「イクボス」「イクボス宣言」単なる男性育児参加ではない組織成長戦略

コロナ禍でリモートワークが浸透し、家庭で過ごす時間が増加し、これまでの働き方を見直すビジネスパーソンが増える一方、企業側も働き方や人事制度の見直しの必要性を感じている企業も増えているようです。その中で「イクボス」「イクボス宣言」というキーワードが注目を集めています。
今回はこの「イクボス」「イクボス宣言」の概要と実施事例について、ご自身も3児の父として全国の中小企業の人事採用アドバイザーを務めているパラレルワーカーの中西信雄さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
中西 信雄(なかにし のぶお)/NPO法人ファザーリングジャパン関西メンバー、合同会社採用会議創業メンバー、株式会社Rebe役員(奈良県東吉野村地方創生型コワーキングスペース運営)
元上場企業のキャリアアドバイザーとして、約300社への採用支援、約5,000名のキャリア相談業務に携わる。その後医療介護福祉のキャリア支援を行う一般社団法人ワーシャルを設立し代表理事に就任。現在はNPOや地域活動、PTA会長、体験農園のアドバイザー、民間スクールでのキャリア講師などパラレルキャリアを実践中。”旅する人事”として全国の中小企業を訪問しながら、複数社の人事採用アドバイザーとして個人・会社・社会の三方良しの職場づくりに取り組んでいる。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「イクボス」とは
──最近耳にすることも増えてきた「イクボス」「イクボス宣言」。この言葉の定義を改めて教えてください。
「イクボス」とは、育児とボスを組み合わせた造語です。NPO法人ファザーリングジャパンによると、以下のように定義されています。
『職場で共に働く部下・スタッフのワークライフバランス(仕事と生活の両立)を考え、部下のキャリアと人生を応援しながら、組織の業績も結果を出しつつ、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司(経営者・管理職)』
「イクボス」の“イク(育)”には単に子育てサポートをするのではなく、次世代や社会を育てるという意味も込められています。そうした「イクボス」を育てる職場環境を全国企業や自治体へ広げる取り組みが「イクボス宣言」です。具体的な行動としては、経営トップ自らが「イクボス」を増やすために職場環境を改善することを対外的に宣言します。
2016年9月に小池百合子東京知事が幹部職員を約400人集めてイクボス宣言を行なったことを覚えている方もいるかもしれませんね。
”小池氏は「残業は美徳だという意識を変えてほしい」と強調。その上で「上司が育休などに理解を深め、部下が安心して子育てできる環境をつくってほしい。旗振り役を皆さんにお願いしたい」と訴えた。”
※参照:イクボスドットコム 【イクボス宣言】東京都の小池知事がイクボス宣言より抜粋。
※参考:東京都庁HP 知事による「イクボス宣言」
こうした取り組みが進むことで、大企業・中小企業はもちろん、自治体、警察署、税務署、公立大学などの公的機関にも「イクボス宣言」が広がり、厚生労働省のWEBサイトにも取り上げられるようになりました。
なぜ「イクボス」が広がってきたのか
──「イクボス」「イクボス宣言」が広がりつつある背景には、どのような要因があると思いますか?
