「個と組織の可能性を引き出す」ニューノーマル時代における人事の新しい役割とは
新型コロナウイルスの感染拡大に備え、生活様式を大きく変えることが求められるようになりました。働き方も同様で、その対応に追われ続けた人事担当者の方も少なくないでしょう。環境が一変する中で、これまでの組織の在り方や制度では対応しきれないことも増え、今改めて組織のレジリエンス(しなやかさ・適応能力)に注目が集まっています。
「この時代に対応できる組織づくりのポイントは、それぞれが内に秘めた“WILL”にある」人と組織のプロとして活躍する株式会社ファンリーシュ 代表の志水さんはそう話します。なぜ今“WILL”が重要なのか。人事の役割はどう変わってきているのか。志水さんに考えを伺いました。
<プロフィール>
志水静香(しみず しずか)/株式会社ファンリーシュ代表
大学卒業後、日系IT企業に入社後、外資系IT・自動車メーカーなどを経て1999 年ギャップジャパンに転職、人事本部長として人事制度基盤を確立。2013年、法政大学大学院政策創造研究科修士課程修了。2017年ランスタッド入社、最高人材開発責任者(CPO)を務める。2018年10月 株式会社ファンリーシュ設立。組織の枠を超えて積んだ経験が個人の能力を引き出すと考え、「越境学習」の観点から現在、大学やNPO、ベンチャー企業などの機関で組織開発・人材育成のアドバイザーとして活動中。
目次
コロナが強制的に企業の変化を促した
──組織変革や制度改革なども多く手掛けてきた志水さん。コロナを受けて組織がどのように変わってきたと感じていますか。
働き方改革、女性活躍支援、ダイバーシティ──ここ10年近くずっと議論され続けてきたにも関わらず、なかなか進展がなかった課題がここにきてようやく大きく動き出しました。コロナは決して歓迎されるべきものではありませんが、こういった変化を生み出したという面では意味はあったのかもしれません。特に経営者は大きな危機感を感じており、改革への動きがいっきに加速しているように感じます。
しかし、多くの企業が「何を、どこから変えればいいのか」が分からずに迷っています。とはいえ何もしないわけにはいかない。1on1、ジョブ型、エンゲージメントサーベイなど手法ばかりが注目されていることが気になります。人材マネジメントはエコシステムのようにそれぞれが複雑に絡みあっており、枝葉であるテーマに飛びついても、これまでの歴史や文化と整合せず、むしろ障害になって、結局変わり切れずに終わってしまうという状況に陥っているようですね。90年代の成果主義導入を彷彿させます。
一方で急激な変化に対応している企業は、組織や文化を変革し、よりレジリエンスの高い組織づくりに成功しています。この2極化された両社の違いは、「WILL(やりたいこと)」をベースに組織のビジョンを持ち、長期的な視点にたった「グランドデザイン(全体構想)」を描けているかどうかにあります。
VUCA時代とも言われる今、時代の変化を予想し、これまでの勝ちパターンやマーケットデータに基づいてビジネスを推進することは非常に難しくなりました。利便性や機能性ではなく、顧客の感情を動かすような価値を提供することが求められています。このような時代においては、自分たちはどうありたいのかという組織と個の「WILL」が重要になります。個人や組織の「WILL」引き出して、目指す姿に向かって改革を進めている企業こそが社会を牽引しているように感じます。
1人ひとりの「WILL」を引き出し、能力や可能性を解き放つことで、その方が所属する組織やコミュニティの変革をリードしてもらいたい。これが株式会社ファンリーシュを立ち上げた理由であり、Fun(1人ひとりの可能性を生み出す愉しさ)Unleash(解き放つ)という社名の由来にもなっています 。「組織変革において個人の力は微力すぎる」という意見もありますが、歴史的に見ても革命やイノベーションは1人の「WILL」からスタートしていますよね。たった1人の「WILL」が、そこを起点に大きなうねりとなって世の中に影響を及ぼしていくのです。
個や組織の「WILL」をどう引き出すか
──その「WILL」を引き出す上で、人事はどのように関与していくことができるのでしょうか。
組織にいる人を「見る」「知る」「感じる」に尽きます。
