「人材育成体系」はどう見直す?タイミングやポイントを解説
自社における教育や研修の位置づけを示す「人材育成体系」。これまでも多くの企業で作成されてきましたが、近年はその見直し頻度が高まってきているようです。
今回は人事組織コンサルタントとして人材育成や職場におけるエンゲージメント向上活動支援などのプロジェクトに携わった経験を持つ株式会社キャリアシェルパ代表取締役の牧野 剛さんに「人材育成体系」の概要から見直しポイント・事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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牧野 剛(まきの たけし)/株式会社キャリアシェルパ 代表取締役
アクセンチュアでSAPを活用した業務改革に8年間従事したのち人材業界に転身。ケンコーコム社やアマゾン社での人事職を経て、2013年より人事組織コンサルタントとして活動。人事・採用支援や各種組織変革の推進を支援。
目次
「人材育成体系」とは
──「人材育成体系」の概要について教えてください。
「人材育成体系」とは、企業が提供する人材育成の取り組みを文字通り体系的に整理したものです。社員はどのような成長を期待されているのか、どのような課題に取り組むことが求められているか、どのような学習機会を活用できるかなど、これらについて社員1人ひとりに理解してもらうために「人材育成体系」を使ったわかりやすい管理・整理と情報提供は重要な役割を果たします。
この「人材育成体系」は、企業の成長とともに人材育成に関する取り組みが増えてわかりにくくなってしまったり、優先順位づけが大きく変わったりしたときに適宜見直されてきることが多かったのですが、最近ではその見直し頻度が以前よりも高まってきていると感じます。
──この「人材育成体系」を見直す理由とタイミングについて教えてください。
先ほど「人材育成体系」について見直す頻度が以前よりも高まってきているとお伝えしましたが、その背景にあるのは大きく以下の3つだと考えます。
(1)各企業がDX人材の育成に力を入れていること
DX人材の育成をする企業が多い中で、これまでの育成において必要だったり社員に求めていたエッセンスやスキル、素養などが大きく変化しているケースが増えているためです。
(2)人的資本関連の情報開示の流れ
世界的なこの流れの中で、日本でも人的資本開示を行う企業が増えています。その中で、自社の人材育成に対しての取り組みをわかりやすく体系的に伝える必要性が高まっています。
(3)採用活動における人材育成に対する関心の高まり
上記(1)、(2)の変化の中で、求職者(学生・社会人)の間での関心が高まっていることもあり、情報発信のための整理や見直しが必要になります。
「人材育成体系」の見直しプロセス
──「人材育成体系」を見直すためには、どのようなプロセス・ステップで見直すと良いのでしょうか。
「人材育成体系」の見直し方法としては、次のように進めることをおすすめしています。
(1)ヒアリングによる課題抽出
まずは、ヒアリングにより現行の「人材育成体系」の課題を抽出します。「人材育成体系」を見直そうとなった時点ですでに何をどうするか決まっているケースも実際は多いものですが、それ以外にも見直すポイントがないかを確認することが目的です。ヒアリングのポイントは大きく3つあります。
①社員の能力・スキルに関する課題
今ある人材育成の仕組みを抜きにして、ゼロベースでどんな課題やニーズがあるかを聞いていきます。『プレイヤーとして高評価な人材がマネジメントに昇格してから苦労している』など様々な課題があがってくるはずです。
②現行の仕組みに対する評価
今提供している人材育成内容・レベル・わかりやすさ・使い勝手について、現場メンバーがどう感じているかをヒアリングします。あくまでもサービスを利用する側の目線に立ち、内容だけでなく使い勝手や運用上の問題がないかを明らかにしていくのがポイントです。
③新たな取り組みへの関心
ヒアリング先のマネジメントやスタッフの方々が最近注目している取り組みやサービスに関してヒアリングします。現場側にも人材育成に詳しい方がいらっしゃる可能性も考え、意見を求めてみることで予想外の発見があるかもしれません。
なお、これらのヒアリングはできるだけ自然な会話の中で実施できるとベストです。また、自分たちとは異なる視点も含めてできるだけ多くの論点を抽出できるよう、さまざまな職位・ポジションや職場にヒアリングできると良いでしょう。工数がかかるので大変かもしれませんが、可能なら5名以上の方々とそれぞれ1時間程度はじっくり話す機会を持てると、多角的に情報収集できるのでおすすめです。なお、ヒアリングを行う際には人事以外の方にも同席してもらうのがおすすめです。人事の枠組みにとらわれない素朴な疑問や新たな気づきにつながることも多いためです。
ヒアリングの場で現場の意見に耳を傾け、しっかりとした関係性が築ければ、新たな「人材育成体系」を作っていく上で疑問・悩みが生じた際にも相談がしやすくなります。
(2)「人材育成体系」の見直し方針の検討
