「エンプロイヤーブランディング」を通じて選ばれる企業になるためには
欧米を中心とした企業で広く取り組まれている「エンプロイヤーブランディング」。日本でも人的資本経営の概念が広まってきたことを受けて、このワードを耳にする機会も少しずつ増えてきた印象があります。
今回は、複数社での人事責任者経験や経営企画、子会社での執行役員などビジネスに近い場所での経験豊富な能間 崇さんに、「エンプロイヤーブランディング」の概要から取り組み方法、事例にいたるまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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能間 崇(のうま たかし)/株式会社バンダイナムコオンライン 経営企画部ジェネラルマネジャー
福岡県直方市出身。2008年に株式会社ゲームポットに入社。採用、労務、研修、制度設計等、人事領域全般を幅広く担当し、2013年に株式会社ネクソンに入社。人事領域だけでなく子会社執行役員に就任し事業管理等を行う。2016年に株式会社トライフォートに入社し、人事総務部部長兼ゲーム開発部部長として従事。2019年に現職である株式会社バンダイナムコオンラインに入社し、管理部門の責任者として従事している。
目次
「エンプロイヤーブランディング」とは
──「エンプロイヤーブランディング」の概要について教えてください。
「エンプロイヤーブランディング」とは、自社の働く環境をより良いものにし、それらを魅力として発信することで社内外の関係者を惹きつけるブランディング手法の1つです。日本でも人的資本経営の概念が広まってきたことを受けてこの「エンプロイヤーブランディング」が注目されはじめています。ここで言う『社内外の関係者』とは、主に『採用候補者』と『既存社員』が該当します。
採用候補者
自社の採用において採用候補者より応募を獲得する上で、その企業で働く際の就業環境や給与などの条件が良いことは欠かせませんが、仮に良い就業環境や条件であったとしても、採用候補者に魅力がしっかりと伝わらなければ、応募を獲得するにいたりません。しっかりと企業の魅力が伝われば応募率が上がり母集団形成が容易になるだけでなく、応募や応募後の選考プロセスを進む意欲の向上、面接時のミスマッチ改善などの効果も見込め、ひいては早期離職に繋がってしまわないための防止対策にもなります。
既存社員
自社の魅力を正しく伝えることによるメリットは、外部の採用候補者だけではありません。既に社員として勤務している既存社員にも、自社の「エンプロイヤーブランディング」に対しての理解を高めてもらうことにより、改めて自社の魅力に気づいてもらったり、それにより個々のモチベーションや自社に対してのエンゲージメントが向上するなどの効果も期待できます。
さまざまなブランディングの中での「エンプロイヤーブランディング」
──コーポレートブランディングや採用ブランディングなど、ブランディングにもさまざまな種類があります。その中でも「エンプロイヤーブランディング」はどのような立ち位置・関係性にあるのでしょうか。
前提として、挙げられたような各種のブランディングはそれぞれが密接に絡み合っており、企業や人材の成長に合わせて継続的に取り組んでいく必要があるものです。その中で各種のブランディングの違いについては『誰に・どのような目的でアプローチするものか』という軸で考えるとわかりやすいと思います。
エンプロイヤーブランディング
社内外の関係者(採用候補者や既存社員、またその方を含む労働者全般)に向けて、企業の働く場としてのブランドイメージを構築し、惹きつけるための取り組み全般のことを指します。後述するインナーブランディングや採用ブランディングを包含した考え方でもあります。
インナーブランディング
社内の既存社員に向けて、自社の魅力(企業理念、企業の魅力など)を改めて伝えることで、企業の文化形成や企業理念の浸透を促進したり、社員のモチベーション向上促進や企業に対してのエンゲージメント向上につなげるための取り組みのことを指します。
採用ブランディング
社外の企業がターゲットとする採用候補者(新卒・中途)に向けて、自社の魅力点(企業理念や、社員が働きやすい環境についてなど)についての情報発信を行い、正しく知ってもらうことで、採用候補者の企業に対しての応募喚起を行い、ターゲット人材や優秀な人材の採用につなげる取り組みのことを指します。
サービスブランディング