組織拡大・業務細分化に伴い、目の前の仕事に忙殺されていると、社員が「これは面白そう!」と感じても、行動に移す前に諦めてしまうことが多々あります。そうやって埋もれてしまった「WILL」が組織の中にはたくさんあるはずです。変化の激しい時代を生き抜くヒントは、フロントラインでいろんな方と関わって仕事をしている社員の方たちが持っています。それを発見し、引き出し、支援すること。これがこれからの人事に求められる力です。
変革が進まない組織では、経営者や人事部門がこうした「WILL」を率先して探しに行くことはもちろん、見つかったとしてもルールや公平性、前例の無さなどを理由に、ことごとく潰されていることに気づいていません。そのような会社では短期的な目標ばかり追い求めて管理・監督する方法でしか社員と向き合えていません。「管理監督することよりもっと重要なことありませんか?どうしたら本当の意味で社員が活躍できるのか考えてほしい」と個人的には思います。
これをまさに実感した事例があります。ある企業から人事制度変革支援の依頼があったのですが、そのプロジェクトにはあえて人事部門ではなく、各事業部の中でも影響力のあるリーダー中心に部門を超えたプロジェクト・チームを組んで全社の制度改革を進めることになりました。人事部門のメンバーはチームには入っていません。
その理由は、前述したような典型的な感じの人事で現場の「WILLを潰してしまう」マインドを持っていたからなのです。新しいことを始めようとしても、「これまでに前例がない」「規則がない」等の理由で動き出せないのです。現場の不信感が高く、時間制限があったこともあり、経営陣と議論を重ねて、人事部門全員のマインドセットを変えるよりも現場のリーダーと協力して制度を作ってみようということになりました。
各事業部のリーダーたちには、事業場の課題は明らかでした。さらに組織の明確なビジョンやWILL、「ありたい姿」を持っていました。何度も議論しながら、それらを丁寧に拾い上げ、専門知識を補完しながらプロジェクトをまとめました。わずか3ヵ月の期間にも関わらず、その企業の強みを損なうことなく、未来を見据えたオリジナルの人事制度を作り出すことができたのです。現場メンバーが自分たちのWILLを込めて作った制度ですから、非常に納得度も高く、社内に展開する際もストーリー立てて魅力的に話すことができます。「僕たちは未来こんな事業をして、こんな組織にしていきたい。だからこんな制度をつくったんです」と。すると、現場の社員の皆さんもワクワクしながら聞いていました。変革の成功を決めるのは組織の受容度ですから、Whyから始まるストーリーは欠かせません。
こうしてリーダーがイキイキとWILLを語る姿を見て、「自分たちの視点は狭かったかも」「できないと思っていたことでも、やり方を工夫すればできるかも」ということに人事部門のメンバー気づき始めました。私のような外部の人間が「変化しないとだめです。考えを改めてください」そう伝えるだけではこうはいかなかったでしょう。実際の変化を目の当たりにして、内省して気づきを得ることで、人事部門のマインドも行動も確実に変わってきています。
人事の役割は「管理オペレーター」から「ファシリテーター」へ
──「WILL」を引き出すことがこれからの人事には求められるということですが、人事の役割を改めて整理するとどんな形になるのでしょうか。
私もよく多方面で、「人事はオペレーターから戦略人事になりましょう」と話をしてきました。しかし、これもすでに現代にはマッチしないと思っていて。なぜなら、先行きが予測できない時代においては、プロダクトアウト/マーケットインの戦略だけで変化に対応できないからです。これからの時代は「個」が重視されます。組織や個の強みそして能力を引き出す「ファシリテーター」的な役割が求められるのではないかと考えています。
先ほどご紹介した人事制度変革プロジェクトにおける私の役割は、まさに変革ファシリテーター。現場のWILLを引き出し、部門の枠を超えてと関係性を強化しつつ、全体の制度へと落とし込んでいく。こう伝えると少し難しく感じるかもしれませんが、そんなことはありません。自社にあったそれぞれの方法で実行すればいいのです。
「ファシリテーターとして現場をリードしようにも、リモートワークなどで現場そのものが見えづらい」と感じる方もいるでしょう。そんな時でもやり様はいくらでもあります。
