テレワーク・リモートワークで変わる人事評価制度。企業はどう対応する?
緊急事態宣言が発令・解除を繰り返す中、各社では働き方が大きく変化しており、その一つがテレワーク・リモートワークへの移行と継続。首都圏では通勤電車の乗車率が約6割減少するなど、変化が可視化された形です。
しかしながら、その変化に人事制度・評価制度や組織体制が追いついていないことも多く、その歪みに頭を悩ませている企業も多いのではないでしょうか。そこで今回は、過去5社の人事マネージャーを歴任し、現在もフリーランス人事として複数企業の人事業務をサポートしている渡會智一さんに、このテレワーク・リモートワーク下における人事評価制度動向についてお話をお聞きしました。
<プロフィール>
渡會智一
大学卒業後、当時400名規模のIT企業へ人事総務担当として、総務、新卒採用と幅広く経験。
その後、IT業界を中心に、大手ITインフラ企業、WEBサイトコンサルティング企業等
にて人事責任者として採用・人事制度・労務・教育研修と幅広い人事領域を担当し、高い実績を上げ活躍。
2019年8月よりフリーランスとなり大小問わず、複数企業の人事・採用に携わっている。
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目次
テレワーク・リモートワークへと変わりゆく働き方と、対応が迫られる企業
──このコロナ禍における企業の変化やテレワーク・リモートワークにおける働き方の変化を、渡會さんはどう捉えていますか?
どの企業もこれまで目をつぶってきた問題に直面し、企業や仕事の在り方・本質に向き合わざるを得なくなったと感じます。
オフィスに出社する意味、対面で会議する意味、書類に捺印する意味……あらゆる「本質」と向き合いながら、必要な仕事と不必要な仕事が見極められ、新しい働き方と職場づくりが進んでいくことは間違いないでしょう。
一部フルリモートワークから週何日といった部分的に出社などを対応している企業も増え、街に人がだいぶ戻ってきましたが、以前ほどの混雑は感じられません。多くの企業がテレワーク・リモートワークと出社を併用し、オフィスに密な環境を作らないよう努力している姿が伺えます。
新型コロナウイルスのワクチン開発・普及はしているものの、感染者数は日々大き変化し、先が見えせません。そう考えるとしばらくは今の状況が続くと考えておくべきです。
──今後さらに変わっていきそうな点はありますか?
テレワーク・リモートワークが企業の働き方の一部として定着し、形式や慣習で行われていた業務が減少していくと思います。Zoomのようなビデオチャット、クラウド型ストレージサービス、クラウド型契約締結サービスなど各種クラウドサービスの利用が増加していることからもそれは明らかです。
オンライン環境が整備されると、オフィスの活用方法も変わります。密を避けるためのフリーアドレス化はもちろん、ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング/時間と場所を自由に選択できる働き方のこと)といった概念を取り入れてオフィスを作り直す企業も増えるはずです。
「そもそもオフィスは必要なのか?」という議論も出てきてはいますが、全社員が自宅にストレスのない働く環境をつくることは簡単ではありません。よって働く場所としてのオフィスは一定残りながらも、規模を縮小したり、賃料の安い郊外に移転したりといった変化が予想されます。また地方にオフィス兼保養所のような施設を設けて、社員やその家族の福利厚生として利用したり、地方の優秀人材の採用に活かすといった取り組みも始まるかもしれません。
人の側面では人件費削減に動く企業が増加するでしょう。先行き不透明な経済に対応できるだけの機動性と柔軟性を確保するべく、業務の一部をアウトソースしたり、フリーランスや副業・複業者を活用したりして固定費→変動費への転換が進むと思います。また業績悪化により、従業員の昇給、賞与支給を見送る企業も多いことから、これを機に副業・複業の解禁を行う企業も増えるかもしれません。
テレワーク・リモートワークの働き方と共に変わる人事制度と人事評価制度
──テレワーク・リモートワークが増えたことにより人事評価制度において「成果評価」への注目も高まっていますね。
はい。日常の仕事ぶりが目に見えにくいことから、そういう意見が増えているのだと思います。しかし、メンバーシップ型雇用が多く、新卒者を育成していく機能が根強く残る日系企業では、安易な成果評価の人事評価制度導入は避けるべきです。
というのも、テレワーク・リモートワークが増え業務の進め方が変わった今、大多数の社員は「適正に評価してもらえるのだろうか」という不安を抱えています。そのため、まずは社員に安心感と納得感を与えることが先決です。
近年では1on1を導入する企業も増えました。社内でのコミュニケーションが減った分、意識的にオンライン上で対話の時間を作ってメンバーの状況を把握することでカバーはできると思います。
──どんな人事評価制度ならマッチすると思いますか?