ヒアリングで抽出した課題を解決するために、どのような「人材育成体系」にしていくかを検討します。具体的な手順としては以下4つです。
①ヒアリングした内容をひと通り書き出してみる
②そこに書かれている問題を集約・ピックアップし、課題一覧として整理する
③ニーズの強さ、影響範囲の大きさ、課題解決の難易度などから優先順位づけを行い、それぞれの課題検討に入る
④新しい人材育成の仕組みが、全体として良い方向性になっているか確認する
なお、課題の解決策を検討する際には「人材育成体系」の見直しでは解決できないものも含まれている可能性があります。そのような場合には、関係ないからと切り捨ててしまわないように留意してください。ヒアリングに協力してくれた方に失礼にならないように、そしてもらった貴重な意見を活用すべく、然るべき担当者や部署に共有し、アクションを繋いでいきましょう。
また、教育研修機会を通じて課題解決をめざす場合には、以下の観点にも注意が必要です。
・本当に会社がサポートすべき課題か(サポートする/しないの境界線は何か)
・より効果的な手法は何か(すべてを研修で解決しようとしない)
・能力スキルの課題は本当に解決できるか(教育研修機会の提供のみではなく、他に人事としてできることはないか)
こうして個々の課題検討を進めながら「人材育成体系」の見直し方針を練っていきます。
なお、良い「人材育成体系」の定義には以下図のように3つの観点があります。こちらも参考にしてみてください。
(3)新たな「人材育成体系」の作成
ある程度方針が固まったら、それを「人材育成体系」としてドキュメント化します。必要に応じて図式化するのも良いでしょう。
ただし、「人材育成体系」は必ずしも図にしなければいけないわけではありません。肝心なのは、どのような人材育成の仕組みであるかを必要な方に正しく伝えられることです。内容やボリュームによっては文章のみで伝えきることも十分可能です。
(4)キーパーソンとの意見交換
ドキュメント・図式化ができたら、社内のキーパーソン(マネジャー以上を想定)に見てもらいます。その際の観点としては以下です。
・メンバーがこれを見てどのような反応を示しそうか
・メンバーが日頃から感じている疑問や要望に応えられているか
・マネジャーが人事評価をメンバーにフィードバックする場で、人材育成機会の活用を推奨・説明する際に使いやすいか
・会社が重視しているポイントやメッセージがしっかりと反映されているか
・他の経営施策と整合性がとれているか
こうした観点からフィードバックをもらうことにより、『うちのチームのメンバーにはもっと基礎的な内容の方が良い』『座学ではなくより実践的なケースに基づいたものがほしい』などのニーズを引き出すことができるようになります。
(5)新たな「人材育成体系」の導入
「人材育成体系」を作り、キーパーソンや経営層に見せ、持ち帰って考えるという(2)〜(4)のプロセスを何度か繰り返して、最終化したものを新たな「人材育成体系」として関係する社員のみなさんに向けて発表します。発表の前後で社員が集まる機会があれば、その場でこの新しい「人材育成体系」についてのポイントや意図・想いについても説明できると良いですね。対外的な情報公開(採用ホームページでの発表や統合報告書への記載など)は原則、そのような社内向け説明が終わったあとに、と考えます。
「人材育成体系」を図式化するポイント
──先ほど紹介いただいた「人材育成体系」の図式化は、どのような点に注意して作成すると良いでしょうか?
「人材育成体系」を図に落とし込む際に重要なのは、徹底的にわかりやすさを追求することです。そもそも、「人材育成体系」は言葉通り『わかりやすく体系的に整理したもの』であるべきですから、わかりにくいものではその目的を果たせません。
よくスライドや資料画面いっぱいにありとあらゆる人材育成プログラムの情報が詰め込まれた「人材育成体系」を目にすることがあります。充実した人材育成のしくみが整っていることは大切ですが、メニューの豊富さのみを追い求めてしまうのは逆効果ですし、『人材戦略とのつながりを含めてわかりやすく』することができなくなってしまいます。
わかりやすいものが作れているかどうかを確認する際には、作成した図を使って誰かに口頭で説明してみると良いでしょう。説明する時に話しやすければOK、反対に話しにくい(相手も理解しづらい)ものになっていれば改善の必要があるということです。
もう1つ大切なことは、『誰も置いてけぼりにしないこと』です。例えば、ある社員が自分に該当する人材育成プログラムがとても薄いもので、あたかも傍流であるように描かれた「人材育成体系」を見たときにどう感じるでしょうか。そうした寂しさ・悲しさを感じさせないよう、多方面のポジションや役職からの視点を持ちながらチェックをし、全ての方に配慮したものを作成したいところです。
「人材育成体系」の見直し事例
──これまでに経験された「人材育成体系」の見直し事例について、可能な範囲で教えてください。
ある企業グループで大規模な事業再編があり、異なる複数の出身母体から集まったメンバーによる新会社がスタートすることになった時の経験をご紹介します。
