「アクションラーニング」で正解のない問題に向き合う組織力を鍛える方法とは

欧米のビジネススクールなどではケーススタディと並んで主流となりつつある「アクションラーニング」。変化の激しい時代に求められる問題解決能力を鍛える手法として日本でも注目度が高まっています。
今回は、日本アクションラーニング協会認定コーチでもあり、森永製菓株式会社の人事部人材開発グループでご就業中の柴田 直文さんに、「アクションラーニング」の概要から実践ステップにいたるまでお話を伺いました。
<プロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
柴田 直文(しばた なおふみ)/森永製菓株式会社 人事部 人材開発グループ
元NEC(日本電気株式会社)採用戦略、面談員教育などから人事としてのキャリアをスタート。現職の森永製菓ではHRBPの立上げ、またキャリア自律施策、階層別育成体系なども行う。国家資格キャリアコンサルタント、日本アクションラーニング協会認定ALコーチ、人材育成学会(JAHRD)所属。
目次
「アクションラーニング」とは
──「アクションラーニング」の概要について教えてください。
「アクションラーニング」とは、組織が直面している課題をテーマに小規模のグループでディスカッションを行い、その解決策を立案・実施していく過程や内省を通じて『学習する力』を身につけるチーム学習法のことです。この「アクションラーニング」は新しい概念ではなく、1930年代にイギリスの物理学者であるレグ・レバンスがオリジナルタイプを考案した後、多くの研修者・実践者がその効果を認め精錬してきた昔ながらの手法です。その効用が近年のニーズ(時代変化に対応するための新しいスキルを学習する力)に合致した結果、世界的に展開されるようになりました。
この「アクションラーニング」は、その特徴的な会議進行方法から『質問会議』とも呼ばれています。一般的な会議では特定のメンバーによる意見・主張・感想が結論を誘導することも多く、それ以外の出席者が当事者意識を持てず組織力が高まらないケースが多々あります。一方、「アクションラーニング」は質問と回答のみに限定することで、誰しもが公平に議論に参加して学びを得ることができます。
この会議では問題提示者が中心となり、他のメンバーは質問役に徹します。最初に、問題提示者が解決したい課題について簡潔に説明します。例えば、『若手社員が自発的に学ぶ文化を醸成する』が課題として挙げられたら、メンバーは以下のような質問を投げかけることで深掘りを行います。
・なぜそれが課題だと思ったのか
・何が達成できると成功と言えるのか
・これまでにどのような啓発施策を行ってきたのか
・協力してくれる人には他に誰がいるのか
など
これらの質問に対して問題提示者が回答を行い、それを繰り返すことで課題の本質と解決策について参加メンバー間で合意を目指します。途中で建設的でない質問や不適切な発言があれば、進行役である「アクションラーニング」のコーチが介入し、軌道修正を行う形です。なお、コーチは内部社員が担うケースと外部コーチへ依頼するケースがあります。
ちなみに、似た言葉にアクティブラーニングがあります。これは、講師の話を受講者が一方的に講義として聞く以上の形(ディスカッションなど)で参加しながら学ぶ学習形態の総称です。「アクションラーニング」もこのアクティブラーニングの1つと言えますが、「アクションラーニング」の最大の特徴は『現実に自分達が直面している課題を取り上げ、そのアクションプランまでを考える』と前提が決められている点にあります。
「アクションラーニング」の効果とメリット

──「アクションラーニング」は比較的時間や手間などのコストが掛かる手法だと感じました。それだけのコストに代えてでも得られる効果やメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
質問を重ねることで問題解決につなげ、その過程とリフレクション(内省)を通じて個人の能力開発が行われ、チームとしても学びが深まる──この3つの効用が同時に起こることから、「アクションラーニング」は『学習する組織のDNA』とも表現されています。