お互いの仕事状況が見えにくいことから、「チーム意識の希薄化」「業務範囲の不明瞭化による効率低下」といった状況が起こり、結果として仕事に対する意欲が低下してしまう恐れがあります。
それを回避するためには、以下2つの状態を作ることが重要です。
①社員1人ひとりが組織やチームの目標・目的を深く理解し、納得感の高い状態を作ること
②個々のミッションを明確にし、実行に必要な裁量を与えること
これにより自分が何をすべきかが明確になるだけでなく、裁量を与えられたことで自己効力感が高まります。そして結果的に自律と自立が求められる環境へ変化し、成果を評価しやすい体制が整うことにもつながります。
ただし、成果と報酬を結びつけることには注意が必要です。仕事の動機が「楽しさ」から「報酬」にすり替わってしまうことにより適応的パフォーマンス(予定外の出来事に対するパフォーマンス)が低下するという研究結果があります。「報酬に関係しないことはやらない」というスタンスになってしまうためです。
──どのように評価をすればよいのか、運用方法も含めて具体的に教えてもらえますか?
①短い期間で評価とフィードバックを繰り返す
評価者と被評価者の認識のズレを小さくできるので、半年や年1回の評価では難しかった被評価者の納得感を高める効果が期待できます。
②ABCなどの評価ランク付けを行わなず、絶対評価を行う
今までは目標を達成しても、相対評価で評価結果をゆがめられてしまうことがありました。絶対評価をすることで、それを防ぐことができます。また平均以下の評価ランクは心理的にどうしても受け入れにくいですが、ランクではなく良い点・改善点のみフィードバックするほうが評価を受け入れやすくなる効果もあります。
②を実行する場合の具体的な取り組みとして、マネージャーは週1回の1on1を通じて、各メンバーの仕事を通じて実現したいことや価値観を理解しておきます。それにより、仕事の状況だけを見るのではなく、メンバー自身が実現したいことの達成に向けて、今後どうすべきかを一緒に考えることができるようになります。
そして評価は月1回、メンバーの現在地を確認する形で実施します。例えば、次のグレード(等級)昇格に向けて今できていること・できていないことを明確にし、メンバーの自己評価とのギャップを埋めていきます。毎月行うことで最終評価に対する納得感も高まり、成長実感も得られやすくなる効果があります。
ここで注意が必要なのは「マネージャーに評価の最終決定権を与える」ことです。
よくあるのは、マネージャーが一次評価者で、部長が二次評価者、最終評価決定は経営会議で、というパターンです。この形式では評価が丸まってしまい、絶対評価したものでも最終的には相対評価になってしまうことがあります。結果的に一次評価との乖離が起こり、メンバーへの説明もできず、納得感も薄れてしまいます。
また、報酬の決定方法も「マネージャーに一任する」のが理想です。昇給原資をマネージャーに分配することで、各メンバーの評価を踏まえてマネージャーが報酬額を決定することができるようになるでしょう。これは、成果と報酬を直結させない方法の一つにもなります。
気軽に取り入れられる仕組みではないですが、先を読みにくい時代だからこそ、人間の本質に対して科学的な根拠を元にした制度や運用方法を取り入れていくべきではないかと思います。
テレワーク・リモートワーク時代にマッチした人事制度を実現するために
──これから求められる人事制度を考えるにあたり、持っておくべき考え方などはありますか?