新会社スタートに際して「人材育成体系」も統一することとなったのですが、元々の出身母体が運用していた人材育成のしくみにはそれぞれ微妙にズレがありました。星取表のように項目ごとに比較をしてスコアリングをしてみるなど試行錯誤したのですが、論理的に整合性がとれた「人材育成体系」をつくることに苦労しているような状況でした。
苦労する中でも、人事担当者が表面的な机上での辻褄合わせに終わらせようとしなかったため、ヒアリングに積極的に取り組んでもらえたのですが、そのヒアリング内容とアクションの一部をご紹介します。
ケース1
<ヒアリング内容>
技術習得レベルではどの企業出身のメンバーでもほとんど差はないが、マネジメントに求める役割は出身企業によって期待するレベルや経験値にばらつきがある。それぞれの課題内容・レベルにあわせた人材育成が必要。
<アクション>
同じような事象が起きていないか、他事業所に対しても問い合わせを実施。人事からは、その内容にあわせて活用可能な人材育成プログラムをピックアップし推奨。ある事業所では、この動きを受けて週次でリーダー数名が集まって悩み相談会を行うことになった。
ケース2
<ヒアリング内容>
事業所によっては、任意研修に参加する意思表明をするのに心理的ハードルが高いことがわかった。ある社員は『こんなに忙しいのに、研修に行く余裕があるの?』と言われてしまったこともあったとのこと。
<アクション>
メンバーから任意研修に参加希望があった場合には、全力でサポートするように人事からマネジャー宛にメールで依頼。さらに、各事業所の定例会議の場で事業所長からも口頭で念押しをしてもらった。一方、研修参加に後ろ向きな事業所ほどマネジャーやリーダーが具体的な研修内容を知らないケースが多いことが判明。人事から詳細内容を紹介する機会を定例会議内で持つことにした。
ケース3
<ヒアリング>
2~5年目前後の若手社員の間で『新人がうらやましい』という声が挙がっていることがわかった。理由は、彼らが受けた研修よりも今の新人が受けているものが充実していると感じていたためだった。
<アクション>
該当社員向けにどのようなフォローを行う必要があるかの調査・検討を開始。また、具体的な内容が決まるのは数か月先だったが、「人材育成体系」の中に『内容を検討中』と注記してプログラムが準備されていることを記載した。
ケース4
<ヒアリング>
人材交流教育(半年ほど他事業所の仕事を経験した後に元の事業所に戻るもの)がコロナ禍でストップし、いまだに再開されていない。これまで「人材育成体系」には明記されていなかったが、あらためて記載して再開の機運を高めてもらいたい、との現場からの要望があった。
<アクション>
人材交流教育を「人材育成体系」に明記した上で、その再開に向けた準備をスタート。この機会に各事業所で行っていた人材交流教育の内容を横断的にヒアリングし、再開後の人材交流教育に役立てることにした。
ちなみに、この会社では非常に多くの人材育成プログラムが存在していたため、「人材育成体系」は図として整理して社員に公開しました。その際、『階層別研修への関心が高いこと』『一部研修に関しては認知度が低いこと』がヒアリングからも分かっていたため、図式化する際には階層別研修以外にもさまざまなプログラムが用意されていることが分かるようにビジュアル面も工夫しました。
順調に進んだ面もある一方で、人事の方々が悩み・葛藤に直面することもありました。この新たな「人材育成体系」は、基本的に出身母体の「人材育成体系」を最大公約数的に重ね合わせたものになりつつあったのですが、人事の方々にとって懸念のある人材育成プログラムが含まれていたのです。
1つは、過去に外部委託した研修講師とトラブルになり、それ以来は実施を見送ってきたプログラム。これは同様のプログラムを提供する複数の研修会社に来社・プレゼンテーションをしてもらい、いずれかの会社へ依頼するという方法で、人事担当者も納得の上解決することができました。もう1つは、過去に社員からの意見を受けて導入したものの、ほとんど受講者が得られなかったプログラム。このプログラムに関して継続することに難色を示していた人事担当者もいましたが、現場へのヒアリングをした際にヒアリングに同行していた企画部門のスタッフがそのプログラムの必要性を強く認識していたこともあり、継続をすることとなりました。合わせて、受講該当事業部の責任者との間でメンバーへの受講促進を行ってもらうという改善策も行いました。
このようにしっかりと現場へのヒアリングを行い、人事だけではない視点を取り入れたことで、新しい「人材育成体系」にまとめあげることができたと思います。
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編集後記
「人材育成体系」に限りませんが、昨今の変化の激しい環境下においては、1度作成したものであっても都度内容の見直し・改善・広報のフローを行っていく必要があるのだと改めて感じました。また、それが分かりやすいものでなければ目的が果たせません。現場とのコミュニケーションも重ねながら、そこにギャップが無いように進めて行くことが必要なのではないでしょうか。