社外の顧客(取引先や自社商品の消費者になり得る方々全般)に対して、自社の事業や商品の魅力について情報を発信し、理解を促進する取り組みのことを指します。
コーポレートブランディング
社外の関係者(採用候補者や既存社員、またその方を含む労働者全般や株主)に対して自社の事業内容や事業理念を伝えることで、社会全体に対して企業のブランド価値を確立し、向上させるための取り組みを指します。「エンプロイヤーブランディング」とカスタマーブランディングの両者をつなぐ関係性・役割があります。
「エンプロイヤーブランディング」施策の効果検証
──「エンプロイヤーブランディング」施策の効果検証はどのようにするのでしょうか。KPIとして設定できるものや測り方のポイントなどがあれば教えてください。
「エンプロイヤーブランディング」をどのように測るかは、その企業のフェーズや「エンプロイヤーブランディング」に取り組む目的などによって大きく変わります。そのため、全ての企業が同じ指標で分析することは非常に難しいと思います。また、一時的に取り組んで完結するものではなく、継続的に実施・計測・分析して効果につなげていくものであることから、その時々の企業の状況に沿って分析・計測方法を変えていくことが望ましいです。
仮に、社外の求職者の方々から、自社の価値を適切に見てもらえているか、という点をゴールや目的とした時に、採用状況や採用候補者の方々からのフィードバックで、伝えたいことが伝わっているかどうかというサーベイを実施し、その数値を効果検証の結果とすることもできます。「エンプロイヤーブランディング」以外のブランディング施策などの要素も含まれるので一概には言えませんが、ひとつの指標とすることはできます。どこを指標にするにしても、まずはシンプルに今ある情報やデータを一度整理し、現状を把握したうえで、その企業に合わせて効果検証手法を検討することが望ましいです。
本質的な計測を行うためには、基準となる『計測軸』を設定する必要があります。文化、ビジョン・ミッション実現に必要な人材ポートフォリオ、それらを取り巻くマーケット環境などを整理し、会社が目指す方向性を整理して認識・言語化するところから始めると良いでしょう。その方向性があってはじめて、「エンプロイヤーブランディング」としての取り組み内容やその計測方法も明確になっていきます。計測する項目はその企業のフェーズに合わせ設定すべきですが、表面的なものだけで見てしまうと、かたよってしまうため注意が必要です。
私自身もこれまで複数の企業において、計測軸の項目設定の整理をおこなってきました。「エンプロイヤーブランディング」において働く環境に関して計測する場合、パルスサーベイや、アンケートなどで計測する企業が多くありました。ですが、それだけではなく、例えば評価や社員の勤務状況などの、すでにあるさまざまなデータの集計をおこなうことで新たに見えてくる部分もあり、より正確に現状把握することができます。また、サーベイなどは時間がそれほどかからないため良い方法ではありますが、より詳細な情報を得るためには、社員へのヒアリングを実施し、その結果を数値化して分析するという方法がよいと思います。
社外に対しての効果を計測する方法としても同様にサーベイやアンケートがあります。主に計測する項目には、採用状況や採用候補者からのフィードバック(面接後アンケートなど)などが多いですが、応募数・面接数・入社後の評価、入社後ヒアリングなど働く環境に関してどのような印象を持たれていたのか、など複数の情報をかけ合わせることでより状況を計測することが可能です。
「エンプロイヤーブランディング」を向上させるためのポイント
──能間さんがこれまでに見たり経験された事例を通して「エンプロイヤーブランディング」を向上させるためのポイントについて教えてください。
「エンプロイヤーブランディング」を向上させるための施策を考案していく上でのポイントは、『自社の目指す方向と合致するかどうか』という点です。私の過去の経験からも、「エンプロイヤーブランディング」の向上のために、働く環境を良くしようと福利厚生を拡充させたりと新しい制度の導入を検討する企業が多くありますが、HOWについての議論が先行してしまったり、『競合他社がやっているから当社も導入しよう』と制度そのものだけをマネしてしまう企業が多かったと感じています。
確かに、『競合他社にあって自社にはない制度』があることにより、それが既存社員の不満につながってしまうこともあるかもしれません。ですが、その制度が自社の方針や組織文化と合わなかった結果、企業が目指す方向と差が出てきてしまうことも多々あります。会社が目指す方向性や、文化、社員にどんな活躍をしてもらいたいかなどを明確にイメージし、正しく働く場に関する情報を社内外に伝えていくことが大切です。
