「リスキリングとリカレント」の違いを活かして組織成長に活かすには
時代やビジネスの変化に合わせた学びなおしについて「リスキリングとリカレント」という言葉を多くの場面で耳にするようになりました。
今回は、数多くの組織・事業立ち上げ、立て直しを行ってきた経験を持つBR Consulting プリンシパルの加藤 英太さんに「リスキリングとリカレント」の概要から推進方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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加藤 英太(かとう えいた)/BR Consulting プリンシパル
大手外資コンサルファーム、スタートアップCHRO、DMM.com COO室を経て、BR Consultingのプリンシパルとして参画。10年以上にわたり、経営戦略と人事戦略の連携、要員計画の策定、人事制度やタレントマネジメントの設計・運用・改善に従事し、組織の力を引き出す取り組みを日系外資共に行なっている。PMI案件では、人事DDや組織再編、人材統合戦略の立案など包括的な対応を実施し、10社以上担当。組織や事業の立ち上げ、立て直しフェーズにおける戦略から実行までのPDCAサイクルを円滑に回す仕組みづくりを重視したサポートが強み。
目次
「リスキリングとリカレント」とは
──「リスキリングとリカレント」の概要や違いについて教えてください。
「リスキリング」と「リカレント」の定義について、具体例と共に紹介します。
「リスキリング」
「リスキリング」とは、従業員が新しい職務や業務に必要なスキルを習得するプロセスであり、企業の競争力維持や成長を支える重要な戦略のことを指します。急速な技術革新と市場変化に対応するために、企業は内部研修、オンライン学習、メンタリングなどを通じて学習機会を提供しているところが多いと思います。例えば、製造業界企業での現場の従業員がマネジメント研修に参加し、リーダーシップスキルを習得することでキャリアアップを図ることができるようになるなどのケースです。つまり「リスキリング」は、企業と個人の成長を促進し、持続的な成功をもたらす重要な要素だと考えることができます。企業が事業目標の達成や人材確保の手段として自社の従業員に対してさまざまな方法で学ぶ機会を提供することもここに含みます。
「リカレント」
「リカレント」とは、一度習得した知識やスキルを定期的に更新し、最新の情報や技術に適応することを指します。特にマーケットや技術が急速に変化する現代社会において、業務に関連する最新の技術や知識を常に習得し続けることは、個人のキャリアの持続的な成功にとって重要な要素となります。「リカレント」は、個人がキャリアアップや市場価値の向上を目指して自発的に学ぶことが多いのですが、企業が支援することもあります。例えば、医療従事者が最新の治療法や技術を学ぶことで患者に最適なケアを提供できるようになるために、企業が研修プログラムを用意したり、IT業界で自社のエンジニアに対して新しいプログラミング言語や、ツールの習得をするためのプログラム支援を提供した上で「リカレント」を求めるなどです。
「リカレント」は、個人の専門性やスキルセットを強化し、職場での競争力を維持する手段として機能するものでもあると思います。さらに、継続的な学習は個人の成長と向上意欲の満足度を高め、仕事に対するモチベーションを向上させることができるため、非常に効果的で良い取り組みです。個人だけではなく企業にとっても社員に「リカレント」教育を奨励することは、従業員の能力向上を通じ、組織全体の競争力を高める手段ともなりえるため、企業によって研修プログラムや学習の機会を提供することで、従業員が時代のニーズに応じてスキルを更新し続ける環境を整えることが重要だと考えます。これにより、企業は業界の変化に柔軟に対応し、持続可能な成長を遂げることができるのです。