評価制度についてお話しましたが、先に土台である「組織の考え方」が各メンバーに浸透していないと、新しい仕組みや制度を取り入れても定着しません。
①社員1人ひとりが組織やチームの目標・目的を深く理解し、納得感の高い状態を作ること
②個々のミッションを明確にし、実行に必要な裁量を与えること
先ほど述べたこの2点を実現する組織のあり方を、5段階の進化過程(図)を用いて考えてみましょう。
現代はOrange組織、もしくはOrangeからGreenに移行中の企業が多いように感じます。組織にヒエラルキーが存在し、意思決定がトップダウンでなされ、中間管理職がマネジメントし、メンバーが実行するという組織です。
しかし、テレワーク・リモートワークへの移行で混乱が起きている主な原因は、このOrange組織にあります。
遠隔ではマネージャーから細かい指示が出しにくく、メンバーも裁量を与えられていないため都度マネージャーに確認することになります。すると必然とコミュニケーションに時間がかかり、仕事のスピードが落ち、互いにストレスが溜まっていく、といった構造です。
この状態を解消するためには、ひとつ上のGreen組織を目指す必要があります。具体的には、ヒエラルキーは残りながらも各メンバーが自分の役割を理解した上で協力し、業務遂行に必要な裁量を持ってボトムアップで意思決定・行動していける組織のことを指します。マネージャーはそのために必要な環境づくりや支援を行うという形です。例えば以下のような取り組みです。
●これまでマネージャーが決めていた目指すべきチームの在り方(ビジョン)やチーム目標などを、メンバーと話し合って決める
●各メンバーが主体的にスピード感を持って仕事できるようになるためには、何が必要かをメンバーと話し合って決める
<具体的な取り組み例>
-メンバーのやるべきことや、役割分担の見直し
-メンバーが各自の判断で行動しやすくなるためのチームルール(≒行動規範)の策定
-判断に必要な情報の開示範囲や共有方法の見直し
-マネージャーに支援してもらいたいことの確認
ここで重要なのは、「メンバーが納得感を持って自らの意志で仕事に臨めている状態をつくること」です。
Orange組織では、組織のMUST(やるべきこと)をメンバーが実行する形が一般的でした。しかしGreen組織では、組織のWill(やりたいこと)とメンバーのWillをうまくつなぎ合わせて、メンバーが主体的に行動したくなる環境作りがより大切になってきます。
そのために必要なのは「マネージャーのサポート力」です。今まで以上にメンバーとのコミュニケーションやコーチング力が求められることになるため、研修などの必要な支援ができるように、あらかじめ準備をしておくとよいでしょう。
できれば、会社全体を巻き込んでGreen組織へ大きく移行していくのがベストです。しかし、それには経営陣の理解と強い意志が必要ですし、なにより時間が掛かります。まずは理解が得られる一部署などの小組織から取り組んでみることをお勧めします。
オススメ本(2冊)
──人事制度の中でも評価制度/報酬制度について学びたいと思っているHRパーソンに向けて、お薦めの書籍があれば教えてください。
人事評価の教科書/高原 暢恭(著)
タイトル通り、人事評価の過去から現在までの変遷、目的や種類、項目の解説、具体的な制度設計・運用方法、評価シート例に至るまで、基本的な知識がまとまっています。ただし、初版が10年以上前のため、最新トレンドまではカバーしきれていません。基礎を学ぶのに適した一冊です。
マッキンゼー流 最高の社風のつくり方/ニール・ドシ(著)
人間の「動機」と「報酬」と「行動」の関係を科学的に分析した結果が分かりやすくまとまった良書です。「いかに公平性を担保した上で、高い業績を上げた人に高い報酬を与えるか」とこれまで苦心してきた私たちの概念を、根本から覆すような分析結果が明らかにされています。
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編集後記
働き方が大きく変わり、それに伴って人事制度の見直しが急務となっている企業も多いはず。ですが、新しい制度の導入や浸透にはかなりの時間と労力が必要なことは、人事や経営に関わる方であれば言うまでもないでしょう。
そんなときは安易に制度を変更するのではなく、現行制度の運用方法を変えることも1つの策です。まずはこの混乱期を乗り切り、来るべき将来に向けて人間の本質を見据えた制度を導入していく。そんな進め方もよいのかもしれません。