また、社内の「エンプロイヤーブランディング」がしっかりと確立されているかという点も重要です。組織としても「エンプロイヤーブランディング」に注力をする余裕がなく、急速に変化しているときに、無理に「エンプロイヤーブランディング」を重視し、社内の状況を無視した発信を行ってしまうと逆効果にもつながりかねません。特に、どの情報を社内に発信し、どの情報を社外に発信するかの選定は企業のフェーズや状況に合わせて判断する必要があります。
例えば、社内では残念ながら活用されていない制度をピックアップして社外に向けて「エンプロイヤーブランディング」の施策として発信したとしても、実態が伴っていないことを既存社員は知っているため、社内に対しての「エンプロイヤーブランディング」としてはマイナスとなってしまいます。
他にも、「エンプロイヤーブランディング」として働きやすい環境であることを社外に向けて発信し、その効果もあり採用が成功したものの、採用した人材の価値観が現場の価値観とマッチせず、結果的に早期退職につながるリスクが高まってしまい、リテンション対策を行わなければならない状況に陥ってしまった企業があったりもしました。
良い例としては、小さなことですが、社員に貸与するPCについて、自分が使い慣れているPCを選べると効率が上がるという意見があり、可能な範囲で希望に沿ったPCを支給したところ、既存社員にも採用時の候補者の意向が上がったりしました。これもひとつの働く環境の改善で、「エンプロイヤーブランディング」に繋がることとも言えます。
「エンプロイヤーブランディング」を向上させる施策にはさまざまなものがありますが、今の会社の状況を理解したうえで、目的を整理し、何をどのような軸でブランディングしていくかを社内・社外双方の視点で検討し、インナーブランディングやアウターブランディング、採用ブランディングなど複数の視点で多角的に戦略を立てることでより効果が上がる施策を企画できると感じています。
各社の目的や状況などにより大きく変わるので一概には言えませんが、例えば情報発信のためのオウンドメディアを立ち上げたり、ホームページや各種メディアへの掲載、媒体出稿などで、複数の内容をそれぞれ発信した場合、その効果は薄く広くなる傾向があります。反対に複数のブランディング効果をもとにした戦略で一定期間、一斉に発信を集中することで、その企業のブランディング効果の軸が定まり、一定の効果を上げることを、期待するという手法もあります。
これらはどちらかが正しいというものではなく、それぞれの会社の状況やフェーズに適した内容にできるとよいでしょう。会社のフェーズによっては、ある程度の費用をかけて一気に認知を広げていきたいと考える時期もあると思います。そのような時は広い範囲にシンプルな情報を複数の媒体にて情報発信をすることがベターです。一方で、その時の会社の抱える課題や改善したいポイントなどに対して、課題を払拭するような訴求内容を1点に絞り、一定期間発信を行うことで課題解決につなげることもあります。大切なのは今の会社の状況や、企業フェーズにあった戦略を作ることです。
どういった施策が有効なのかを見極めるためにも、日々の変化を定点で計測し、自社理解度を高く保ち続ける必要があります。社員のパフォーマンスが最大限に引き出せるのはどんな環境か、社員が無理なく楽しく働ける環境とはどのようなものか──これらを知らずして「エンプロイヤーブランディング」向上はできません。そうした現状理解をした上で企業のフェーズにあった『軸』に沿って中長期的な計画を立て、それに対して地道に文化形成を行い続けることこそが「エンプロイヤーブランディング」の本質であり効果につながる活動だと考えています。
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編集後記
ブランドは一朝一夕で構築できるものではなく、中長期にわたる継続的な取り組みが求められるものです。かつ、その成果が見えづらいものでもあるため、何から着手すれば良いかのイメージも持ちづらい側面があります。だからこそ企業としての目的や方向性を軸に、自分たちならではのポイントを設けて定点観測していく必要があるのだと能間さんのお話から理解することができました。非常につかみづらいテーマでもあるため、必要に応じて専門家の力を借りることも検討したいものです。