なお、具体的な効果・メリットには以下が挙げられます。
・複雑な問題の創造的解決方法の発案
・個人の学習能力の向上
・リーダーの創造(新しいタイプのリーダーシップ)
・レベルの高いチームの即効構築
・変化に対応する組織文化、組織をつくる
・学習する組織の基盤となる
※引用:日本アクションラーニング協会HPより引用
一方で、日本には元々組織を重んじる文化があるため、メンバーは無意識に質問を控える傾向があります。例えば、以下のような不安が頭をよぎってしまうことがあるからです。
『この質問をすることで、自分の理解レベルの低さが露呈してしまうのではないか』
『この質問は他の誰かがすでに質問済だったり、もしくは教材に掲載済であり、勉強不足だと思われてしまうのではないか』
『質問することで上位者の立場を悪くし、協調性に乏しい者と思われてしまうのではないか』
など
こうしてメンバーが無難な質問に終始してしまった結果、説明者は問題を深掘りする機会を逸し、メンバーも質問力を磨く機会を失います。この連鎖がビジネスリスクやチャンスの見落としにつながり、ひいては組織風土の悪化にも繋がってしまうのです。このような負の連鎖を断ち切る上で「アクションラーニング」は効果を発揮します。
価値観が異なる人が集まる企業という場所において、お互いが意見を主張して全員の意見が完全に一致して合意にいたるということは現実的には難しいとは思いますが、その合意を目指す対話プロセスは『質問と回答による合意点の可視化』にあります。「アクションラーニング」を導入することで問題提示者は徹底的に質問を浴びることで、『その視点で考えたことはなかった』と気づきを得ることができます。また、他メンバーは組織に貢献できる『質問力=良い問い』を言語化する力を養います。そうしてお互いが「アクションラーニング」に参加することで、『このメンバーと仕事をすることは自分にとってプラスになる』『このチームならきっとできる』といった組織効力感を生む効果があるのです。

「アクションラーニング」の実施ステップ
──「アクションラーニング」を実際に進めるためには、どのようなステップで行うと良いのでしょうか。
大きく以下の7つのステップで進めて行くと良いと思います。
(1)トライアルの実施に向けて協力者(同志)を集める
日々の業務で多忙な中で、新たな取り組みをいきなり浸透させることは現実的に困難です。そのため、最初のトライアルに参加してもらう協力者の人選はとても重要になります。組織や自社に対して問題意識を持っており、かつ組織への影響力あるメンバーに働きかけ巻き込んでいくことが重要です。適度な時間で問いを出し合うには4人〜5人が適切なため、それを目安に協力者を集められると良いでしょう。
(2)ワークショップの実施
トライアルの実施にむけた参加者の方への事前説明会を行います。この説明会では「アクションラーニング」のメリット・効果・進行ポイント・当日のルールを説明します。
(3)最初の問題選定者の人選
提起する問題に合わせて、メンバーの中から適任者を人選します。
(4)「アクションラーニング」のコーチの人選
より良い場創りと適切な進行、気づきの醸成ができるかは「アクションラーニング」のコーチの力量にかかっています。社内資格者がいればその方に、いなければ経験を積んだ外部コーチに依頼します。また、社内コーチはどうしても社内の利害関係に影響されてしまいますが、外部コーチはそうしたしがらみや事前知識がないため、純粋で公平な第三者となることが可能です。それらと目的を踏まえて人選を検討します。
(5)セッション日時・場所の設定
全員が確実に参加できる日程で調整しましょう。そのために、業務時間を外す・重要会議日程の前後を外すなど、集中して参加できるタイミングを検討していきます。
(6)セッションの実施
通常の社内会議とは異なる場であることを感じてもらうためにも、導入の空気作りは特に重要です。リラックスした状態で臨んでもらう工夫はもちろん、1人ひとりに今日期待することを問いかけて全員の参加意識を高めることも効果的です。また、実施にあたっては上長(責任者)を巻き込み、上長から問題提示者を指名することでゴールやアクションプランにコミットが得やすくなります。他にも、研修の体裁で一定数の参加者を集めて全員が問題提示者であることを指示し、数カ月後に再度研修を行ってゴール確認などを行う手法もあります。