「リスキリングとリカレント」の2つをピックアップして解説する理由は、その注目度が近年特に高まっているからです。例えば「リスキリング」が注目されている背景の1つにDXがあります。今やどんな職場・職種であってもDXの流れは無視できないものです。ITやデジタルに関する知識はエンジニアでなくとも一定レベルは習得する必要があるものに変わってきているため、その習得をサポートする企業は急速に増加しています。また「リカレント」に関しては『人生100年時代』の概念が大きく広がったことが背景にあると考えています。変化の激しい環境下で長く働き続けるためには、一度習得したことがある知識やスキルであっても定期的にアップデートすることが欠かせないからです。
──「リスキリングとリカレント」と同じく教育や研修の文脈の中で『アンラーニング』や『リラーニング』という言葉も使われると思います。これらはどのような違いがあるのでしょうか。
類似用語である『リラーニング』と『アンラーニング』は、それぞれ以下のように定義できます。
リラーニング
リラーニングとは、すでに学んだことを再び学び直すプロセスのことです。また、さまざまな理由で過去に学ぶことができなかった分野を、就職後や人生の別のタイミングで再度学び直すこともリラーニングになります。知識やスキルをアップデートするだけでなく、頭の中をリフレッシュし、新たな視点を得ることを目的としています。例えば、技術者が最新のプログラミング手法を学ぶために、基礎から再度学び直すことや、社会人になってから大学院に進学し、学生時代に学べなかった分野を学び直すケースなどです。現代社会において、技術や情報が急速に進化し続けているので、これまでの知識やスキルが陳腐化してしまうことも多々あります。そのため、過去に学んだ内容を、最新の情報や技術に基づいて学び直すことで、時代の変化に適応することが重要です。
リラーニングにより、キャリアチェンジや専門分野の深化を図ることができるようになったり、個人のスキルセットを強化し、職場での競争力を維持するための重要なプロセスとなります。さらに、継続的な学習を通じて新たな知識を得ることで、自己成長や自己啓発にもつながります。企業にとっても、従業員がリラーニングを積極的に行うことは、組織全体の競争力を高める一助となります。企業は、リラーニングを促進する環境を整えることで、従業員が時代のニーズに応じて、スキルを更新し続けられるようサポートすることが重要です。
アンラーニング
アンラーニングとは、新しい知識やスキルを効果的に学ぶために、これまでの知識や習慣を意図的に捨て去るプロセスのことを指します。新しいことを学ぶ上では、古い知識や習慣がその妨げになってしまうことも往々にしてあるからです。例えば、伝統的な手法を使っていたマーケティング担当者が、デジタルマーケティングを学ぶ際に古い方法をあえて捨て去る、といったことなどです。
ここまでを整理すると、「リスキリング」は新しいスキルの習得、「リカレント」は既存スキルの更新、アンラーニングは古いスキルの放棄、リラーニングは既存スキルの再学習となり、それぞれ目的や状況に応じて使い分けられます。いずれも、変化の激しい現代社会において持続的な成長と適応を促すためにも重要なアプローチですが、近年特に重視されているのは「リスキリングとリカレント」になります。
「リスキリングとリカレント」が重要な理由
──「リスキリングとリカレント」が重視されている理由やその重要性について教えてください。
「リスキリングとリカレント」が重視されている理由は、現代のビジネス環境や社会の急速な変化に対応するためだと考えています。技術の進化や市場のニーズが絶えず変化する中で、個人も企業も常に新しいスキルや知識を習得し、適応していくことが求められていますよね。このような学び直しやスキルの更新がなければ、個人も企業も競争力を維持することは難しいでしょう。
では、「リスキリングとリカレント」の重要性を社員、会社、そして社会全体という3つの観点から詳しくご説明します。
社員にとっての重要性
技術の進化や市場の変化に対応するために新しいスキルや知識を習得することで、社員は自社内での競争力が高まり、結果的に雇用の安定性が向上し昇進にも有利に働きます。同時に市場価値も高まるため、転職する際にも強い武器となるはずです。また、新たなスキルを学び続けること自体が楽しいプロセスであり、その過程で自己成長を実感することによって仕事に対する満足度も向上させられる効果があります。