背景には、大きく2つの要因があると考えています。
順位 | 国名 | 総人口に対する65歳以上人口の比率 |
1 | 日本 | 28.40 % |
2 | イタリア | 23.30 % |
3 | ポルトガル | 22.77 % |
4 | フィンランド | 22.55 % |
5 | ギリシャ | 22.28 % |
6 | ドイツ | 21.69 % |
7 | ブルガリア | 21.47 % |
8 | マルタ | 21.32 % |
9 | クロアチア | 21.25 % |
10 | プエルトリコ | 20.83 % |
1つ目は『少子高齢化による労働人口の減少』です。日本の65歳以上人口比率は28.7%(2020年時点)。これは世界でもダントツ1位で、まさに日本は超高齢化社会の真っ只中で、企業にとっては人材不足が当たり前とも言える社会です。さらに40代以上の管理職が親の介護で離職する介護離職者数は年間約10万人。子育てと仕事の両立だけでなく、介護と仕事の両立サポートが必要な方がたくさんいます。
▶介護離職を事前に防ぐ方法などについての記事はこちら

こうした制約のある人材が多いチームをマネジメントするためにも、イクボス式のマネジメントが必要になってきたのだと考えます。

2つ目は『男性の育休取得率の低さ』です。2015年頃の男性育休取得率は2%台。これは先進国の中でも最低水準の数値です。一方、子どもが生まれた時に育児休暇を取得したいと回答した男性は約8割。こんなにたくさんの男性が育休を望んでいるにも関わらず、なぜ育休を取得できなかったのか。その理由として多かったのは、男性育休に反対する経営層・管理職・上司の存在でした。
こうした背景もあり、政府も育休取得率10%以上を目標に掲げ、全国の企業や自治体で「イクボス宣言」を広げていった結果、2020年にようやく育休取得率は12.7%にまで向上しました。

「イクボス宣言」をする方法と、その実施企業一覧
──「イクボス宣言」をするためにはどのようなステップを踏めば良いでしょうか。また実際に実施している企業名や内容などを見ることはできるのでしょうか。
まず「イクボス宣言」の申請方法には2つあります。
(1)厚生労働者のイクメンプロジェクトページより申請
(2)NPO法人ファザーリングジャパンが運営する「イクボスドットコム」より申請
いずれも認定制度ではないため、宣言自体はオリジナルの書式で作成して簡単に申請することができます。ちなみに「イクボス宣言」は商標登録があるわけではないので、実施しようと思えば自社で自由に宣言することも可能です。
注意点としては、「イクボス宣言」を単に組織のPRとして注目を集めるためだけに実施しないこと。宣言しているのに具体的には何にも取り組んでいないといった見せかけの「イクボス宣言」は、社員や職員の反発を生んでしまい逆効果になるだけ。大事なのは、本気で自組織のスタッフが働きがいを持てる職場環境づくりに取り組むことです。
「イクボス」宣言の内容はさまざまですが、例としては以下のようなものがあります。
・私は土日、定時以降には、仕事の依頼をしません。
・『え、男なのに育休?』などとは絶対に思いません。
・私は、部下のどんな相談にも応じます。
・男性育休取得100%を目指します。
・産休者と定期的にコミュニケーションを図ります。
など
なお、私が所属するNPO法人ファザーリングジャパン関西では企業や自治体の管理職向けにイクボス研修を実施しており、研修中のワークを通じて参加者に宣言してもらうケースも多々あります。
ちなみに『イクボスドットコム』では、全国の企業・自治体の「イクボス宣言」一覧が掲載されています。中でもイクボス企業同盟として以下のような企業が名を連ねています。
<イクボス企業同盟 加盟企業(計245社)>
サントリー、楽天、ダイキン工業、アクセンチュア、花王、三井住友銀行、サイボウズなど
※イクボス中小企業同盟には計106社が業種問わずさまざまな業界から加盟しています(2022年5月25日時点)
また同サイトには、全国の『都道府県別自治体イクボス宣言』というページがあります。そこには東京都知事をはじめ全国市区町村の首長などが「イクボス宣言」を行っており、自治体においても積極的に働き方改革に取り組んでいる様子が見て取れます。
「イクボス宣言」をした組織の事例紹介
──より「イクボス宣言」による効果を知るためにも、実施事例について具体的に教えてください。
企業規模や業種、取り組み内容もさまざまなのが「イクボス宣言」。ここでは4つの組織事例についてご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
イクボス事例1/全国で自治体初の男性育児休暇取得(東京都文京区・職員数1,966名)
2009年に自治体首長として初めて育児休暇を取得した東京都文京区長の成澤 廣修氏。今でこそ男性の育児休暇取得は珍しくなくなってきましたが、当時はかなり大きな話題となりました。この出来事をきっかけに「イクボス」が全国自治体へ広がったといっても過言ではない事例です。