(7)影響力を評価し、組織全体への浸透方法を模索する
評価を行う上では最低でも2回はアクションプランの確認を行いましょう。本来であれば解決までフォローしたいところですが、メンバーの拘束工数などを考えると何回も行うのは現実的には難しい面があるためです。そのため、その範囲で実現できるアクションプランになっているか、測定可能なのか、という視点も大事になります。参加後の有用度(具体的に何が役立ったか)を言語化した後は、他部門への浸透を模索します。トライアル参加者が効果あった・面白いと感じてもらえたならば、次は伝道者として普及活動に協力いただきます。
「アクションラーニング」の実施事例
──柴田さんがこれまで経験された「アクションラーニング」の事例について教えてください。
これまでの経験の中で最も印象に残っている事例についてご紹介します。
私が「アクションラーニング」のコーチ資格を取得したタイミングで、知人のキャリアカウンセラー数人と「アクションラーニング」を実施しました。私がコーチ役となり、他のメンバーに参加者と問題提示者を依頼し、テーマは以下に設定しました。
『キャリアカウンセラー資格を取得したもののペーパーライセンス状態で、自身のカウンセリングスキルに自信がない』
これはキャリアカウンセラーであるメンバー全員がこれまでに自問自答してきたテーマでした。
「アクションラーニング」では問題提示者に対してだけでなく、参加者に対しても質問を行うことができます。問題提示者が参加者に『自信を持てた瞬間はどういう時ですか?』と質問を投げかけ、メンバーからそれぞれの意見や過去の経験談を話してもらい、大いに場が盛り上がったことを覚えています。
他にも『経験の長さと自信は比例するのか』など本質を捉える良い問いも飛び出し、無意識に経験の短さがコンプレックスであることを再認識させてくれました。裏を返せば、自分に対しても他の人に対しても、年功序列といったアンコンシャスバイアスを持っていたということです。メンバー全員が考えながら質問をし合うことで、このような良い気づきが促されることとなりました。
「アクションラーニング」によって、1人で考える自問自答状態から、チーム全員が問いを出しチームで答えを出す『他問他答』状態を創り出すことができます。これは、組織開発において創り出したい状態でもあるのではないでしょうか。問題解決と個人の能力開発のみならず、組織開発も同時にできる──1粒で3度おいしいのが「アクションラーニング」なのです。
■合わせて読みたい「社員育成プログラム」関連記事
>>>オンボーディング成功のポイントは「ユーザー視点」。押さえるべき点と事例紹介
>>>オンライン環境で失敗しない、オンボーディングの3ステップ
>>>社員の能力を最大限引き出す、オンライン/オフラインでの階層別研修の在り方
>>>「越境学習」の本質は葛藤にあり!?企業の人材育成に活かす上で抑えるべき本質とポイントとは
>>>研修効果測定で研修から組織の成果へとつなげる方法。
>>>「OJD」で長期的・計画的にマネジメント人材を育成する方法
>>>「企業内大学」を立ち上げ、持続的な人材育成を実現する方法とは
>>>「人材育成体系」はどう見直す?タイミングやポイントを解説
>>>「ブレンディッドラーニング」を取り入れて研修効果を高めるには
>>>「組織社会化」とオンボーディングはどう違う?定着しやすい組織を作るためには
>>>「研修転移」で学びを『やりっぱなし』にせずに行動へと繋げるためには
>>>「次世代リーダー育成」に必要な準備と育成実施ステップとは
編集後記
『正解のない問題に向き合う力』は、変化の激しい現代においてより重要性が増してきています。その能力開発を個人・組織の両面から行える「アクションラーニング」は、今後より多くのシーンで活用されるようになるはずです。まずはトライアル実施に向けて協力者を集めるところから始めてみてはいかがでしょうか。