例えば私だったら、自分の予定表をオープンにして「私と1on1したい人は自由に予定を入れてね」と伝えるかもしれません。また事業部の打ち合わせや経営会議に「参加させてください」と積極的に働きかけます。事業部側からすると「人事に入ってきてほしくないな」と感じる人も多いかもしれませんが、それは従来の人事が管理監督、自分たちの邪魔をする存在という印象からきているのではないでしょうか。「事業の成功、みなさんのアイデア実現のためにどうサポートしたらよいのかぜひ教えてください」という謙虚で支援する姿勢があれば嫌がられることはないはずです。むしろ歓迎されると思います(笑)。
事業側の会議に入ったり、社員と対話したりしているとさまざまな気づきがあります。うまく成果が出せている人は自分からコミュニケーションをとってきてくれるので問題はありません。逆に発言が少なかったり、元気がなかったりする人がいたら個別でチャットしてフォローするでしょうね。こういった個別のフォローやオフラインの対話が「WILL」を見つけるためにも効果があると思います。
人事の役割として重要なものが他にもあります。「デザイン」や「マーケティング視点」がこれから必要になるでしょうね。
前職の例ですが、GAP JAPANにいた2013年頃、人事部のオフィスの壁を取っ払って、人事の座席を銀行の窓口のようにオープンスペースに変更したことがあります。最初はメンバーからも「集中できない」等の意見はありましたが、徐々に社員が人事部に「ちょっといいですか?」「アドバイスをください」と雑談しに来てくれるようになりました。そのうち社員が集まる団らんの場所になっていきました。
そのほかに、社内SNSプラットフォームを導入し、情報に透明性を持たせてオープンな情報共有や意見交換ができる場づくりをしたことも。機密情報を多く扱う特性があるため、情報をあまりオープンにしない人事が多いのですが、組織内で活発で質の良いコミュニケーションが生まれるように環境や空間を「デザイン」することも人事の仕事と言えるでしょう。
さらに今後人事部門には「マーケティング的な視点」が求められるでしょうね。社員のみならずあらゆるステークホルダーのエンゲージメントを高めることは人事の役割。これってマーケティング的な発想そのもの。素晴らしい成果や優れた組織の取り組み、社員の行動などを発見して社内外に発信してストーリーを伝える。賞賛されたチームや個人は組織や仕事を誇りに思い、エンゲージメントが高まります。昨今エンゲージメントがブームのようですが、他社の真似をしたり、流行りのサーベイを実施するだけでは十分ではありません。自社で工夫してやれることはたくさんあります。社員のアイデアを聞いて実現すれば組織は活性化し、結果エンゲージメントは上がるはずです。
──経営や現場の「WILL」を大切にしようとするあまり、人事担当者自身の「WILL」を抑制してしまっている方も多い印象があります。ここはどう捉えるのが良いでしょうか。
社員のWILLを引き出すためにも、人事のWILLは不可欠です。自分が十分に満たされてない状態で、社員を幸せにし、働きがいを感じてもらうことはできません。むしろこれは一番大事かも。人事部門にWILLのない企業は残念ながら多いですね。
人事自身のWILLを引き出すためには、人事が自分たちのカムフォートゾーンから「枠外」へ飛び出していくことです。私自身、人事の複業を強く推進してはいますが、企業の中でしか通用しない、あるいは高い専門性がないのに業務委託で仕事を請けることはハードルが高いと思います。自身のWILL、そして強みを知り、自分のスキルや能力を高める必要がありますね。まずは人事部の外、つまり事業部に飛び出して、そこで、事業を理解し、自分の能力を磨くことからスタートする。新たな知識や視点を得られますし、部門とのパートナーシップも生まれます。慣れてきたらぜひ社外に飛び出して、関心のある仕事に挑戦してみると良いと思います。
事業会社にいたとき、社長や経営層を人事部門のミーティングに招待したり、メンバーのWILLを聞いてもらったりする場を設けていました。人事部の特権ですよね。社長には「事業推進とあなたのWILLを実現する人事部門の優秀なメンバーがいてラッキーだね」と伝えていました。
未来の組織を描いて、経営者や人事部門、そして社員のWILLを見つけ、尊重し、融合させていく。それが大きなうねりとなって組織全体に波及し、変革のパワーにつながっていく。その流れを起こすことができれば、いかなる変化にも対応できるしなやかで求心力のある組織体へと近づくことはできると信じています。