会社にとっての重要性
社員が最新のスキルを持っていることで新しいアイデアや技術を取り入れる能力が高まり、企業のイノベーションが促進される効果があります。また、社員のスキルが向上することは業務効率の向上にもつながるため、生産性向上にも大きく寄与します。さらに、時代変化に合わせて学ぶことができる組織は市場の変化にも迅速に対応できるため、競争力とレジリエンス(困難をしなやかに乗り越え回復する力)強化にもつながります。
社会全体にとっての重要性
多くの人々が「リスキリングとリカレント」を行うことで労働市場全体のスキルレベルが向上すると、失業率の低下や経済の安定が期待できます。さらに、スキルレベルの向上は生産性の向上にもつながるため、社会全体の生産性向上・経済成長促進にも大きく貢献します。また、持続的な学びにより社会全体が急速な技術進化や市場の変化に適応できるようになると、社会全体の安定感も確かなものになっていきます。
──「リスキリングとリカレント」の必要性や優先度は、業界・職種・職位・年代などによっても異なるのでしょうか。
はい、まさに業界・職種・職位・年代によってその必要性や優先度は大きく変わります。それぞれの特性は以下です。
業界
技術革新のスピードが速いIT・テクノロジー業界では特に「リスキリング」の重要性が高く、安定した技術やプロセスを持つ業界では「リカレント」の重要性が高くなります。
職種
技術的な職種(エンジニアやデータサイエンティストなど)は新しい技術の習得が必須である一方、管理職やリーダーシップポジションでは「リカレント」を通じた最新のマネジメント手法の習得が重要になります。
職位
初級・中級職員は「リスキリング」を通じてキャリアアップを図る必要がありますが、高級職員や役員は「リカレント」を通じて組織全体の方向性を最新のトレンドに合わせる必要があります。
年代
若年層は「リスキリング」を通じて新たなキャリアパスを築くことが求められますが、中高年層は「リカレント」を通じて経験を活かしつつ、新たなスキルを取り入れることが重要になってきます。
上記のように、「リスキリングとリカレント」は、個人・企業・社会全体にわたって重要な役割を果たしているだけでなく、属性に応じた柔軟なアプローチが求められるものなのです。
「リスキリングとリカレント」促進のために必要な前提要素
──自社で「リスキリングとリカレント」を進めるためには、どのようなインプットやマインドセットを行うのが良いでしょうか。
「リスキリングとリカレント」を進めるには、企業や経営層を含めた社員のマインドセットが重要だと考えています。しかし、「リスキリングとリカレント」に対しての理解やマインドセットが組織内に定着するまでには相当な時間が掛かります。それを想定した上で、以下大きく2つのプロセスを経て企業としての体制を構築していきます。
(1)マインドセットの育成
・技術の進化や市場の変化に対してオープンな心を持つこと、変化をチャンスと捉えることの重要性を強調する。
・新しいスキルや知識を習得する過程での失敗を恐れずに挑戦する姿勢を育てるために、キャリアの成長と自己実現に繋がる重要性を強調する。
・「リスキリング」は長期的なキャリア形成の一部として捉えられるべきものであるため、社員に対して自身のキャリアパスを描く手助けを行い、「リスキリング」がその一環であることを理解させる。
特に変化をチャンスと捉えることに関しては、心理的な抵抗が発生したり目の前の業務に忙殺されてしまったりと、理解をすることが難しい従業員も多いと思います。そういった場合には、社内で変化に対応して成功を収めた人のエピソードのような成功事例(具体的なデータやストーリー)を共有したり、経営陣や上司から変化することがどのように組織や個人に利益をもたらしているか、といった点について定期的に情報発信したり、社内フォーラムやオープンなディスカッションの場を設け、従業員が変化に対する不安や疑問を自由に話し合える環境を作ったりすることも重要です。このようなコミュニケーションにより、他の従業員にも『自分にもできるかもしれない』と勇気を持ってもらえると良いでしょう。
