてイメージがわきましたが、実際にはどのようなステップで見直しを進めていくのが良いでしょうか。
前提、「エントリーマネジメント」を導入してその効果を実感・検証するまでには年単位の時間が必要になります。中・長期的な視点、スタンスを持ちつつ、まずは以下3ステップを実践し、ファネルごとのデータや定性的な意見などを取り入れながら自社にあった手法を確立することが大切です。
ステップ1:ジョブディスクリプションの作成
求職者に選考の中で伝えるべき情報を言語化します。具体的には、採用ポジションにおけるミッション、職務内容、採用要件、組織体制、KPI、評価指標、社内でのキャリアプランなど、このポジションで働く姿を解像度高く持ってもらうために必要な情報・要素を言語化するイメージです。また、ポジションに関する情報以外にも、会社全体で起きている経営課題、組織課題、事業課題など入社後に直面するような『ネガティブ情報』についても整理・言語化しておけると、より求職者の理解度が増すためおすすめです。なお、これらを言語化・整理すると、採用ペルソナ、訴求ポイント、転職ストーリーなども明確に描くことができるようになります。
ステップ2:各選考フローで伝えるべき情報を整理し、担当者が話せる状態を作る
前項でお伝えしたように、書類選考と一次選考でスキルや再現性を見極めた上で、二次選考以降でお互いの期待値をすり合わせていきます。仮に二次面接をマネジャー、最終面接を役員、オファー面談を人事責任者が担当するとした場合、それぞれの担当者が求職者へ『何を伝えるか』を設計することは非常に重要です。
また、ネガティブな情報も正しく伝えるために、マネジャー、役員、人事責任者の中で伝えるべき情報を共通認識として持ち、各ステップでどのように伝えているかを理解しておくことが重要です。
・二次面接……直属の上司になるマネジャーからミッションや求める成果、KPI、組織体制、組織課題などを伝え、働くイメージを解像度高く持ってもらいます。入社前後で最もギャップが発生しやすい部分になるため、伝えるべき内容を事前に整理しておくこと、質疑応答の時間を確保して候補者の疑問や懸念をしっかりと解消することが重要です。
・最終面接……役員から会社のミッション・ビジョン・バリュー、事業展望、中長期の経営計画やそれに対する課題を伝え、会社として今後どうなっていきたいかを伝えます。会社の方向性と合わないと感じた場合は、スキルがマッチしていてもパフォーマンスが発揮されないケースが多いため、候補者がどう感じたか、懸念が生まれていないかなどを丁寧にすり合わせる必要があります。
・オファー面談……人事責任者から評価制度や福利厚生、人材開発に対する取り組みを伝え、理解を深めてもらいます。その上で求職者に『本気でこの会社でやっていく決心ができるか(腹を括って共に歩めるか)』をすり合わせます。
ステップ3:母集団の質を高めるために採用広報に注力する
前項では『KPIは二次選考以降の離脱率とし、ある程度の離脱率を担保すべき(合わない方を無理に採用しない)』と記載しましたが、採用活動における究極の理想は『1人の応募で1人を採用する(通過率100%)』状態です。この状態にできるだけ近づけていくためには、採用活動の最も上流にあたる『認知』の領域、つまりは『採用広報の改善』が必要になります。
ここで言う「母集団の質」とは、スキル面だけでなく、社風やカルチャー、会社や事業のフェーズ、MVVなどの会社としての方向性や価値観とのマッチング精度が高い母集団のことを指します。このような要素は職務経歴書では判断できない候補者の内面的な部分であるため、会社側が発信して候補者に判断してもらう必要があります。具体的には、ステップ1で整理した情報を会社ホームページ、オウンドメディア、SNSなど各種媒体を活用して広報することで、それに共感した候補者からの応募が増え、スクリーニングされた母集団を作ることができます。これにより通過率が高まり、採用にかかるリソースも軽減できるため、より効率的な採用体制を構築できます。
「エントリーマネジメント」を見直した具体事例