<宣言背景>
『育児休暇を本当は取得したいけれど、なかなか言い出せない』職場の雰囲気を変革したい。
<施策内容>
・首長自らが育児休暇を取得
・男性職員の育児休業等取得促進実施要綱を作成
・職場の部下に子どもができた時は『育児休暇とりませんか』と必ず声掛け
<成果>
・男性職員の育休取得率……2009年 0% → 2012年 18.2%
・女性職員育児休業率……100%(2012年度実績)
※参考:日経xwoman 「文京区長のクレバーな役所改革 秘書随行まで撤廃」より抜粋
イクボス事例2/離職率28%→3%前後へ(サイボウズ株式会社・IT企業・職員数969名)
<宣言背景>
ITベンチャー企業だったサイボウズ。創業8年目に社員83人中23人が退社する事態に(離職率28%)。
<施策内容>
・100人100通りの働き方を実現
・育児・介護休暇制度の新設(最長6年間の育児・介護休暇制度)
・育自分休暇制度(退職して最長6年間はサイボウズへ復帰できる出戻り制度)
・副・複業許可(社員が自分らしく働くために導入。上司の承認も報告も必要なし)
・部活動支援(部署をまたぐ5人以上で部活動を作れる制度。部員1人当たり年間10,000円補助あり)
・誕生日会(誕生月の社員が集まって開催する食事会に1人あたり3,000円を補助)
<成果>
・離職率28%→3%前後まで減少(出産理由の退職者0人)
※参考:サイボウズ株式会社公式HP ワークスタイル 「多様な働き方へのチャレンジ」より抜粋
イクボス事例3/男性の育休取得100%(積水ハウス株式会社・建設業・職員数15,017名)
<宣言背景>
「『わが家』を世界一 幸せな場所にする」というグローバルビジョンを実現するためにはまず従業員1人ひとりが幸せになることが重要だと考えて、2018年9月より特別育児休業制度の運用を開始。
<施策例>
・3歳未満の子を持つ積水ハウス従業員に育児休業1カ⽉以上の完全取得
∟最初の1カ⽉を有給とする
∟最⼤で4回に分けて取得可能
∟配偶者の産後8週間以内は1日単位で取得可能
<成果>
・助け合う風土の醸成
∟同様の境遇の女性の気持ちや苦労が分かった
∟今回サポートしてもらった分、今後は自分が「イクボス」として恩返ししたい
・チーム力の向上
∟複数担当制が奏功し、特に大きな支障なく対応できた
∟本部主導で、支店を超えた協力体制を構築してもらえた
・人材の育成
∟家族の大切さを再認識し、仕事への責任感とモチベーションがアップした
∟店長の代わりに店会議を進行することができ、普段と違う立ち位置で、学ぶことが多かった
∟総務長代行を主任に任せたが、業務を全うしてくれた
※参照:積水ハウス株式会社 WEBサイト
イクボス事例4/大阪初のイクボス中小企業同盟(株式会社大阪メック・製造業・職員数10名)
NPO法人ファザーリングジャパン関西の代表理事である桜井 一宇氏が代表を務める株式会社大阪メック。残業が多い職場の労働環境改善、また職員1人ひとりに家族との時間を大事にしてもらいたいという想いから、2015年大阪で初めてのイクボス中小企業同盟に参加して「イクボス宣言」を実施。代表自身も地域活動に取り組みながらNPO法人ファザーリングジャパン関西の代表理事としてイクボス研修を実施中です。
<宣言背景>
・残業月40時間以上の労働環境を改善したい
・職員に家族を大切にしてもらいたい
<施策例>
・代表自らがPTAやNPOの社会的複業を実践
・残業ゼロの取り組み
・社長ランチ(社長と気軽に仕事やプライベートの雑談・相談ができる環境づくり)
・家族の誕生日に声掛け(従業員のパートナーや子どもの誕生日にお祝いのメッセージ)
<成果>
・平均残業時間40時間/月→ほぼ0時間/月
・社内コミュニケーションの活性化
■合わせて読みたい「産休・育休」に関する記事
>>>男性育休とは?改正育休法のポイントや、企業の導入事例を紹介
>>>「マミートラック」のネガティブ要因を理解し、ポジティブに運用する方法とは
■合わせて読みたい「DE&I」に関する記事
>>>経営戦略としての「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」とは
>>>注目が高まる「DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」とは
編集後記
「イクボス」は単なる男性の育児参加推進ではなく、メンバーの幸福度向上を通じて組織業績も上げる企業の新たな成長戦略だと中西さんのお話から感じることができました。時代やメンバーの変化に気づかず根性論のマネジメントスタイルを続けていては、優秀な人材が離れていくばかりです。もし自分の職場の働き方について課題を感じているのであれば、これを機にイクボス育成について検討してみてはいかがでしょうか。