(2)実践的なアプローチの導入
・社員が自由に学べる環境を提供する。例:学びのための時間を確保し、必要なリソースを提供するなど。
・実践的な学びを提供するために社内でのワークショップや実習を行ったり、業界のリーダーや専門家を招いて、変化をどのようにチャンスとして活かすべきか、といった内容の講演を行ったりと新しい視点を得る。
・経験豊富な社員がメンターとなり自分の経験を通じて、新しいスキルを学ぶ社員へ変化をチャンスに変える方法を伝えたり、定期的なフィードバックとアドバイスを通じて学びのプロセスを支援する。
・社員が効率的に学びの時間を管理できるよう、タイムマネジメントのスキルを提供し学習時間の確保と優先順位の設定を支援する。
「リスキリングとリカレント」促進には企業のサポートが重要
──「リスキリングとリカレント」を促進する上では企業によるサポートが重要だと思いますが、どのような仕組みや方法でサポートすると良いでしょうか。
「リスキリングとリカレント」の促進に向けて企業が具体的な仕組みや方法を導入することは、社員のスキル向上・モチベーションの維持・競争力強化に直結します。例えば、インセンティブ提供・コミュニティ形成・テクノロジー活用などのサポート体制を整えることができれば、社員は積極的に学び続ける環境を作り出し、企業全体の成長を支えることになります。もちろん時間は一定期間掛かりますが、中長期に考えると結果的にコストパフォーマンスの良いものになるでしょう。
実際のサポート例とその影響について、「リスキリング」と「リカレント」それぞれに分けて解説します。
「リスキリング」のための企業サポート
(1)インセンティブの設置
・新しいスキルを習得した社員や変化に積極的に取り組んでいる従業員に対して報酬や昇進の機会を提供し、モチベーションを高める。
・受講費用の補助や奨励金を提供し、学びのコストを軽減する。
(2)コミュニティ形成
・社内で学び合うグループを形成し、社員同士の知識共有やサポートを促進する。
・メンタリングプログラムとして経験豊富な社員がメンターとなり、学びを支援する環境を提供する。
(3)テクノロジーの活用
・社員がいつでもどこでも学べるように、オンライン学習プラットフォームを導入する。
・学習進捗を管理し、適切なフィードバックを提供するシステムを活用する。
<上記による影響>
・新しいスキルの習得により社員の能力が向上し、企業の競争力が強化される。
・インセンティブやサポート体制により、社員の学びに対する意欲が高まる。
・社員のスキルが多様化することで、企業は市場の変化に柔軟に対応できるようになり、結果的に企業価値向上につながる。
「リカレント」のための企業サポート
(1)インセンティブの設置
・継続的な学びを奨励するために、継続教育プログラムを受講した社員に対して報奨を提供する。
・学習のための休暇制度を設け、社員が学びに集中できる時間を提供する。
(2)コミュニティ形成
・定期的に専門分野別の勉強会やセミナーを開催し、社員同士の知識共有を促進させる。
・継続学習に関する情報や成功事例を共有する社内フォーラムを運営する。
(3)テクノロジーの活用
・最新の知識を得るためのウェビナーやオンラインコースを定期的に提供する。
・社員が自由にアクセスできる学習リソースのデジタルライブラリを構築する。
<上記による影響>
・社員が継続的に学ぶことで最新の技術や知識を保持し、業務に活かすことができる。
・学びの機会を提供することで社員の満足度が向上し、離職率の低下につながる。
・社員のスキルが常に最新であることで、企業は持続的な成長を維持できる。
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編集後記
「リスキリングとリカレント」はもちろん、アンラーニングやリラーニングは似ているようでさまざまな違いがあります。目的や課題に合わせて手法を選択するためにも、まずはそれぞれの定義やメリットを理解しておきましょう。それと並行して、時間が掛かるであろう『企業側のマインドセット』についても進めておきたいものです。