──これまでに関わった「エントリーマネジメント」の見直し事例について、詳細を教えてください。
以前、採用のご支援をしていた企業の見直し事例をご紹介します。当初は『採用目標数の達成』が私のミッションだと聞いていたのですが、いろいろ調べる中で離職率が非常に高いことが分かり、これが組織開発におけるボトルネックになっていると感じたのです。
そこで最初に行ったのは、その問題が起こっている要因の調査です。関係部署のマネジャーや役員、そして退職する社員からもその要因を深掘りして聞いてみると、以下のような問題が起きていることが分かりました。
・入社前に想定していた業務内容とのギャップが大きく、これまでの経験が十分に活かせていない
・入社後に初めて組織で起きている課題を知り、組織への不信感が生まれてモチベーションも低下した
・自分の頑張りが評価されないことに不満を感じている
こうした問題は、入社者に求める要件を言語化できていないことや、伝えるべき情報をコミュニケーションできていないことから発生していると考えました。これらを最重要課題として設定し、その解決に向けて以下アクションを実施しました。
(1)ジョブディスクリプション・採用要件・ペルソナの見直し
まず、ジョブディスクリプションを作成するためにマネジャーと役員に経営課題・ミッション・KPI・評価制度・採用要件などを詳細にヒアリングし、そこから採用要件やペルソナも同時に策定しました。それらを求人票に反映させた上で、マネジャーや役員から直接『面接の中』で伝えてもらうことを整理して依頼しました。この際、『良い部分だけでなく、経営課題や組織課題などネガティブな情報も包み隠さず話してくださいね』と強く念押しも行っています。
(2)KPIの再設定
次に、KPIの再設定を行いました。これまでは採用数を目標に『一次選考実施数』をKPIに置いて運用していましたが、その後は『入社後半年以内の新入社員のKPI達成率』を目標に『一次選考実施数』に加え『二次選考以降の離脱率(落選および辞退)』もKPIに含める形にしました。その背景には、『母集団はこれまで通りキープしつつも、ミスマッチが起きうる可能性が高い求職者には適切に離脱してもらえる選考フローになること』を理想に掲げたことがあります。
この施策の弊害として、最初の数カ月は二次選考以降の通過率が下がり、採用スピードも落ちました。採用部署の関係者からその点を指摘されることもありましたが、その都度「エントリーマネジメント」の必要性を啓蒙しながら粘り強く施策を継続させました。
施策開始から1年経過した時点で結果を振り返ってみると、採用人数こそ減少しましたが、入社半年以内のKPI達成率は「エントリーマネジメント」を見直す前と比べて30%以上も増加していました。このように入社直後に早急に立ち上がることができると、その方の仕事満足度も高まり、結果的に離職率の低下も期待できます。
その後は採用広報にも力を入れました。応募前から会社やポジションの中身がわかるような情報発信をすることで母集団の質を向上させた結果、一時は下がっていた二次選考以降の通過率も徐々に良くなっていきました。
「エントリーマネジメント」は、実施して検証まで行うことを考えると成果が出るまでに年単位の時間が掛かります。その間に一時的に何らかの数字が落ち込むこともありますが、その都度本来の目的に立ち返って根気強く継続することが「エントリーマネジメント」を見直す上で最も大変で、最も重要なことだと考えています。
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編集後記
採用活動はその緊急度の高さからどうしても近視眼的になりがちです。そうならざるを得ない瞬間も当然あるとは思いますが、少なくとも年単位以上の中長期視点も同時に持って「エントリーマネジメント」を見直していくことが重要なのだと直井さんのお話から感じました。『今回紹介した方法は必ずしもすべての会社に適用するものではありません。データを見ながら実践する中でそれぞれのやり方を確立していってください』とのコメントもいただいておりますので、ぜひこの機会に腰を据えて取り組んでみてはいかがでしょうか。